軍記44
記録官室長と太守秘書官を兼任することとなったニシャーナ。東南州懲罰遠征でノエル不在の間は、毎朝ファティーマへ当日の予定を告げる役を担っている。
執務室で太守の一日の予定が読み上げられた。
「以上が、本日の予定となります。」
「気に食わぬ。」
側付きの奴隷少女は南部密林の巨大な葉で作った扇を振りながら、いつもの主と違い相手への意地の悪さを感じた。
「どの予定、集い、行事がでしょうか。」
「全部だ。今日は気分が乗らん。」
「判りました。では各方面に通達いたします。」
ニシャーナが退出の礼をするとファティーマは呆れて止めるしかない。
「妾の気まぐれを間に受けてどうする。秘書官であるなら諫めんか。」
叱責に近い発言に、女官達は嵐の予感を感じて壁際に移動する。
「太守様に言葉を返すことができるのはシンバリ様のみ。私などが進言などおこがましいこと。」
「それでシンバリの代わりの秘書が務まるか。」
「姫君の秘書はシンバリ様以外には務まりません。我ら記録官を束ね、軍務を担い、秘書として采配し、政に戦に商に活動される彼の方の代わりになる者など存在しません。」
噂には聞いていたニシャーナのノエルを崇拝すること神の如しを、目の当たりにしたファティーマ。意見としては同意なのだが、疑いなき眼で語られると若干引き気味なる
「ま、まあ、そうではあるな。しかし其方のシンバリへの思いは信頼というより信仰に近いな。」
「父にも兄にも親族一同、誰からも女では官吏での大成は無理と言われてました。」
突然自分語りを始めたニシャーナだが、ファティーマの同じ痛みに触れてしまう。職について身体的理由により兵役から女性は免除される以外は、性別による差は南方大陸にはない。しかし官吏については異なる。上級官吏どころか下級官吏にも女性はほぼ存在しない。子を成すことで辞めるという認識と事実があり、長期の経験と継続が必要な官僚組織において採用時点から弾かれている。
「彼の方は仰いました。女であることは官吏の能に関係は何もない。逆に皆の意識がこれだけ女の性では無理と固められた中で、これほど才が輝くのであれば、その者は用いるべきと考える。」
語るニシャーナの声は淀みなく歌うようでさえある。
「記録官の長としての役目を与えていただき、また代行とはいえ太守様の秘書官にまで抜擢、姫君のお言葉を拝聴する栄誉を受ける身となりました。全てシンバリ様のおかげでございます。」
そのまま膝をつき頭を下げる姿は神に祈りをささげる仕草のようであった。ファティーマは意地悪であった自分の行為を省みる。
「そうであった。シンバリの代わりなどいない。妾の不明であった。許せ。」
「もったいないお言葉。」
「今日の予定は、そのままで良い。」
「お聞き入れいいただき、ありがとうございます。」
この後は会議が予定されている。場の進行役は書記官代理が受け持つためニシャーナは秘書役から一時的に外れ、記録官長の職務に戻るため退席する。
「一つ聞こう。」
礼の後に下がろうとするニシャーナを、ファティーマが呼び止めて尋ねる。
「シンバリのこと、どう思っておるか?」
たっぷり間が空いたのは、問うた側が急かさなかったから。
「敬愛、尊敬、敬慕、それらの言葉が混じり合うかたちでございます。」
「妾が帝位につけばあの者を夫とする。」
突然の宣言に対して反応したのは周囲の女官達。慌てる周囲には気にも止めず、ニシャーナはただ頭を下げるだけだった。
「その時は其方はシンバリの妾となれ。」
今度は驚きで顔を上げるニシャーナ。初めて見た豊かな表情に満足するファティーマ。
「そ、そのようなこと。」
「夫にすると告げた時の其方の顔を見ればわかる。そして妾が情けをかけるのはここまでだ。」
傲慢な物言いではある。しかし本来なら分け与える理由もない。
