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第十二話 パトリシア、友達ができる

 さあ、帝都へ向けて出発なのです。


 それにしても四頭立ての馬車です。さすがは影の世界政府と呼ばれる法王庁。その庁内でナンバースリーの実力を持つとウワサされるアルマン・ジャン・コルベール枢機卿です。

 迎えの使者は枢機卿の護衛隊長のリリアさんでした。なんだか教会関係者とは思えぬやたらと布地面積が少ないアーマーを着たセクシー系の女戦士なのです。


 わたしたちが一週間お世話になったマカロンの親衛隊と自称する老伯爵は本当に良い方でした。別れもなんだか名残惜しいのです。

 もっともお世話になるのだからとついつい調子に乗って、わたしがスキル『ジジイ殺し』を発動したこともあるのですが。


「ああ、パトリシアさんや。いつでも、自分の家だと思って寄ってくれ」

「ありがとうございます。わたくし、早くに祖父を亡くしたものですから、本当に楽しゅうございました」

「おうおう、わしもこんな孫娘が欲しかった……」

 別れは尽きぬのです。呆れたマーシャに追い立てられるように馬車に乗りこみます。


「お嬢さま、大概にして下さい」

「まったく、バカなくせしてなんでそんなに外面だけ良いのだ。お前これでメシが食えるな」

 マーシャもライザさんも口が悪いのです。義理人情を解さないとは、人としてまだまだですね。


「がっははは。あの頑固一徹で知られる伯爵をたらし込むとはさすがだな」

 枢機卿の使者のリリア隊長もなかなか辛口のようです。

 小説のタイトル風に言えば『毒舌家たちがひとつの馬車に乗りこみ世界旅行をするようです』でしょうか。なお、カルロさんは、再びガウリンのマカロンとミルフィーナの元へ向かったそうです。あいかわらずの苦労人ぶりですね。過労死しなければ良いのですが。


「でも、隊長さんが自ら来て、枢機卿さまの護衛は大丈夫なのですか?」


 リリアさんは手のひらを振りながら。

「問題ないだろ。噂を聞いたら会いたくなって、来ちまったよ」

 とニッコリします。

 

 うんうん。なんだかフリーダム系の人です。でも噂ってやっぱり、先日のラッセルで民衆の味方をした一件でしょうか? そう思いましたら。

「うん。それもある。だが、それだけじゃないよ。ベイグラハム領で徴税官を免職にしようとしただろ! 長官のラインハルトから聞いているよ」

「えっ! ラインハルトさんと知り合いなんですか?」

「おう。枢機卿に手紙が来たぞ! なんでもお嬢さんは地元じゃエレイン・ノルドの生まれ変わりだなんて言われているらしいね」


 いやあ。生まれ変わりは否定しないのですが、わたしの場合その人じゃなく市井の一般人です。


「ああ、それと最近では『聖女さま』とも呼ばれているらしいな?」


 ああ、やはり、それも噂になっていましたか……。


「でも、もう少し、栄養を取った方が良いかも知れないな。鶏肉、チーズ、牛乳それから大豆とかだな……」

 リリアさん。指を折りながらレクチャーするのは良いのですが、人の胸元をジロジロと見るのはなんだか不愉快です。どういう意味なのでしょう。

「あっ。気に障ったらごめんな。でも、世の中には小さい方が良いという趣味の奴もいるからな。がはははっ。まあ、気にするなよ」

 気にします。それからわたしの肩を気安く叩くのはやめて欲しいのです。


 リリアさんは次にマーシャに視線を移すと。

「なあ、あんた、凄腕なんだって? 馬上槍試合で無双したらしいじゃねぇか。

 まあ……。そんなことよりも男はいるのかい? 早くしないと行き遅れるぞ。なんなら帝都についたら一緒に良い男を漁りに行くか? 知ってるか? 法王庁って脂ぎった親父か枯れたジジイの二種類しかいないんだぜ」

「間に合っていますからけっこうです」

 マーシャのこめかみがピクピク震えています。

「ふ~ん。なんだかイラついてんな? その様子だと好きな男とかいるのかい?」

「あなたに話す義理はありません」

「そうかい。だけどよぉ。男ひでりは体に悪いぜ!」

 マーシャの顔が怒りで真っ赤になっています。これはヤバい兆候です。狭い馬車の中、修羅場は避けたいのです。


 わたしがオロオロしてますと、リリアさんはアッサリとそれ以上の追求をやめると今度はライザさんに。

「貴様がカルロの弟子か……。合格だな」

「はあ? なんだそれは?」

 訳がわからぬといった風にライザさんが答えます。


「腹が据わっているってことだ。顔に出ている。気にいったぜ。お前、ウチに来ないか?」

「断る。あんたバカそうだ!」

「がはは。そうか、じゃあ、気が変わったら教えろ。お前ならいつでも歓迎だ」


 即答で断わるライザさんにそれを受け流すリリアさんですが……。ライザさん。『バカ』って相手は仮にも枢機卿の関係者さまですよ。

 う~ん。なんだかこの馬車の旅は波乱の予感しかしないのです。



「ところで『聖女さん』よ」

「はい? わたしのことですか?」

「お嬢さんしか、聖女はいないだろう。なんだ自覚がないのか? なら、今、国中がどうなってるかわからないだろう?」

「あちこちで反乱が起きてると聞いてますが……」

「おいおい、なんで他人事なんだよ? 原因はパトリシア・ベイグラハム。お前なんだぞ!」

「はい?」


 リリアさんが語るには導火線に火を付けたのは、わたしだというのです。

 

