コカちゃんとトリスちゃん
昼を少し過ぎて、本を読んでいたマドカは顔を上げた。
「……社畜の性か……」
一日まるまる好きなことをして、自堕落に過ごしてやろうとおもったのに、何故だろう…この何かしなくてはいけない、みたいな気持ちになってしまうのは‥。
「まだ10冊も読めてない…」
積んだ本を横目に読みかけの本をめくる手をとめて、椅子から立ち上がる。
「考えると、数年ぶりになにもしなくていいって状態なんだなあ…」
学生時代は母一人、子一人でバイトに明け暮れていたし、母が無くなったときも悲しむ暇もないくらい、忙しく働いていた。
社会人になったら、それはもう真っ黒なブラック企業だったから、朝から晩まで仕事だったし、休日出勤も当たり前だった。
つまり……
「自堕落に過ごすことに……慣れてない?」
せっかくのゆっくり過ごせるはずの時間に何故か後ろめたい気持ちを抱えてしまうのは日本人の性ともいえるのか…。
「しょうがない。コカちゃんとトリスちゃんとでも遊ぼうかな」
裏庭の扉を開けて外に出ようとしたら……
「マドカ!!!!無事か!!!!」
バターン、とお店側の扉が開いて、どたどた、と走る音と共に、息せき切ったグリフィスが部屋に飛び込んできた。
「グリフィスさん? いらっしゃいませ?」
「マドカ!無事か!」
グリフィスは腰の剣に手を当てて
「で、コカトリスはどこにいる!?」
と聞いてきたので、裏庭の扉を指さすと、急いで出ていこうとするので、それをとりあえず止める。
「グリフィスさん、何をしようとしています?」
「もちろん、コカトリスの退治だ!」
「駄目です!」
「え?」
「コカちゃんもトリスちゃんも羽毛の1本傷つけることは許しません」
「え?コカ……?ちゃん?トリス……ちゃん?」
とりあえず、椅子に座って、と椅子に座らせて、お茶を一杯ご馳走する。水出しの紅茶を冷蔵庫で冷やしておいたものだ。
「冷たい」
「冷蔵庫で冷やしておいたので」
「冷蔵庫…?」
おひとり様用ツードアの冷蔵庫をぽんぽん、と叩くとグリフィスが珍しそうにそれを見る。
少し落ち着いたところで、
「来週の水の日(水曜日)に来るって聞いたと思うんですけど、いったいどうしたんですか?」
とグリフィスに聞くと
「コカトリスが出たって聞いたから、あわてて退治にきたんだ」
という。
「いえ。コカトリスが出たんではなくて、コカトリスちゃんたちを飼うことにしたんです」
「コカトリスちゃん……? あの狂暴な魔物を?」
「かわいいひよこちゃんですよ?」
どうやらグリフィスと私の間にはものすごい差のあるコカトリスがいるようだ。
「何もしないって約束するなら、見せてあげてもいいですけど」
「マドカに危険が及ばないなら、何もしない。約束する」
グリフィスがそう言ったので、裏庭への扉を開けて、庭の横にできたコカトリスちゃんたちの小屋へと案内する。
明け放していたけれども、日差しが強い昼間だからか、二羽とも小屋の中でお昼寝をしていたようだ。
私たちの足音に気が付いて
「ピ!」
「ピピ!」
起きてちょこちょこと走って寄ってくる。かわいい。
「コカトリスの雛……?」
「はい」
街に一人でいって、下水用のスライムを買うために魔物屋にいったこと、たまたま孵化に立ち会ってしまい、親認定されたことをグリフィス話す。
「ということは、コカトリスと契約を?」
「はい」
そう返事をすると
「はあー…よかった」
グリフィスがそういってその場にしゃがみ込む。
なんだか余計な心配をかけてしまったようなので、
「心配かけてすみません」
と謝ると
「いや、ちゃんと確認せずに来たこっちも悪かった」
と謝られる。
そうしていると、コカとトリスがピピピ、と水場での水浴びをおねだりしてきたので、蛇口をひねってあげる。
「そういえば水場も、小屋もできてるし、部屋の中も随分変わっていたな」
コカトリスちゃんたちが楽しそうに水浴びをしているのをみて
「あ、そうだ。馬を走らせてきたんだ…。馬も水を飲ませてもいいか?」
家の前につながれている馬を思い出してグリフィスが許可を求めてきたので
「もちろんです」
馬が水を飲みやすいように大きな桶を探したけれども見つからなかったので、もともとあった大きな鉄鍋を水場にもっていき、そこに水を溜めて馬に飲んでもらうことにした。
「でもグリフィスさん、コカトリスでなんでそんなに驚いたんですか?」
馬に水をあげてから、また部屋の中に戻って椅子に座り、再び話をする。
「コカトリスがどんなに危険な生き物か知らないのか?」
「……はい」
「コカトリスは、村ひとつ、小さな町すら滅ぼしてしまえる魔物なんだよ」