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閑話 捨て子のミルフィーナ(後編)

11/23更新 二話目 2/2


 もしかして、私とアニーはミルフィーナさまの影武者。囮じゃないのか?


 メグには薄々予感があった。


 そして、マナーがまったく身につかないライザがお側係を外され、自分とアニーだけになったときに、ますますその思いが強くなった。


 やがて(あるじ)のミルフィーナがピンクブロンドだった髪を黒く染め、逆にアニーがピンクになったことで、それは確信に変わった。メグは元々ピンクだったのでそのままであったが。


 そう言えば、この孤児院に来てからというもの、ミルフィーナは一度も外出していない。きっと、命を狙われているのだ。


 今や、夜、特別室で寝るのはアニーとメグが当番で交互に務め、ミルフィーナは非番のお側係と護衛のライザに守られ、三人で隠し部屋で休むようになった。


 特別室とは違い、狭い隠し部屋である。毎晩、そこに灯りとお菓子。時には葡萄酒などを持ち込んで同い年の少女たちはお喋りに花を咲かせる。


 生まれたときから部屋に閉じこもりであったミルフィーナはたくさんの本を読んでいた。だから、ミルフィーナがする昔の英雄譚や神話の話はとても面白かった。


 微妙だったミルフィーナとメグの関係も、いつの間にかわだかまりが消え、主従の関係こそあるものの、お互いにコロコロと笑いあうようになっていた。


 ミルフィーナは黒く染めた髪をかき上げながら。

「私は外で遊ぶお前たちが悔しかった。だから、私のようにカゴの鳥にしようと思ったのだ。うふふ。でも、ライザはカゴに入らなかったけどな」と笑う。


 メグも釣られて白い歯を見せながら。

「確かに、ライザは大きすぎてカゴに収まらないですね。

 でも、ミルフィーナさま。私たちは、毎日、食事の不安もなく暮らせて本当に感謝しています」

 

 かたわらでは、ムニャムニャと当のライザが葡萄酒のビンを抱えて口を半開きにして眠り呆けているのであった。


 

 ミルフィーナは言う。『自分の首には多額の懸賞金が掛けられている』と。


 だが、平和な日常は流れ、昨日も今日も明日もたおやかに流れていった。


 出会ってから五年が過ぎ、四人は十歳になった。ライザの剣は磨きがかかり、メグとアニーもどこから見ても本物の令嬢のようであった。


 ここのところ頻繁に世話係のカルロが外出していた。教師役の彼がいない以上、礼儀作法も勉強も自習になる。

 戻ってくるとカルロはミルフィーナに何やら報告をしている。


 メグたちも興味があるのだが、まさか聞くわけにはいかない。しかし、それにしてもミルフィーナの表情が冴えないのが気になる。


 だから、メグは夜の隠し部屋でミルフィーナにそれとなく聞いてみたのだ。


 ミルフィーナはしばらく考えたのちに、重い口を開く。

「私の父は王位継承権第七位の皇族であった。謀反の疑いをかけられ処刑された。カルロの話によると、ようやく濡れ衣だったと認めらそうだというのだ。まもなく枢密院へ私の存在が知らされ、家が復興する。私は残されたたった一人として、婿をとり家名を継がなくてはいけないであろう」


 高貴な方と知らされてはいたがまさか皇族とは思ってもせず、動揺するメグであったが、意にも介さずミルフィーナはメグを見つめた。

 今までに見せたこともない寂しげな表情だった。

「貴族として生活するよりも、正直、今のような毎日も良いかなと思った。四人で仲良くいつまでもいつまでも暮らしていければ……」


 メグは絞り出すように。

「ミルフィーナさま。でも、それでは……」


 ミルフィーナは片手でメグを制すると。

「うん。わかっている。王宮は魔宮。誰も信用できない。アニーとライザはわたしについてくると言った。メグ。お前はどうする? 好きにして良い」


「私は……」

 と、メグは言葉に詰まる。確かに貴族の令嬢のような華やかな世界も良いが、どこか他人事の世界だ。まして、暗殺の危険すらあるであろう。


「本当は、いつかここを出たら、四人で湖水のほとりにでも家を買い、暮らしてみたいと考えていたのだ。だからその為にカルロを動かしていたのだが、恩赦ではなく、まさか貴族への復帰とはな……」


 メグは決意した。もしミルフィーナが来なければ、自分たちは病気や栄養失調で死んでいたかも知れない。メグは顔を上げると。

「ミルフィーナさま。私はお側係です。一生お仕えします。いえ、仕えさせて下さい!」


 ミルフィーナは深い瞳でメグを見つめるとただ一言。

「そうか。頼むぞ」

 と、少し、はにかんでみせるのだった。



──二日後。


 その晩は風が強かった。孤児院へミルフィーナを狙う賊が侵入してきた。あいにくカルロは出かけていて、まだ、帰って来てはいない。

 

 その日の当番はアニーだった。

 特別室で寝ていたアニーは髪を引っ張られ、その白い首に賊の刃がきらめく。声を上げる間もなく、ズバンと影絵のように首と胴が離れた。

 

