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黒バラと姫  作者: 無風の旅人
公国包囲戦
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戦記45

「ダロワイヨ男爵の身柄は一時的に公国に戻すこととなった。」

 小アルタの代理としてノエルと共に帝宮に入っていた騎士ドルーツェは、軍務官からそう告げられて面喰らう。ノエルを侯爵家の賓室で待っていたドルーツェが、理由も説明せず一方的な軍務官に反発するのは当然だった。

「閣下の身はローゼリオ侯爵家の預かりのはず。軍務局からそのように言われても承服しかねる。」

「ダロワイヨ男爵の身柄は元は停戦の条件として帝都に拘束している。貴家への預かりは殿下からのご配慮であり、管轄はあくまで軍務局にある。」

「主からの厳命である。」

 自分の身柄を巡って帝国人同士が争っているのをノエルはぼんやり眺めていた。

「殿下のご意志に反するのか。」

「まずは当家に戻されるのが筋であろう。」

 次第に声が大きくなると互いの部下も警戒を強め、そのうち両者から罵声が発せられるに至り、仕方無しにノエルはドルーツェに声を掛ける。

「ドルーツェ、構わん。」

「しかし、主命は貴殿の警護でありますれば。」

「小アルタに伝えろ。」

 ここでノエルはワザと声を潜めて、ドルーツェにのみ聞こえる様に言う。

「これは予定通りだと。」

「なんと。」

「私は公国へ奇跡を創りにいくと伝えよ。我が弟子ならそれで理解しよう。」

「しかし。」

「我が最後の戦いだ。」

 食い下がろうとしてドルーツェは、ノエルの自信溢れるそして覚悟を決めた表情を見てしまった。

「ご武運を。」

 その言葉に頷いたノエルの歩み去る姿が消えるまで、ドルーツェは敬礼を解くことができなかった。


 別室に連れて行かれたノエルは、公国代表団からの迎えを待っている間に来客をうける。

「ダロワイヨ男爵閣下。」

 美しく良く通る声が部屋に響き、窓から見える風景を眺めていたノエルが振り向くと一人の女騎士が立っていた。

「貴公は。」

 美声に負けない美貌の騎士は膝をつくと口上を述べる。

「帝国騎士レアルート・ファリスです。宰相の命により男爵閣下の警護の任にあたります。側仕えご容赦いただきますようお願いします。」

 淀み無く話し終えたレアルートは、膝を付いたままノエルの反応を待つ。

「宰相閣下からの命令であれば致し方ありませんな。」

 レアルートから命令書を受け取っていた軍務官は、含みのある物言いでノエルに振り向き説明する。

「貴殿の身柄は一時的に公国に預けるのであるからには、この程度の条件は飲んで頂きたい。」

 要望という名の要求であるため、抵抗してもむだたとノエルは黙って頷く。内心は手回しの良いマグオリンの采配を毒づきながら、ノエルはレアルートを立たせて確認する。

「何で女なんだ。」

 容赦ない言葉にレアルートは動じないが、ふと気が付いたノエルは珍しく失言を詫びる。

「いや、貴公を軽んじたわけではない。なぜ貴公を選んだのかを考えただけだ。」

 数少ない女騎士に俺の相手をさせるとは、うちの姫様が狙いか。だとすればマグオリンの個人的な策謀ではなく、完全に帝国中枢の意志としての人選だな。

ノエルは考えると同時に記憶の中からその名前の持つ意味を思い出す。

「で、ファリス家といえば皇帝親衛隊や儀仗兵にも選ばれる由緒正しい名家だな。女の身で家督を継いだとなれば、兄弟はいなかったのか。」

「兄二人が戦で亡くなりました。」

「そうか、悪いが敵討ちは無理だぞ。俺の首は今のところ次期皇帝陛下のものだからな。」

 わずかにレアルートが強張ると、半分探りを入れたノエルは図星であった事を知る。

「戦の習いであれば。」

「そうか。」

 それ以上は言及しない良識はノエルにもある。

「ん、しかし他家からの養子でもありだろう。」

 そう言ってしまうのもノエルであった。

「私を乗りこなせる殿方が皆無でした。」

「ならうちの牝馬と気が合うだろう。なんせ飛びっきりのじゃじゃ馬だからな。」

 それに対して答えに窮したアルートは、沈黙は金と考え頭を下げる。その如才なさをつまらなさそうに見たノエルが、人影に気が付いた時には遅かった。

「ぐげょ。」

 頭部を襲った痛みと衝撃でのけ反るノエル。

「まったく人に対する無礼だけは百万の兵に匹敵するな。」

 振り向いたレアルートは、公国の悪魔を一撃で仕留めた激発姫と初めて相対した。

 これは。

 高貴なる身で戦陣に我が身をさらし、第三皇子の陣に単身切り込んだという噂には半信半疑でも、その意志の強さと激しさは感じたレアルートは無礼にも名乗る前にエヴァを直視してしまった。

