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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

透ける彼女の冬

作者: 九石 藜

稚拙な文ですが、暇潰し程度に読んでいってください。

 唐突ですが私、近衛涼華このえすずかは幽霊です。



 これから人生が盛り上がるであろう高校生の時に、とある事件に巻き込まれ死んでしまったのです。


 それで何故か成仏することなく現世に留まってしまったために幽霊として彷徨うことになりました。本来なら光と共に天に召される、とか案内人に連れていかれたりする、とか何らかの方法で成仏するのかと考えていましたが、私が幽霊となった時にそのような現象は起こりませんでした。勉強不足でした。


「……ていうか、勉強して分かるものじゃないですね」


 一人落胆しながら、私は今日も夜の町を飛行することにしました。


 冬を迎え、空から無数の綿のような白く柔らかい雪が降り積もり、空を覆う雲はどこまでも厚いように思えました。


 両手でお椀を作っても、透ける体ではその感触は分からない。それどころか寒ささえ感じない。生きてる人たちは、昼間は寒さに凍えながら働き、夜は炬燵に入り家族で団欒しているのでしょう。


 この町は私の故郷で、幼い頃から過ごし、育ってきた町です。今は夜ですから外に人はいませんが、誰がどこに住んでいるかは大体把握しています。


 昔から記憶力が高かった私は、テストでも記憶力を活かして高得点を出していましたし、地形を把握していたので迷子や観光の方を案内することもあり、その事で親にも褒められました。その時は嬉しいことこの上なしです。


 幽霊となった今では、褒めてもらうことはありませんが。


 ですけど、これはこれで楽しいんです。


 誰にも見られないから、今まで見に行けなかった様々な場所に赴くことができます。生憎県外へ出ることはできませんが、そもそも市外へ出た事も学校行事以外ではほとんどありませんでした。なので自由に動けることの楽しさを、死んでから知りました。


 でも一人だからこの楽しさを共有できない、というわけではなく。


「近衛」

「あっ、更科さん」


 去年にふらっと放浪しているときに出会った更科秋平さらしなしゅうへいさんと、今は二人で会話をしながら町の様子を見て回っています。


「今日も家に行くのか?」

「はい」


 私は死んで幽霊となってから、毎日自分の家に帰っています。その理由は言わずもがな、両親と私の妹がどのように暮らしているかが気になるからです。


 ……と、この時点でお気づきかもしれませんが、私が幽霊になってからの居場所、所謂住処は自分の家ではありません。


 大抵の幽霊さんは自分のお墓の土の中で昼間を過ごすのではないでしょうか。


 私たち幽霊は昼の間外に出ることができません。夜になるのを待つしかないのです。その時間は少し淋しいです。ずっと一人ですから。

 夜になれば更科さんとお話ができるので楽しいのですが。


「飽きないな」

「そりゃそうですよ。自分の家族の事ですから。いつまでも私の死を引き摺ってほしくないんです。またいつ暗くなってしまうのか気が気じゃないんです」


 私が死んで何ヶ月間、残された家族は写真を見る度に涙を流し、囲む食卓はしんみりとしていました。


 見ていられなかったのですが、触れることもできなければ声が聞こえることもありません。私にできることは見守る事だけでした。


 そして百か日を過ぎる頃に、段々と私の家族は生気が戻ってきて、私は心底嬉しかったんです。


 家の様子を見ていつも通りの日常を送る家族を見て安心した私は自分の家の屋根に座ると、隣に更科さんが座りました。別に飛んでいても疲れることは無いし、そもそも透けているので座る感覚ありませんけど。


「……いつも通りでよかったです」

「……そういうもんか」

「更科さんはどうなんですか?」

「俺か?」


 更科さんと出会ったのは私が死んでから一年が経過する頃でした。


 そこからさらに一年経って現在に至るわけですが、彼の死因等は聞いたことがなく、彼も話す気配がありませんでした。


 まず服装から謎なのです。


 私の場合は葬式の時に着せられた死装束の着物と天冠を身につけていますが、更科さんはなぜか高校の制服なのです。


 ですが私の同じく宙に浮いて飛行しているわけですから、幽霊であることは間違いないと思うのですが……。


 他にも気になる事は多々ありましたが、この一年であまり気にならなくなりました。


「さぁ。よくわかんね」

「家族の方は?」

「……さぁ」


 ……そういう言い方をされると気にしなくなっていたのに気になるじゃないですか。


「……話してくれてもいいじゃないですか」

「……近衛はさ、どういう風に死んだ?」

「えっ?」

「どうやって死んだ?」

「……知ってますか? 通り魔事件」

「……あぁ、聞いたことある」

「その通り魔に刺されて死んだんです。死因は出血多量によるショック死、だと思います」


 その時の事はよく覚えている。


 私の自慢の記憶力は長所もあれば短所もあり、嫌なこともずっと覚えていて、そのおかげで刺されたときの痛みはよく覚えています。


 突然腹部に激しい痛みが襲ったかと思えば、そこから血が流れ出し、全身の力が抜け道路に倒れ伏す。そこから数分して、私は意識を失った。


 そして目を覚ました時、私は宙に浮いていて、目の前に黒い服を身に纏う家族や親族がいて、しきりに涙を流していた。


 その時、私は死んだことを悟った。


「これ、見てください」

「は? ……!? ちょっ、バカ! 何やって……っ」


 私は着物の帯を解いて近衛さんにお腹を見せました。


 臍より数センチほど右側に生々しい刺し傷が、霊体となった私の体にもくっきりと残っていました。


 縦五センチ、横一センチ。家庭にある包丁とほぼ同じ大きさの傷。傷を見ても、傷に触れても痛みを思い出すのであまり見せたくはありませんでしたが、更科さんには知っておいてほしかったんです。少し恥ずかしいですけどね。


