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僕は姉の顔を知らない  作者: と〜や
第一章 小さな村の小さな店
3/20

客はタイミングの悪い時に来るもの

本日三話同時公開です。お読みでない方はそちらを先にお読みください。


「どうしよう……ねえ?」


 カウンター奥に置かれた鏡に映る自分の顔を見ながら、ティーカップの中身をくるくるとスプーンでかき混ぜる。

 ベルエニー家といえば、隣の領地の主家の名前。確か爵位は男爵。

 使いの者ってことだから、たぶん男爵様本人じゃないわよね。

 男爵自身にはあまりいい噂を聞かないし……なにせいつも買いに来る薬が薬だし。

 私はカウンターの下に隠されている薬箱を引っ張り出して鍵を開ける。

 中には紙製の袋がいくつも入っていた。

 それぞれにお客様の名前と、前回取りに来た日付、それから薬の数と価格が書かれている。

 テオがいつお客様が取りに来てもいいように、と作り置きできる薬はこうして注文主別に作っておいてくれる。

 これがあれば私でも渡せるから、って。

 その中にあった。


「カレル・ド・ベルエニー……これかな」


 袋は二つあった。

 前回取りに来たのはちょうど一月前。個数が片方は三十個。もう一つは四個。

 ということはやはり今日来る可能性が高い。

 薬を一つずつ取り出して鑑定する。


「胃薬と、強壮剤……」


 言葉は選んでるわよ、もちろん。

 要するにアレよ。男性のアレをナニする薬。

 さすがに強すぎるからか、週に一度と注意書きがされている。


「これ以外に新しい薬ってなんだろ……」


 私には薬の知識はろくにないから、考えたところで無駄なんだけど。

 長く日にさらしたり乾燥させたり、煮込んだりしなきゃならない薬の場合は手伝うこともある。一日で終わらなきゃ結局私が手伝うしかないんだもの。


「ま、いいわ。来たら来たときってことで」


 カウンターから離れると奥のキッチンへ向かう。

 手早くベーコンエッグとサラダを作るとカールさんの焼いたパンでいただく。

 おやつはまだまだあるけど、ゆっくり楽しみたいし、朝ごはんはちゃんと食べないとね。

 食後のお茶を沸かして、ミルクをたっぷり入れてカウンターに戻ってくると、外でじっと待っている人影に気が付いた。

 カップをカウンターに置きながら、慌てて扉の鍵を開けると、荒々しく扉が開かれた。


「お待たせしてっ……」

「どけっ」


 頭を下げてお客様を迎えようとした途端、強く押しのけられた。もう少しで近くの棚に倒れこむところだった。危ない危ない。

 入口付近の小物は少しお高いものばかりなんだから。

 きっと中に入っていった男をにらみつける。


「旦那様っ、なりませんっ」


 すぐ後ろから小太りの男性が付いて店に入ってくる。

 扉の外の看板をひっくり返してゆっくり扉を閉めると、深呼吸して二人のほうに向きなおった。

 私を押しのけて入った男はイライラするように店の中を歩き回っている。

 茶色い縮れた髪の毛が見える。上着もベストもズボンも靴の先まで銀色で、キラキラしてちょっとまぶしい。まあ気分だけ。

 ついいつもの癖で鑑定眼を働かせる。

 スーツはどれもオーダーメイドね。使われている銀糸はお隣のラヴェール産の上等なもの。

 シャツは最高級のリンネル産のしかもカッシート地方の最高級綿花を使った一品。

 襟元のフリルは王宮御用達のマダムシャルレーネの一点もの。

 カフスのエメラルドはコルジャ鉱山の産出品ね。親指サイズの傷なしエメラルドなんて初めて見るわ。

 あら、シャツの縁取りに金糸が使われてる。となると、茶色じゃなくてあの髪の毛は金なのかもしれない。

 うちの店は昼間はたいして明かりをつけないから薄暗い。

 あまり明るく光を入れると、品物が色あせたり痛んだりするし、薬にもよくないからなんだけど。

 それでも鈍く光るところを見るとやっぱり金髪ね。

 銀色スーツを旦那様と呼んだもう一人の男は、白いシャツ以外は黒づくめ。あ、アスコットタイだけは赤いわ。白に見える銀髪を短く揃えてある。おそらくは家令か侍従ね。

 こちらのスーツはお仕着せね。シャツも銀づくめよりは数段落ちる。

 でもこのアスコットタイだけは上等だわ。モチーフの紋章は見覚えがある。王家の紋章。

 とすると、下賜品かもしれないわね。何らかの勲功を上げたのかもしれない。

 太ってるように見えたけど、これは鍛えられた筋肉らしい。家令には不要な筋肉ね。

 となると、アスコットタイの件も含めて元は騎士だったのかもしれないわ。

 ちょっと興味が沸いたけど、好奇心は抑え込んでおく。

 本当は人の鑑定もできるんだよね。

 でも、だからってどうもしない。

 鑑定してその人の情報を知ったところでどうというわけでもないし、今の私には無用の情報。

 でもできると知られると、面倒なことに巻き込まれるのは身をもって知ってるし。だからやらない。できないということにしている。


「どういったご用件でしょうか」


 にっこり微笑みを浮かべ、腹に力を入れて声を張り上げる。震えてるの、ばれてないわよね。


「薬師は」

「どちら様でございますか?」

「薬師を出せと言っている」

「あの、旦那様」

