戦記12
「見間違いでは無いのか。」
先遣軍から報告を受けた連合王国派遣軍本隊の司令部では、公国軍がマルーノ丘陵まで進出していることに驚きが隠せなかった。
先遣軍の遅延は計画より三日の遅れであり、セオル将軍は強硬策で残り二つの砦を無力化することに成功した。だがその先にあったのはマルーノ丘陵にはためく公国旗だった。屈辱と自己弁護を押し殺して書かれたセオル将軍からの報告書が司令部届くと、参謀達は分析を始める。
「策である可能性は。」
少ない兵で旗や陣幕を大量に設置したり、篝火を大量に焚き大軍に見せる方法は古来よりある。それを指摘した次席参謀に伝令は首を振る。
「複数の斥候を放ち、将軍自身も確認されたようです。」
そこに新たな伝令が到着する。書面が参謀長に渡され一読したのちに全員に開示される。
「どうやら公国軍は強行軍で来たようですな。」
公国内に忍ばせていた密偵から、街道を移動する大軍を目撃したとの情報だった。
「追って公国軍内の密偵から情報も入るはずです。」
「とすると、一万程度か。」
連合王国では事前に公国軍の行動を検討した結果、動員能力が高い公国軍でも最大動員数二万五千を集結させるには時間がかかり、公国軍がパルノに到着するまでに集結できるのは兵一万が限度であると結論付けていた。実際に第一陣が、一万一千であることからも参謀達の分析能力は秀でている。
「敵は強行軍で防御地点を押さえ、後続が来るまで守りを固めるか。」
「それであれば我が軍の方針は決まりましたな。」
公国の目的が先行してこちらの動きを制限する事にあることは明白であり、ここで第一陣を攻めるか迂回して港へ向かうか、兵を分けるにしても軍議に時間をかければ公国の目論み通り兵力が増強されるだけとの見解で一致する。
「ではその内容でご報告しよう。」
参謀長は見解も含めて派遣軍の将官クラスが参加する会議で参謀からの報告する。
「ルードルフ将軍かムーグベル騎士団長か、なかなかの戦略眼だな。」
こう言いながらも会議に出席する連合王国の幹部は余裕の表情だった。なぜなら。
「こちらの計画範囲であれば問題ない。予定通り衝動作戦を実施する。」
発言者に対して陣幕内の全員が臣下の礼をとる。一人だけ豪華な椅子に座るのはメイリオ王子。この連合王国の第二王子を最高司令官とする派遣軍は意思決定に時間をかける理由がない。全てはこの王子とその配下の参謀で軍略が決まるからだ。
「敵の前面に一個騎士団と二個傭兵団を配置して陽動する。」
その命令に司令部が動き始める。
「敵の一部が動き始めただと。」
マルーノ丘陵に両軍が陣を構えて半日、事態が動き出す。
報告を聞き公国軍の幹部が本陣に集まる。ルードルフに確認しながらジャルダン伯爵は机上に駒を配置する。
「西に二隊、東に一隊。」
そこに伝令の騎士が駆け込み、報告を聞いたジャルダン伯爵がまた駒を増やす。
「東にさらに一隊。」
「迂回による半包囲にしては規模が小さいな。」
ムーグベル騎士団長が机上を見ながら疑問を投げる。
「こちらの輜重隊を狙うつもりか。」
「後続の第二陣への強行偵察も考えられるが。」
「それにしてもあからさま過ぎるな。」
各部隊が斥候に見せつけるように移動するため、部隊名まで容易に判明している。
「全て傭兵隊か。」
なんの権限もなくノエルが伝令に尋ねると、意外に鋭い声に戸惑いながら伝令は答えてしまう。
「少なくとも東の二隊はそうです。」
相手が男爵のため伝令は敬語で答えるが本来はそんな義務はない。
「貴様は。」
「殿下、黒バラ騎士団に戦闘準備の命令を。」