「受けねばこの先、他の者が占めるかもしれんぞ。」
崇拝する上司の配慮を、自分だけが特別に受けるわけではない。この先は幾人も温情を受ける者が現れるであろう。彼ら彼女らが特別な思いを寄せるのは必定。
「その、シンバリ様の、お考えは。」
「妾が決めたことに、なんの依存があるというのか。それにな。」
ファティーマは手招きをする。二度の手招きで足元まで引き寄せられたニシャーナは小声で告げられた。
「あの男、絶対に“たらし“であろう。」
意外な言葉に驚くニシャーナに姫君らしからぬ悪い笑顔を向ける。
「其方のような理知ある女をそこまで言わせる、いや狂わせるのだからな。」
「それは、お言葉ながら、姫君のような誇り高いかたをも、でございますか。」
今度はファティーマが驚く番であった。不敬とされれば首が飛ぶ一言である。一瞬の緊張の後で破顔した。
「其方とは友になれるかもしれん。」
ファティーマは右耳の耳飾りを外して渡そうとする。
「それは、恐れ多いことです。」
「嫌か?」
高貴な者から下位者へ指輪や首飾りを渡せば信頼の証となり拝受となる。耳飾りをそれも片方を渡すことは同じ耳飾りを持ち合うことになる。女性同士の友情の証であり貴人から平民へ渡す場合は相当の意味を持つ。
「いえ、でも、これは。」
「あの男を取り合うにしろ分け合うにしろ、その相手は妾が認める者がよい。其方はシンバリが認めるほどの才ある女子じゃ。」
ニシャーナが秘書となって三日の間、予定をただ伝えるではなく詳細や必要性まで把握し、質問には全て答える。差し出す石板の文字の整った美しさは感心するほど。才能はファティーマも認めるところであった。
「謹んでお受けいたします。」
貴人が与える物をそのまま受け取るのは不敬である。ニシャーナは袂から布を取り出すと、両の手のひらに被せて腕を伸ばす。ファティーマは首を振り自らの指を指で弾く。
「差し出すのはこちらであろう。」
意図を把握しながらも畏れおおいと遠慮したニシャーナも、最後には折れて顔を傾け右耳を差し出した。耳に感じた重みは僅かだが、手づから耳に飾られた意味は特大である。
「太守様。」
「ファティーマだ。」
流石にこの訂正だけは受け入れられない。
「それは、さすがに、お赦しください。」
「ファティーマ。」
譲らない態度に、ニシャーナは意を決して口にする。
「ファティーマ姫君。」
「ファティーマ。」
あくまで友人としての名呼びを求めるファティーマ。ニシャーナは首を振って抵抗する。
「確か、其方の名はニシャーナであったな。では私はニャナと呼ぶ。」
名を短く呼ぶのは、名の持つ力を半減させるため本来は望ましくない。親子であれば日々繰り返し何度も呼ぶため子を自然と愛称で呼ぶ。それに等しい親しさを持つ相手の場合も例外とする。
「はい、御意のままに。」
「それで、私をなんと呼ぶのだ?」
諦めないファティーマにニシャーナがとうとう折れた。
「フィマ姫と呼ばせていただきます。」
双方の愛称が決まりご満悦のファティーマは、早速呼びかける。
「ではニャナ、今日の夜は少し付き合え。」
仕事はある。断る理由にはならない。ニシャーナは謹んで承る。
「はい、フィマ姫様のご随意に。」
最初はぎこちなく愛称を呼び合う二人が、ノエルが遠征から戻った時には数年来の友人のように振る舞い驚かせた話はまた後日である。
女性同士の新たな友情が芽生えた東方太守府のはるか遠方、南方大陸の北側、内海東部の海域で男同士が旧交を温めていた。東部海域にある複数の有人島の一つであるエルコラ島は、馬であれば周囲を一日で回れる程度の小島だった。大きな入江と島の周囲の岩礁が海流を穏やかにするため、昔は船の避難所として利用されている。領有権を巡って連合王国と都市連盟で争った時期もあったが、今は各国が寄港権を持つ自治島とされ、交易拠点として栄えている。
