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黒バラと姫  作者: 無風の旅人
大陸三分割
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軍記50

 ノエルの言葉に一瞬静まった天幕の中でイルバーンが叫ぶ。

「貴様は横で見物しているだけであろうが!」

 剛の者の怒りは周囲の空気を震わせるほどだが、ノエルは無視して話を続ける。それでもイルバーンは副将アルーバースから視線を外さず身を挺して守る。

「敵のミトス将とオーシール将に自由に動かれては面倒です。ゆえに東南州軍の最強戦士を倒すことで、相手の気勢を制すと同時に戦意を削ります。」

 既に斥候の兵により追撃の軍の中に、ハクマリの軍旗が確認されている。

「貴様の都合のいい想像が、そう簡単に現実となるか!」

 今度は副将アルーバースが語気荒くノエルを罵る。目の前の融通の利かない戦士のおかげで剣はノエルに届かない。幹部達もハクマリを倒す意味は判っている。だからといって傍若無人な軍務官長の発言を認めるのは感情が邪魔をする者も少なくない。

「イルバーン殿はまだ伸びます。一戦ごとに強くなる本物の戦士。この前はハクマリとは互角、ならば次は勝ちます。」

 アルマラ派でも無く顔を合わせて数ヶ月程度のノエルが、太守府軍最強の戦士の強さを保証する。何もかも違和感しかない副将アルーバースは、突破を諦めて不和と誤解されるのを承知で主将に問う。

「シャイシャリス将の立ち振る舞い、いささか腑に落ちません。これまでも、まさに今も資格もなく軍略を語るこの者をなぜご容赦なさるのか。」

 意外な発言に間を取られてなし崩しに話を聞くはめになっているが、本来は即座に天幕から放り出される越権行為である。シャイシャリスは言わざるを得なくなる。

「役に立たねば斬ってよい。これがアルマラ様から頂いたお言葉だ。」

 ノエルは内心“あの小僧が!“と思いつつ、口に出したのは上司の採点を気にする文官風情。

「我が首がいまだに繋がりまするのは、多少はお役に立っている証と思ってよろしいでしょうか。」

「貴様の解釈には興味は無い。」

 シャリシャリスは言い捨てると、改めて諸将に話しかける。

「この戦、異例尽くめではあるが敵よりも少数でありながら互角な局面に導けたのは、間違いなく諸将が迅速に兵を動かし敵に付け入る隙を与えなかったからである。机上の論は実の戦に落とし込むことができて初めて生きるものだ。我らが目指すのは東南州の壊滅ではなく完全支配。敵に膝を曲げさせ敗北を受け入れさせる必要があるのだ。皆には最後の働きを頼みたい。」

 太守府軍の最高位であるシャイシャリスは、意をまとめる時に必要であれば請う態度もとることができる。本来の主の名前がでて、各将や隊長格達はたたずまいを正して返答する。

「アルマラ様のご意向であれば、主将に従うことに異論はなし。」

 異口同音に出た諸将の言葉にうなづくと、シャイシャリスは具体的な配置を次々告げる。東端州軍だけで構成される三万の軍には子飼いの部下をつけることを忘れない。

「両軍ともに役目を果たす。これだけでこの戦は我らの勝ちとなろう。」


 作戦を実行するため天幕から次々と将や隊長格が退席する。見送るノエルの前を通る副将アルーバースは皮肉を口にする。

「この策が上手くいかねば、首だけ連れて帰ることになるな。もっとも途中で敵の手により首のほうが帰えれずになるかもしれんが。」

 異例続きで楽し気な将ルーラハーンは告げる。

「アルマラ様の言うとおり、面白すぎる御仁だ。無事宴席で会おう。」

 最後に目があったシャイシャリスは無言で通り過ぎた。ノエルは顔に不快さ充満したイルバーンを天幕の外で待たせる。残ったのは東端州軍の二人の将のその配下の隊長格。大体の脚本を知る将アジス・アベーバの口からわざとらしくため息が出る。

「よくもまあ、あれだけ反感をもらいながら筋書通りになったものですな。」

 騎馬隊隊長のフィノーシャは笑みをこぼしながら確認する。

「それで黒き賢者殿、集積陣地に籠る大軍を攻める策は。」

 短期で構築したとはいえ土壁で囲まれた陣地にいる十五万の兵力を三万で()()()のは正気の作戦ではなかった。揶揄したあだ名は、伝説の人物でもなければ不可能では?との意味もある。

「それについてはこの通りだ。」

 ノエルはシュラーザら部下に片付けを控えさせた石板地図の上の石を並べる。

「こちらは攻め手だ。つまり選択権は我らにある。これだけでも有利であろう。」

 当然のことながら二人はそんな初歩的な話を聞きたいわけではない。これからどんな詐欺が語られるのか。異なる心境で二人はノエルの説明を待っていた。


 集積陣地の土壁の上に立つ東南州軍の追撃の軍の兵達が、南から向かってくる人の群れを視認したのは、朝の陽が差し込み始めた頃。数十の馬と人が最初に現れ、続いて背後に明らかに大軍と思われる軍影が広がっていく。