誰かが咎める声を全く気にせずノエルはエヴァに催促する。エヴァは全く疑問を挟まずにルードルフに承認を求める。
「将軍、火急ゆえにまずは準備の了承を頂きたい。」
ルードルフはエヴァとその横にいるノエルを見比べ、それから隣にいるジャルダン伯爵に目配せする。
「将軍、説明は必要かと思いますが準備は急ぎした方が良いと考えます。」
第二公女派のジャルダン伯爵に非難の目を向ける幾人かに気が付いたものの、ルードルフは一応の許可を出しそれからノエルに説明を求める。エヴァに求めないのは配慮であった。
「これは陽動です。それも狡猾な。」
ノエルは机上の地図になぜか菓子が入った包みを置いていく。
「これがこの辺りの村落、そして各隊は間違いなくこれらの村に向かっている。」
エヴァの眉が跳ね上がる。
「いや、まずは聞け。」
ノエルが小声で言い、それからルードルフに説明する。
「東に向かった傭兵団の中に悪名高いのがいました。こいつらが大人しく威力偵察とか遊撃戦をするはずなどない事は連合王国が良く知っているはずです。」
「なら何をさせるのか。それは周囲の村を略奪してこちらの兵を割かせるとともに、継続能力を奪うつもりです。」
「彼らにとっては村は拠点ではなく、この袋に入った甘いお菓子です。」
だいぶ丸めて言っているが略奪目的だと全員が理解する。
「民は。」
短いエヴァの応えにノエルは嫌々答える。
「まあ良くて戦利品ですな。」
「すぐに。」
エヴァが駆け出そうとしてまた伝令が駆け込む。
「伝令、敵の集団が前進してきます。」
それに反応する前にノエルがさも当然のように説明する。
「陽動第二弾、つまりこちらが選択した方が主力で無視した相手が陽動となります。これを繰り返すだけで我々は疲弊する。」
淡々と話すノエルが視線を移すとエヴァと目が合ってしまった。
「ノエル、策を申せ。」
完全に筋違いだが怒り心頭のエヴァには通用しない。ノエルは第一騎士団ムーグベル団長とジャルダン伯爵を見るが、騎士団長は挑発するように伯爵は信頼して任せたかのように顎をしゃくる。溜息一つの後でノエルは説明する。
「周囲に散開した傭兵部隊は黒バラ騎士団のみで撃退します。また前進する恐らく五千程度の部隊は本気で戦うつもりはありません。ゆえに叩きつぶします。」
これにはムーグベル騎士団長も息を飲む。ジャルダン伯爵がその言葉を次ぐ。
「こちらが直ぐに動けぬと思って油断していよう。そこに先制をかけて撃退するわけか。」
「もしそれが敵の罠だったら。」
第二騎士団バイファル団長の問いかけはもっともだった。
「それなら二千から三千程度でもっと機動力を活かせる数でくる。これは陽動のためであり威嚇もこめて五千以上でくるはずだ。」
「伝令、敵五千から六千で我が軍に向かっております。」
ノエルの説明通りの報告が飛び込み、それを聞いたジャルダン伯爵はルードルフに上申する。
「司令官閣下、敵の意図は我が軍を身動きとれぬようにすること。ノエル卿の言う通り先制する事が肝心と考えます。」
「確かに。だが敵の傭兵隊を押さえるのに、黒バラ騎士団のみでは厳しいだろう。」
ルードルフからの指摘にノエルは迷ったが、目の前にいる活火山が噴火寸前のため仕方なく答える。
「黒バラ騎士団は元々本軍の余剰兵力、それ故の計算外の動きに対処できます。」
ノエルは論理的に説明するが、エヴァはその点を放棄してしまう。
「たかが野盗に毛が生えた程度の集団なぞ、千いようが敵ではあるまい。」
エヴァの発言にノエルはこっそりため息つきながらダンケを見たので、周囲の視線が将軍や騎士団長など軍の重鎮が一目置くダンケに集中する。
