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僕は姉の顔を知らない  作者: と〜や
第一章 小さな村の小さな店
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出発は元気よく

 目を覚まして大きく伸びをする。その腕に絡みついてるのはパジャマだ。姉ちゃん、いっつもきっちり着てるんだよな。熱くないんだろうか。おかげで汗かいてべとべとだ。

 さっさと起きて風呂浴びることにしよう。

 そう思って部屋を出たところででっかい影に出くわした。

 ジャケットを着こんだ広い背中、首に巻かれたアスコットタイ。短く刈り込まれた銀髪。そしてなにより僕が部屋を出てきて驚いたように振り向いたその顔は。


「え……サー・ロビンソン?」

「おお、もう大丈夫なのか? テオ殿」


 部屋の前で番をしてたみたいに見えるんだけど、なんでこの人、僕らの寝室の前で待ってるんだろう。

 というか、なんでこんな朝早くに家の中にいるの?

 店は当然まだ開けてないはずで。サー・ロビンソンはうちのお得意様ではあるけど、無理やり閉店中の店に入ってくるような人じゃないはずで。


「えっと……なんでここにいるんですか?」


 そう聞いたとたん、サー・ロビンソンは何とも申し訳なさそうな顔をした。


「姉君からは何も……?」

「え、えっと」


 二日間は姉ちゃんの番だったから、僕は寝込んでたことになってるはずだ。


「すみません、疲れが出たみたいでずっと伏せってて、話はしてないんです」

「アリス殿は?」

「僕の看病で疲れちゃったみたいで、今は寝てます」


 僕が出てきた寝室の方をうかがうようなしぐさをする。

 そうか、こんな朝早くに店にいるってことは、姉ちゃんが入れた以外にない。夕べ来たサー・ロビンソンを店に入れたんだ。


「そうか、君の看病で疲れているときに無理をお願いしてしまったな……申し訳ない」


 何を姉ちゃんにお願いしたんだろう。とにかく姉ちゃんの連絡帳を見なきゃ。


「えっと、ベルエニー様のお薬は受け取られてますか?」

「ああ、確かに受け取った」

「そうですか、それはよかった。あの、すぐ朝ごはん作りますから」

「ああ、いや……」


 途端にサー・ロビンソンは口元を手で押さえて顔を背ける。何だろう、なんか言いたいんだろうけど、何が言いたいのか僕にはわからない。


「とりあえず、キッチンにどうぞ」


 風呂に入りたいけど、これはそんな余裕はなさそうだ。

 恐縮しきりのサー・ロビンソンをキッチンに招き入れると、ほんの少しだけ魔石の力を使って火を起こす。

 お湯が沸くのは少し時間がかかるから、その前にパンを用意しなくては。


「少し待っててもらえますか、パン買ってきますから」

「あ、ああ。お構いなく」


 キッチンに足止めしておいて、僕は店の方に向かう。思った通り、ソファに毛布と枕が置かれていて、サー・ロビンソンがここに寝たのは間違いない。

 カウンターの内側に回って姉ちゃんの連絡帳をめくる。日付は……僕が市場から帰ってきた翌日で終わってる。

 ということは――一日で姉ちゃんは僕を起こしたってことになる。

 薬を求めに来たのはベルエニー様だけ。新しい薬をご所望で、館に招かれてることもわかった。

 それから、あちこちに保管してある僕のお土産を食べてもいいって書いてあった。

 ちょうどいいや、パンの代わりに残ってる僕のお土産をサー・ロビンソンに差し上げることにしよう。


「お待たせしました。これ、この間行ったヤグレイのお土産なんですけど、朝ご飯代わりになるかなと思って」

「ああ、すまない」


 サー・ロビンソンは進めた椅子に背筋をまっすぐ伸ばして座っていた。

 お茶を入れてそれらを並べる。昨日は時間がなかったみたいで、姉ちゃんが作りおいてくれた食事はなかったのが残念だ。

 いまだに姉ちゃんは僕が料理するのを快く思わない。お湯を沸かす以外はするなと何度も言っていた。あんな昔のこと、もう忘れてるし怖くないのに。


「すみません、あんなソファで。寝にくくなかったですか」

「ああ、いや……地べたで寝るよりはよかったから大丈夫だよ」


 にっこりと微笑むサー・ロビンソンは、ベルエニー様の護衛だったか侍従だったかだと思うんだけど、サバイバル能力は高い。

 まだサー・ロビンソンが戦場を駆けていたころの話を聞くのは好きだった。