 心ある領主もいるのですが、どこの領地でも民衆は圧政に苦しんでいます。本来、弱い者を導くはずの教会も同じです。

 僧侶達は堕落して免罪符を売りつけ金儲けをしたり、情婦を囲ったり、懺悔室で逢い引きしたり。一部の尼僧は赤線地帯になり、夜な夜な男達が出入りしたりしています。民衆は見ているのです。



「だからよう、パトリシア・ノルド・ベイグラハム。お前には使命があるのだ。わかるか?」

 今までのざっくばらんな口調を改めると枢機卿の使者リリアさんは真っ直ぐにわたしを射貫きます。

 刺すような、探るような、それでいて真摯にわたしの心の奥まで視ようとする瞳でした。

「さあ、問おう。パトリシア。お前はどうしたいのだ?」


 どうしたいのだと言われても、わたしは家族を救うのが目的で『聖女』と言われてもピンときません。


 でもリリアさんは真剣です。

 答えようによっては、この場で斬るぞ! という殺気すら感じられます。マーシャが身構えているのがわかります。


 ああ、どうしましょう。

 

 そう思っていましたら、ガタンと馬車が停まりました。検問のようです。しかし枢機卿の馬車とわかると問題なく通されます。さすが枢機卿。威光がハンパないです。


「……さあ、答えを聞かせてもらおうか」

 忘れてくれたらと思っていましたが、リリアさんはにじり寄ります。

「えっと……」


 あら、あれは何でしょう? 

 わたしが向けた視線に全員が釣られて馬車の外を見ます。


 縄で縛られた七、八歳くらいの子供が二人、帝国軍の兵士に引きずられているのです。ボロボロの衣服。骨と皮ばかりの姿です。手足や顔から血を流しています。尋常とは思えません。


 馬車を停め、リリアさんが事情を聞きます。


『みなしごの浮浪児だが、帝国軍の兵舎から食料を盗んだ。見せしめに処刑する』


 なんということでしょう!

 わたしの顔色が変わったのを見て、さりげなく馬車を出発させるリリアさんです。少し走らせ空き地を見つけると馬車を茂みに隠します。


 ああ、リリアさんもわかっている方のようです。


「ありがとうございます」

 わたしが礼を言うと。

「なあ~に、礼には及ばん」とリリアさんは伸びをすると準備運動だとばかり間接をポキポキ鳴らします。


「お嬢さま、早く着替えましょう」

 とマーシャは狩猟ズボンとブラウスを取り出します。


 その様子を見てライザさんだけは目を白黒させながら。

「おっ、お前たち何を考えているのだ!? 三人ともバカだろ!?」

 

 リリアさんは手早く自分の髪をポニーにしながら。

「ここで待ってても良いぞ」

 と目を細めます。

「ば、バカヤロー! アタシは護衛だ! 誰が留守番なんかするか!」

 ライザさんは馬車を降りると馬を切り離し、手早く馬装具を付け始めます。


 四人とも怪盗のようにマスクをつけ準備完了です。

 そのまま、帝国軍の駐屯地に馬を走らせます。


 遠巻きにしている群衆が見えてきました。円の中心に帝国軍の士官らしき人物が演説しています。帝国に逆らうと子供でも容赦しないなどと言っているようです。

 先ほどの子供たちは材木のようにグッタリして呆けています。


 打ち合わせの通り、わたしとライザさんは囮です。大げさにランスを振り回します。辺りを馬で駆けながら注意を集めます。そのスキにマーシャとリリアさんが子供を抱えて離脱です。計画通りです。アドリブでこのくらいの連携は取れないと騎士とは言えないのです。さあ、長居は無用です。兵士たちが突いてくる槍を華麗な手綱さばきで避けながら……。

 ……!? あら、わたしの覆面だけが落ちてしまいました。

 素顔をさらけ出してしまったのです。



 途端。


「「「聖女さまだ!!!」」」

 固唾を飲んで事態を見ていた民衆から一斉に地鳴りのような歓声があがります。


 さすがのわたしも、『もしかして、またやってしまったのかしら?』と思いました。すると近寄ってきたライザさんが。

「いいから、サッサとズラかるぞ! このバカ!」

 と退路を作ります。うんうん。とりあえずバカは余計だと思うのですよ。


 二騎で街道を駆け抜けます。どうやら混乱していて帝国の追っ手は来ないようです。


「うふふ。うまくいきましたわね」

 わたしが白い歯を見せますと。

「なんかあったらどうするんだよ」

 苦笑いするライザさんです。

 

 あらあらライザさんは心配性なのです。きっと師匠のカルロさんに似たのでしょう。

「取り越し苦労ばかりしてますとハゲますよ」

「ハゲるかバカ!」

 顔を真っ赤にしています。可愛いのです。

「でも大丈夫なのです。ハゲたらウイッグを付けたら良いのです」

「だからハゲないって言ってるだ……ろ!?」



 ヒュン!!!


