虎男
───ガチャ
ソファでうたた寝をしていると、ドアの鍵の開く音が聞こえた。
その音で、夢現から現実へと引き戻される。それでもまだ視界のぼんやりとしているなか、スマートフォンに手を伸ばし画面を見ると、アラビア数字で寅の刻を指していた。
「ただいま」
心地よい声色はいつでも私のスイッチをオンにしてしまう。それでも、僅かに残った羞恥心がわたしに「おかえり」の一言を紡がせなかった。彼は返事がなかったことからか、抜き足差足でリビングの方に向かってくる。わたしはソファで狸寝入りを決め込む。かばんを置いて、時計を外し、ネクタイを緩める。目を閉じていても、流れるようにそのオンからオフになる一連の流れをこなしていくのが耳だけで感じられた。
ふわり、とピンクシュガーのわたあめのような甘い香りが私を包み込んだ次の瞬間には、彼はわたしの決して軽くない体をいとも簡単に抱き上げる。この瞬間に、わたしはどれだけときめいてきたのだろうか。
そのまま寝室までわたしを運び、そっとダブルベッドに降ろした。
そしてそのまま彼も隣に横たわる。ギシッ、と彼の存在を音までもが主張してきた。
目を瞑ったままでいるわたしの唇に、彼は控えめな口付けを幾度か繰り返す。口付けを落とす位置はだんだん唇から下へと降りていき、鎖骨までいったあたりで、ぺろり、と舐めてきた。その甘美な刺激にそれまで無反応を見せかけていたわたしは僅かな動きを示してしまった。
「やっぱり、起きてた」
彼はその反応を見逃さなかった。狸寝入りを決め込んでいた私だったが、その言葉に降参してようやく目を開ける。彼の満足そうな笑みと端正な顔立ちが私の視界を彩っている。次の瞬間には、私の身体を彼は激しくまさぐってきた。
「あっ、、ねぇ、まだ、シャワー、あびてないっっっ、、」
「抱かせろよ、抱かれたくてそんな格好でソファで待ってたんじゃないの?この、淫乱」
そう、全部計算。
仕事が終わって、部屋着に着替えようとワイシャツと下着以外は脱いだけれど、ねむさに負けてそのまま寝てしまったかのように装った姿。だらしがないと思われてもおかしくないけれど、以前彼がワイシャツだけを着ていた私にひどく欲情していたのをわたしは覚えていた、だから今日はその格好で待っていた。
「淫乱さんのお望みのままに、して差し上げるよ」
あぁ、もう。
「───好きに、して」
全部完璧。
完璧にわたしのツボをついてくるんだから。
でもせめて、その女性ものの匂いを消してから、私の元に来てよ。
虎のように恐ろしい瞳で私を魅了するなら───
最後まで、私を騙して。