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作詩の上達のために

昨今のネット上にある漢詩や同人誌に掲載された漢詩を読んでいささか思うところがあり、自戒も込めて文章にした。偉そうな口吻があるが書く際に格好をつけたかったというだけのことである。


 たとえばの話である。


 ここに一人の英語話者がいて、「The sun sets behind the mountain」を日本語で書こうと思い立った。英和辞典で単語を調べる。sunは日である。太陽である。更に調べた彼は日本語で太陽のことを「火輪」ということを知り、それを使用することにした。setは太陽が「沈む」ことだ。「沈む」を辞書で調べて、類似の意味を持つ「沈降する」を使う。mountainは山だ。日本語では岳とも言うらしい。


 それで、けっきょく出来たのは「岳に火輪が沈降する」という文であった。それぞれの言葉の意味はちゃんと調べたので問題はないだろうと彼は思った。岳は確かに山の類義語だが、山の代わりに使えばよいというものではないこと、火輪が太陽の言い換えとしては一般的でなくわからない人も多いだろうこと、沈降は普通日が沈むような場合には使われないこと、要するに「岳に火輪が沈降する」は日本語表現としてはおそらく通用しないだろうことなどは彼にはわからない。


 何がまずかったのか。それは、個々の単語の意味は調べたが、その単語がどのような使われ方をしているか、というコロケーションの部分の確認を怠ったことである。そのために、日本語の表現としては通じないものになってしまったのだ。


 漢詩を作ろうとする者の中にも、同種の病を抱えている人は少なくないと思われる。個々の字の意味は調べる。が、それがどのように使われているかは調べない。自分の頭の中で考える。結果、通じない漢詩が出来上がる。


 幸いと言うべきか、現在のネット漢詩では書き下しや訳文、語釈を作者本人が付けることが多いので、そこで言いたいことは伝えられる。原文では読めない部分も作者本人の書き下しと訳で補足できる。

 だが、それは漢詩として健全な姿といえるだろうか?


(ただしこの話はあくまで、伝統的な漢詩に連なる作品を作る意欲がある者の病の話である。別に漢詩として通じなくともよい、自分の考えた漢語的な言葉を自由に使いたい、書き下しや訳文まで含めて一つの作品である、という自覚がある人のことは問題にしない。それはそれで詩であろうとしていることは否定しない。漢詩でないイコール詩心がないということにはならないからだ。ただ伝統的な漢詩としては読めないというだけである)


 漢詩の伝統に則る意欲のある者が、通じない漢詩を作らないためにはどうすればよいか。


 一つには、詩語集を使うことである。詩語集に集められた詩語は基本的に過去に詩で使われた語であり、選んで組み立てる際に組み立て方が悪く失敗する可能性はあるものの、まず安心して通じる言葉だと考えてよい。初心者はまず、詩語集から全ての語を採って詩を作るところからはじめるのがいいだろう。実際、大半の初心者はそうやって入門していることと思われる(私を含めて)。

 詩語集のデメリットは、用意された言葉から選ぶという関係上、自分の思いを表現するというのが難しいというところだろう。


 二つめは、先人の詩の組み立てを真似るということだ。たとえば「唯見長江天際流」を「唯見斜陽山際没」に変えるのは、詩語集から詩を作り慣れて詩語に親しんだ人にとってはさほど難しいことではあるまい。


 三つめ。どうしても詩語集では思ったことが言えない、記憶している先人の詩から適したものが見つからない、自分の頭で考えた語でなければ、という場合があるだろう。

 そういう場合は、自分の考えた表現が通じるかどうか調べるのである。幸いに現代の我々は紙の本を端からめくるばかりでなくネットを利用することができる。『捜韵』という便利なサイトもある。それで、自分の考えた言葉が古人の詩の中に使われているか用例を調べるのだ。そのものズバリの表現がなければ類似のものを探す。それでも無ければ、その表現は通じないものなのだ。思い切って捨てるより他にない。そして、言いたいことを別の表現で表せないか考える。


 以上のような方法によって、読めない漢詩を作るという懸念は少なくなっていくだろう。詩語集を見、先人の詩を読み、用例を探す過程で、自然と詩語の蓄積もできていくはずだ。


   ・


 作詩に志すほどの人であれば、古人の詩を読んでいることだろう。

 どんな本で読んでいるだろうか。岩波文庫? 新釈漢文大系? その他の文庫や新書、あるいはハードカバーだろうか? それとも電子書籍か、そもそも本ではなくウェブ上のサイトで漢詩を読んでいるだろうか?