内海の都市連盟四大都市の一つカエッサの貴族の子弟オルト・クノスルは観光を装っているが、この島に来た目的は別にあった。
「オルト卿、早いお着きだな。」
有力都市シノーラの豪商で都市第二席の実力者アグノスが杯を掲げながら迎える。
「相変わらず人を出し抜くのが好きな男だ。」
まるで自分の部屋のように過ごす側が客人である。別名義のクノスル家の別宅で二人は会した。飲み干した杯を机においたアグノスは悪びれる事もなく告げる。
「なに、名物を楽しみたくてな。」
海鮮豊で珍味が揃うエルコラ島の料理を遠慮なく食べる姿に、オルトは自分の杯を手に取り差し出す。
「久しぶりだな。」
アグノスは旧友の杯に酒を注ぐ。
「ああ、元気そうで何よりだ。」
二人は杯を鳴らして一気に飲み干す。地位が上がり忙しさは増すばかりで、会うのは二年ぶりとなる。シノーラの第二席は三席以降と異なり他都市なら副市長、副総督に相当する立場である。オルトが任じられた外交局次長もまた重要な地位であり、実質はカエッサの内海政策の責任者であった。
「それで主賓とはどこで場を設けたのだ。」
互いの情報を交換した後、この会合の最後の参加者の所在をアグノスが問う。
「向こうから連絡がある。間もなく届くはずだが。」
答えたオルトの元に使用人の一人が一通の封筒を持ってくる。中には古い貨幣が一枚きりであった。オルト・クノスルは溜息をつく。
「遊びが好きな者がもう一人か。」
「ほう、暗号とは面白い。」
アグノスは貨幣を手に取る。イプソス銀貨と呼ばれる百二十年ほど前に連合王国で交易に使われた代物であった。刻印や紋様を眺め、意味を考える。結論を得ると指で弾き飛ばしてオルトに返す。
「場所であろうから候補は三つ。このイプソス銀貨が通用した時代からの酒場、紋様と同じ噴水がある広場。」
二つで止めたアグノスに、オルトが咎める。
「もったいぶるな。つまり三つ目が本命か。」
「ああ、先の二つは目立ちすぎる。」
議題は人が多い場所で話せるほど簡単な話ではないはず。
「百二十年前といえば?」
アグノスの指摘でオルトも気が付く。今の港が出来たのは七十年前。以前は島の漁村の船着き場に交易船を止めていた。
「アルノーの村か。」
整備された交易港の反対側に、昔と変わらず漁村は存在する。
「馬車は。」
「表に。」
「では誰かに外套を着せ、そのまま乗せて走らせろ。私達は裏から馬で向かう。」
楽しそうなアグノスの口調に、オルトは二度目の溜息を吐き出しながら部下に命じるのだった。
アグノスとオルトが漁村の船着き場に着いたのは、空の色に赤みが徐々に混ざり始めた頃。地味だが漁船とは異なる小型の帆船が停泊している。近づくと若い男が出迎えに現れて頭を下げる。
「お久しゅうございます。」
帝国御用商会の一つであるルーリン商会の会頭ルリアン・リーン。二人の顔を確認すると、ルリアンは来訪者の身改めもせずに船の中に案内する。やや狭いながらも密談には十分な居間風の部屋に通された二人は、中央の丸い机を囲むように座る。
アグノスが送られた貨幣を机の上に立たせると、指で弾いて転がした。受け取ったルリアンに向かってオルトが告げる。
「時間がふんだんにあるわけではない。奇抜な暗号で遊ばれては困る。」
生真面目な青年貴族に公国出身の帝国商人が弁解する。
「監視の目が厳し過ぎて手紙一つも苦労します。」
挨拶の間に机に並べられたのは三人分の杯とアグノスが持ち込んだ島の地酒。ルリアン自ら蝋で密封された壺を開けて杯に注ぐ。手を伸ばして各々が杯を手に取る。
「久方の再会に心から感謝いたします。」
五年ぶりとなる再会。杯を掲げるルリアンに、アグノスとオルトが続き三人で乾杯する。
「不思議な味です。それでいて味わいあり旨いです。さすがは内海の事情に長けたお二人だ。」