「うるさいっ」


 侍従らしい男が手を引っ張っている。が、振り払った拍子に転がってしまった。近くにあった瓶が巻き添えを食らう。


「大丈夫ですかっ」


 手を差し伸べて引っ張りながら、瓶が割れてないことを確認する。割れてたら全部お買い上げだからね。

 じろりと暴力をふるった主のほうを見ると、ようやく私のほうを見た。


「お前は誰だ」

「鑑定士のアリスと申します。どちら様でございますか」

「鑑定? ここには薬師がいるだろう。そいつを出せ」


 私は顔を曇らせる。侍従の人がはっと気が付いてあわてて私に駆け寄ってきた。


「あの、申し訳ありません、アリス様っ」


 え? この人、私のお客様としてきたことあったかしら。

 じっと顔を見つめる。短い銀髪のお客様は時折いらっしゃるけど。そういえば似た方は知っている。口ひげがご立派で、丸い眼鏡を付けたお方。

 サー・ロビンソンとおっしゃったかしら。その方のご親戚か何かかもしれないわね。


「えっと……サー・ロビンソン様のご係累の方ですか?」


 そう口にすると、彼はぱぁっと顔をほころばせたとたん、泣きそうな顔になった。


「私がロビンソン本人です」

「えっと……お髭と眼鏡がトレードマークの……」

「その……髭は剃りまして。眼鏡はもともと伊達でしたので……」


 そう仰いながらなぜか真っ赤な顔をしている。髭がないとそれほど恥ずかしく思うものなのかしら。

 もしかしたら男性にとってはとても恥ずかしいことなのかもしれないわね。


「で、薬師というのはこいつか?」


 いきなり割り込んできた銀づくめの男に、彼は首を横に振っている。

 さっき鑑定士って名乗ったじゃないの。聞いてないの?


「いえ、薬師は弟君のほうでして」

「弟?」

「ええ、昨日まで薬草市にお出かけでして……あの、アリス様。テオ様はいらっしゃらないのですか?」

「あの、もしかして昨日いらっしゃった……?」


 ハンナさんの言っていた使いって彼なのかしら。そう思って問いかけると彼はぶんぶんと首を縦に振った。


「では、ベルニエー様のお使いというのは」

「ええ、私です。お隣のご婦人に伝言をお願いしていたのですが、伝わっていたようでようございました」

「いえ……ではこちらは」


 不機嫌そうに店の中を見回したり私をにらみつけている銀づくめの男に目をやると。


「ええ、カレル・ド・ベルエニー子爵閣下ご本人です」


 紹介されて子爵閣下はふん、と尊大に胸をそらす。

 私は頭を下げた。男爵じゃなくて子爵だったのね。


「ようこそおいでくださいました、カレル・ド・ベルエニー子爵閣下」

「ふん。そんなことはどうでもいい。薬師を出せ。戻っているのだろう?」

「ええ、戻ってはおりますが、向こうで流行り病をもらってきたらしくて、寝込んでおります」

「何……?」


 ぎょっとして子爵閣下は後ずさる。まあ、それが賢明です。

 普通に考えれば看病をしているのは姉である私であり、私もその流行り病をもらっているかもしれないものね。


「あの……いつものお薬については預かっておりますので、すぐにお渡しできますけれど、それでも今すぐ本人とお逢いになりたいですか?」

「う、い、いや。……では病が治ったら我が邸に来るように」

「そうですか。わかりました。確かに伝えておきますわ」


 にっこりと微笑む。が、子爵閣下は眉間にしわを寄せたまま、さっさと店を出て行ってしまった。

 慌ててロビンソン様も追いかけて出て行ってしまう。

 ちょっと待ってよ、薬は?

 扉を開けたら、ちょうどロビンソン様が馬車に乗り込むところだった。


「あの、お薬を……」

「あっ、あとで取りにまいりますのでーっ!」


 馬車から身を乗り出してロビンソン様が叫んでいる。

 通りを歩いていた人がみんな私のほうを振り向く。うわ、恥ずかしい。

 お願いだからやめてほしい。

 馬車が行ってしまうと、私は逃げるように店に入った。

 あとから取りに来るといっても、隣の領地の主家からここまでってどれぐらいあるのよ。

 今日中に戻ってくるのかしら。

 ふぅ、とため息をついて、ぬるくなってしまったミルクティーに口をつける。

 明日の私の番は取りやめかしらね。

 それにしても、流行り病程度で逃げるなんて、ちょっと臆病すぎるんじゃないかしら。

 薬師が病で倒れてるなんて、悪い冗談だものね。言い過ぎたかもしれないわ。

 くたびれて寝てる、だけだとたたき起こして来いって言われるだろうと思ったんだけど、ちょっとやりすぎたかしら。


「仕方ないわね」


 カウンターの中に座り、連絡用のノートを取り出して今日のことを書き始める。

 互いに顔を合わせて話すことができない私たちの、最適な連絡手段だ。

 一応業務日誌の体を取っているから、だれが見てもおかしくはない。

 交互にお店番をしていて、交互に奥の作業エリアで作業をしている。

 ……ということになっているのだから。


 鏡の中に映る自分を見つめて、ため息をつく。

 いつになったらこの呪いは終わるのだろう。


 ……いつになったら自分の体を持てるのだろう。


 もう一度ため息をつくと、私は視線をさまよわせた。

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