第四話 パトリシアお尻が痛くなる
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春の朝は肌寒い。だから脚が小刻みに震えているのは寒さのせいだと思うことにした。
ハッ、ハッ、ハックショーイ! ショ~イ! ショイ!!
おおお、ズルズルズル。
オッホッホッ! 誰かがわたくしの容姿を噂していますわ。
まったく、美しさって何て罪なのでしょうか……。
と言うことで、今日、わたしは婚約者に会うために帝都へ出発します。
これからピエールとの婚約を破棄して火炙りルートを回避するのです。もう武者震いが止まりません。
すると侍女のマーシャが馬車から身を乗り出しながら。
「お嬢さま! カゼ引きますよ。早く、乗って下さい」
と、こっちゃ来い。こっちゃ来いとおいでおいでをしています。
「わたし、馬車は揺れるからイヤ。馬で行きたいの」
と白い歯を煌めかせ可愛く美少女スマイルで訴えます。
しかし、マーシャはジト目でにべもなく。
「ダメです。お洋服が汚れます。誰が洗濯すると思っているんですか。早く乗らないとコレですよ」
と、両の拳を握りしめグリグリするポーズで威嚇します。
梅干しです。
怖いです。
痛いです。
暴力反対なのです。
「うううっ」
悔しいですが仕方ありません。わたしは馬車に乗り込みます。向かいに座っているロズベルト先生が片目でウインクしながら。
「お嬢にも怖いものあるのか」
マーシャは上品に片手を口にあてながら。
「まあ、ロズベルト先生ったら」
ともう片方の手でわたしのお尻をギュッと!
「い、痛い! マーシャ! どうしてつねるの」
マーシャは片一方だけ口角を上げながら。
「ほほほ。お嬢さまがお太りになっていないかチェックです。最近、お菓子ばかりボリボリパリパリ……」
「マーシャだって食べてるじゃない」
「私はその分、動いておりますから大丈夫なのです」
つねられて涙目になっているわたしでしたが、改めて上から下へとマーシャのスタイルをチェックします。
確かにそうなのです。マーシャは二十代も後半と言うのに、お胸とお尻以外ムダなお肉がついておりません。
漆黒のメイド服の下は、完璧なボディーなのです。
おまけに。
「マーシャは腹筋も割れて……!? あっ! 痛い。痛い。痛い!?」
わたしの『マーシャ腹筋割れてる発言』。マーシャの目は、糸のように細まると、お尻をつねる指に力が!?
くっはぁっ!
悶絶するわたし。
すると、膝の上に広げた書物から顔を上げたロズベルト先生が。
「ふむ。腹筋が割れておるのか。神話時代の彫刻のようじゃの。一度、見てみたいものじゃ」
ロズベルト先生、いくらお爺ちゃんとは言え、その発言はセクハラです。
わたしがそう思うと。
マーシャは、わたしのお尻から手を放し少しうつむき加減でボソりと。
「ろ、ロズベルトさまが見たいと望むなら……」
と、何やら小声でブツブツ言っています。
心なしか顔が赤くなっています。
うん? マーシャ、熱でもあるのかしら?
という一幕もありまして、現在わたしは絶賛馬車で移動中です。
ゴツンゴツンゴツン~♪
うううっ。
ゴツンゴツンゴツン~♪
振動がダイレクトに伝わって来て、お尻が痛いとです。
この時代の馬車に、サスペンションなどという便利なものはついておりません。
もちろんゴムタイヤなどもありません。木製の車輪に、何かの獣の皮を巻いています。
うんうん、これが流行りの異世界転生か何かでしたら、スライムの皮でも巻くのでしょうけどね。
ゴツンゴツンゴツン~♪
アリューシア帝国が作った軍用の舗装道路を走っています。
舗装と言っても表面が平らな石をローマン・コンクリートで固めている道路です。
幅は六㍍で中央が少し高く路肩に窪みをつけ、水路になるようにしてあります。
カーブはありません。ただただズバンと一直線です。
石畳は歩きにくいので、旅人は路肩の踏みしめられた土の上を歩いています。
ちなみに馬車の速度は時速六キロほどです。
あまり、スピードを出すと車輪が砕けますし、第一、馬が保ちません。
わたしたちは五十㌔を一日半かけてラビン川まで出ます。
そこから先は帝都の近くまで船の旅です。
ゴツンゴツンゴツン~♪
真っ青な空に白く厚い雲が悠然と流れています。緑の草原の中から……。
グモモモゥ♪
あっ、毛長ウシが鳴いています。
おお、あれに見えるは、ストーンヘンジです。悠久です。なんだかロマンを感じます。
基本、この街道の両脇に生えている草は、自由に馬に食べさせて良いことになっているので、畑はありません。
当たり前です。耕しても全て旅人の馬たちにモシャモシャ食べられてしまいます。
ゴツンゴツンゴツン~♪
ゴツンゴツンゴツン~♪
揺れる車内、隣では平然とマーシャが刺繍をしています。
はあ~。とわたしはため息をつきます。
それにしても、改めて視界に入るマーシャの物件を吟味します。
うんうん。なんて立派なのでしょう。
完全に安産型なのです。
きっと将来玉のような赤ちゃんをポンポン産むに違いありません。
わたしの意図する視線に気がついたマーシャは、顔を上げ刺繍針をクルクル回しながら。
「お嬢さま。何か失礼なことを考えているようですが……。違いますよ。よく、見て下さい」
笑顔が相変わらず怖いです。
でも、わたし再度見ますと。
「えっ!? マーシャ! それ……」
なんということでしょう。マーシャは椅子に座らず、脚だけで踏ん張り腰を浮かしているのです。
「ふふふ。ご理解いただけましたか。
湖上で優雅に泳ぐ白鳥も水面下では一生懸命足を動かしているのと同じことです。
お嬢さま。こうすればお尻は痛くなりません」
言われてみれば確かにそうです。わたしは大きくうなずきながら。
「な、なるほど。さすがはマーシャ」
わたしもマーシャを真似て椅子から腰を浮かすことにしました。
揺れる馬車の中、確かにこの体勢はキツいですが、お尻は痛くなりません。
うんうん。マーシャにできてわたしにできないことはないでしょう。
オッホッホッ。だって、わたくし、何気にハイスペックですから。
しかし、十分後。
ぜえぜえぜえ。
もう、限界です。わたくしのスラリとした自慢の脚がプルプル震えています。
すると、わたくしの異変に気がついたロズベルト先生が。
「なんじゃ? お嬢。オシッコか?」
違う! 違う! 違うわよ!? わたしは『このデリカシーのない爺様に何か言って頂戴!』とマーシャを見ると。
マーシャはクックックと肩を震わし黒い笑みで。
「お嬢さま。先ほどのは冗談です。貴族たるものむやみに人を信じてはいけません」
とわたしに荷物から取り出したクッションを渡すのです。
…………。えっ!?
これは一体……? わたし、騙された……の?
あ~っ! マーシャはいつの間にやらフカフカのクッションに腰を下ろしているではありませんか。
ちょっと、この主従関係はおかしくないかしら。
それとも侍女とはこういうものなのでしょうか。
ゴツンゴツンゴツン~♪
納得のいかないわたしを乗せた馬車は、毛長ウシの群れを追い抜きながらひたすら走り続けるのです。