「お目付け役ご苦労。この男に遠慮はいらん。」

 レアルートはエヴァに声をかけられ慌てて姿勢を正す。

「ファリス家第三女、騎士レアルート・ファリスです。公女殿下に拝謁賜りましたこと恐悦にございます。」

「うむ。これは他人の悪意を育てる事が趣味の男だ。怒りを感じたらすぐに吐き出せばよい。」

 レアルートの無礼を意にせず、エヴァは非難の視線を送り続けるノエルの扱い方を説明する。

「はっ。」

 本気か冗談か、今一つエヴァの真意が判らないレアルートは返事をするのが精いっぱいだった。


「ラント殿、都市連盟がこの約定を守っていただけるのであれば公国はこの通り、連盟を優遇しよう。」

 公国宰相は目の前に座る男に一通の書面を渡す。

「宰相閣下、我が都市連盟は各都市の集合体であり、信義を守ることにより成り立っております。」

 都市連盟の有力都市マルサラの海軍提督で交渉代表であるラント提督は、書面を重々しく受け取る。

「エンドルの優先入港権と近海の五島の保護権、確かに。」

 書面の内容を確認したラントは笑顔で頷く。公国は取引で都市連盟に手を引かせるために、多大なる譲歩を行った。海上戦力で劣る公国にとって、都市連盟の合同艦隊に貿易港であるエンドルを封鎖されては国命に関わる。連合王国の主力艦隊との決戦に全力をかけるためにも必要な処置だった。

「よくアレだけで都市連盟が飲みましたな。」

 ラントが退席した後に、呼ばれたニーヘン軍務卿が宰相に囁く。商売人の権化のような都市連盟の重鎮が今後の利益だけで納得したことに不思議だったからだ。それには直接答えず、宰相は懐から二つに折られた紙片を取り出す。

「北方王国のアグニート王からの書簡だ。」

「北方艦隊の入港要望書ですか。」

 北方諸国の海軍は半帆半櫂の船が主体の内洋艦隊で、大海に出る帆船主体の都市連盟の海軍とは機動力も行動範囲も異なる。ただ沿岸や内陸であれば屈強な男達が漕ぐ半帆半櫂の船の機動力は驚異で、都市連盟はこれまで様々な手段を用いて北方諸国の内海へ進出を拒んでいた。それがエンドラの港を基点にできるとなると、都市連盟の内海の権益や制海権を脅かしかねない。

 読み進めるニーヘン軍務卿の目が最後の条項で鋭くなる。

「これはエンドラ防衛まで約束した内容ですか。」

 停泊中に公国が他国と戦争状態になり、敵国の艦隊がエンドラを攻めた場合は求めに応じて協力する。儀礼を重んじない北方王国の簡素な手紙は、この有事の際の戦力提供が書かれており、アグニート王の花押がある正式なものだった。

「いったいこれはどのような経緯で。」

 十二分に政治的、軍事的要素が強いこの書簡にニーヘン軍務卿は懸念を顔に浮かべる。

「どこぞのお節介者が南との交渉に使えとよこしてきた。」

 宰相の言い回しでニーヘン軍務卿が簡単に気が付くほど、ノエルの存在は公国に浸透していた。

「それとこれは内々だが、ラント提督は都市連盟の各商会から物資を大量に買い付けた者がいると告げた。その交易船を警護するために都市連盟の艦隊が動員されるとも。」

 控えていた書記官が宰相に促されて、記述していた書類 を読み上げる。

「荷運びは延べ二百隻となるそうです。そのため警護の艦隊は二個艦隊が動員されるとの事です。」

 これが本当なら連合王国の艦隊がエンドラ封鎖に動けば最悪、都市連盟の艦隊と衝突することになる。ニーヘン軍務卿はこの微妙な駆け引きを演出した男の顔を思い浮かべて嘆息する。

「よくもまあ、このような謀に宰相閣下もお付き合いなさりますなあ。」

 書記官は宰相に対するニーヘン軍務卿の微妙な反応を訝しながらも自分の仕事以上は話さない。

「だいたい機を見るに敏な都市連盟がどこまで我々に付き合うのか疑問です。」

「まあな。だが牽制ぐらいにはなる。」

 宰相はニーヘン軍務卿にそう言うと、役目を終えた書記官を下がらせた。執務室に残った宰相とニーヘン軍務卿はしばらくの沈黙の後に、先に宰相が口を開いた。

「南は何とかなるかもしれんという他力本願、北は皇帝の気分次第。」

 公国の地図が描かれた巨大な革の壁掛けの前で宰相は尋ねる。

「それもこれも西と東しだいだが、実際の所はどうか。」

「死力を尽くすしかありません。」

 またしても沈黙が訪れる。宰相はそれ以上の言葉を求めず、ニーヘン軍務卿もそれ以上は語れないため一礼の後に退出した。


 都市連盟が参加しなくとも陸戦には影響がないと判断した二カ国は、これに意に介さず一日違いで軍を進発させる。その総兵力は十万三千となり、対抗措置として帝国が五万の兵で介入の準備を始める。

 正式に宣戦布告がなされた以上、大陸各国の首脳部には公国滅亡が規定路線であり、この戦は帝国と二カ国との南部戦線の構築だと認識されていた。

 そんな中で公国は疲弊した騎士団と兵団に民兵を加えた最大でも二万の兵力でこれにあたらなければならなかった。

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