「問題ありません。」
気負いもなく答えるダンケの一言で作戦が決まった。
「だそうです。」
そう締めくくり自分の仕事が終わったと安堵するノエルに、エヴァが短刀を投げつけた。
「これは。」
「隊を東西に分ける。一隊はダンケが、もう一隊はダロワイヨ男爵が指揮せよ。」
完全に虚をつかれてノエルは真顔になる。
「私はただの小姓で。」
「何を言っている。盗賊狩りは得意であろう。」
昔のことを言われたと気が付いたノエルは、次にいうべき言葉が見つからなかった。
黒バラ騎士団はガルム街道から以北で出没する野盗や盗賊団を徹底的に潰していった。ノエルがたてた野盗よりも酷い策をダンケが忠実に実行する。それも基本はエヴァの方針に沿うものだった。
ある盗賊団を捕縛した後の幹部の検分時、首領がエヴァの存在に気がつかずに地方の領主、果ては帝国とまで繋がりがある事をほのめかした。激怒したエヴァがノエルの制止を聞かず前に出ると、その首領は過去にエヴァのような美しい女性を売り払った自慢と脅しを行い最後にこう締めくくった。
「四肢を切り落として売った人形のようにお前も高く売れぞ。」
地方の巡察隊を装っていたため勘違いしたその首領は、領主に話をつければ助かると想像していたらしい。その幹部達も。冷めた怒りのエヴァは公女権限で簡易裁判を開廷、検事役のノエルは遠い目をしながら全員の罪を上奏、エヴァが即決する。途中まで悪態や笑いで盛り上がっていた盗賊達も、周囲を囲む騎士団の威圧に静まり、エヴァの死刑宣告でようやく虎の尾を踏んだことに気がつく。
「ま、まて、まってくれ。裁判なら弁護を。」
少し学のあった首領は弁護士を要求した。
「ああ、そうだな。で、だれがお前の、お前達の弁護をするんだ。」
二の句が継げない首領にエヴァが宣言する。
「エヴァンジェリンの名において、この法廷にて決められた刑を承認する。執行は即時とする。」
後は絶叫と断末魔が響き、暫くの後、静寂となる。
その時のことを思い出しながら自分の身の上を嘆くノエルとは別に軍議は進行する。
「敵の陽動に対して我が軍は先手を打ち、主導権握る。これは第二陣の合流までこの地を確保するためにも必要となる。」
ルードルフはすばやく方針をまとめる。
「敵五千に対して第一騎士団と第二兵団で当たる。また弓兵隊は左翼に移動、我が軍の動きに合わせて援護とする。各部隊も戦闘態勢で待機、敵の動きによっては全軍出撃となる。」
「周辺に展開している敵の遊撃隊は黒バラ騎士団に一任する。」
異論はなかった。ノエル以外。ルードルフ将軍は剣を抜き全員を見渡す。
「公国のために。」
「公国のために、公王陛下万歳。」
赤竜団は老舗の傭兵隊で隊長もその筋では有名な人物だった。
「この辺りは何気に裕福な農家も多いからな、焼く前に家の家探しは入念にしろ。」
「間違ってもお宝の在処を吐く前に殺すなよ。」
「焼くだけ焼いたらすぐに次に行くぞ。」
戦闘の話よりも略奪の段取りに余念がない。目指すは南東の村で畜産で有名な地といえば、部下もやる気十分になっている。
「なんだ、どうした。」
副長が前方で大声を出している。有能だが話すときに声が大きいので内緒話ができないのが欠点、しかし臆病ではないので、不用意に大声をだすことはない。
「おいおい、どうした。」
馬を走らせてくる副長に隊長は眉をひそめる。
「いや、別の傭兵隊の奴らが逃げてきたんですが。」
「逃げてきただと。」
