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黒バラと姫  作者: 無風の旅人
帝国大乱
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戦記33

「竜狩り作戦は次の段階に移る、合図を送れ。」

 ノエルがホーウッドに命じると、ホーウッドがケンリックに筒付の矢を渡す。先ほどの矢文とは違いケンリックが見習い時代から扱っている黒バラ騎士団が通常使用する通信矢のため、手早く準備を終えて矢を放つ。矢は天空の頂点から落下が始まると筒から吹き出る黄色の煙を纏わせながら公国軍の本陣の方向へと落ちていく。


「報告します。敵の本陣方面から黄色が上がりました。」

 公国軍本陣では、監視の兵からの報告をルードルフとエヴァが受けていた。

「殿下。」

「これで竜狩り作戦は第三段階に入る。」

エヴァは本陣に残った幹部たちにそう告げると、戦扇で机上の戦場の戦力配置図を指し示す。

「いま一度、戦局を確認する。左翼は。」

「慎重な戦いぶりで敵の貼り付きに成功しております。」

「右翼は。」

「こちらは敵大隊を圧迫し続け、僅かですが押しております。」

「中央は。」

「「竜の顎」との戦いはほぼ互角に推移しております。」

「さすがはムーグベルク団長だ。あの大隊と互角に戦えるとは第一騎士団もその名に恥じぬ働きですな。」

 攻勢に出ていて攻め切れていない、などと言うものは一人もいない。竜騎士団相手に短期とはいえ互角以上であるのは奇跡的であったからだ。

「これ以上、兵は割けんが物資は惜しむな。ここが正念場だ。」

 公国軍は弓矢に剣に水食糧に包帯、薬と必要なものは直ぐに送れる体制を整えている。それについて念を押したエヴァは、改めて全員に今の状況を伝える。

「愉快ではないかとは思うが。」

 エヴァの笑みを伴った前置きに伝令兵まで不思議に思う。

「あの黒策士の策が予定通りに進んでおる。」

 ノエルの顔が脳裏に浮かぶ度に不愉快になる者もいる。それを見越しての前置きでエヴァは更に続ける。

「敵はそれ以上に煮立っておるはずだ。」

 その指摘には苦笑いする者が続出する。公国は予定通りに作戦を進めている側で、敵は損害を出している。エヴァの言う通りだと想像をすると司令部の面々も少しは溜飲が下がる。その雰囲気が一巡したのを確認するとエヴァは堂々と告げる。

「あと少しだ。あと少しで公国軍は帝国の象徴を倒し、この遠征に決着をつける事ができる。各部隊も合図は知ってようが改めて伝令を出し、作戦が順調であることを伝えよ。」

「はっ。」

 エヴァは余裕ある態度で幹部達の過度な緊張を解すのに成功する。その横でルードルフは、他の者から見えぬ位置にあるエヴァの左手が固く閉じられている事に気がつく。ルードルフが今更ながら思うのはエヴァとノエルがまだ十代であり、公国はこの若すぎる二人に命運を委ねていることだった。


 若すぎるもう一人は完全武装の敵騎兵に囲まれながら、どう見ても危険の二文字しか浮かばない竜騎士の壁に向かって突進していた。

「これで生き残れても全ての運を使い果たしそうだな。」

 ノエルがのたまう、そんな凶悪な運命に向かう騎士達は一糸乱れぬ隊列で駆ける。

「斉射準備。」

 騎士が馬上で弓を使う事は比較的多くないが稀ではない。しかし突撃中に使うとなれば皆無で、黒バラ騎士団の特殊性の一つとなっている。

「射て。」

 馬蹄の音で聞こえないため、指揮官が放った二呼吸後に放つ訓練は徹底され、十数本の矢が前方の隊列に吸い込まれ、幾人かを落馬させた。

「突撃。」

 密集隊形の騎馬群が迎え撃つ騎馬隊列に接触する。怒声と剣音が響き、二色の騎士達が剣や槍を交わし合う。数が少ない方は包囲される事を前提に、隊列を崩さずに連携で戦う。包囲する側は無理に数で圧倒しようとせずに、包囲網を狭めて身動きを取らせない様に動く。

