戦記69
公国軍西方戦線の要となるアルザニア城塞の作戦室はノエルが部下の軍務官達と協議する場であり、大広間とは異なり二十名程度で行う会議用の部屋のため、集まっていた傭兵隊長の幾人かは極秘会議にしても手狭に感じていた。それ以外の軍長や傭兵隊長は共和国軍の陣替えとそれを告げたノエルに意識が集中しており、彼らにとって部屋の大小など些細な事であった。
「殿下、共和国軍の陣替えにより全ての条件が揃いましたので次の策を献上致します。」
ノエルは第十一軍の移動とそれによる共和国軍の配置転換についての説明を終えると、続けてこの後の軍略の説明を求めてエヴァの様子を覗う。
「よかろう。申してみよ。」
エヴァに促されてノエルが説明を続ける。事前にエヴァや他の幹部に説明済みであっても、公式の作戦会議ではこれが初めてで、傭兵隊長達には初耳な内容だった。
「各戦線の状況からご説明いたします。まずは東部戦線。」
壁に掛けられた公国全図に筆を入れる。
「こちらは東方面軍がマノール丘陵の防衛に成功、連合王国軍は撤退しました。」
作戦室に静かに広がるざわめきの中でノエルは続ける。
「続いて南部のエンドル港ですが。」
ノエルは地図に描かれたエンドル港のシンボルを丸で囲む。
「連合王国艦隊との一戦は公国とその同盟の艦隊が勝利、エンドル港周辺の海域は確保されました。」
東部戦線に続いて南方でも勝利した情報に、傭兵隊長達のざわめきが止まらない。
「そして北の国境地帯はノイフォンの街と帝国を結ぶ街道の封鎖が解かれ交易が再開、帝国軍の武力制圧の可能性が消えました。」
ノイフォンと帝国の往来を表す矢印が描きこまれる。
「そしてこの城塞では第十一軍が去り、ファリス将軍の排除に成功しました。」
共和国軍五個基幹軍の名称のうち第十一軍に二重線が入る。
「これで東西南北、全ての条件が整いました。」
ノエルが一区切りとして一度エヴァに頭を下げて状況説明を終える。
「その情報が正しいという保証はあるのですかね。」
ライリーが礼を失しない程度、といっても傭兵基準で実際は煽る様にノエルに尋ねる。
「保証はない、というか必要ない。間もなくこの西部戦線も決着するからだ。」
「それはどのように。」
ライリーの疑問は皆の思いを代弁したものだった。ノエルの大言壮語が事前準備に裏付けされたものだとこの短い期間に知った者はいても、今回の言葉に勝利を感じた傭兵隊長はいない。
主城を守る四つの砦のうち三つが陥落、後に味方の投石で破壊したため防御拠点としての機能は無く、共和国軍が主城の城壁に取り付くのは時間の問題となっている。傭兵達の間では後二日以内に全面攻勢が始まるのとの評判が強く、どこまで粘れるかを賭ける者まで現れている。
「エンリッヒ。地図を動かしてくれ。」
ノエルは机上の地図を指し示す。
「はっ。」
打ち合わせ通り、エンリッヒは他の者に手伝わせて机に拡げられた城塞配置図を巻き上げていく。同時に反対側の元から巻かれていた部分が解かれて、ちょうど城壁を上端として共和国軍が中心となった位置で地図の巻き上げを止める。
「敵は我々が放棄した各砦からは攻め込まず、この回廊間の平地部を通り攻城兵器を用いて主城に攻撃を仕掛ける。」
ノエルは地図上に置いた主城に迫る三個基幹軍と第一砦を攻撃する一個基幹軍を前進させる。
「その裏を突いて各砦から撤退した第三軍から第五軍計一万四千と、すでに移動中の第六軍七千と第一軍から八千、これに黒バラ騎士団と親衛隊の四百を合わせた二万九千四百をミトラ湖沿いに移動させここに進出させる。」
示された場所は共和国軍主力とその後方本陣との間にある緩い丘。
「我々は共和国軍を本陣から分断、主力を包囲する。」
ざわめく傭兵隊長の中から声が漏れる。
「包囲だと。」
「そうだ。共和国軍は前方から城壁と一万の兵に、右手から森、左手から湖、そして後方から三万の兵に囲まれる。」
発想の転換、言ってしまえばそれだけだが、その理にすぐに納得できた者はこの場には誰もいない。そもそもミトラ湖を迂回する道があるのかも知らない。
「この包囲陣形を用いて兵四万で十万の敵を殲滅する。これがこの戦いの本当の姿であり、最終形態だ。」
淡々と語ったノエルの言葉を傭兵隊長達が半信半疑で机上を見つめた。
