表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒バラと姫  作者: 無風の旅人
帝国の事情
6/179

戦記06

 今日も男爵家に暇つぶし(ノエル見解)に来ていたエヴァにノエルは説明する。

「ノイフォンはあくまで防衛拠点で街はおまけだ。」

 不遜なノエルの説明にも必要とあらばエヴァは真摯に耳を傾ける。

「ノイフォン城の西側に広がるように街は発展している。南北に壕があるため帝国から攻めこまれ難いが、それでも街側の城壁は低いため過去何度も街への侵入を許している。」

 エヴァは疑問を口にする。

「なぜ城壁を高く作らない。」

 それがあれば街を守れるはず。

「本来はあの街そのものが城壁だ。」

「どういうことだ。」

 ノエルは書斎の書棚から一枚の地図を取り出した。

「これはノイフォンの地図だ。大きな通りは正確に作ってある。」

 元々、ノイフォン城はマール河の中州の立てられた城で、現在はマール河の流れが変わったため支流から水を引き入れて周囲を濠としている。地図の東側にノイフォン城があり、西側の街は細かく書きこまれている。

「街の広さのわりに大通りが少なく、帝国と公国を結ぶ主街道以外は必ず障害がある。」

 ノエルは地図に書かれた噴水や、市場、集会所を指し示す。

「街はノイフォン城の前に大型の攻城兵器を展開するのを防いでいる。そのおかげで帝国軍がノイフォン城の攻略するのに時間がかかる。その間に公国正規軍が援軍として駆けつける。」

「民はどうなる。」

 先の戦いでも避難する時の混乱で怪我人がでており、過去の戦では千人以上が犠牲になっている。

「盾、とまでは言わないが。」

 エヴァの顔色を見てノエルは修正する

「元々、ノイフォン城は防御拠点として建てられた。商取引で街が発展していてもそれは副産物だ。」

 優先されるのはどちらかは明白。

 言外のノエルの言葉にエヴァは黙っていたのは、さらなる知識が必要であるから。

「伯爵は。」

「伯爵の意志は関係ない。公国の基本戦略だ。」

 ノエルは断言するが、エヴァはそのような話を聞いたことがなかった。

「代々の城主は城の西側に無秩序に街が広がるのを黙認している、それが答えだ。」

 エヴァはしばらく沈黙していた。

「もっと避難しやすくはできないのか。」

「あの街には帝国の間者やその協力者がわんさかいるからな。下手に城内に民を入れると中から何をされるかわからない。」

「どうすればよい。」

 遠大なものから手近なものまで、エヴァにとって公国全てが守るべきものである。

「軍隊と一緒だ。組を作って避難を組織化する。ただし伯爵の協力が必要だな。」

「ノエル、何が狙いだ。」

 エヴァの視線が鋭い

 長年の付き合いからエヴァはノエルが片目を少し下げているときは別の目的があることを知っている。

「組織を作れば名簿ができる。名前に家族に出身地。名簿に名前がなければ帝国の犬だ。」

「ノエル。」

「なんだエヴァ。」

「何を企んでいる。」

「今後必要となるからな。」

 ノエルはそこで話を打ちきり別の話題を始める。臣下にあるまじき態度だが、ノエルを講釈を聞くときはエヴァは努めて大人しい。ほどなくして公宮からの迎えがあり、エヴァは帰り支度を始めながらノエルにたずねる。

「明日の舞踏会には出席するのか。」

 帝国からの視察団を慰労する舞踏会にエヴァは当然出席するが、ノエルは階級的には出席しても差し支えない程度。

「はあぁ。いいや、珍獣観察も飽きたからな。」

 つまりノエル様は舞踏会には欠席される。

 フローリは頭の中で主のスケジュールを組み替えた。

「そうか。では命じる。出席せよ。」

 やはりノエル様は舞踏会に出席される。

 フローリは頭の中の主のスケジュールをまた組み替えた。

「なんだよそれ、従者ならほかを選べよ。」

 ノエルには当然の拒否だった。

 昼間は猛獣公女の相手で疲れるのだ、夜の珍獣演芸会まで付き合えるか。

 心の中で毒づくノエルには気にも留めず、エヴァは訂正する。

「従者?それは違うな男爵。明日の舞踏会は帝国の第二皇子とその懐刀が相手だ。我が右腕として戦場に赴くのだ。」

 帝国の第二皇子エイロン。エヴァと同じくやんごとなき身でありながら戦場で馬駆る金髪の獅子。金髪をなびかせ戦場を駆け抜ける姿が列国の姫君達から下町の髪結いにまで絵巻で知れ渡っている。