今回、連合王国には多数の傭兵隊が参加している。別の村に略奪に行ったのもその一つ、下種ばかりだが腕の立つ傭兵ばかりの傭兵隊。隊長はさりげなく公国軍により近い村をその傭兵隊に譲り、万が一に備えていた。ただし、こんなに早くとは想像ができないため、隊長は自ら馬を走らせて手傷の治療を受けている男に話しかける。
「何があった。」
「俺も何が何だか。」
興奮した男は肩と頭に傷を負っている。致命傷ではないが戦闘には差し障る状態で逃げてきたのは正しい判断だと感じた一方で、逃げなければいけない状況を想定して隊長は考える。
「公国軍がそんな大部隊を割いたのか。」
「いや、それが完全武装だが百名程度の騎士隊だ。」
隊長は首をかしげる。
確かその傭兵隊は三百名以上いたはずでそれも装備も悪くない。三分の一以下の敵に負ける要素などないはずだった。
「あいつら、全く無言でいきなり突撃すると片っ端から殺しやがった。口上も警告もなしだ。」
まあ略奪する傭兵に容赦などしないのは普通だが、それにしてもこの男もそれなりに使い手のに見えるが。
「黒い鎧で全員が並みじゃねえ。」
「特に隊長らしい奴は恐ろしい腕だった。まともに打ち合えたのはうちの副長だけで、それも五合も持たなかった。」
隊長はそれだけ聞くとその場を離れ、副長を呼ぶ。
「どうします。」
「すぐに引くぞ。黒バラ騎士団だそれは。」
「ああ、なんか狂った姫さんの騎士団とか。」
「あいつが言っていたのはダンケだ。」
副長の動きが止まる。
「ダ、ダンケってあの。」
副長の声が大きすぎても、この時ばかりは隊長も気にしている暇はなかった。
「そうだ、あの、だ。」
慌てて副長はすぐに来た道を戻るよう指示を飛ばす。獲物を前にして手ぶらで帰ることに、傭兵達は一斉に文句を言うが副長は大声で怒鳴る。
「それどころじゃねえんだよ。死にたい奴は勝手に行け。」
軍律も何もないが、かえってその態度は歴戦の傭兵達を略奪の高揚から一気に冷めさせた。
「小隊単位で移動しろ。」
隊長は命令を出すとさっさと馬を返す。その先に三騎の騎士がたたずんでいるのに気が付くと慌てて馬を止める。
「貴様らも連合王国の一員か。」
「ダンケ。」
静かで大きな問いかけに、隊長は身動きが取れなくなる。
「おいおい、公国の騎士様が現れたぞ。」
「たった三騎で何を考えてやがる。」
十人以上の傭兵たちがダンケ達に近づいていく。抜かれた剣の数は十数本、片や抜いた剣はたった一本。そしてつかの間の剣閃は傭兵隊長のみ捉えることができた。恐ろしい速度で振り上げられた剣が腕を吹き飛ばし、その倍の速度で振り下ろされる剣が首から血を噴出させる。それが十数回繰り返されて十三体の死体が生産された時、赤竜団の隊長は生き残ることだけを決意した。
「俺たちは店じまいだ。まだ何もしちゃいねえし、するつもりもねえ。」
剣は抜かない。抜いたらどうなるか明らかだから。
「今、退却中だ。そっちはまだ用事があるだろう。お互いの優先順位は。」
そこまで言って隊長は集中する。決裂なら覚悟を決める必要があるから。
「どこまで退く。」
「陣までだ。いや、不履行だからそのまま帰るな。」
隊長は額の汗が気になるが、そんな余裕は無い。ダンケのそばに黒バラ騎士団の一人が近寄り耳打ちをする。そのままダンケと二騎が傭兵団の真ん中に馬を進め、速歩で通りすぎる。その背を見送り隊長はようやく汗を拭う。これで権威を無くした、そう思った矢先に飛び込んできた。
「さすが隊長だ、あんな奴を相手に交渉仕切ったぜ。」
「すっげーぜ、隊長。」
賞賛の声に隊長は内心を隠しながら声を張り上げる。
「おめらー今回は縁起が悪い。すまねえが出直すぜ。」