 いずれにせよ現代の日本において漢詩を読む場合は、

 一、原文があり、

 二、書き下し文がついており、

 三、現代語訳があり、

 四、語釈があり、

 五、解説がついている。

 という体裁のものが多いだろう。それぞれの順番が前後したり、詳しい解説がついていなかったり、現代語訳と解説が一体化したようなものもあるが、ほぼ一~四は備わっていると考えていいだろう。


 ここで話題にしたいのは、そういった本をどのように読むかということである。読み方である。残念ながらおすすめの本を紹介するようなコーナーではない。


 読み方といっても難しいものではない。特に考えることなく実践している人もいるだろう。つまり、「はじめは原文だけを読む」のだ。書き下しを見る前に、訳を読む前に、原文だけ見て自分なりに読み下し、詩の意味を考えてみるというやりかただ。それも、根を詰めなくてよい。わからないと思ったら答え合わせのように書き下しや訳に目を通してしまっていい。一度は原文のみを読解してみる、というのが重要だ。


 最初はわからないことが多く、すぐに書き下しや訳を見てしまうだろう。しかし、数を重ねると少しずつ自力で読解できるようになる。更にいえば、詩の意味よりも、原文の持つ構造のパターンやリズムがなんとなく身についてくる。詩を作る上ではこちらのほうが重要だ。


 一首ずつ意味を深く理解する読み方も重要だが、数をこなして漢詩というもののパターン、リズムを掴み、句法を多く知るということも重要なのだ。書き下しや訳に頼って読むやり方では、前者はわかっても後者は身につかない。


 慣れてきたらそもそも訳がない本などで読むのもよい。意味が理解できない箇所がいくつも出てくると思うが、それでもいい。組み立ての構造を頭に染み込ませるために読むのだ。


 と、縷々書いてきたが、漢詩を読むことが面白くない勉強のようになってしまってはよくない。ハードルを上げて三日坊主になっては逆効果だ。あくまで嫌にならない程度に、心の隅に留めておき気が乗ったら実践してみるくらいの気楽さでも、まずはよかろうと思う。


   ・


「紅白梅花閑煮茶」という句を作った。平仄も合っている。意味もなんとか通じるだろう。このたぐいの句は初心者が作りがちだと思われる。

 だがこの句は良くない句である。上四字と下三字が断絶している。「梅が咲いている光景」「茶を煮るという行動」にそれぞれ何の連絡もない。紅白梅花は客観的な景なのに、閑煮茶は詩人の主観的な行動である。


 これはよくない。少なくとも初心者のうちは、上から下まで脈絡が通っている句を作るべきである。作れるようになるべきである、というべきか。

「閑賞梅花更煮茶」これならばどうか。これなら、七字全て詩人の主観的な行動となり脈絡が通る。


 まず一句をしっかり作れるようになる。これは重要である。

 初心者の練習として、七字一句だけをしっかり作るのが有効であろう。詩語集から組み立ててもよい、先人の詩を真似てもよい、自らの語を、用例を調べて使ってもよい。七字一句を確実に作れるように練習する。


 できればいろいろなパターンの句を作れるようになるとなおよい。具体的にどんなパターンがあるかは言い尽くせないが、たとえば「鉄馬秋風大散関」のように名詩を三つ並べたものであるとか、「月落烏啼霜満天」のように名詞ではなく主語述語を三つ並べたものであるとか、「紅白梅花映碧池」のように「花映池」という簡単な文に修飾を加えたものであるとか、「春城無処不飛花」のように二重否定を用いたものであるとか、とにかく無数にある。


 今例に挙げた句がすべて異なる種類の組み立てであることが理解できていれば、更に他のパターンも理解できるようになるし、別の詩から同じパターンの句を見つけることもできるようになるだろう。詩を読むうちに「見たことない作りの句だな」と思ったらそれを真似するなどしてバリエーションを増やしていくといい。


 江戸時代の詩人広瀬建は『淡窓詩話』で、「絶句は転結が主である。起承がどれほど巧みでも、転結がまずくては問題にならない。起承がまずくても転結が巧みならば、その詩には価値がある」と言っている。


 というわけで、一句を作る練習をしたあとは転結の二句を作る練習をしよう。起承がないのだから特に転を気にすることなく、二句でひとつの詩を作るような感覚で臨むといい。


   ・


 最後におすすめの本などを紹介したいところだが、いかんせん漢詩関係の本は出版業界のメインストリームとはとうてい言えないので、入手することが難しいものも少なくない。


『初学詩偈法』作詩上達のために役に立つことが色々書いてある。今回の私の文章もこの本を敷衍した部分が少なくない。入手しやすければ必読と言いたいところなのだが。


『聯珠詩格』詩のいろいろなパターンを分類してそれぞれに例詩を挙げている。普通の詩集として読んでもよいし、作詩の研究にも便利である。その一部を訳した『訳注聯珠詩格』が岩波文庫から出ている。


『万首唐人絶句』書芸界のものは原文、書き下し、最低限の語釈だけが載っている。絶句をどんどん読んでリズムを体に入れるという点ではかなり有用。


『作詩訣』『作詩助言ノート』『漢詩の稽古』それぞれ同時代人の漢詩を添削している。指摘に100%従うかは別として、駄目な詩の駄目な部分をバシバシ指摘しているので蒙を啓かれるところは多い。

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