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黒バラと姫  作者: 無風の旅人
大陸三分割
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軍記42

 オッシルの太守府はイシャラやシルミラの行政府と比較にならないほど大きい。議論の間は大中小がそれぞれ複数あり、下級官吏が集まる室や高級官吏に与えられる個室は両手両足では収まらない。太守の謁見も目的に合わせて大中小の間を使用する。特に配下一同が集まる謁見の広間は、百人余が並ぶことのできる広さを持つ。

 今日ここに集まったのは東方太守府の文武を担う幹部一同。

「東方臨権太守様の御成り。」

 書記官代理となったマハールが大声で伝えると、専用の扉から入ってきたファティーマに向かって一同は一斉に頭を垂れる。太守が着席した席の前面中央を挟み左に東方太守軍筆頭将シャイリャスを先頭に諸将武官が並ぶ。右には東央州首席行政官兼東方行政長官アラミートスから順に上級官吏や地方貴族が並び、一同は主への礼儀と敬意を表す。無論ファティーマ派とアルマラ派では敬意の温度感は異なった。

 既に決まっている東南州への懲罰的出兵を太守の裁可にて正式に決定する場であった。

 形式上上申したアラミートスが出兵の理由が読み上げる。東方太守は東方三州を纏める立場にあり、帝国の法に地位を記されている。三州会議の召集を東南州が拒否したのは、太守の命令に背く行為であり帝国への反逆の証であると。

 東方臨権太守が帝都から正式な承認を得てない点は、誰もが目を瞑っているので問題は存在しない。つい先月まで東方太守の権威に逆らっていた者が幾人か並んでいる点も、今さらであるため全員が沈黙を守っている。


「帝国東方とは東央州、東南州、東端州で成り立ち、東方太守とはこの三州を統治する者である。故に東南州行政府の反抗は許しがたい。余はここに、東南州行政府への懲罰として派兵を決意する。」

 ファティーマの宣言に裁可がおり、派兵が確定となる。

「将シャイシャリス殿、前に。」

 最初に名を呼ばれたことで主将はシャイシャリスだとが周知される。参加する将や部隊も概ね決まっているため儀式的要素が強いがこれで正式の辞令となる。 広間中央前方、太守の座の前に立ったシャイシャリスに太守親衛隊の一人が剣を両手で掲げて前に進み出る。ファティーマは宣言する。

「将シャイシャリスに東南州遠征軍の主将として全権を預けるものとする。将シャイシャリスよ、一軍を率いて懲罰を加え、東南州を本来の役割に戻せ。」

 剣を受け取るとシャイシャリスは拝命した。これにより東南州懲罰遠征軍主将シャイシャリスは、臨権太守以外の何者にも口を挟まれずに遠征軍の総指揮を取ることは可能となる。マハールは準備された石板を読み上げる。

「遠征軍に加わる各将と部隊を公示する。」

 名を呼ばれた各将武官は、列席者の並びから歩みでると中央に列を成して並んでいく。随行する官吏の名前も役職と共に呼ばれる。最後に遠征軍軍務官長としてシンバリの名が挙げられた。

 広間に軽い騒めきたあがったのは二つの理由があった。一つは太守秘書官であり書記官と軍務官を兼ねるファティーマ派のノエルが、アルマラ派のシャイシャリスの下で遠征に参加することへの意外さ。もう一つはシルミラの街の防衛の影の功労者とささやかれるノエルの軍才が、どれほどのものかという興味。小声で言葉を交わし合う周囲の視線など無視して、列席文官の末席から遠征軍幹部達の最後尾に並ぶ

 最後に預けられる兵力が明かされる。

 遠征軍の兵力は二十万。奴隷歩兵が七割、残りは貴族の騎兵と平民歩兵だが、東端州軍の元奴隷歩兵を平民化した職業歩兵二万が含まれていた。これを率いるのが将アジス・アベール。シルミラの守将から太守府軍の将に格上げとなり、シルミラ出身者で選抜した直属兵一千と共に加わる。