 報告はすぐに将達に届けられていた。寝所から急ぎ支度を整えて陣地を歩く将オーシールは、敵が集積陣地の南に現れたことに驚きといいしれぬ不安を感じて叫ぶ。

「東の大河の向こうにいる敵が南から現れるとは、どういうことだ!」

 同じく寝所から飛び出し、同僚と合流した将ミトスもまた戸惑い声を上げる。

「知らせでは万の兵。大河に沿って配された兵達が見過ごしたとは到底考えられぬ。」

 北から援軍が南下すれば斥候の兵が気がつく。東の河岸には常時歩兵隊を八隊、入れ替わり展開させており監視は怠っていない。数百よくて千程度ならあり得ても、数万の軍が見つからぬわけはなく、事前に知らせが届かぬはずもない。

「あるいは、そうか、西に潜ませていたか。」

 唯一西には離れた地に高台があり、超えた更に西は低木が広がる地である。確かに斥候は送っておらず監視は手薄ではあった。

「しかし南になぜ布陣した。西の高台を背後にすれば見晴らしよく攻めやすいはず。」

「水の問題かもしれぬな。」

 雨が多く密林生い茂る東南州でも、北側の東央州との境は雨量はそれほど多くない。高台ともなれば成長した木々もまばらで泉も少ない。

「確かにこの辺りは水場が少ない。この陣地も蓄えた糧秣は敵が残したものを合わせて豊富にあるが、井戸が少なく河からの水にも頼っておるしな。」

 人が集まる場所には水場は必須となる。ノエルがわざとオアシスから離れた場所に陣地を設け、掘った井戸も少なめとした事実を二人は知らない。

 土壁の上に立った二人の将は、報告通りの光景を目にする。戦列を作る兵の数は万の規模であり、戦旗から太守府軍で間違いなかった。

 近づく十数の馬影から更に一人の男が進み出る。集積陣地に向かってやや高い声で口上を発する。

「東南州軍の将の方々にお伝え申す。」

 ノエルの声は、南から北に吹く風に乗せられて陣地を囲む土壁の上にまで届く。

「エルーラとマハナトの二つの街は既に太守府軍懲罰軍の手に陥ちた。以南の支配は東方太守府が請け負うこととなった。残りはエレメの街のみである。州都であり、むやみに傷つけぬようとの太守様からのお達しあればこそ、主将シャイシャリス様は懲罰はこれで十分であると判断となった。我らはこれより北に戻る。陣地の中央の門を開かれよ。開門後は行進を邪魔せぬよう陣地内で大人しくされるがよい。」

 土壁で囲まれた陣地中央には南北に連なる主要街道が通っている。ノエルは街道を中心に集積陣地を構築した。街道を行き来する者は北の門と南の門をくぐり集積陣地の中を通る必要がある。陣地は東西に広く小さな街が入るほどの広さである。事実、援軍の五万を加えて十五万となった追撃の軍のうち、五万は陣地の北側に、また二万が川沿いに配置されている。

 陣地そのものを迂回することは可能だが、固く固められた街道とその他の道では、人馬の足への負担や荷車の労力に段違いの差がある。

 開門と通行を求めて繰り返される言葉は正確な南方語と平民が使う後の二種類。各三度計六回繰り返される頃には、土壁の上に並ぶ兵だけでなく、背後に控える陣地の中の兵にも知られる。早朝であったため騒ぎで寝起きの者が集まり、大勢の人だかりができていた。

 敵が後退し味方が敵陣地を占領したのであれば、ほぼ勝ちは確定である。平民兵士は恩賞や無事な帰還を想像し、奴隷歩兵は命が繋がったことに安堵して、一部の者は得た金品で奴隷から抜け出すことを考えている。陣地を占領する東南州軍は勝ち戦の雰囲気が拭えず、追撃の軍の将や隊長格は敵がエルノ河を渡ったことを知っており、後は渡河を防ぐだけだと信じていた。

 予想もできぬ太守府軍の突然の登場。自分達と認識の異なる見解を堂々と表明するどころか、陣地の通行まで求めてきた。理解できない話であった。


「何を言っているのだ。あの者は。」

 将オーシールは本来守るべき街の陥落を告げられたが、当然信じはしない。ましてや戦が終わったなど戯言も過ぎる。

「判りませぬので、試してみましょう。」

 同じくノエルの言葉など信じぬ将ミトスは、笑いながら弓を構える。

 南蛮で使われる短弓は作りが簡素で木々が生い茂る森の民にとって、取り回しが楽なように小ぶりである。威力はあるものの有効射程は短いが、声が届く距離であれば熟練者なら間違いなく当たる。

