第十話 パトリシア堪忍袋の緒が切れる
ということで、わたしは解放した姫騎士プラムと会話をしながら馬を進めます。プラムはこの近所の郷士でした。元々、三代前が商人で没落貴族から称号を買ったために裕福なそうです。
ただし、一人っ子で跡取りがいないために、お婿さん探しも兼ねてトーナメントに参加したそうです。
言い寄ってくる騎士はたくさんいるが、明らかに金目当てが多かった。だから本物の騎士の心を持つ者を探していたのだといいます。
「パットさま。ついて行きます。もう、うちのお屋敷もお金も領土もすべてパットさまのものです」
わたしは人差し指でポリポリ頬を掻きながら。
「はあ~。いやぁ~。まあ、今回、プラムを倒したのは、マーシャ……いや、マーニャだから」
本当にどうしたものか困るのです。
そんなわたしの胸の内を知らないプラムは、不満そうにプクッと頬を少し膨らまし。
「だって、マーニャさんは女性でしょ。私その趣味はないんです。それとも私では不服ですか?」
今度は途端に悲しそうな顔をします。
「はあ~」
わたしにももちろんその趣味はありません。なんと言ってこの娘を説得しましょうか。
「おお、パット殿。貴婦人からそこまで迫られて、その態度は騎士の風上にも置けませんなぁ」
わたしの斜め前を進んでいたベルトランさんが茶化してきます。
良い機会なのです。話題を替えてしまいましょう。わたしは情熱の籠もった目でプラムを見つめると。
「はい、わたくしこんなにも美しい女性から慕われたことがないせいで……。(あっ。プラムが途端に笑顔になりました。うんうん。このスキに話を変えてしまいます)それにしても、だいたい教会が襲われるなんて信じられないのですが……?」
とベルトランさんに水を向けます。
ベルトランはあたりをそっと見回すと声を落とし。
「実はここの領地は荘園でしてな。悪評高いザルツバーグ派が治めているのです。税率もヒドいものだ」
「一部そのような荘園があると噂ではきいてました。それで今回、わたしたちは民と教会どちらの味方につけば良いのでしょう」
「うん。難しいことですなぁ。まあ、大方は帝国軍が始末をつけるだろうから、我々騎士はその補助といったところか。でも命令で出張って来たからには形だけでもつけねばならないでしょうな」
どうやら、ベルトランさんもあまり乗り気ではない様子です。付き従う他の騎士も積極的にこの争いには首を突っ込みたくはない様子です。他領とは言え、民衆に害をなせば自分の領土でいらぬタネを蒔くことになります。でも教会には逆らえない。そんなところでしょうか。
もっとも、わたしにしても帝都へ向かい家族を救い出すという目的があります。なるべく面倒には巻き込まれたくはないのです。うんうん。ここは適当にやり過ごして先を急ぎましょう。
はあ~。それなのに、なんで、わたしとマーシャは集団のほぼ先頭を任されているのでしょう。客分のはずでしたのに完全に主力扱いなのです。
どうやら、この丘を登ると目的地のようです。馬のいななき、悲鳴、金属がぶつかり合うような音が聞こえてきました。
さて、登り切った丘の上です。わたしは目を見はりました。
血なまぐさい風が頬をなでます。一方的でした。それはもはや戦闘と呼べる代物ではなかったのです。
あちこちに散り散りになり逃げまどう民衆がいます。まともな武器を持たない彼らを帝国軍は追い立てています。
「反乱を許すな! 教会に対する暴動は死罪だ!」
中央では高官らしい僧衣を纏った司祭が軍に直接指示を出しています。
ヒドいです。胸の奥から怒りが沸いてきます。わたしの心臓が破られそうです。ブワッと全身の毛が逆立ちます。
──騎士道とは……。
少なくともわたしがベイグラハム領で父から学んだ騎士道は、弱い者を守るためにあるのです。ここにあるのは違います。これは騎士道ではありません。