ノエルは共和国を黙らせるには停戦などでは無く、共和国軍の完全な敗北しか無いと考えた。そこで守勢堅持の姿勢を見せて城塞を攻略させ、陥落寸前になってから城塞と湖と森を壁として敵を背後から押し込み、逆包囲する策を立てそのためにアルザニア城塞を建設した。
城塞の背後から秘密通路を使い岩山を抜けた先にミトラ湖東にある極秘の駐屯地にだどりつく。待機兵力や負傷兵を休ませるための場所とノエルに説明された各軍は、砦を守る第二から五軍の半分、第一軍の予備兵力、第六軍に至っては全軍を駐屯地に置いていた。特に第一軍も主城に常にいるのは六割程度で各隊は順番を決めて入れ替わっていた。無論、投石部隊のような技術的熟練が必要な部隊については交代はほとんど無い。おかげで軍長達は駐屯地の兵力を決戦兵力だとは気が付かず、各傭兵隊の隊長も駐屯地を城塞の一部としか把握していなかった。
「それじゃあ、最初から四万も城塞にいなかったのか。」
第一軍傭兵隊『黒い荒熊』のビルス隊長が声を上げるとノエルは事もなげにいう。
「流石に四万もこの城塞には入らん。」
「しかしねえ、どうして教えなかったの。」
エルザの質問は当然なので全員が強い視線をノエルに向ける。特に第一軍は各傭兵隊が連携しつつも主城に広く配置され、また交代制だったため各隊の傭兵隊長全員が参集する機会はほぼ無かった。エルザはそれが仕組まれた事だと気が付く。
「あぁそう、この切り札を隠すために、あえて秘密にしたのね。」
大兵力を野戦のために揃えたと敵に気が付かせず、籠城戦が策だと敵味方に思わせる必要があった。そう理解したエルザの言葉に一部の傭兵隊長が反応する。
「やっぱり、俺らを信用してねえじゃねえか。」
その筆頭のビルスはノエルに対する怒りを露わにする。
「それには理由がある。なあガント。」
「そうだな、いや、そうであります。」
確認を受けた第一傭兵隊『鉄槌隊』のガントは、ノエルの問いかけを肯定する。
「どういうことだガント。」
ビルスは古い付き合いのガントが、ノエルに対して言葉を改めたのに驚く。
「軍師閣下、これが内通者の一覧です。」
ガントが差し出した書状をノエルが受け取り一読する。公国が雇い時に傭兵隊全員の身元調査などできるわけもなく、信用調査もままならないため、ノエルはギンガムと語らい帝国侵攻時に知己となったガントに内偵をさせていた。
「ギンガム、首尾は。」
「ガントの隊と協力して武装解除させてます。」
「そうか。エルザ動くなよ。」
ノエルはゆっくりと後ろに下がっていたエルザに釘を刺す。エルザにとってその瞬間が逃亡の最後の機会だったが、彼女の動きを見張っていたハイネスに逃走路を阻まれる。
「お前の首を落とすことに何の躊躇いもない。」
「わかったよ。」
一片の隙も無いハイネスにエルザは降参を、するふりをする。
「その位置は私の間合いだ。」
両腕に隠した短剣を取り出す寸前、背後からのレアルートの声に今度はエルザも諦める。
「そんなに演技が下手だったかい。」
エルザは二人の女騎士に武器を押収されながらノエルに確認する。
「いや、全く気が付かなかった。」
「じゃあ何故バレたのか、後学のために教えていただけるかしら。」
「ビルスの言葉に同調したろう。そしてさりげなく扇動した。」
エルザはビルスが傭兵仲間にノエルの悪態を付いている場に便乗して煽り、交渉次第では撤退を迫るように扇動した。その場にガントがいる事を思い出して舌打ちをする。
「追加金を狙ったのが悪かったのね。」
エルザが共和国軍諜報員から受けた依頼はノエルの監視と情報収集だった。報酬は十分だったが、エルザは恐らくそして確実に他の者が受けている攪乱工作や調略を自分が促進することで、後払い金を釣り上げるつもりだった。
「甘くみちゃったかしら。」
「俺以外をな。」
ノエルの意外な答えに驚き、ガントと二人の女騎士を見て笑みを浮かべるとエルザは退場した。作戦室では同じ光景が他にも二つあり、事情を理解した傭兵隊長達は裏切り者の背に悪態をつきながら彼らを見送る。
「これで後顧の憂いを断った。」
ノエルが改めて絵図を指し示す。