 空気を切り裂く音がしました。矢切り音です。

 わたしの前髪がパラリと落ちます。あらまあ、(かす)めたようなのです。

 でも敵襲? どこから?


 思わず棒立ちになりかける馬です。わたしが落馬しそうになるのを危うくバランスを取っていますと、今度は茂みから伏兵が三人出て来ました。槍が繰り出されてきます。


「パトリシア!!!」目を見開いたライザ叫びます。

 完全に油断していました。でもこの程度なら平気です。馬を落ち着かせて反撃なのです。ほら、どう。どう。大丈夫ですよ。落ち着きなさい。


 その間にライザさんは弓兵を切り伏せると、わたしの目の前にいる三人に鬼神のごとく打ちかかっていきます。

 ライザさん無双なのです。うんうん、マーシャ並みかも知れません。あっという間に敵を蹴散らしてしまったのです。


 わたしはニコニコ笑いながら。

「ライザさん強いですね」

 と馬を寄せます。

 すると、ライザさんはいきなり右手を振り上げ。

「バカたれ!」

 わたしの頬を思い切りひっぱたきます。


 痛い!? 痛いのです!? 頬を押さえ茫然とするわたしです。思わず文句を言おうと彼女の顔を見ると目元が濡れていました。ライザさんは前を向くと。

「ほら! ぼおっとするな。逃げるぞ!」

 わたしはジンジンと熱をはらむ頬をそのままに黙って後に続くのです。



 マーシャたちと合流しました。助けた子供たちはキョトンとしていますが、一緒に帝都まで連れて行くことになりました。

 

 一方、わたしの手形で真っ赤になった頬とライザの様子を見て、ピューッとリリアさんが口笛を吹きます。

「若いねえ~。青春だね~」

 って何のことでしょう。わたし、ぶたれたのですよ。


 馬を繋ぎ再出発です。

 ライザさんはわたしと対角線の一番遠いところに座って黙って外を眺めています。その横顔は明らかに『話しかけるなオーラ』が出ていて、助けた子供たちもなんだか怯えているのです。


 そのまま会話もほとんどなく、日没にはその日の宿であるコルベール枢機卿派の教会に着きます。


 軽く身体を拭き食事です。基本、大メシ食らいのライザさんなのに、今日はお替わりもせずに、サッサと席を立ちます。


 はあ~。まったく、どうしましょう。わたしがため息をつきますと。


「お嬢さま」

 とマーシャがお菓子の入ったバスケットを渡してきます。


「そうだな、まあ行ってこいや」

 とリリアさんも手をヒラヒラさせます。


「ですね」

 わたしはバスケットを持つとライザさんの後を追い中庭に向かいます。吸い込まれそうな満天の星空です。ライザさんはぽつねんと座りこんでいます。とても寂しげな背中でした。


 わたしが近付く足音に。



 ライザさんはこちらを見ず、押し殺した声で語り出します。


「自分の剣が届かなかった。恩人を目の前で殺されてしまった……。だから、もう誰もアタシが守る人間は殺させない! そう誓ったんだ……。なのに、お前、バカだ! バカ野郎だ!」

 わたしを睨む目尻がうっすらと濡れています。そして、また、プイッとそっぽを向くのです。

 ライザさんは、どうやら以前、大切な方を失ったようです。もしかしたら彼女が隻眼の理由もそこにあるのかも知れません。でも、恩人って誰でしょうか。


「隣、座っても良いですか?」

「………………」

 ライザさんの答えも聞かず、わたしは腰を下ろします。


 心地良い夜風が頬をなでます。ああ、なんだか、ここで星を眺めているのがとても不思議な気持ちです。つい、数週間前は思いもよりませんでした。


 しばし、時間が流れました。星が瞬き、スッーと流れます。

 それを機にライザさんはフゥーと大きく息をつきました。


「おい、菓子はあるのか?」

 と、顔を向けてきます。


 コクリと頷きバスケットを差し出すと。

「お前がバカなのはあきらめた。でも、周りでお前を守ろうとしている人間がいることも少しは考えてくれ」

 と、わたしの額を人差し指で一度突きます。とても温かい指なのです。

「……わかりました」

すると、そこでライザさんはようやく二カッと歯を見せ、お菓子を鷲づかみにしながら。

「よし、これでこの話は終わりだ。腹減ったぞ!」

 とボリボリ食べるのでした。

「うん」

 わたしは一つうなずくとライザさんの肩に頭を寄せて、星を眺めるのです。ああ、お友達ってこういう関係じゃなかったかしら。


 明日も良い天気になりそうです。うんうん。いよいよ帝都へ乗りこむのです。

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