「がっ!」

 声を上げて竜騎士が一刀で落馬する。それも二騎が同時に。それまで悠然と黒バラ騎士団を圧迫していた竜騎士団に緊張が走る。

「少し待て。」

 ホーウッドは目の前で何とか互角に凌いでいた竜騎士の一人が距離を取り、声をかけてきたことに驚く。周囲では依然戦いは続いている。

「あやつは何者だ。」

 答える義務は無かったものの、ノエルから聞いていた間だと確信したホーウッドは答える。

「ダンケ団長だ。」

 反応は予想以上だった。

「ふはっははははあ。あのダンケだと。なるほど、そうか、さすがだな。」

 不意に笑いを収めるとその竜騎士は真顔でホーウッドに命じる。

「そこをどけ。」

 それまでの剣気がそよ風のように、圧倒的な気迫がホーウッドの体を叩く。

「リゼルッド、どうした。」

 リゼルッドと呼ばれた騎士の隣に別の騎馬が並び、戦場の中で平然と会話を始める。

「あそこにいるのはダンケだ。」

「なんだと、あれがか。」

 ホーウッドはこの隙に踏み込むか迷うが、力量の高い二騎に並ばれて、手を出すのをこまねいてしまった。

「ならば行くしかないではないか。」

「まて、我々は右側面からの包囲圧迫の命令を受けている。正面はバイアルト男爵の担当だ。」

「では傍観するか。」

「いや、ここを切り崩せばあの男にたどりつくではないか。」

 その言葉と共にリゼルッドの剣気が膨れ上がるのを感じてホーウッドは覚悟を決める。周囲では自分の部下と竜騎士達が死闘を繰り広げている。ここでこの二騎に突破されるわけにはいかなかった。

「それは困るな。」

 ホーウッドは背後から聞こえた、男というには高い声に持ち主を知りながらも驚いてしまった。

「閣下、お下がりください。」

「何者だ。」

 リゼルッドは戦場に似つかわしくない子供を見て、不審よりも興味を持つ。

「ノエル・フォン・ダロワイヨ。黒バラ騎士団の小姓で四カ国同盟軍の公国代表補佐でいまは公国軍司令官代理だ。」

 ノエルが長々と自己紹介した意味はホーウッドに状況把握をさせるためだった。既に十八騎が十二騎まで減っている。これでホーウッドが倒されれば自分の身も危ない。

「で、お前ら帝国からは黒策士と呼ばれている。」

「なるほど、噂通りの子供だな。それでも加減する理由にはならん。」

「だれもそんな事は頼んでおらん。それよりそろそろグレモアスを出せ。」

「小僧が調子にのるな。大隊長まで出るほどの相手ではない。」

「騎士の中の騎士、ダンケが呼んでいると言ってもか。」

「今、何と言った。」

 殺気が風となって吹き荒れる、そんな感覚を周囲に与えるリゼルッドにノエルは大声で対抗する。

「黒バラ騎士団のダンケ団長は獅子心帝より騎士の中の騎士の栄誉を賜った豪の者であり、その相手は同じ称号を持つグレモアス以外ふさわしくない。」

 この情報にリゼルッドは体が熱くなる。もうこの場にいる必要な無いと考えたその刹那。

「ダンケ!!」

 ノエルの叫びが響き、一陣の風が舞うとリゼルッドの目に黒色の塊が映る。

「これが。」

 リゼルッドの最後の声は驚嘆だった。すれ違った二騎のうち一騎だけ崩れ落ちると戦場に静寂が支配する。整然と包囲して的確に敵を葬っていく戦法は正しく、味方の損害は少なく敵を確実に倒せる。予想外は竜騎士団が被った八騎の損害のうち五騎がダンケだった事。それでも数で押しきれると考えた中隊長のアシュペーゼの目の前で中隊最強の騎士が倒された。

