第五話 パトリシア山賊に包囲される
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馬車の旅も二日目です。
ここに来るまでに三つの他領を通り、二本の街道と合流しました。道幅は十㍍まで広がっています。
間もなくノルド地方の玄関口、交通の要衝、船着き場があるガウリンの街です。
ノルド王国時代は、ここに首都が置かれていました。百五十年前にアリューシア帝国に併合されるまで、我がベイグラハム家の居城があった城壁都市です。
ラビン川は大河です。この川があったので、かつてノルドは独立を維持できていたのです。
現在は、帝国軍の北方指令本部が置かれていて、一朝事あれば速やかに軍が出動します。ノルド地方は最後に帝国に吸収されたので、未だに帝国に対する反感も大きく、ここは中央出身の優秀な領主と精鋭軍が睨みを利かせているのです。
江戸時代で言うと有力な外様大名の周りを譜代の大名で囲む感じでしょうか。
もちろん我がベイグラハム家は元々このノルドの地を治めていた正統な王家筋ですので、島津家や伊達家のような外様領主なのですけど。
おっほほほほっ。わたくしのお家、刺客に囲まれていますの。
うんうん。それにしても、街に近付くにつれ山賊みたいな風体の集団を見かけます。
帯剣し荷物を満載した馬車の周りを油断なく歩いています。モジャモジャのヒゲ、ボーボー頭、ゲジゲジ眉にガッチリした体格。
とにかく尋常ではないガラの悪さです。でも、ウチは用心棒代わりにマーシャがいるので安心ですけど。
外を眺めていたわたしが何ともなしに。
「この先で山賊の会議でもあるのかしら?」
と、ポツリと漏らすと。
本から顔を上げたロズベルト先生がチラリと外を一瞥し。
「ふむ。あの集団は冒険商人じゃな」
ん? わたしは初めて聞く単語に
「冒険商人? て、あの人たち商人なのですか?」
と小首を傾げると先生は。
「そうじゃ。旅をして各地の特産物を仕入れ、それを行く先々で売る商人たちのことじゃ。
一見、強盗みたいな人相に見えるじゃろ。彼らの多くは、貧農の次男三男などが多くてな。故郷じゃあ、食べられないから一攫千金を夢見て商人になった者たちばかりじゃ」
わたしは商人と言うと、羊毛ギルドのエミリーお姉さんみたいな、優しげで物腰の柔らかい印象があったので。
「でも、ずいぶんとガラが悪いですね。なんだか盗賊みたい……」
ロズベルト先生は鼻の下の白いヒゲを撫でつけながら。
「お嬢にはそう見えるかもしらんがの。元々、彼らはギルドにも属さず後ろ盾がないのじゃ。
だから見知らぬ土地でその地の領主や徴税官、ギルド商人と揉めたり事故にあっても、全部、自分たちの力で解決せにゃならん。
どんな苦労にも『何くそ!』と立ち向かう位の荒々しさがないと、とてもやれない仕事なのじゃ。だから腕っ節も立つ。強いぞ。彼らは。
でも、実際は腹を割って話すと仁義に厚い気の良い男たちばかりだがのう」
と何か昔を懐かしむように目を細めます。
ふーん。ロズベルト先生、顔が広いから冒険商人にも知りあいがいるのかしら。
わたしは商人と言うと、どうしても前世の営業職みたいに元気で爽やかなイメージがあるのですが、この中世ヨーロッパ風の世界ではだいぶ違うようです。
よくファンタジー小説なんかだと、行商人が腕の立つ冒険者を雇って旅をするのがデフォという感じがしましたが、現実は戦闘力を持ったゴツい荒くれ集団が商品を売り買いしながら渡り歩くというのが実情のようです。
ああ。なんだか、本当に勉強になります。
と、物思いに耽っていましたらようやく城門までたどり着きました。ここから先は船の旅。お尻の痛みから解放されそうです。
でも、何か変です。昼間だというのに濠に渡してある跳ね橋が上がっています。これでは街の中に入れません。
周りには足止めを食っている、近隣の農家の人たちや冒険商人の群れがいます。騒然として異様な雰囲気です。
上げられた跳ね橋の前で、怒りで顔を真っ赤にしている山賊みたいな商人たち。わたしたちの馬車を見ると口々に。
「貴族だ!」「囲んじまえ!」「交渉の材料だ!」「人質にしろ!」
声を荒げて近付いてきます。
マーシャはスクッと立ち上がり、トウ! とスカートの裾をヒラヒラ靡かせながら馬車から飛び降ります。決してめくれたりしないのは、メイドとしての心得なのでしょう。改めて規格外の人です。
そして続いて降りたわたしと先生を守るように「二人とも離れないで下さいませ!」と戦闘準備を取ります。どうやら、御者の人は護衛の対象に入ってないようです。
ギンッ!!!
マーシャが辺りを睥睨すると、荒くれ者たちの輪が二三歩後ずさりしました。
味方であるわたしですら背筋が凍るようなオーラを放っています。
ちなみにマーシャの得物は両手に持った皮製の砂袋です。
マーシャはこの袋をビュンビュン振り回し敵の顔面を殴ります。
殴られた相手は大抵ピンピンピンッと前歯が飛んだり、鼻がトマトのように潰れたりして酷いことになるのです。
トラウマものです。見ている子供は大抵泣き出します。まったくマーシャだけは敵にしたくはありません。
さすがの荒くれ者たちも、マーシャの醸す気迫に押され、攻め込むタイミングを逸しています。
まったくどうなってしまうのでしょう。でも、マーシャがいれば安心よねとわたしがどこか他人事で見ていましたら……。
その時です。
「待て待て。あの紋章を見ろ。あれはノルド王家のものだ」
人垣をかき分け、いかにも人の良さそうな好好爺が出て来ました。まったく冒険商人らしくない雰囲気を纏った人物です。
するとロズベルト先生。目を見開き片手を上げると。
「ゴルリック。生きておったか。それにしてもこの騒ぎはなんじゃ?」
「ん。ロズベルトか。ちょうど良い……。ということはこちらのご令嬢は?」
ああ、これはわたくしの出番ですわね。わたしはドレスの端をつまみながら。
「こんにちは~。パトリシア・ノルド・ベイグラハムです」
と愛想良く挨拶します。
ゴルリックさんは破顔し。
「おうおう。ノルドの姫さまか。すまんな~。ワシたち冒険商人は主君を持たない。だから礼儀知らずは許して欲しい」
「大丈夫です。それに荒ぶる魂は冒険商人の心意気と聞きましたわ」
「嬉しいことを言ってくれる。姫さまは本当に貴族らしくない」
ん? これは褒められているのでしょうか? わたしが考えていると。
ゴルリックさんは急に真剣な顔をして。
「姫さま。そしてロズベルトよ。見せたいものがある。この騒動の原因だ」
案内されたわたしたちが見たものは、袋から出された黒い塊。
ん? これは何? とわたしが思っていると、ロズベルト先生は。
「く、黒い宝石。せ、石炭じゃと!? どこで取れた?」
ゴルリックさんは一言。
「ノルド」
…………。
数秒の沈黙のあと、ロズベルト先生は。
「お嬢……。対応を間違うと再びこの地が戦火にまみえる」
先生は今までに見せたことのない険しい顔で石炭を見つめるのでした。
えっ。なんで? どうして? この時は話がまったく理解できないわたしなのでした。