表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒バラと姫  作者: 無風の旅人
帝国の事情
7/179

戦記07

 舞踏会の会場へお歴々方の入場が続き、最後に公王と皇子が並び座る。合図と共に舞踏会開催の言葉が読み上げられ、第二幕が開始する。

 ここから出席するノエルにも、晩餐会の情報はすでに伝わっている。

 あの暴れ馬とダンスを申し込むなど、蹴られて死ぬ気か。

 ノエルは帝国の目論見は理解しつつもエヴァとのダンスを申し込んだ皇子に対して気が知れないと考えていた。それに受けたエヴァの真意も判らない。

 いや事故に見せかけてダンスで帝国皇子を亡きものにするつもりなのか。

 ノエルは従者に耳打ちして、いつでも逃げ出せるように馬車を準備させる。

 音楽が始まりエイロンが儀礼として第一公女のサラとダンスを行う。世辞抜きでサラの美貌は他国にまで知れ渡るほどであり、なかなかの美男子であるエイロンとの組み合わせは観客の視線を釘付けにした。

 ゲストとホスト代理の美しく優雅なダンスがつつがなく終わると、それを合図に若い貴族や姫君たちが誘い誘われて舞踏会の花として踊り始める。

「その件については。」

「いやいやあの若君には我々も。」

「まずは堅苦しい話は抜きにして。」

 会場の隅では帝国使節団の高位者と公国の重鎮が、音楽に紛れて会話を始める。別の場所では高名な帝国騎士が馴染みの公国騎士と因縁ありげな言葉で火花を散らす。そんないつもの舞踏会ではあったが、今宵のメインイベントが近づいてくると会場の空気が落ち着かなくなる。

 エイロンがエヴァにダンスを申し込んだことは宮廷全員に知れ渡っている。そのエヴァといえば影で貴公子と言われるほど常に軍装をまとっているため、今宵のドレス姿は公宮の面々には新鮮な驚きで迎えられた。

 ノエルが会場の端でその雰囲気を皮肉っぽく眺めていると、横から男性が帝国標準語で声をかけてきた。

「公国一の知恵者であるダロワイヨ男爵閣下とお見受けいたします。」

 振り返るとマグオリンが従者を控えさせてノエルに歩み寄って来る。男爵風情に帝国中枢に席を占める皇子の腹心が声をかける珍事に周囲は好機の目で見るが、あえて近づかずそこだけ空間ができる。ノエルとしては帝国の大貴族をお相手しなければならず楽しからずだが、公式の場で閣下とまで言われて人違いというわけにはいかない。

「その名は身に余ります、モンシャル子爵閣下。私はしがない男爵家の当主で騎士団では一従者です。」

「謙遜ですな。エヴァンジェリン殿下の采配の影には閣下ありともっぱらの噂です。」

 マグオリンの追求にノエルは肩をすくめる。

「影ではなく足の下ですな。いつも殿下に踏まれておりますれば。」

 揶揄のように言っているがまったくの事実だ。

「よくぞあの手法は思いつかれましたな。」

 マグオリンはノエルの冗談、と思われるものを聞き流してすぐに本題に入った。


 ガルム街道の整備のため通行権を売るときに、ノエルは新興商人達に条件を突きつけた。新ルートで調達した商材は公国内で消費せずに他国に売るという条件を。安い商品で国内の他の商人と喧嘩するのではなく、他国への販売で儲ける案だが、通常の税の三分の一の安さであれば新興商人も文句はなく、また公女や男爵家が購入する分はその限りではないので、騎士団に必要な物資を安く手に入れることができる。公家への商売ではないので御用商人の既得権益も侵さない。他国の政府や商人からは恨まれるが、そんなことはノエルの知ったことではない。