始めて飲む酒の味に帝国商人は素直な称賛を口にする。アグノスは満足げに頷く。
「酒というだけで括るにはもったいない一品でしょう。我々であれば内海の珍品貴品、どのような品でも用立てることが可能です。さてさて、どのような商いを所望ですかな。」
「まずはこの酒を百壺ほど。」
ルリアンの返事にオルトは目を細めるも、アグノスが商売人の顔で答える。
「お気に召したのなら、是非よろこんで。」
「近頃の帝都では、強いだけの酒よりも特徴のある品が特に若い者に好まれます。」
アグノスが閃いたとばかりにルリアンに勧める。
「この海域だけでなく、内海の島々には独自の地酒があります。それを帝都で名を広めれば。」
「なるほど。帝国全土や北の諸国にも新たな商いを持ち込めますな。」
「まずは百壺、急ぎ取り寄せます。」
ルリアンは心配そうに確認する。
「一両日中には旅立たねばなりませんが。」
「明日には全て。」
勝手に話を進めた二人の商談がまとまったところで、黙って聞いていたオルトが頃合いとばかりに釘を刺す。
「本来の商談も早めに済ませたほうがよいのではないか。」
時間が限られているのは事実であった。表情を改めたルリアンが二人に問いかける。
「近頃、大陸の貴人と噂される北の出身の男が、南方大陸東部で新たな太守の側近として活動していると聞きます。御存じでしょうか。」
南方大陸の支配層の情報は、内海南部の都市国家にとって商品であり独立維持のための必需品である。
「北の大陸、いや南から見ればですが、帝国の貴公子との噂は時折りこの耳にも流れこみます。」
「カノッサにも同様に。」
噂が四大都市のうち二つに流れ込んでいるのであれば、事実であるとルリアンは判断する。
「その手の噂は詐欺や詐称の類が多く、今回もと思っておりましたがどうやら才に関しては本物、というのがもっぱらの評判。」
アグノスは第九子ファティーマの伸張と側近の異邦人の活躍を話す。聞き終えたルリアンは確認する。
「その才について、当地では何と言われておりますでしょう。」
これが本題とは。アグノスは顎に指をあてて考えるふりとオルトへの合図を同時に行う。
「確か、黒の賢者に比する、であったかな。常に黒衣をまとうとの話もある。」
突然に話を継ぐように振られて少し不快になるも、オルトは真面目に回答した。
黒策士の顔を知る者は内海南岸部の都市国家でも極々少数で、南方帝国では全くいないと言ってよいほどである。顔が判らぬことを利用して名を騙る北の大陸出身者は後を絶たない。大抵は神殿から神官兵が差し向けられ身分詐称で捕縛、真実を口にするまで審問を受けて投獄される。太陽神の神殿は南方大陸の住民の出生と身分を管理する機能を持つ。異邦人といえども居留するには登録は必要で、名を偽る詐称を野放しにすることは無い。
「自分で名を騙るものはこれまで幾人もいれど、周囲から黒の賢者の名を噂されるのは珍しいとも言えるが、真偽は判らぬ。」
実はカエッサから、第九子がシルミラの街にいる頃に何度か密偵を送っている。成果は芳しくなく密偵の一人は今だに行方がしれない。
「その者をより詳しく調べることは可能でしょうか。」
ルーリン商会であれば他者に頼まなくとも、との疑問は横においてアグノスはこれが商談だと判断した。
「むろんご用は承ります。ただ素性を知ってどうされるのか。興味半分ですが気になります。」
「消えて欲しいのです。」
明瞭な答えに、わずかに間を置いてアグノスは確認する。
「我々への依頼はどこまで。」
ルリアンは誤解を与えたと気づき釈明する。
「いえ、名乗ったわけでもない者を取り除いて欲しいというわけではありません。黒策士の呼び変えである黒の賢者の名が広まり、実在するかのように扱われるのが困るという話です。」
