お待ちくださいお嬢様っ!!
止まらないアイデアに時間が取れないので始めちゃいました。
これはなんか執事がこっそりご主人様を幼い頃から徐々に良い方向に教育していくのとか楽しそうとかいう発想から……
私はボリス・ダッグ。代々エルマンノ公爵家に仕える一門、ダッグ家の本家の三男です。
私の仕事は今年16歳となるエルマンノ公爵家長女、カテリーナ・エルマンノ公爵令嬢の専属の使用人です。側仕えということですね。
カテリーナ様は慈悲深く今どきの貴族には珍しく平民を気遣い、使用人にすらお優しいと評判で領民の支持を得ており、本人の才覚と相まって理想の令嬢と名高いお嬢様なのですが……
「なんなのよあの平民!?気持ち悪い、平民の分際でこのわたくしの視界に入り、あまつさえ声をかけるなんて無礼よっ!!……ボリスっ、今すぐあの平民を無礼打ちにしてきてっ!!」
この通り嘘っぱちなのです。我が儘で傲慢、オーホッホッホっと高笑いをする典型的悪役令嬢、それがカテリーナ様の本性なのです。
「お待ちくださいお嬢様。今までの努力をあのつまらない男1人のために台無しにされるおつもりですか?」
「っんん!でもっでもっ」
「お嬢様、お嬢様は他の貴族と違い慈悲深く、下賤な平民にもお優しい貴族の中の貴族、令嬢の中の令嬢ではありませんか。
この程度で無礼打ちでは、平民の扱いのなってない他の凡貴族と一緒になってしまいます」
「んっんん〜そうね、そうよねわたくしは貴族の中の貴族、令嬢の中の令嬢よっ!
他の凡貴族とは違うのよ!
そんなわたくしにきっとアイク様も夢中になるんだわ」
まあこんな具合で、私がコントロールしています。これも幼少からの賜物で、5歳から洗脳……いえ、刷り込み行ってきたからですね。
こういう風に言うと私がおじさんだと思われるかもしれないので言いますが、自分はお嬢様と同い年の16歳です。
なら、当時5歳の私がお嬢様に刷り込みをするのは異常に思われることでしょう。
あなたは疑問に思いませんでしたか?私が悪役令嬢と言ったことを。この世界に悪役令嬢なんて言葉はありません。
まるで別の世界から来たような言い方だと?
ええそうです。いえ、正確には違いますね。私は別の世界の記憶を持っているのです。
転生…なのでしょうが、あまりそのような感じはしませんね。私は私であって、あくまで別の世界の誰かの記憶があるだけですので。
しかし、考え方はある程度引っ張られてはいるのでしょうね。その方はかなり物騒な思想の持ち主だったようで、たまに自分自身が怖いときがありますから。
「ーーリスっ、ボリスっ!」
「はっ、申し訳ありませんお嬢様」
「何ボーッとしてるのよ。紅茶が冷めたから、淹れ直してっ」
「はっ、しかし私では未だに侍女たちに及びませんがよろしいので?」
「ならあなたがあの娘たちを越えればいいじゃない」
「無理を言わないで下さい。彼女たちは王国でもトップクラスの腕前、職人技を超えてもはや神の御技です。よく一つの貴族の家に集まったと思います」
「ふふん。家はすごいんだから」
「すごいのは公爵家であって、お嬢様ではありません。…紅茶です」
「外じゃ自慢できないんだから、させなさいよ!…あの娘たちほどじゃないけどおいしいわ」
「お褒めに預かり光栄です」
「そう、下がっていいわ」
さて、心の中の独白ごっこを続けましょうか。口に出してないのでごっこなのです。
何か問題があるのでしょうか?正直疲れるし、休めない仕事なのです。声に出せば誰に聞かれるかっ……。こういうストレスの発散方法になるのも仕方のないことなのです!ええ、ええ寂しくて悪いですね。
思えば長かったです。お嬢様にお仕えして10年、色々ありました。
ただ、今年から通う王立学園。貴族院は初等部、中等部とあり普通ならば高等部では?と思うのですが名前が変わって王立学園。才能さえあれば庶民でも特待生として入学が可能なのです。前世の記憶の中に該当する知識があります。
嫌な予感がひしひしとしますが、今はしばらく過去を懐かしんで、頑張った自分を褒めてもいいのではないでしょうか。
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ダッグ家は代々エルマンノ家に仕える名家です。ですが実際はエルマンノ家に飼われる駄犬、いえ、優秀ではあるので名犬でしょうか?由緒ある奴隷一族です。あ、一応この国では奴隷は禁止されているので社畜一族ですね。
しかし家の者はそれが当たり前のこととして何の疑いを持っていません。かく言う私も前世の記憶と知識がなければ疑わなかったでしょう。それにしても前世の記憶が蘇ってからは非常に口が悪くなってしまいました。
