お祭り一日目
「・・・・・・売れない」
朝早めに市場に向かい、出店場所につくと、テントが張ってあった。
テントは申し込みをすると商業ギルドが立ててくれる。
屋根はあるから、敷物を敷くか、箱などで商品を並べるか、お店のレイアウトに決まりはなく、好き勝手にして良いらしい。
マドカは簡単な敷布と籠をもってきて、敷布の上の籠に調味料の小袋を入れた。
「スープが美味しくなる調味料」と名付けて、銅貨10枚日本円で100円くらいで売っているが…。
「ちらっとも見てくれないなあ…」
反対の屋台だとメインストリートにも近く裕福層な人たちがちょっとお高い調味料などを買っていたけれども、この近くの人たちは料理がおいしくなるために銅貨5枚を出すなら、その分パンを買ったり肉を買ったりしてしまうのかもしれない…。
「ねえねえおねーちゃん」
「ん?」
そんなことを考えながら、座っていると隣の屋台から声をかけられた。
5歳くらいだろうか。女の子が洋服の裾をちょいちょいとひっぱる。かわいい。
「ぐりふぃすさまとお知り合いなの?」
「え?」
「きのう、いっしょににおはなかってくれたよね?」
昨日の花の屋台の子だった。
「あれ?でも昨日買った屋台って…」
もうちょっと先の屋台たちだったはず、と思っていると
「こことね、あっちと、むこうのやたいのお手伝いしてるの」
指をさしていくつかの屋台を教えてくれる。
「そっか。お手伝い偉いね」
というと
「おてつだいしたから、きょうパンかえるんだ」
女の子は嬉しそうに笑う。その笑顔に、ちょっとだけ、胸が痛み、そして
ここは日本じゃないんだなあ、と改めて思う。
日本の政治にもいろいろと不満はあったけれども、小さな子が労働をして当然の世界、力のあるものに平然と搾取される世界は、それなりに法整備があり、等しく最低限の知識を得られた自分には慣れない世界だ。
「ねえ、良かったらお昼ご飯のパン食べない? おねーちゃんいっぱい作ってきたんだ」
この世界にいるこういう子たち全員は救えないかもしれないけれど、せめて目に見える場所にいる子たちには幸せになってほしい。
そう思って、声をかけてみる。
「ほんと!? いいの!? あ…でも…いいや…」
ぱっと顔を明るくした後に、何かを思い出したように首をふるふると振った。
「遠慮してるの? だったら大丈夫いっぱいあるよ?」
そういうと
「ううん。私だけ食べるのは、他にお手伝いしてるみんなに悪いから」
という。
「他にお手伝いしてるみんなは何人いるの?」
と聞くと、その子を入れて全部で4人だという。
そしたら、サンドイッチだけでも足りるけど…どうせなら…
「一時間時間くれる? そしたらみんなにお昼ご飯ごちそうしちゃう」
そういって、私は大通りの反対側にある「ダイヤモンドサックス商会」に飛び込んだ。
「おや、マドカさんどうしましたか?」
走ってきた私にミサエルさんが驚いたように声をかける。
「前に、お店にサンプルで置いたもの、ちょっとだけ貸してもらえますか?」
そういって私はとあるものをミサエルさんに貸してもらう。
それはこの世界だとちょっと使いづらいかも、と保留にしてあったサンプルのアイテムだ。
さらに台車も貸してほしい、そして瓶いっぱいのお水もください、とお願いすると二つ返事で貸してくれて
「なんか面白いことするんですか?」
とミサエルさんは興味津々で一緒について来ようとする。
止めるのも変かな、と思い、そのままミサエルさんと一緒に必要なものを買い込みながら自分の出店場所のテントに戻る。
「よし。どうせお客さんいないし、このままテントでやっちゃおう」
台車からいろいろなものを出す。
まずはカセットコンロ。
これがミサエルさんのところに預けてたやつだ。
ガスの缶のカートリッジを売らなきゃいけないのと、缶そのものに馴染みがないので、危ないかもしれない、と保留になっているものだ。