「第二軍から第五軍から各兵四千の一万二千、これを夜間にミトラ湖西に移動させる。既に第六軍と第一軍の半分は夕刻から移動しており、先頭はミトラ湖北に達しているはずだ。」
各傭兵隊長はこの場にいない斧鉞傭兵団の団長ゴーリアの巨漢に似合わない働きや、ノエルが既に手はずを整えている事で確信したレイマックは最後に確認する。
「軍師殿、我々は勝てるのか。」
「ああ、後は行動するだけだ。」
不遜ともいえるノエルの態度にレイマックは笑い、つられて幾人かも笑いをこぼす。場の雰囲気が少し和らぎそれもよい方向に向かうの感じたエヴァは宣言する。
「これより軍を二つに分ける。守備軍は引き続き城塞を守り、共和国軍の攻撃を受け止めよ。攻撃軍はミトラ湖を迂回して共和国軍の後方に進出、敵を押し込み殲滅する。」
エヴァがお飾りの姫様を止めて西方面軍司令官として振る舞いながら発言する時は、常に公国の騎士や小姓達が気を引き締めて拝聴する。
「攻撃軍の中央は第一軍、右翼に第六軍、左翼に第三軍から第五軍を配し、各軍に割り当てられた敵基幹軍を後方より攻撃する。」
公国軍の態度が傭兵隊長達にも徐々に浸透しており発言中は全員が耳を傾ける。
「敵本陣は第一軍より二個傭兵隊を割り当て敵の動きを封じる。これはビルスとガントの隊にやってもらう。」
「承った。」
「お、おう。」
驚くビルスの横でガントが命令を受領する。
「最後に、第一軍および攻撃軍の指揮は私自ら取る。」
エヴァの最後の発言に驚いた傭兵達は互いに目を交わして内容の真偽を探る顔になる。筋書き通りの発言から一変しての爆弾発言に、エヴァは常に本気だと知るノエルは慌てて諫める。
「殿下においてはこの城塞にて吉報をお待ちいただくのが最善かと。」
「椅子を暖めるのはそろそろ飽きた。」
にべもなくエヴァが答えるのでノエルは若干苛立ちを覚える。
「いや、急に指揮を取られると仰せられても、兵達が納得しないと軍は動かせられません。」
「細かな戦術は軍長に任せる。私が命じるのは進むか退くか攻めるか守るかだ。それが軍長を設けて指揮系統を明確にした理由であろう。」
「あーもう、この頑固者め。この前の竜騎士団とは違うんだぞ。十万対三万の野戦だぞ。」
礼儀を放棄してそれでも小声でノエルは悪態をつく。
「なればこそだ。戦場で公国軍の中心がどこであるか明確にする必要がある。」
「どうしてお前は。」
ノエルがいっこうに折れない主君に対して実力行使も考える間にエヴァが断言する。
「言ったであろう。我々公国の者には撤退も降伏も無い。前に進むのみだ。」
エヴァの覚悟に頭がおかしいと本気で考えるノエルを差し置いて、反応したのは暁傭兵団のレイマックだった。
「暁傭兵団は公女殿下を大将と認めている。攻撃軍の総指揮は殿下がふさわしいと考える。」
元連合王国の小王国の騎士で人望と腕前で大傭兵団を作り上げた男は、一歩前に出ると自分より十歳以上若い公女に敬意を表し騎士の構えを取る。これを機に他の軍長も続けて宣言する。
「赤竜傭兵団は異論はない。」
「まあ、ここまできたら双頭蛇傭兵団も付き合いますよ。」
「銀狼の牙も問題ない。」
当然自身と配下の傭兵団の損得は考えている。それでもこの決戦に名乗りを上げずにいられるほど商売だけでは生きていなかった。何より彼らは武人であった。続けて傭兵隊の各隊長もエヴァを支持する旨の発言が飛び交うと、ノエルにはどうする事も出来なくなった。
「この策をもって公国の、傭兵軍の勝利とする。」
勝利を疑わないエヴァの声。
「出陣せよ。」
清々しく凛々しいエヴァの一声に、一呼吸おいて自然と雄叫びが上がる。
「勝利のために!」
最後の駄目押しに触発されて、次々とあがる声が止まらない。
「よっしゃ、やるぞ!」
「やってやるか!」
「手柄はうちがもらうぞ!」
それはこの戦でエヴァが真に傭兵達の心を掴んだ証であった。
四つの傭兵団が改めてノエルの策とエヴァの指揮に従う事を宣言したのは、ノエルにとって内心安堵だった。いかに契約があり、公国軍に組み込んだとはいえ各傭兵団は独立意識は高く、出陣を拒否されるとそれまでとなる。
一方でその代価がエヴァの勝利か死かの極限の戦いへの参加であり、ノエルは阻止できなかったことを悔やむ。無論、エヴァの身を案じてではなく自身の都合に悪かったからではあったが。