 東端州から奴隷歩兵の拠出が今回は三万が最大限であった。理由はシルミラの街の攻防戦での損耗や東端州南部の治安回復にも兵が必要で、遠征可能な兵の確保が難しためである。州の規模が違えども、わずか三万の提供では不公平だとの意見が出た。アジル・アベーバ率いる平民歩兵の投入が追加された理由である。東端州地方貴族で将格のアシャス一族フィノーシャの騎兵部隊が加わりようやくの合意を得た。

 東央州と東端州の将兵をどのように使うか。シャイシャリスの手腕が問われることになる。

 オイファールは太守府オッシルに残る。帝都から軍がいつ来てもおかしくない状況では、ただの留守役ではない。国将の名の影響力を最大限に使い太守府軍で既に地位を固めており、迎え撃つ計画と準備も順調に進めていた。

 最後に出征の日程が決まる。先陣が三日後、本隊が五日後となる。準備は九割方は進んでおり、残りの一割も後陣の出征の前日である七日後までには終わる。

 太守交代劇から遠征準備までのこの二ヶ月で、ノエルの疲労は相当溜まっていた。この会議が終われば午後は自宅で休むことになっている。軍務官長として随軍する間の秘書官の役割は記録官長ニシャーナに、書記官の仕事はマハールに引き継がせ済みである。既に仕事を終えた気分のノエルは、欠伸を噛み殺しながら最後尾で終わるのを待っていた。


 儀式が終わるとあとは実務者の会議となるため、出征する軍幹部達は議論の間に移動する。

「軍務官長はどこへ行くのだ。」

 反対方向にひっそりと向かうノエルも、シャイシャリスから問われれば答えなければならない。

「はい、記録官達への仕事の割り振りがあります。また秘書官代行への引き継ぎを行います。それを終えしだい一度邸宅に戻ります。」

 複数の職務と立場を持つため、ノエルの仕事の全貌を知るものはほとんどいない。副将のアルーバースが眉間に皺を寄せて咎める。

「これから軍議であるぞ。」

 主将シャイシャリスが主催する最初の軍議を休むとなれば、非難されるのは当然であった。

「遠征軍軍務官長としての回答は次席軍務官のシュラーザが代行します。帰宅については姫君のはからいによる安寧であり命となります。受けねば不遜であり姫君の意に反する咎に当たります。」

 ノエルは今朝、秘書官の役目である毎朝の太守の予定確認で、ファティーマに顔色の悪さを指摘された。一ヶ月の間は邸宅へは着替えと水浴びに戻るだけでほぼ書記官室にいると答えたノエルに、ファティーマから命令が下る。邸宅に戻り休養を取るようにと。自身の奴隷召使を派遣して世話をさせるとのおまけ付きで。

 太守府会議が終わった直後にもファティーマから念押しされたため、邸宅に戻る以外の選択肢はない。付き合うのは義務感半分と言えども感謝半分の気持ちもある。

 アルーバースが不満以上の顔で口を開く前に、シャイシャリスは手を振ってノエルに行くように促した。ファティーマの名前を出されては、この場で命令を上書きするわけにはいかないとの判断だ。

「ならば、行ってよい。明日の軍務には影響無きようにな。」

 嫌味っぽく言い放ったアルーバースの背後で、フィノーシャが面白そうな顔をしていたのは無視してノエルはその場を立ち去る。

 潜在的な敵であるファティーマ派の中心人物であるシンバリは、アルマラの心変わりの原因とされていた。国政や軍事に口を挟むことなく、複数の実務を真面目にこなしているのはこの一ヶ月で知られたため、アルマラ派からの職務に関する評判はそれほど悪くない。

 去り行く背中に強めの視線をぶつけつつ、アルーバースは上司に尋ねる。

「よいのですか。」

「臨権太守のお気に入りだ。」

 ノエルの裏での活動はアルマラの側近の首席行政官とオッシル神殿神官と自分の三人と謀将ハローシャしか知らない。シャイシャリスが踵を返して歩き始めたので、付き従う遠征軍幹部は後を追った。その中でアジス・アベーバはノエルに密かに命じられた内容を思い出す。派閥は一切意識せず、あくまで太守府の一員として活動するようにと。