 こうして生まれた税収と必要な物資を格安で調達することで黒バラ騎士団を拡充していった。

「戦場でも政治でも経済でもあらゆる場面で才能を発揮されるとは。」

 ノエルはすでにマグオリンを面倒な客人とは見ていない。ここまでノエルの事を調べて近づいてきたからには、エイロン皇子のエヴァへの接近は本気なのだろうと考える。

「大帝国で政を仕切る閣下からのお言葉、恐縮の至りで身に余ります。」

「私など補佐の補佐。単なる小間使いですよ。」

 ノエルとマグオリンが互いの力量を計っていた頃、広間の中央ではエイロンとエヴァのダンスが始まっていた。

「エヴァンジェリン姫、お相手できて光栄です。」

 エイロンがエヴァの手を取りながら社交辞令を述べるとそれにエヴァは笑顔で答える。

「エヴァとおよびください。エイロン皇子。」

 優雅にステップを踏むエイロンも笑顔を返す。

「エヴァ姫。では私のことも、アルとおよびください。」

 アルはエイロンの旧語読みで、このような愛称を持つものは多い。

「アル様、見事な手綱さばきでいらっしゃいます。」

「いやいや、エヴァ姫が息を合わせていただいているからです。」

 ここまではあくまで社交、曲が変わりより動きのあるダンスへと移るタイミングでエヴァとエイロンの外交が始まる。

「帝国嫌いの私にアプローチをかけるとは、アル様は公国の何をごらんになりたいのですか。」

 エヴァの問いかけにエイロンは笑みを絶やさない。

「知りたいことは山ほどありますが。」

 さりげなく人垣から離れ中央に移動する。

「帝国は誰と親しくすべきかと。」

「それはアル様と、ではなくて。」

「手厳しいですな。」

 お互い笑顔のままで会話とダンスを続ける。

「まもなく、帝国は混乱の中心となります。」

「先帝の容態はそれほどなのですか。」

 帝国に対する気持ちとは異なり、祖父である先帝に対する気持ちは単純ではない。先の公妃は先帝の娘であり、現皇帝の異母兄弟にあたる。ゆえにエイロンとエヴァは従兄弟である。ただ公妃が公国に降嫁した時に祖国と縁を切ったため公式の場以外での交流は一切無い。祖父も母から聞いた話のみでどのような人物かは想像でしかない。

「二か月持つかどうか。」

 エイロンの言葉にエヴァは一瞬言葉を失う。

 今の帝国は現皇帝が病に倒れ、回復後も完全に国政をみるにいたってない。そこで皇帝親政から宰相を立て皇帝を輔弼する体制としたが、この宰相が身分の低い出であるため貴族側との対立が起こり、ついには宰相を中心とした官僚派と選帝侯を中心とした貴族派に別れて深刻な政治闘争に発展している。

 辛うじて両者を抑えているのが官僚機構を自ら整備し、各選帝侯を幼少のころから知る先帝であった。その先帝の死は両派への押さえが無くなることを意味する。選帝侯以外の貴族には官僚派も少なくなく、帝国軍中枢も両派に分かれているため最悪は内戦まで発展しかねない状況になっている。そんな中で他国とは異なり、帝国とは独特の関係を持つ公国の動向は両派にとって見過ごせない。その思惑の強硬策が先の戦役であり、懐柔策がこの視察団である。

「アル様、お願いがあります。」

「何なりと。」

「先の陛下のお見舞いがしたい。」

 しばらく沈黙のまま、二人はダンスを続ける。エヴァの意図は何処にあるのか、完全に読みきれないエイロンは覚悟を決めた。一歩踏み出すことに。

「わかりました。殿下。帝国に戻りしだい取り計らいます。」

「ありがとう。アル。」

 エヴァはあえて敬称を略した。

「お役にたてて光栄です、エヴァ。」

 エイロンも愛称だけで呼びかける。こうして二人に、また両国にとって重要な会談は終わった。


 エヴァとエイロンの会話が実を結びそうな頃、ノエルはマグオリン相手に苦労していた。ノエルを持ち上げることを止めないマグオリンに、周囲の視線が加わりノエルを消耗させる。

「北方国家との取り決めはやはりノエル卿が。」

「まさかそのような行為は公国では越権行為です。」

 本当はそれどころかエルノ河流域の国々へ、公国を経由するルートを密かに宣伝していたりする。

「よくぞ帝国との国境地帯にいる盗賊団を退治されましたな。」

「黒バラ騎士団の手柄です。私は何も。」

 本当は盗賊団を罠にはめて、捕縛する前に幹部は処理した上で一部の人間を引き抜き、それ以外を公国の官警に引き渡していたりする。

「今ではその富は公国の大富豪リーン家をしのぐとか。」

「まさか街道と騎士団の維持で火の車です。」

 本当は様々な方法で収益や資産を分散してエヴァの個人資産として蓄財している。無論、公国府へは街道からの税収を正確に報告しているが。

 マグオリンの情報の正確さはノエルの想像を超えていた。マグオリンは第二公女を懐柔するにしても上下関係をはっきりさせるためノエルを攻めており、それが理解できるノエルは苛立ちをつのらせる。

