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魂の伝記   作者: 携帯食料
序章
1/1

かくして少女は舞い降りた

 ユーリは小さな少女だった。粗末な服を着て、黒髪も紐で束ねただけのどこにでもいる農民の娘だった。

父親を知らず、ものごころがついてしばらくは母と祖父母たちとの暮らしであったが母親は七つを迎える前に世を去った。死んだことについてユーリは悲しみを想うことはあったが日々の暮らしも楽ではなく、祖父母も親の話を好まなかったので忘れたふりをして過ごしていった。


 今、ユーリは冬の夜に母の墓前に一人来ていた。住んでいた里に身なりの良い者達が彼女を探しにきた。なぜ自分なのか。よくわからなかったが、祖父母は悠里を連れて少し離れたほこらに隠した。

「迎えに来るまで待っていなさい」と言われ、そのうちに雪が降り、悠里は自分が迷惑をかけていると思った。どうせ連れていかれるなら最後は母に会っておきたい。そう思い一人で墓を訪れることにした。

 冬の寒さはユーリの体力を奪い、墓に着く頃には息を切らし立つのもつらいほど疲労していた。墓の前に座り込み、心にこみ上げるものがあったのか、幼子の目に涙が浮かんできた。

「母様、わたし、生きるのがつらいよ。みんなといたいだけなのに・・・わたし、母様に会いたいよ――」

 墓石の前で寒さに朦朧とし、つぶやくように出た言葉を最後に、少女の意識は途絶えた。





 目を開けて最初に見えたのは木製の天井だった。自分に厚めの毛布が掛けられており、窓からは温かな日差しがはいってきていた。しかし、部屋の空気は冷えきっており今が冬の季節だということをユーリに思わせた。

「(ここは・・・私、どうしてこんなとこに・・・・・・)」

 疑問が生まれたが、自分一人では解決できず、かといって動こうにも体は極度の疲労を訴えて起こすのにも苦労するほど重く感じた。

しばらくして部屋の扉が開き、人が入ってきた。

「ああ、気が付かれたのですね。よかった、こんな冬に外で倒れていたから驚きましたよ。」

ユーリには見慣れない姿の若い女性。黒一色の目立たない服に茶色の髪、首元には金属質の飾りを下げている。若い女性は近づこうとして止まり、すぐに考えを変えたらしく――

「ちょっとまってて、なにか食べれるものを持ってきますから」

 そう言って廊下にやや急ぎ足で駆けていった。


「どう? あまりおいしいものじゃなくてごめんね。ゆっくり、すこしずつ食べるのよ。」

 ユーリは渡された料理、動物の乳が入ったおかゆを食べていた。よく火が通り、香草で乳の独特なにおいが主張しないものだった。ユーリにとってはどれもが初めて目にするものでどう食べればいいか戸惑った。様子を見ていた黒服の女性がそれを察したのか、見慣れない食器を使ってユーリの口元におかゆを運んでくれた。口へ含まれた味は初めてのものだったが暖かい食事は体を芯から溶かしてくれる。ユーリは少しずつおかゆを食べながら、目の前の女性が自分を心配してくれていることを感じとっていた。





 食事が済んだ後、黒服の女性は自分がこの村に住む修道女のレインと名乗り、朝の水くみに出かけたとき倒れていたユーリを見つけたと教えてくれた。どこからきたのかレインは訪ねてきたがユーリは自分のいた村がどこにあるのかわからなかったし、そもそも自分がどうしてここにいるのかもわからないことを伝えると、レインは少し考えるそぶりをしてから口を開いた。

「そういうことなら、しばらくこの村にいてもいいようにしないとか。近くに町に街があるから、あなたのことを知ってる人がいるかもしれないし。ああでも体調が戻ってからかな・・・ユーリはすぐに帰りたいかもしれないけど――」


「あの・・・わたし、ここにいたいです。帰りたく・・・ない、です」

 うつむきながら小さな口でつぶやいた悠里をみて、レインは水差しからコップに水を入れそれを悠里の小さな手に持たせた。

「まずは体を元気にしてから!大丈夫、わたしがそばにいてあげるよ?」

 温かな笑顔を向けられてユーリは少しだけ頬を染めて、渡された水を口にした。冬の冷たさが頭の迷いを飛ばしてくれる、そんな気がした。





 くらがりの中、廊下を歩く黒い服装の女性、片手には光源である火が付いたろうそくを携えている。ユーリを助け、この教会に保護したレインは廊下のつきあたりで止まり、そこにある扉の前で深呼吸をした。

「失礼します」

 ノックの後、扉を開けたレインは静かに部屋に入った。この教会の最も尊い人間、神父の部屋に。大き目の机の他には本棚が置かれている程度。飾り気のない、田舎でも不用意に目立たない作りをしている。とはいえ、本の内容は薬学に関する物が大半を占めており神父以外でまともに読めるのは薬の調合を手伝っているレインくらいなのだが。

「おやレインさん。こんな夜にどうしました? とりあえず、どうぞおかけになってください」

 椅子に座り読みものをしていた男性が入ってきたレインに言葉を投げた。初老の男、物腰のやわらかそうな眼鏡をかけた男。少しやせていて、若いころはなかなかの好青年であっただろうその男は扉を閉めたレインに椅子に座るよう促した。

「神父様、今日連れてきたあの子について報告を。ひとまず食事をとらせ話をしてみたのですが、名前は  ユーリというそうです。他にも身の上を聞いてみたのですが・・・やはり捨て子とは違うような気がします」

「ほう、なぜそう思うのです?」

書物からレインに目を向けて聞き返す。眼鏡の奥には穏やかなまなざしが見えた。

「あの子がいた村について聞いたのですが、どこの村なのか見当が付きませんでした。少なくともこの近辺の村ではないはずです。それに着の身着のままだったことも・・・もしかしたらユーリは――」

「奴隷であったかもしれない、ですか?レイン、あなたは思慮深いですが少し硬くなりがちですよ。しばらく様子を見ても遅くはないでしょう。あ、あとかしこまった言葉はやめてください。はずかしいです」

 いつも言われていることであったが、生来の性根か学園の教えか、レインは目上の人であるハルには言葉を崩せないでいる。本来なら崩すべきではないのだが・・・・・・

「ですが神父――」

「レイン?」

「・・・・・・ハルさんのいうとおり、私の考えすぎかもしれません。あの子を助けたのは私なのに信じてあげられないなんて、まだまだ未熟ですよね」

「何、まだ学園を卒業して2年ではありませんか。気落ちするのでしたら、ユーリの世話をしてみてはどうでしょう。あなたは下の子の世話はうまいですし、誰かにものを教えることにはよい機会かもしれませんよ」

「わ、私があの子をですか? 」

 落ち込むレインを励ましながら、まだ見習いを卒業して間もないレインにユーリの世話を任せようとしているようだ。レインの目から動揺がうかがえる。

「拾った子は拾い手が世話をするものですよ?」

「そんな犬じゃないんですから・・・ああもう、わかりました。ひととおり生活に必要なことは教えます。でも、ハルさんも手伝ってくださいよ? さすがに他の子たちの世話をしながらはできませんからね」

 あきらめがついたのか、しぶしぶ提案を承諾したようだ。・・・せめてもの反論を返しながら。

「はいはいわかっていますよ。とはいえ、わたしが教えられるのはせいぜい聖霊様への感謝の言葉くらいだとおもいますよ? 」

 文句ない笑顔で返されると言葉につまることがあるが、向けられたその表情はレインの反論する気力を削ぐのに十分な威力を持っていた。


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