 しかし、瞳の色まではごまかせない。


 賊の「違う! 人違いだ!」の声。


 子供たちは泣き叫ぶ。

 

 入り口を塞がれている為に、外へ逃げることができない。無理に窓から逃げようとした子供たちは次々と斬られる。


 ライザは隠し部屋の小窓からコッソリ様子を窺う。外と中、声からして賊は五六人いる様子だ。


 (おこり)のようにガタガタと震え出すミルフィーナ。


 メグはその手をしっかりと握ると。

「私が囮になります。大丈夫です。スキを見てライザと逃げて下さい」


 そして、ライザにむかい。

「頼んだわよ」

 そう言い捨てると、メグは扉を開け隠し部屋の外へ出る。


 瞬間、何かに(つまず)いた。


 キャァッツツ!!!! 思わずメグは悲鳴を漏らす。


 刹那。メグの崩れた体勢の上を、ヒュンと風圧と共に剣が(いっ)(せん)


 間一髪だ。ハラリと髪の毛が舞い落ちる。


 一撃を避けられた賊だが嬉しそうに、今度は倒れ込んだメグの首元に剣を突きつけながら。

「いたぞ! ピンクだ!! 瞳は青。今度こそ懸賞首だぁ!!」

 と声を張り上げる。


 ガッ!


 剣と剣とのぶつかりあい。火花が散る。


 メグの首への一撃をはねのけたのはライザであった。


 隠し部屋から回転するように飛び出して来たライザは、剣を跳ね上げた勢いのまま、敵の懐に飛び込む。賊の背中に深々剣が生えた。


 片足をかけ、その剣を引き抜くと(うずくま)る賊へ止めを刺す。


 そこへ新手が三人、院長を連れて現れる。


 後ろ手を締め上げられている院長は。

「違う。こいつは偽物だ! 本物のミルフィーナ様は隠し部屋の中だ!」

 と叫ぶ。


 ライザは怒りで顔を真っ赤にしながら。

「こ、このゲスが! 行かせるかぁぁあ!」

 と扉の前で剣を構える。


 賊のひとり。リーダー格らしい男が片手であごを撫でながら。

「ほう。多少は心得があるか。でもなあ、お嬢ちゃん、相手が悪かったな」

 と、藪でも払うように無造作に剣を振る。


「うっ」

 ライザの剣が飛び、その前髪パラリと落ちる。

 左目を押さえうずくまるライザ。押さえた指の間から赤いものがポタポタとこぼれ落ちる。

 

「ほう。浅かったか。嬢ちゃん。良い腕だ。ウチで雇っても良いぞ」

 どこか田舎なまり。帝都の人間ではない。


 賊のリーダーは。

「おい、やって来い」

 仲間に指示を出す。


 メグはまったく動けなかった。一部始終。永遠にも思える時間。

 賊のひとりが、ノソノソと隠し部屋に入る。

 上がる悲鳴。ミルフィーナさまの断末魔だ。スローモーションのようだった。すべては終わってしまったのだ。

 


 そこへ。

「お嬢さま!」

 風のように銀色の影が飛び込んで来る。


 実力が違った。カルロはたちまち目の前の賊のリーダーを切り捨てると、返す刀で残りのふたりも仕留めた。


 惨状を見て、すべてを理解したカルロ。

 フーッと一息つくと。

「どうしてミルフィーナさまの正体がバレた?」

 鬼の形相だった。


 メグは、放心している院長を見る。

 瞬間、院長は「ひぃっ!」怯えた小動物のような声を漏らしたのが最後の言葉であった。


 カルロは賊のリーダーだった男のマスクを取る。現れたのは北方系の顔だった。

「ノルド人だな」とカルロは呟く。


 ノルド。ノルド。ノルド。メグは呪文のようにその名を心に刻み込んだ。



 これからどうするのだろう?


 とメグは思った。私なら……。



 私はミルフィーナ様とアニーの(かたき)を取りたい。



 カルロと目が合う。

 カルロは、瞬間、瞑目すると、カッと目を見開き。

「お前、覚悟はあるのか?」

 と、メグに問うてくる。


 あえて何をとは言わない。考えていることは同じのようだ。だが答えを間違えるとこのまま斬られる。むろん、メグに選択の余地はない。


 私には女優の血が流れている。一生をかけて演じてみせる。


 だから、メグも黙って頷く。


 カルロは「なら、行こうか。お前も歩けるか?」と片目を押さえたまま座りこんでいたライザに声をかける。


 その後、カルロは孤児院に火を放った。蓑虫たちが紅蓮の炎に包まれる。



 こうしてアッロドラ孤児院は三十年の歴史に幕を下ろした。誰ひとり生存者はいなかったと記録されている。



──子供のいなかったワイアット男爵家に遠縁の娘だという令嬢が養女になったのはそれから二年後のことである。

 彼女、ミルフィーナの隣には男装した隻眼の女騎士が控えていたという。


 間もなく、復讐の幕が上がるのだ。

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