「降参です。さすがは帝国の次期宰相と呼び名高いマグオリン卿。」

「まさか、それこそ奇跡でもおきない限りはそのようなこと。」

「いやいや、主が至尊の座につかれれば、今すぐにでもなられましょう。」

 ここでマグオリンのやや表情が変わる。

「ノエル卿は想像力が豊かであられる。それは貴公の主を想定してのお話か。」

 ノエルはここで切り返すマグオリンに感心しながら答える。

「それこそ奇跡ですな。まあいずれにせよ、それまでに我が身が持つとは思えませぬが。我が主の癇癪は日に日に凶悪になっているゆえに。」

 ノエルが少し茶化すとマグオリンも笑みを浮かべる。

「ほぅ。癇癪が凶悪になるとはこういうことか。」

 ノエルは左手に聞こえた死刑宣告から逃れようとして間に合わず、頭に衝撃を感じてよろめく。

「痛っったい。殺す気か。だいたい鉄扇持ってドレスにダンスならさっさと殺れよ。」

 礼儀も良識も知略も捨てて怒鳴るノエルに、エヴァは他の若い貴族から鉄扇を受け取る。

「この程度では無理か。もう少し重くすべきか考えよう。」

 それだけ言うとエイロンを伴って上座へと移動する。その後ろ姿に貴族にあるまじき仕草をしたノエルは、頭の治療と称してそのまま会場から出ていく。

「追いますか。」

 従者の問いにマグオリンは首を振る。

「これ以上は無理だろう。しかし噂以上だなどちらも。」


 翌日の午後、黒バラ騎士団の本部でエヴァからエイロンとの約束を聞いたノエルは舌打ちを隠さなかった。エヴァがエイロンの伝手(つて)で帝国を訪問するのは、私的で非公式でも政治の範疇になるからで、エイロンもマグオリンもエヴァの直接訪問は想定していなかったとノエルは考える。

 二人の元々の目的は帝国内で足場を固めるため、公的には公国と帝国の関係改善をエイロンが努めたとの実績作りであり、私的には公国要人との関係を作ることである。では、公国第二公女が帝国を訪問した場合は。帝国側からは公国がエイロンの後ろ盾になったと邪推される。公国内部では第一公女派と公子派からエヴァとエイロンが組んだと疑われる。

 筋金入りの帝国嫌いであるはずのエヴァが帝国に行くことは、公国と帝国の両方に嵐を巻き起こすだろう。

 逃げるか。

 ノエルが思考の海に浸っているとエヴァが手袋を投げつけて引き戻す。

「決闘でもするつもりか。」

「勝負になると思うのか。それよりも、その不満そうな顔を止めよ。」

 ノエルが不満なのは本心だから、エヴァも余計に不愉快なる。

「不満だよ。勝手にそんな約束するとはな。」

 むしろこちらが勝手なことをする予定だったのに、とノエルは自分の予定が潰されたことも不満だった。

「ノエル卿が側にいないと駄目だな私は。」

 エヴァの突然の弱気な告白にノエルは虚をつかれた。うつむきかげんに済まなそうな顔をするエヴァの顔などこれまでの記憶にない。

「いや、なんというか反省しているのなら。まあ今後は勝手に約束しないように。」

 ノエルはうっかりエヴァに気を使ってしまった。

「ありがとう。こんな私でもいつも通りそばにいてくれるか。」

 とんでもなく殊勝なエヴァにノエルは返事をするしかなかった。

「ああ。」

 途端にエヴァがいつもの表情に戻る。

「そうか、よかった。では来週は帝国だ。頼むぞ。」

 ノエルは顔全体でシマッタと表現するが後の祭り。まったくその気の無かったはずのノエルは、エヴァのお供として帝国首都に向かうこととなる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