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僕は姉の顔を知らない  作者: と〜や
第一章 小さな村の小さな店
13/20

子爵の苛立ち

短いです

 その日、帰宅したベルエニー子爵カレルは自室に戻るとすぐにロビンソンを呼んだ。


「薬師はまだ臥せっておるのか」

「はい、馬での強硬軍が思ったより負担になったようです。申し訳ありません」

「そうか……薬師はまだ年若いのか?」


 カレルはあの店にいた女のことを思い出す。おそらく成人したばかりぐらいだろう。弟、と薬師を呼んでいたところから、それよりも年若いことになる。


「確か、十四と伺っております」

「十四か。若いな」


 十四であの腕前とは、恐れ入った。よほど優秀な師匠に師事したのだろう。もしかすると魔女が師匠なのかもしれぬな。ならばあの薬の出来もうなずける。


「俺がその年のころには馬など自在に扱ったものだがな」

「市井の者には軍馬に乗る機会などありませんから」


 それもそうか、と執務机に積まれた書類を開きながらうなずく。


「食事は取れそうな状態か?」

「一応消化の良いものを準備させております。起き上がっているのがつらい状態ですので、晩餐への同席は無理かと」

「分かった。回復したら知らせろ。俺が館にいない時は鳥を飛ばせ」

「かしこまりました」

「それから」


 手にしたペンを止め、カレルは顔を上げた。目の前に立つロビンソンを見て、口元を緩める。


「家令に聞いたのだが、婚約者がこちらに来ているそうだな」


 そう告げて子爵閣下はロビンソンをじっと見つめる。

 激戦の戦場でさえ冷静沈着に差配をし、敵を一刀両断するこの男が、昼間に婚約者を連れてピクニックに行ったという報告を受けたとき、にわかには信じがたかった。

 その上、婚約者に蕩けるような笑みを向けていたと聞いては、どこのロビンソンだと言いたくもなる。

 だが、目の前のロビンソンの反応からして、それがどうやら嘘ではないらしいことをカレルは読み取った。

 目の前に立つ銀髪の偉丈夫は、顔を真っ赤にして口元を押えて狼狽えていた。


「……珍しいものが見れたな」

「お戯れを」


 顔を伏せるロビンソンは、確かに物珍しかった。

 そういえば、トレードマークともなっていたあの濃いひげも、丸眼鏡も、いつの間にかすっかりやめてしまったのは数か月ほど前だろうか。

 いつものように薬の受け取りに行かせてから、急に身だしなみを気にし始めた。

 引退した騎士とはいえ、過去の功績で騎士爵も賜っているし、精悍な顔つきも相まって身だしなみさえ整えればロビンソンは優良物件だ。

 眼鏡と髭をやめてから、どれだけロビンソン宛に見合いの話が舞い込んできたか、カレルは知っている。

 その気はないと本人から聞いているから門前払いで断ってきたのに。

 いきなり婚約者が登場するとは思いもしなかった。


「どこに隠していた? 俺のところには見合い話が山と来ていたのだぞ」

「申し訳ありません。体の弱い娘ですので、社交の場には出ておらぬのです。急にこちらに来たそうなので、私も慌てました」

「そうか。……で、紹介はしてもらえるのだよな?」


 にやりと笑うと、ロビンソンは眉根を寄せて頭を下げた。


「申し訳ありませんが、彼女の体調次第では、すぐに帰らせなければなりません。今も臥せっておりまして」

「何? それはいかん。薬師……も倒れておるのだったな。兵舎の医師を呼べ」


 声を上げたところでロビンソンは制止するように首を振った。


「いえ、持病の薬は持ち歩いておりますのでご心配には及びません」

「そうか。……では、いずれ会わせてくれ。楽しみにしておく」

「承知しました」


 それにしても、とカレルは手元の書類に視線を戻してから眉根を寄せた。

 一刻も早く薬師に依頼したいと思えばこそ、自分で隣の村まで行ったというのに。不在だからと呼びつけたのは間違いだったか、と歯噛みする。

 あの薬師――テオと言ったか。少年だとは伝え聞いていた。

 近隣の村に腕の良い薬師がいるという噂を耳にして、試しにとロビンソンに頼んで胃薬を作らせたのが始まりだった。以来、やり取りはすべてロビンソンが行っている。

 同じ薬でも兵舎の医師の用いる薬より効きが良い。いつも胃薬や閨の薬を頼んでいるが、以前、遠征の際に大量に頼んだ傷薬や湿布薬も重宝した。

 だからこそ、今回の依頼をするにあたって薬師本人と店構えを見極めに行ったのだが。


「薬師が目を覚ましたら連絡を入れろ。寝ている状態でも構わん、話がしたい」

「わかりました」

「夕食はここに運ぶよう伝えてくれ」

「かしこまりました」


 ロビンソンが出ていくのをちらと見送り、カレルは再び手元の書類に没頭した。

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