表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕は姉の顔を知らない  作者: と〜や
第一章 小さな村の小さな店
15/20

別人? それとも。

 自室に戻って執務机に腰を下ろすと、ウィリアムは手にした紙切れを机の上に置いた。

 知らず知らずのうちに握りしめていたせいですっかりしわくちゃになっていて、丁寧にしわを伸ばす。

 人払いをしておいたので誰かが入ってくることはないだろうが、念のために扉の鍵もかけておいた。


『テオへ』


 その一文から始まる手紙は、確かにテオに宛てられたものだった。

 その差出人は、テオの姉。


「アリス殿なのか……?」


 ウィリアムはテオにアリス以外にも家族がいるかどうか聞いたことはなかった。

 もしかしたら他にもいるのかもしれない。

 だが、だからと言って、ここにいる説明がつかない。

 彼女がアリスだとしても、納得できないことがありすぎる。


 眉根を寄せて、じっと手紙をにらみつける。


 テオはどこへ消えたのか、今どこにいるのか、彼女はどこから来たのか。

 そもそも、なぜテオに目覚めた後のことをことづけるような手紙なのか。

 明日になればテオが返ってくる、とでも言うのだろうか。

 分からないことだらけだ。

 ただ、一つだけわかっているのは、女体化の薬というのは嘘だったということだ。

 いや、あの話はそもそも自分がもしかしてと話を向けたのが始めだった。

 おそらく都合の良い理由として飛びついたのだろう。

 だから、彼女はテオのふりをした。

 そう。

 ……ふりだったのだ。


「どういうことだ……?」


 ウィリアムは頭をガシガシかきむしる。

 ここに来た夜に、テオは消えた。そして彼女が現れた。

 明日目覚めるテオへの置き手紙。

 そして。

 今日一緒に過ごしたのがテオでないのなら、あの笑顔や眼差しは真実、自分に向けられた彼女のものだと思っていいのだろうか。

 ウィリアムは手元の紙から視線を外し、両手で顔を覆ってため息をついた。


 春の館の花の庭を見たときの彼女の笑顔は紛れもなくアリスの笑顔だった。

 満開の花さえかすみそうな彼女の微笑みは、今でも自分の中にしまいこんである。

 テオだと思っていたはずなのに、違和感に気づけなかった。

 花を見てあれほど喜ぶのは女性の方だ。自分の武勇伝をせがむテオの姿とは重ならない。

 以前、子爵の館には薬草園があることを話した時、嬉しそうに目を輝かせたのを覚えている。彼女がテオなら、花よりも薬草園を見たがるはずだ。


「どうして気づけなかったんだ」


 それは、自分のふし穴の目に対する呪詛だった。

 彼女を……いや、あの時点ではわからなくて当然だ。

 テオによく似た風貌の、しかし瞳だけはアリスの色をたたえた彼女は、テオでもアリスでもない人の姿になっていた。

 テオにはない柔和な笑みを見逃していたなどと、なんともったいないことをしたのか。


「アリス殿……」


 歯噛みする。

 自分を見る目の中になんの熱も宿っていないことはわかっている。

 自分はただ、客の代理人として薬を受け取りに来る従者程度にしか認識されていない。

 だから、少しでも彼女に近寄りたくて、テオから彼女の情報を引き出した。

 彼女に、ただの客としてではなく認識してもらうにはどうすればいいのか。

 眼鏡が野暮ったくて残念と言われたと聞けばさくっと眼鏡をやめ、チクチクしてキスの時に痛そうねと話していたと聞けばヒゲも剃り、身なりを整えれば若く見えてモテるでしょうにとと言われれば、多少複雑な気持ちながら、少しでも年齢相応かそれ以上若く見せるための試練をこなすのも苦ではなかった。

 それなのに。

 これは何の悪戯なのだ。


 この手紙によれば、明日はテオが来て、彼女が消えるのだろう。だから文章の形でテオに書き残しているのだ。

 明日にはテオが来る。

 ならば、彼からもっと詳しく話を聞かねばならない。

 ……いずれ彼とは義兄義弟の仲となる予定なのだから。


 そうと決まれば、この手紙は元に戻しておくべきだろう。

 彼女が伝えたかったことを、テオに伝えるのを邪魔するのは得策ではない。

 これからのことについてあれこれ悩むのをやめたせいだろうか、紙切れを手に立ち上がったウィリアムの表情は穏やかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