そんなダッグ家ですが、エルマンノ家に誠心誠意お仕えする為に幼少より社畜根性を叩き込まれます。ダッグ家に家族愛などありません、あるのはエルマンノ家への忠誠心のみ。なんてハチ公でしょう。あ、いえ、ハチ公様を馬鹿にしたわけではありません、忠犬だと言いたかっただけですので悪しからず。
私が前世の記憶を思い出したのはカテリーナお嬢様5歳の誕生日、お嬢様専属の従者として同じ年頃の者をダッグ家から選ばれる日の前日でした。
もし辛き修行の日々の中で前世の記憶を思い出していれば、私は壊れていたでしょう。
私の前世と思われる人物は怠惰で堕落した日々を過ごしていました。また国も幻想郷と言っても過言ではない平和で豊かな国でした。ただ記憶の持ち主はそれでも不満だったようですが。彼ーー記憶の持ち主は男性でしたーーは子どものような性格で、自由奔放、楽しいことが好きで脳味噌がお花畑というものでしたが、悪人ではありませんでした。ただ些か幻想郷の住人の特徴なのでしょうか?お人好しが強いのです。おかげでせっかく洗脳教育から逃れることが出来たというのに私には選択肢が二つ現れたのです。
A:明日お嬢様に決して選ばれないようにし、専属ではない普通の使用人として逃亡の機会を図る。
B:お嬢様はまだ完全には貴族色には染まってはいない。お嬢様の為にも、人民の為にも私がお嬢様を良い方向に修正する。
前世の彼は性白紙説なる、人は生まれたばかりのときは、善でも悪でもないという説を支持していたようで、私は将来お嬢様がざまぁされてしまうのは可哀想であるという思考を導いてしまいました。
彼は綺麗事が好きだったのでしょう。男なら可愛い女の子を助けなくてどうするのか!?彼の信条が私の脳裏に浮かぶのです。彼は天然の人たらしのようで、平気で臭いセリフを吐くので男女問わず無自覚で堕としていたようですね。
そして私は他の候補者である本家の兄弟や多くの分家のものどもを出し抜き見事お嬢様の専属に選ばれました。
私って優秀ですね。
本当に凄いのですよ。ダッグ家は優秀な血をどんどん取り込んでいるので分家まで全員サラブレッドなのです。高貴な者の血も流れているそうで、男も女も容姿が非常に優れているのです。ただ、そんなダッグ家の者でもエルマンノ家は気に入らなければ容赦無く殺しますので常に替えが効くようにと一族はたくさんいます。本家分家合わせて500はいるかと、ダッグ家の年間死者数は10人ほどです。普通の使用人ですと年間100人を越えるそうですので凄いですよね。どちらのことだと?どちらもです。
本家は生き残っている兄弟から最も優秀な者が当主として選ばれて続いているのでキングオブサラブレッドと言っても過言ではありません。その本家の2歳上の次兄の常人では分からない悔しそうな顔は見ものでしたね。因みに長男はムシャクシャしたという理由で奥方様に殺されておりますので私が現状ダッグ家で最も優秀な男です。
なお、ダッグ家では女性は当主に選ばれません。ダッグ家の女性は損耗率が高いのです。エルマンノ家の男には吐き気を覚えます。ゲロ以下の匂いがプンプンするのです。
まあそれはさておき、こうして私のお嬢様矯正計画が始まったのです。
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私が、お嬢様に選ばれた当日のことです。
「ボリス、食事が終わったら早速部屋に来て」
お役目は明日からなのですが、お嬢様は新しいおもちゃを手に入れた気分なのでしょう。
ですが、5歳とはいえ未婚の女性の部屋に家族でもない男性を招き入れるのは推奨されません。現在は廃れつつありますが、貴族では血が尊ばれるため、貴族の結婚では処女性が望ましいとされていました。過去形なのはここ数年ほどで、若い貴族令嬢の間で性の乱れが顕著になったからです。貴族子息は元からです。いえ、大人になっても乱れているので貴族男性と表現するべきですね。
ただ家族愛はあるようで、
「カテリーナ、夜に部屋に男を入れるのは良くない。何かしたいことがあったのかい?」
「はい!お父様みたいに駄犬を調教したかったのです。ですが、お父様がそうおっしゃるなら明日に我慢します」
「偉いね、カテリーナは。明日は思う存分躾けてあげなさい」
なんてことを言うんでしょう。お嬢様の汚染はかなり進んでいます。これ以上はまずい。
私はすぐさま行動に移すことを決意致しました。
次回以降は予約投稿で18時に投稿します。8月以降は不定期です。