 警護役のイルバーンを伴って邸宅に戻ったノエルは建屋に入る前から異変を感じていた。南方大陸の貴族階級の邸宅は敷地を囲む塀と門はあっても、建屋に正扉はなく玄関広間が開放形式であった。風通しを優先して必要であれば布の間仕切りを周囲に立てる。

 イルバーンの無愛想な見送りを背に受けながら門をくぐり玄関広間に近づく。女性が好む甘い花の香りに加えて、陽光避けと保湿のための油の匂いが中から漂ってくる。

 奴隷召使のカクナが出迎えた。

「お帰りなさいませご主人様、その中庭に。」

 いつもと違うのは突然の来訪者達への驚きがあったのであろう。背後の状況を気にしながら話す口ぶりは落ち着きがない。

「今朝の姫君の思いつきであるからな。知らせる暇がなかったのだ。しかし何か問題でもあったのか。」

 ノエルは中庭に向かいながら、常に冷静で何事も卒なくこなす青年奴隷カクナの困惑の表情から異常事態を感じ取る。後から出てきた奴隷召使のまとめ役ウクィラマも同様の表情。

「私も、その、何と申せばよろしいのか。」

「お前達が対処に困るとは。何かそれほど大事があったのか。」

 説明に困る二人を伴って足早に向かったノエルは、中庭に入ると困惑の意味を理解した。

 見知ったファティーマに仕える女官一人と女性奴隷五、六人が沐浴用の木風呂の周囲で準備をしている。周囲には力仕事に向いた男性奴隷が四人。木風呂の大きさは大人の男性がゆったりと入れるほどで、厚みもある。太守府からここまで持ち込むの労力を考えると、ノエルは命じた姫君の感覚に恐れ入った。

 シューレト配下の東方太守親衛隊二人に気がつくノエル。奴隷の中からやや小柄な女性を見つけると、慌てて近づき膝をつく。

「姫君自らお越しになられるとは。我が棲家に来訪賜り御礼申し上げます。粗相はありませんでしたでしょうか。」

 ひと目でバレたことには不満足であったが、ノエルがすぐに自分を見つけたことで機嫌が上向くファティーマ。

「お間違えなく、シンバリ様。私はニラ、ただの婢女。さあ、沐浴を試してみろ、いやお試しください。」

 芝居がかった口調から命令調と敬語が入り混じる口上に、周囲の女性奴隷は無表情もいれば困り顔もいる。一人含み笑いでいるのが古参の奴隷少女のイルシャ。ファティーマとノエルの関係を良く知る一人だ。男性奴隷は表情も動かさず、太守警護の親衛隊の二人もまた無表情だった。ノエルは笑顔いっぱいの主への苦言は諦める。

「では姫君からの心遣い、存分に味わいます。」

 太守府幹部や貴族諸侯に知られれば間違いなく立場が無くなる危険な遊びであった。


 一番下っ端のはずのニラの指示でノエルの周りの女性奴隷が群がる。もちろん沐浴着への着替えだった。周囲に任せて全裸になる点については、下っ端でも元貴族であり抵抗はない。