 今回だって、薬草市さえなければ、サー・ロビンソンの武勇伝を聞きながらベルエニー様のお薬を調薬するつもりだったんだ。

 薬草市のおかげで月に一度の武勇伝タイムがなかったのはちょっと残念だ。


「それで、子爵様の御用って何なんですか?」


 食べ終わってお茶を飲みながら、僕はようやく切り出した。


「ああ、何でも新しい薬を作ってほしいって話なんだけどね。何が欲しいのかは私も聞いていないんだよ」

「そうなんですか。それで?」

「よければ今日、屋敷に来てもらいたいんだ」

「え?」


 ちょっと驚いて目を丸くすると、サー・ロビンソンは少しがっかりした顔をした。


「アリス殿から聞いてないか? もちろんテオ殿の体調次第だ。無理はしなくていい」

「いえ、それは大丈夫です。じゃあ僕、準備しますね。サー・ロビンソンはお店のソファでお待ちください」


 キッチンからサー・ロビンソンを送り出すと、僕は寝室に戻り、鍵を閉めた。

 ここは誰にも見せてはいけないんだ。

 だって……僕らは姉弟。

 別々のベッドで眠っているのが当たり前のぼくらの寝室に、ベッドは一つしかない。

 姉ちゃんが眠ったその場所で、僕は目覚める。だから、ベッドは一つしかいらない。

 ちょっと不安だったのは、今朝目が覚めた時にサー・ロビンソンが部屋の前にいたことだ。

 もしかしたら、なかなか起きてこない姉ちゃんに声をかけていたのかもしれない。

 そういえばあの時、鍵開けたっけ。……覚えてない。

 一応ベッドに物を突っ込んで、姉ちゃんが寝てるように偽装する。それから服を選ぶ。

 こればかりは姉ちゃんに感謝しなきゃな。

 子爵様のお館に上がるなんて絶対ないと思ってたから、こんなきらびやかな服なんかいらないと思ってたんだけど。

 ぴかぴかの黒い靴と白い靴下。黒い縦じまのズボンに白いぱりっとしたフリルのついたシャツ。その上に同じ柄のベストとジャケットを着て出来上がり。黒い帽子を箱から取り出して乗っけると姿見に映してみた。

 なんだかどこかのお坊ちゃんに見えるから笑えるよね。


 店の方に行くと、サー・ロビンソンは僕を見て目を丸くしたあと、似合っているとほめてくれた。

 薬については何を作れと言われるのかわからないし、一通りの材料は持っていこうか。でも調薬用の器具までは持っていけない。


「あの、サー・ロビンソン。向こうで薬を作ることになると思いますか?」

「器具がなければ作れないだろう? 館には調薬の器具はないから、戻ってきてからで構わないと思うよ」

「そうですね」


 それに、どんな薬を作れと言われるのかわからない。手持ちの材料で足りなければどちらにせよ作れない。

 僕はサー・ロビンソンの言葉にありがたく乗らせてもらうことにする。


「じゃあ、行きましょう」


 調薬済みの薬をいくつか詰め込んだカバンを手に、僕は店の扉を開ける。


「あ、少しだけ待っていてもらえますか?」

「ああ、じゃあ馬を連れてくる。店の前で待っていて」

「はい」


 サー・ロビンソンの背中を見送り、扉の鍵をかけると隣のお店に飛び込んだ。


「おはようございます、ハンナさん」

「あら、おはようございます。今日も元気いっぱいね?」


 カウンターの奥からくすくすわらいながらハンナさんが出てきた。


「テオ君、お土産たくさんありがとね。おいしかったわ。あとで差し入れ持っていくわね」

「あ、ごめんなさい。僕ちょっとお出かけしなくちゃいけなくって。また留守番をお願いできますか?」

「あら、そうなの? 今日中に帰って来られる?」

「ちょっとわかりません。お隣の領地に行かなきゃだから」

「そう、わかった。いつも通り対応しておくわね。アリスちゃんは?」

「奥で作業してます。じゃあ、お願いします」

「あ、ちょっと待って」


 ハンナさんはカウンターから出てくると、二つの包みを僕に渡してくれた。焼きたてらしくてほかほかだ。しかもいいにおいがする。バターの匂いと甘い香り。


「これ、カールの新作。味見して感想聞かせてくれる?」

「わ、ありがとうございます。いつもすみません」

「いいの、二人の感想はとても参考になるから助かってるの。じゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」

「はい、行ってきます」


 これは途中のおやつに決定だ。ハンナさんに手を振ると、店を後にした。

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