「グレモアス殿は何処に。」

 ダンケの静かな声が逆に響き渡る。だれも声を挙げられない中、たった一言が戦場に響く。

「ここに。」

 聞こえた先に現れた一騎は竜騎士達の中でも大柄では無く、鎧に目立つ意匠もない。それでもダンケには判る。大陸最強の称号を持つ男の存在感が。

「グレモアス殿に申し付ける。一騎討ちをお受けいただきたい。」

 ダンケの腕からまっすぐ伸びた剣はグレモアスの心臓に狙いをつける。

「賭けるものは我が命と先帝より賜ったマント。これを持つことが許されるのは騎士の中の騎士のみ。」

 このダンケの申し出は、この戦においては受ける理由も受ける価値もない。しかしグレモアスには受ける理由も価値もあった。

「お受けしよう。」

 声量大きく声域低いグレモアスの声で全ては決まった。


 ノエルはグレモアスを徹底的に調べあげることでこの作成を立案した。

 辺境出身の騎士グレモアスは十五年前の帝国包囲網の緒戦で壊滅した国境守備隊の生き残りの一騎で、同僚と共に正規軍に組み込まれて共和国と帝国の最終決戦に参加していた。激戦の中で右翼の部隊に編入されたグレモアスは背後に現れた敵の先鋭に死を覚悟した。その圧倒的な敵の集団に帝国の本陣から駆けてきた一騎が飛び込むと数千の部隊が停止した。

「陛下よりの勅令である。後背の部隊は一切考慮せず、前方の敵にのみ集中せよ。」

 伝令の言葉を部下に伝えた指揮官も信じられない表情だったが、皇帝より全幅の信頼を得たその一騎は勝敗が決するまで敵の切り札である奇襲部隊の足止めに成功した。

 夕暮れの中、勝敗が決した戦場で佇む一騎がゆっくりと本陣に戻る間、グレモアスは騎士の礼を解く事ができなかった。

 のちにその騎士が皇帝から“騎士の中の騎士”の栄誉を受けたにもかかわらず、仮面のまま名を明かさずに去った事実は、グレモアスを刺激して十年後に現皇帝から称号を得るまでに成長させた。


 その男が目の間にいる。名はダンケ、当時最強と謳われた“戦士の中の戦士”の称号を持つグレゴール将軍との決闘や、生涯無敗の竜騎士バルカンと引き分けた逸話を持つ知る人ぞ知る騎士。そして明かされた仮面の騎士の正体。黒バラ騎士団からの撃ち込まれた矢文の内容は、他の人間には絶対に知り得ないことで、グレモアスも疑う余地が無かった。

 公国の親衛隊長にも、いや他国でも騎士団長として望まれるであろうその力を、政治的に力のなかった小娘のために振い、主は今や公国の代表となる立場になるも自分は権力を求めない。まさに主のためだけに最強の力を使う騎士に与えられる称号を持つに相応しいとグレモアスは思った。

 そして我が心の師としても。

 万感の思いでグレモアスは剣を抜くと騎馬を進める。それに合わせてダンケも前に出る。ゆっくりと馬を進める両者が構えた次の刹那、斬撃が放たれ甲高い音をたてて剣が噛み合う。そのまま申し合わせたように離れることを二度三度と繰り返すと、両者は今度はやや遠目に離れる。

「はいっ。」

「やっ。」

 掛け声と共に一気に間合いを詰めて一撃を放つ。今度は互いの剣が弾かれ馬足が止まると二合、三合と剣速を緩めず、いや、さらに増して切り結ぶ。両者は最初の邂逅で互いの力量は判っていた。

 強いと。

 ダンケの剣は一撃が正確に急所を狙う。グレモアスの剣は一撃が速くて重い。油断も余裕も不要。グレモアスの剣をダンケは捌いて流れるような剣勢で頭上に打ち下ろす。その一撃を受け止めたグレモアスは、ダンケの剣を弾き飛ばしその勢いで首を狙う。体を反らしてグレモアスの剣をかわすとダンケは胸を狙って突きを放つ。グレモアスが体を沈めて敢えて鎧の丸みで剣先を逸らせると、互いの位置を変えて度間合いを取る。グレモアスは鎧の肩の部分に切れ込みが入っているのを手で確認する。