「このままお入りください。」

「お髪をとかします。」

「お耳のお掃除を。」

「指のお手入れを。」

 木風呂に入り背を預けてくつろぐ間もなく、女性奴隷達がノエルの体を磨きにかかる。

 髪に櫛を入れる時に首筋に添えられる手。

 耳に香油を塗り丁寧に揉む指。

 手の甲から掌までほぐす動作でなぜか当たる胸。

 王族に使えるだけあって手管が確かな奴隷達の奉仕は心地よい。寝不足もあってノエルの意識が薄れようとした時、視線の先にいた女官の眼が何故か泳いでいた。

 想像力によりノエルは顔を動かさずに、目だけで視線の先を確認する。奴隷に変装した主の先ほどまでの楽しげな表情から一転した、異なる意味での豊かな表情があった。

 危険の兆候を知ったノエルは声をかける。

「えー、その、ニラ、こっちへ。」

 自分の湧き上がる感情に意識が半分支配されていたファティーマが、驚き目覚めたかのように返事する。

「なんだ、いや、あっ、なんでしょうか、ご主人様。」

 まだ役どころを続けるファティーマが木風呂の縁に近づいた瞬間、ノエルは体を起こし手を伸ばして湯船に引っ張り込んだ。

「ふきゃぅ。」

 悲鳴が上がり水飛沫が飛ぶ。女官が悲鳴を上げて女性奴隷は驚き身を引く者と手を差し伸べる者に分かれ、男性奴隷は狼狽して親衛隊は急ぎ駆け寄る。

「不届きですぞ、シンバリ殿!」

 親衛隊の一人はイシャラの街時代から知る古株であり、互いによく知る。それだけに不敬に当たる行動は意外過ぎた。同じく予想外の行動に驚いたファティーマは声を荒げる。

「なんじゃ、この、シンバリめ、何をする!」

 手を振り上げて水を舞い散らせ、床を浸し近くにいる者を濡らす。親衛隊が腰に手をやる。

「ニラ、ではなくて?」

 優しく問う口調はファティーマを落ち着かせ、自分の役どころを思い出させる。

「あ、失礼、しました。シンバリ様。粗相をゆるしてください。」

 ファティーマが演じる以上は、周囲も合わせるしかない。目配せし合う親衛隊を横目に見つつノエルは理由を告げる。

「湯が足りない。ならば、増やせば良いと思ったのだ。」

 自分の状況にファティーマは気がついた。ノエルと同じ湯に浸かっているいると。

「私は、その、これは。」

 奴隷は布一枚の粗末な服装。ただし布自体は最高級であり薄く軽い。濡れた服が張り付き肌を浮かび上がらせる。何より相手の顔が近い。

「もう少し体を沈めないと湯が増えないな。」

 引き寄せられて足が触れ合う。普段から薄着で過ごしているファティーマでも、密着して得られる感覚は経験不足で許容限界であった。表情から心理状態を計ったノエルは告げる。

「戯はこのあたりとしましょう、姫君。」

「そ、そうであるな。」

 木風呂から出た二人を奴隷達が取り囲み清潔な部屋着に着替えさせる。ノエルはファティーマを居間に通しあらためて感謝を伝える。

「姫君の心遣いにシンバリの疲労も吹き飛びました。」

 事実である。故に二度と褒美を頂かないようにせねばならないと、ノエルは心に誓った。

 後日、大胆な行為は濡れ場として脚色が加えられ女性奴隷の話とネタとなり、男性奴隷には衝撃を与え、東方警ら長官サムゥートが怒鳴り込む騒ぎとなるがそれはまた別の話である。


 深夜になると行政府周辺は歓楽街とは異なり、衛兵達がともす灯り程度となる。怪しい者は容赦なく誰何をうけ抵抗すれば捕縛される。

「身分を隠しての夜歩き、くれぐれもお気を付けください。」

 ウクィラマの本気の心配は、主が居なくなれば最適な職場環境が失われるからであるが、その身を心配しているのも偽りない気持であった。

 ノエルは笑顔で答える。

「心配するな。いざとなれば転職先に困らぬように取り計らってある。」

 本気なのか冗談なのか困り顔のウクィラマを置いて、ノエルは青年奴隷カクナと共に一階の窓から姿と消す。


 何事かはあったものの、カクナの機転により無事に目的地に到着したノエル。先に集まった顔ぶれに軽く挨拶すると、すぐさま書状を取り出して机に広げる。依頼内容を手短に話すと出席者の反応を待つ。