 ノエルにすれば次期皇帝の野心丸出しだが、帝国民の人気は高い。

 その懐刀のモンシャル子爵マグオリンは帝国の大貴族モンシャル選帝侯の次男で若くして皇帝秘書官補を努めるエリート。マグオリンは帝国軍軍務局にも籍を置き、エイロンが司令官として出陣するときは軍監として同行する。エヴァがエイロンを相手どるなら、マグオリンはノエルが相手をしなけばならない。

 そんなわけはない。

 ノエルは心の中で断言する。何の役職も持たない一男爵がそんな大物の相手をするなどありえないからだ。

「命を速やかに拝命するのは臣の務めなれど、かのマグオリン卿の相手となれば役者不足は明白。臣の才なきにより殿下に。」

 滔々とやりたくない意思表示するノエルにエヴァは笑みを持って答える。

「良い。此度の策は毒を持って毒を制すじゃ。適任であろう。」

 言うだけ言うとエヴァは部屋から退出してしまった。自らが仕える公家の一員を臣下が玄関まで見送らないなどあってはならないことだった。だが、どうせ自室で荒れ狂っているであろうノエルの見送りなど不要と男爵家の執事に伝えると、エヴァはさっさと迎えの馬車に乗り帰ってしまった。

 ノエルはエヴァの予想通り荒れていた。

「あの女よりによって俺を外交の道具にするとは。」

 ソファーのクッションを投げつける。横でフローリが茶器を片付けるが特に気にもせず慣れた様子である。

「エヴァ様はお一人では辛いとノエル様をお頼りになっているのでは。」

 フローリの天使のような解釈にノエルは悪魔の思考で答える。

「はっはっは。何かあったら公女の代わりに貴族社会の変わり者の首一つで済ますつもりだぞ。」

 先週から来訪している帝国からの視察団の帰国の宴が開かれる。この視察団の目的は文字通りで街道視察だが、帝国の第二皇子にその腹心が同行しているのならそれだけでは済まない。公国の内情を探り、隙があれば仕掛けてくるのも常識である。

 とくに明日は最後の晩餐のためその可能性が高い、というか必ず仕掛けてくるだろう。帝国嫌いの激発姫が問題起こした時、身代りが男爵家一つであれば安いものだ。

 ノエルの考えはフローリには疑心暗鬼に感じた。

「ノエル様。」

 フローリが声を掛けるとノエルは黒く笑い出した。

「ならいっそ巻き込むつもりで行くか。死なばもろとも。」

 小さいころからこの笑顔がでると止めようがない。唯一フローリの母である乳母が何とかできたが、今はそれもできず、フローリは嘆息すると茶器を持ち部屋から下がる。


 翌日の午後、フローリは陰謀顔のノエルを見送りながら天国にいる三人の母にノエルとエヴァの無事を祈った。


 公家の自宅は公宮を兼ね、カルツェ城との名を持つ。その大広間では視察団の慰労の晩餐会が開かれている。

 帝国に対して公国は面積で十三分の一、人口で十五分の一、兵力は二十分の一ではあるが、大陸の交易の拠点として経済活動が盛んなため国力の差は人口ほどではない。また公国は帝国の皇帝選定権を持つが、この皇帝選定権が帝国と公国の関係を不思議なものにしている。

 両国の関係が成立したのは、帝国の現王朝の誕生時に遡る。

 旧王朝の選帝侯であるリードランド侯爵は旧帝国崩壊時に独立を決意、他国をも巻き込んだ帝国内乱の時代に公国を樹立、外交権と通貨発行権を保持するようになった。

 その後の帝国統一戦争で最大勢力となった現王朝の初代皇帝が帝位継承を目論んだ際に、選帝会議を推進したのがリードランド公であり、その助力を得て初代皇帝は現王朝のを開くことができた。