「……私、何をしたんでしょうね」


 自虐として出た言葉は、更科さんにはきっと理解できないでしょう。


 脳を過る光景は倒された机、汚されたロッカー、捨てられた教科書。ざりざりっと砂嵐のように流れる過去を思い出し、吐き気を催す。


 実際はそのような感覚が襲うだけで、霊体であるこの身では吐くことはできませんが。


「……俺はさ、事故で死んだんだよ」


 不意に、更科さんの口から言葉が零れた。


「……事故、ですか?」

「そ。首絞められて死んだ。犯人は見つかったけど、俺の死体は見つからなかった」

「今も、ですか?」

「そうだけど、俺だけは知ってる。でも、幽霊になった状態じゃ誰かに教えることもできやしない」


 更科さんは町を眺めながら自らの死までの経緯を語ってくれました。なぜ今なのだろう、と聞こうとして止めた。


「後悔はないつもりだったんだが……、一つだけある」

「……後悔、ですか」


 死ぬ前からの知識として、幽霊がこの現世に留まる理由として、未練や後悔が残っているから、という説がある。


 更科さんがそうなら、私にもそれがあるのだろうか。私は更科さんの次の言葉を待つと、決心したように口が開いた。



「俺さ、恋がしたい」



 頬を赤く染め、それでも真っ直ぐ私を見て教えてくれました。


「恋……」

「あぁ。……愛情なんて知らないからさ。注がれないなら、せめて誰かに注いでやりたい」


 更科さんは体を正面に向き直し、空を見上げた。


「……いいよな、近衛は」

「何が、ですか?」

「……」


 聞いても、更科さんは答えず見上げるばかりでした。


「……恋をしたら、更科さんは消えるんですか?」

「……今更して、どうなるんだよ。意味なんてないだろ」


 私を睥睨し、語気を強める。


 けれど私は言葉を止めない。


「……更科さん。私、あなたが笑った顔、見たことないです。それは生きてる時からそうですか? ……全部、諦めてたんですか?」

「……どうでもいいだろ」

「どうでもよくありません。……未練を残して現世に留まり続けた幽霊がどうなるか知っていますか?」

「……」

「私みたいに、徐々に体が透けていって、苦しみながら蒸発するように消えていくんです」


 それはもう恐怖でしかありませんでした。


 知り合いの幽霊さんが悶え声を荒げながら消えていく光景は、私でなくとも忘れることなく記憶に刻まれるでしょう。


「その光景を、私は見たくないんです。すっごく自分勝手ですけど。だから、一度でいいから笑ってください。楽しいなって」

「……ほんと、自分勝手だな。それは押しつけてるだけだ」


 きつく当たる言い方に、私は口を噤みました。


 だからこそ。



「けど俺は、そんな近衛が好きだ」



 その言葉が、予想外でした。


「…………え」

「俺が素っ気なく反応しても、きちんと答えてくれて。俺の話を親身になって聞いてくれる。……きっと俺の、最初で最後の恋だ」


 私の目を捉えはっきり言う彼の言葉を理解するまでに、少し時間が掛かりました。そして理解した瞬間、体が熱くなるような感覚に襲われました。


 私の体は今、真っ赤に染まっているだろう。



「俺の事、好きになってくれますか?」



 真っ直ぐ、ストレートに伝えてくる言葉には確かな決意がありました。


 そう言われて、私はどう思っているのでしょうか。私は目を閉じて、更科さんと出会ってから今日までの事を思い返してみる。



 あの時、同じく彷徨っている更科さんに私から声をかけたんでしたっけ。



 私が家族に会いに行くとき、腕を引っ張って無理やり連れて行ったんでしたっけ。



 いろんな幽霊と出会ったけれど、こうして毎日話していたのは、更科さんだけでしたっけ。



 彼の言葉を真摯に受け止めた私は、静かに目を開いた。そして……。



「はい」



 そう返事をしたのでした。


「……うおっ、何だこれ」


 すると、彼の体から光が溢れてきました。


 きっと成仏するのでしょう。これで、楽しい時が終わる。


「あっ……私も」


 そう思った刹那、私の体からも光が溢れてきたではありませんか。


 その時に、やっとわかりました。



 あぁ、そうか。




 ――私も、恋がしたかったんだ。




「……天国でも一緒にいような」


 そういった更科さんは、初めて笑った。


 笑ってくれたんです。


 それが嬉しくて、嬉しくて。もう思い残すことはありませんでした。

 

「……はい!」


 私はそれに応えるように、満面の笑みを浮かべた。


 やがて光が私たちを完全に包み込むと、落ちてくる雪に逆らうように光と共に空へ昇っていく。


 ふと下を見てみると、先程まで私達がいた場所にハート形の跡が鮮明に残っていた。


死してなお出会い、結ばれる。それって素敵なことだと思うんです。

ですがそれが実際に起こるのか、それはわかりません。

恋愛は自由ですから、何が起こっても不思議ではありません。なので諦めないでください。

きっと、このような幸せもあるでしょうから。


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