冒険者や旅行者に売れそうだから、なんとか模索したい、と預かりになっていたのだ。
そして、ミサエルさんのところにおろしてある包丁を一本買い戻したものも出す。
あとは、ここらへんの出店で買ったものだ。
まずは大きな鍋。手ごろな鍋がなくて、寸胴みたいな鍋になってしまったが、まあよしとする。
それと御椀。これは多めに10個用意した。
そして人参と玉ねぎとまな板っぽい木の板。
両方ともみじんぎりにして、鍋に入れる。
そしてミサエルさんのところで分けてもらった瓶いっぱいのお水を鍋に注ぎ、売り物だったコンソメと塩コショウをぶち込む。
暫くすると簡単野菜スープが出来上がる。
「良い匂いだー!」
「これ、ねーちゃんが作ったのか?」
女の子と、その仲間らしき子たちが集まってくる。
そこで、バスケットを開けて、彼らにサンドイッチを等分に渡す。
多めに作ってきてよかった。
でも、一人分ちょっと多めのサンドイッチそれだけじゃあいくらちっちゃい子たちでも物足りないだろうから、野菜スープも御椀に入れて出してあげると、争うように飲み始める。
「おかわりもあるからね」
というと
「では、私にもいただけますか?」
ニコニコした笑顔でミサエルさんが言うので、多めに買ってきた御椀に注いであげた。
「野菜を入れただけなのに、芳醇なうま味が…これは…すごいですね」
ミサエルさんが感心しながら飲んでいると、匂いに連れられてあちこちから人が寄ってくる。
「あら、美味しそうこれ売ってるの?」
「嬢ちゃん、こっちに一杯くれないか?」
多めに買っておいた御椀はあるけれども、声をかけてくれる人、お店の前の人だけで10人以上いる。御椀はあっという間になくなってしまうだろう。
そもそも幾らで売ったら良いのかのわからない。
突然の出来事にどうしよう、とマドカが思っていると
「お椀を貸して飲むなら1杯銅貨15枚だよ」
「自分で御椀を持ってきたら12枚だよ」
「食べた御椀、あっちの水場で洗ってくるね」
子供たちが並んでいる人たちに声をかけててきぱきとスープを売っていく。
「おやおや。もう少し水も必要ですかね?」
そういってミサエルさんが瓶を台車に乗せていく。
あれよあれよという間に、大きな鍋一杯のスープがなくなっていく。
慌てて、余っている玉ねぎと人参をカットしていると、ミサエルさんが水を汲んで戻ってきてくれた。
「あら、なくなっちゃったの?」
「いま作ります!すぐできるので!」
そういって鍋に人参と玉ねぎ、水、そしてコンソメと塩コショウを入れると
「それはなあに?」
と、ご婦人に聞かれたので
「このスープの味の素になってるコンソメと、塩と胡椒とちょっとした出汁がはいった調味料です。スープに入れてもいいですし、これでお肉を焼いたり、野菜をいためても美味しいですよ」
というと、
「それ頂くわ!」
と、銅貨10枚の袋を2つも買ってくれる。
「私もいただくわ!」
「俺もカーちゃんに買って帰るぞ」
スープを待っていた人たちが調味料の袋を買ってくれ、気が付いたら調味料の完売、その間に出来上がっていたスープも完売していた。
「ねーちゃん、よかったな!」
お手伝いしてくれた子たちがニコニコと跡片付けも手伝ってくれる。
「みんな、自分のお店があるのにごめんね…」
というと
「どうせ俺たちの店なんてお客さんそんなに買ってくれないしさ」
「美味しいご飯ごちそうになったから、そのお礼だよ」
とみんなニコニコしている。それでも、申し訳ないと思ったマドカが何かお礼をしたいと思っていると
「君たちの店舗はどこなんだい?」
一部始終をみていたミサエルさんが聞いた。
「僕たちはあっち。3つのテントでお祭りの花を売ってるよ」
「あとはこいつのここのテントだよ」
「なるほど。君たちは孤児院の子たちだね?」
「そうだよ」
「よかったら、このお祭りの期間、花を売るよりももっとお金が稼げることをしないかい?」
ミサエルさんはそう言って、私に向かってパチリ、とウインクをした。