 初代皇帝は即位後に公国を正式に認め、公国は選帝権を保持しつつも選帝会議は必ず欠席することで影響を及ぼさない関係となった。

 公王が会議への参加を求める帝国の使者に欠席と全権委任の旨を告げるという儀式は継続され、二百二十年の長き渡り関係を続けてきた。


「殿下いかがですか。我が公国を視察された感想は。」

 公王も出席する公国の重鎮達と帝国の視察団との晩餐会で公国宰相はエイロンに尋ねる。

「素晴しいの一言です。この水準で我が国の街道が整備されていればと何度も思いました。」

 公国宰相の質問に笑顔で答えて手放しで褒めるエイロンだが、これは修辞無しであった

 公国の街道整備の視察。整備された街道は公国の経済発展と大陸の南北交易、東西交易を支え、公国首都を中心に莫大な利益を生み出している。

 帝国はこの公国の経済力の一端を知るため、第二皇子を代表とする視察団を派遣した。無論それだけでなく、ノイフォンの戦いの後始末や今後の両国の関係について協議するためでもある。

 公国の街道は馬蹄や車輪に耐えうるほど固めた道を首都から放射状に整備しているからこそ、物資の輸送効率は高く軍の展開も速い。それを支えるのが街道を細かく区域に分けて街道沿いの街や村に整備義務を負わす法であり、それにより天災や事故や老朽化に対して速やかに修復される。一見すると賦役を課しているがいるだけだが、実は費用は公府や領主持ちのため街や村の収入源になっている。だからこそ積極的に修復するし、自ら見回りもする。街道の整備は交易からの利益に跳ね返るため、多少の出費も投資として捉えられ結果、街道は維持されている。

 エイロンにとって公国の強さを改めて理解できたことは大変な収穫だった。

「どうだマグオリン。街道整備については公国に教えを請うてはどうかな。」

 エイロンが同席するマグオリンに問うと、大きくうなずきながら主の言葉を首肯する。

「はい、特にガルム街道は警備体制も考えられておりますれば、是非に我が国の専門家にご教授いただきたいと。」

 公王は大国の代表からの賞賛に鷹揚に応える。

「エヴァンジェリンよ。おまえが作った道は賛辞を受けておるぞ。」

 父である公王からの言葉にエヴァは目礼で返す。ここ数年で整備されたガルム街道は連合王国を経由せずに北方国家からの物資が南方に送れるルートとして発展した。無論、連合王国からは問題視されているが街道の整備は各国の権利と義務であり簡単に介入できない。

 それを推進したのが第二公女のエヴァである。父の公王に借金を願い、また新興商人に通行権を売却するなど資金を集めて寂れた街道を整備した。

 特に街道を終点のファルナからエルノ河まで伸長した時は周囲から不思議がられたが、エルノ河を下ってくる交易船の分岐ルートとして街道を活用した件は各国の経済官僚を唸らせた。

「公女殿下の慧眼はわが国でも知らぬものはおりませぬ。」

 マグオリンはエヴァの二つの力のうち、黒バラ騎士団よりもガルム街道に注目している。エイロンがエヴァを見て会釈をすると公国の重鎮達に語りかける。

「エヴァンジェリン姫の十分の一の才が我が弟にあればとしみじみと思います。」

 エイロンが言う我が弟とは、ノイフォンの戦いで総司令官を勤めた第三皇子ブルノーだと誰もがわかる。それだけにすぐには反応できない貴族達。公国宰相もさすがにいやはやと言葉を濁す。

「ブルノー皇子はそれほど暗愚ではありません。」

 エヴァの声に周囲に軽く緊張が走る。ノイフォンの戦いの立役者で、帝国軍を翻弄した帝国嫌いの公女の発言に誰もが息を呑む。

「ただ優秀過ぎる兄達を持ち、焦っておられるだけです。」

 この場合の兄達とは皇太子であり第二皇子のエイロンである。

「私も美しすぎる姉を持ち、常にかのようにお淑やかになれぬかと悩んでますれば。」

 ここで列席の貴族達に笑いが起こる。第一公女の美貌を例に出すも“おしとやか”などエヴァから最も縁遠い言葉で悩んでるとはありえない。この様子にエイロンが言葉を継いだ。

「姫が淑やかでなければ、我が妹どもはじゃじゃ馬ですな。」

 エヴァは公王の表情をさり気無く確認するとエイロンに軽く答える。

「公国のじゃじゃ馬はダンスの時に殿方の足を蹄で踏んで困らせております。」

「それは是非お相手いただかなければ。帝国の無骨者は愛馬とダンスを好みますので。」

 通常であれば侮辱ともとれる発言で軽やかに笑いを取るエイロン。

「これはこれは。舞踏会が楽しみだな。」

 公王の言葉で話題が変わる。こうして和やかに晩餐会が終了したが、皇子から公女へのダンスの申し込みの意味を理解した者達は報告に噂話に密談にと慌しく動き始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