「狂人か戯人か」

 狙いを定めるとミトスは引き手を離す。当てるつもりで放った矢は、目標の直前で地面に叩きつけられた。イルバーンの剣にである。将ミトスが破顔する。

「これは面白い。もしやあれはハクマリが話した戦士ではないか。」

「迂闊に出るなよ。明らかに誘っておる。」

 ハクマリから直接報告を受けていた将オーシールが、年長者として警告する。その間も周囲の兵の騒めきは収まらない。高ぶった兵達が次々と出陣を口にする。兵達の群れの中から戦士ハクマリが二人の前に進み出る。

「あの戦士、私にお任せを。」

 将ミトスは確認する。

「互角であったと聞くが、次は勝てるのであろうな。」

 次もまた引き分けでは相手の武名を高めることになるため、念押しは当然である。願い出て追撃の軍に身を置いたハクマリにとって、強さを自負する自身のためにもイルバーンは倒しておくべき相手であった。

「引き分けたのは相手が急ぎ退いたため。逃げ場が無ければ確実に倒せます。」

「譲るのは少し惜しい気もするが、いや、怖い顔するな。オルバス将より頼まれておる、約束は守る。」

 やや本気で未練を口にするも、将ミトスは約束通りハクマリの出撃を認めた。


 東南州の最強の戦士が南の門に着く頃には、副隊長オイボンに命じていたとおりに自隊は参集していた。

「俺があの戦士を屠る。それでこの戦は終わりだ。」

 ハクマリのいつもの自信ある態度にオイボンは安心する。前の戦で初めて見せた、逃げる敵を追う時の狂奔は本来の姿では無かったと。

 ハクマリは堂々と叫ぶ。

「開門!」

 平民歩兵部隊を先頭に奴隷歩兵が続く。総勢五万、率いる将は州都エレメの守将オルバス配下のラートシール。既に二人の将は手柄をたてており、率いる軍は連戦と追撃で披露もあるため当然の出撃であった。


「これで予定通りとなった。ハクマリは現れたが手強い二人の守将から格下の将に変わり、勝ち筋が見えて来たな。」

 ノエルが開いた南門から現れた敵の先頭にハクマリの軍旗、続いて将ラートシールの軍旗も認めると、背後に声をかける。

「では我々も予定通りに戦を進めます。」

「シンバリ殿に太陽神の加護があらんことを。」

 歩兵と騎兵をそれぞれ率いるアジル・アベーバとフィノーシャは、部下を連れて後方に戻る。終始不満顔のイルバーンは返事もしない。ノエルを護衛する二人の戦士も、ノエルの馬を連れて後方に下がる。近くには護衛のイルバーンがいるのみ。

 徐々に東南州軍の陣容が膨れ上がり、二万五千の奴隷歩兵と五千の平民歩兵の合計三万の軍となった時点で将ラートシールは前進を開始する。焦ったわけでなく整備された街道と周囲の広さでは、三万程度の展開がせいぜいであったからだ。主将オーシールは全軍の指揮のため本陣と定めた建物に戻り、副将ミトスが土壁の上で戦場全体を観る。戦局によっては当然出撃するつもりである。

 太守府軍側は東端州軍のみで構成された三万の軍の中から、アジル・アベーバの命令で短槍を持つ職業歩兵三千が前に出る。背後には奴隷歩兵八千が隊列を整え前衛とする。更に後方には主軍が控える。中心となる職業歩兵は長槍が主武器で、一隊千人の長方陣が五隊横に並び三段一万五千で構えを作る。

 緊張がみなぎる両軍の間でノエルとイルバーンは動きもしない。

「逃げるどころか、たった二人で残るとは奴らは正気か? 本気で一対一の戦いを望んでいるのか、何かの罠なのか。」

 常識人の副隊長のオイボンは、中央先頭を進むハクマリに注意を促す。

「奴の首は俺のものだ。他は好きなようにしろ。」

 素っ気ない返事だが、周りが見えて無いわけでない。

 前列中央をハクマリは傭兵を中心とした平民歩兵の自隊で担う。前列左右に並ぶ奴隷歩兵各八隊合計一万弱を先導する条件で、敵の戦士を優先する勝手の許しを将ラートシールから得ている。

 戦端は投槍の応酬となる。ハクマリは味方の第一投を、待ち構えるイルバーンの二十歩手前の位置と定める。短槍の飛距離的も敵の前列にほぼ届く位置であり、敵の第一投前に味方の投擲で機先を制するつもりであった。もちろん自分が戦う相手のイルバーンへは、弓矢や投槍を控えさせている。

「やつにはこの剣を浴びせて倒す。」

 好敵手に対する戦士としての礼儀でもあった。

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