「これがかのグレゴール将軍の兜を弾き飛ばした突きか。確かに鎧を貫きとおす剣勢だ。」

 グレモアスはダンケの持つ力が聞き伝えられる通りで、嘘偽り無いことを知る。それはあの一騎当千の働きをした仮面の騎士ともだぶる。

「大陸最強の称号。貴殿を倒して本物とする。」

「大陸最強の称号。我が主のために貰い受ける。」

 すでに他の黒バラ騎士団の騎士と竜騎士達の剣は止まっている。それほどまでに二人の剣舞が圧倒的で周囲を魅了した。

「この勝敗がこの戦いを決める。」

 誰ともなく発した言葉はその場にいる全員の共通認識となり、二人の戦いを見守る事になった。


 ダンケとグレモアスの激闘と時を同じくして、竜騎士団は初期の劣勢や中盤の攻勢に耐えきり、一部では押し返し始めていた。それでも右翼はジャルダン伯爵が火消し役となり戦列を支えている。左翼は戦巧者の騎士団長が疑似突出や誘いの後退で竜騎士団の前進を阻む。中央は第一騎士団の豪勇ブリューレ騎士長を中心に兵団と連携して「竜の顎」が閉じられるのを防ぐ。

「まだ粘るな、奴らは。」

「部隊のすばやい入れ換えで、隊列は維持しています。」

 公国軍が行動限界点に到達する寸前である事を各大隊長は見切っており、退却や戦線の縮小の機会を与えないため反撃の準備を整えていた。逆にそれが判るだけに公国軍は必死で対応し、崩れる様子を見せないため、竜騎士団の各大隊は竜将軍からの命令を待ちながら戦闘を続ける。


「今の所、敵の策士の思惑通りに進んでいるわけか。」

 各大隊からの報告を聞いた竜将軍は面白くなさそうに言う。

「グレモアスはどうだ。」

「はっ、敵の切り込み隊の指揮官と交戦中です。」

「少数で本陣を攻める手はあるが、たった一騎を制す事で竜騎士団に勝つ策とはな。」

 報告であのダンケが“騎士の中の騎士”である仮面の騎士だと知った竜将軍は、ノエルの策の根幹を理解し、この戦の転換点を見極める。

「ならばグレモアスがダンケを倒すと同時に反攻を開始する。各大隊に伝令を送れ。」


「敵の希望が絶たれた瞬間に反撃を行うわけか。竜将軍も人が悪いな。」

 伝令を受け取った各大隊長はそれぞれ笑みを浮かべて同じ感想を持った。あくまで竜騎士団の勝利を疑わない、疑う余地のない勝利を前に各大隊長は余裕をもって反撃の合図を待つのだった。


 同じ状況は公国軍司令部にも逐一届けられていた。

「各部隊は善戦しておりますが、限界が近づいております。」

「第一騎士団のエルヴィン卿、討ち死に。」

「第二騎士団の損害は二割を超えました。」

 先ほどからの報告から一変して公国軍本陣に各部隊の不利の情報が届けられていく。兵の損害も疲労も限界が近く、しかし本陣にある予備兵力は一千程度。どこかが破れれば公国の軍旗は一瞬で裂けるのは明白だった。

「ダンケは大隊本陣への突入には成功したのだな。」

「はい。それは間違いありません。」

 エヴァの確認に物見役の騎士は自信をもって強く答える。

「ならば最終局面だな。我々も前に出る。」

「殿下、それは。」

「ダンケがグレモアスに勝利した、ほんの一瞬が我が軍の勝機だ。それを見逃さぬためにも前線が見える場所にいる必要がある。」

「しかし。」

 エヴァの安全を危惧するルードルフはその表情から言葉を止める。勝利を全く疑っていないその瞳にルードルフは頭を下げる。

「殿下が前線にたてば士気も上がりましょう。」

「うむ、ではゆくぞ。」

 颯爽と陣幕を出るエヴァにルードルフは何かを重ねあわせていた。

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