 ノエルとは顔馴染みのイシャラの街の豪商レフィーマは、求められた仕事に否定的だった。

「今回のみ、であれば利は一時的なもの。労力に見合わぬ。」

 シルミラの街の上級官吏で交易を受け持つ行政官ログラナは、背後に座るハーシマル一族の元長ミストラの様子を伺いながら答える。

「この長躯の荷運びだけでは、労多く利が少ない。」

 懇意の前太守の顔を立ててこの場にいる、オッシルの豪商オビノトは首を振る。

「オッシル商会連盟の総意としては、よそ者を絡める益は無し。」

 ノエルは全員の提案拒否を、あっさりと受け入れる。

「イシャラ、シルミラ、オッシル。全てから断りとは意外ではありますが、これで義理は果たさせて頂いた。今宵はこれにて終いとさせていただきます。」

 各人に足労の礼を告げていく。ログラナは予定外の結末に驚き思わず問いかける。

「待たれよ。太守様からの命であろう。そのように簡単に諦めてどうするのだ。務めを放棄するのか?」

「そう申されても、全ての代表から否と言われては諦めざるをえません。」

「ならば『義理は果たした』とは?」

「最善は御方々の可の回答でしたが、叶わぬとなれば次善を取らなければなりません。」

 取り扱う荷の性質上、各街の有力者に拒否されては仕入れる事などできないはず。平然と帰り支度を進めるノエルに声がかかる。

「次善とは?」

 口を開かずにいたミストラであった。引退してもシルミラの街や周辺の地方貴族への影響力は依然高い、有力貴族の元長を無視することなどできない。

「カエッサの伝手に頼みます。」

 ノエルは南方帝国内の有力街ではなく内海の都市連盟の四大都市の一つ、大陸を南北に流れるナムル河の河口付近にあるカエッサの名前を出した。

 同じ大河流域の競争相手の名は、オッシル商会連盟の副会頭オビノトにとって冗談でも見過ごせない。

「それは本気で言っているのか。」

「義理は果たさせて頂きましたが?」

 ノエルは下級官吏の衣の下に隠した本性を垣間見せる。

「太守様の勅命、本来であれば問答無用のところ、配慮せよとのお声がありこの場を設けさせて頂いたしだい。また例え断られても無理強いせぬようにとのご命令。皆さまの協力が最善と言えども、駄目となれば次善となるのも当然でございます。」

 突然、豪商レフィーマは前言を撤回する。

「貴様が姫君の代理であるというのを忘れていた。イシャラの街は今回のみ条件を飲む。」

 行政官ログラナは背後のミストラとの二三の受け答えの後に、やはり前言を翻した。

「確かに労多くとも姫君のお声がけであれば断るのは不義理。」

 副会頭オビノトは二人が東端州の者である点から最初の断りは演技で、この場も茶番ではないかと疑う。東央州とは違い、東南州はカエッサと組むことへの抵抗は薄い。北の大陸との商いでカエッサの商人と取引は普通で、この二人も繋がりがあるのだと考える。

 オッシルの役割をカエッサが担うのは避けなければならない。カエッサが常にナムル河中上流域の交易を狙っているのは東央州の商人にとって常識であるからだ。

 帰り支度のノエルは二人の了承を聞き、再び書状を机の上に広げる。

「オビノト様のご判断、大事ゆえ明け方まで待つのもやぶさかではありません。」

 結論は決まっていたのだ。副会頭オビノトは自分が既に連盟への言い訳を考えている時点で敗北を認める。

「政は政、商いは商い。引き受けるのは利をもって。ここは曲げれんぞ。」

 最後の抵抗は同時に譲れない線引き。ノエルは重厚な表情でおもろに告げる。

「無理なお願いは姫君も重々承知。であれば政の利のみ求め、商いの利は皆様にお渡しするようにとの仰せでございます。」

 オビノトの条件付き同意を肯定すると、ノエルは次の段取りへと進む。

「それでは詳細を、東方土木官ホラーシャ様から皆様に説明いただきます。」

 呼ばれた男は建築土木にしか興味の無いただの行政官であった。三州を束ねる東方太守府の東方土木官にまで出世した今、ホラーシャは政治に無縁ではいられない。少なくとも目の前の商人や高級官吏、地方貴族まで畏まられる立場である。

「今回の荷がなぜ必要かから説かねばならぬな。」

 我ながら偉そうな口調だ。ホラーシャは全ての原因であるノエルを一瞥すると、計画の説明を始めた。当然のごとく驚く三者にホラーシャは心の片すみで満足する。自分だけがこの黒い悪党の犠牲者で無いことに。

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