「ルーリン商会が、ですか。」
「エヴァンジェリン様がです。公女殿下はノエル・フォン・ダロワイヨ男爵の名誉を傷つける者を赦されません。」
帝国中枢からの依頼。そう踏んでいたアグノスとオルトには予想外であった。ノエルを巡り都市連盟と連合王国が仕掛けた経済戦の最中で初めて会った時、ルリアンは公国出身者としてエヴァンジェリンを補佐していた。あれから十年、既に帝国の御用商会として上位三商会に入るルーリン商会の会頭が、今だ公国の公女将軍の影響下にあるとは驚きである。
オルトは改めて尋ねる。
「ルリアン殿は今でも公国に忠誠を誓われているのか。」
「公国から帝国に身を移して十年。忠誠は常に帝室と帝国にあり、皇帝陛下へ不義を働くことなどありえません。」
既に勢いでは帝国随一と呼ばれる商会を率いる青年が、単なるお人好しであろうはずがない。帝国の密偵に負けぬ情報の網を持っていると言われ、都市連盟の各都市に代理人を置き、商いの範囲は北から南まで帝国の勢力圏を越えて広がっている。ルーリン商会はシノーラやカノッサと利を分け合う時もあれば、小国を混乱させるほどの商いを仕掛けて莫大な利を稼ぐ強敵でもある。
真っすぐな目も真摯な口調も、全ては商いのため自在に使いこなすであろう。二人の海の男は鋭い眼差しを向ける。
ルリアンは自身の評判が今回は悪い影響を与えていると知り、心情を伝えるべきだと判断した。
「リーン商会の今の地位は、全てエヴァンジェリン様からのお声掛けで始まったこと。この恩義は生涯続くものであります。公女殿下にとって黒策士はあの世にただ一人、この世には亜流も模造も必要ないのです。」
帝国の商人が自ら遠方に赴き利にもならぬことを、他国の商人や貴族に依頼する理由としては信じるには難しい。しかし嘘と決めるのはできない。二人はエヴァンジェリンに出会い言葉を交わしたことがあるからだ。その後の交流含めてルリアンの心情が理解できてしまう。あの姫は黒策士についてだけは一切の虚偽を許さないと。
納得気味のオルトに対して、激発姫のあだ名を思い出したアグノスに悪戯心が湧きあがる。
「もし件の黒の賢者が亜流でも模造でもなければいかがいたしましょうか。」
オルトが眉をひそめているが気にしない。ルリアンは明確過ぎる回答を伝える。
「ならば我らなど相手にならぬでしょう。」
二人は驚きながらも納得した。芽も無かった第九子の姫君を東方太守に就けた黒の賢者と呼ばれる者に、才が無いはずが無い。アグノスに依頼抜きで正体を知りたいとの欲求がもたげる。
「今回の費用、我がシノーラも持ちますゆえ、情報の権利は等分するというのはどうでしょう。」
「悪い癖がでたな。万が一つであればどうするつもりだ。」
オルトの忠告は、黒の賢者が本物であった場合ではない。匹敵するほどの才能があった場合だ。どのような災難が自身の陣営に降りかかるか想像つかない。オルトに忠告され視線を逸らすアグノスに、ルリアンは提案する。
「ならば三等分でいかがでしょう。費用も三分なら災厄も三分で。」
すぐさまアグノスが同意する。
「なるほどなるほど、三者三分であればシノーラの評議会も説き伏せやすいですな。」
二人の通じ合う様相に、オルトは呆れて嫌味を口にする。
「もしや私は、いやカノッサは、見事に巻き込まれたということか。」
盟友のため息混じりの問いに、諦めの意識を垣間見たアグノスは弁明する。
「とんでもない誤解、巻き込む気など毛頭ございません。しかしオルト卿とは苦労も喜びも分かち合いたいのも、これまた事実であります。」
盟友から仰々しく身振り手振りを交えた誘い文句を聞かされたオルトは、最後に杯を一気に飲むほすと同意した。条件としてオッシルに送る者は外より雇うことを繰り返しの念押しする。二人が受け入れたのちに三人の密約は成立した。