ああ、ダメです。ごめんなさい。わたしは自分の感情をコントロールできません。ふと気がつくとマーシャがこちらを窺っています。もはや言葉は交わしません。(ごめんなさい)マーシャには心の中で謝ります。本当はわたし適当にやり過ごす予定だったのです。
でも無理です。わたしの血が決して許さないのです。
わたしは被っていた兜を取ります。以心伝心です。すかさず馬を寄せてきたマーシャがウィッグを取り出します。ほんの数日前までわたしの一部であった分身です。
わたしは横で馬を並べているプラムに一言かけます。
「ごめんなさい。レディ。わたしは貴女の想いには応えることができません」
「えっ? パットさま? 何を……」
驚き目を見開いている彼女の手を取りその甲に軽くキスをします。
「さあ、ここからはあなたが目にして良い世界ではありません。安全なところへ行って下さい」
そして前方を向き直ると、ウィッグをつけます。美少年から美少女へ変身です。
豊かな亜麻色の髪が夕日に照らされ黄金を奏でています。整った鼻梁。透き通るような白い肌。少し釣り目の顔なのです。そうです。わたしの名前はパトリシア。そして身体を流れるのは誇り高いノルド王家の血なのです。
はいよっ! 軽く拍車をあて馬を進めスラリと剣を抜き掲げます。
な、何事かぁぁぁああ!?!?!?
突然、現れたわたしの姿。騒然としていた戦場が水を打ったように静まり返ります。
敵も味方も、老いも若きも、男も女も。その場の全員が注目しています。
「おい!? あれは……!?」
「いや、まさか……!?」
帝国の兵士たちが囁きます。
ええそうでしょう。今のわたしは天下のお尋ね者ですから。
わたしは大きく息を吸い込むと。カッと目を見開き、大音声で。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! やあやあ、我こそはベイグラハム辺境伯が長女パトリシア・ベイグラハムなり! 我が先祖軍神エレイン・ノルドの名にかけて、民衆を誅する狼藉者は剣のサビにしてくれる!!!!!」
ウィッグなのに本物の血の通った髪のように逆立っているのがわかります。ドクンドクン。心臓は早鐘を打ち身体中の血液が逆流しているかのようです。
「民の敵はわたしの敵です! さあ、お相手いたしましょう。遠慮めされずかかってきなさい!」
グイとあたりを見回して見得を切ります。
皆、足下が釘付けされたように一歩も動くことができないでいます。
チャンスです。わたしは横っ腹に拍車をあて。
「吶喊ぁぁぁぁぁぁああああああああん!!!!!!」
そう叫ぶと。
わたし、続いてマーシャが、帝国軍のど真ん中に突っ込みます。そしてそのまま突き破ると、街道へ進路を取ります。
すると、我に帰った司祭が。
「ろ、狼藉者だぁああ! 逃がすな! 追え! 全員追え!」
と手を振り回します。
「我々にお任せを!」
そう叫ぶなり、ベルトランたちが慌てて追いかけるフリをしながら周りの馬を槍で突き混乱を誘っています。舞い上がる砂ぼこり、馬のいななきが轟きます。
ベルトランは振り返って見ているわたしに気づくとヒョイと片目をつむります。これは彼なりの騎士道なのでしょう。おっほほほほほっ! パトリシアありがたく恩に着ますわ。
「ホントにお嬢さまは」
マーシャが馬を寄せてきます。顔は怒っているくせになんだか愉快そうです。
「だって、仕方ないじゃない」
「では、お嬢さま。時間稼ぎするためになるべく全員を引きずり遠くまで行きますよ」
「ええ、わかってるわ」
そう言って、つかず離れず追っ手を引き連れしばらく二騎で駆けていますと、真っ黒な馬が猛烈な勢いで寄ってきました。
「おっ、おおおおおおおおおおおおっ、お前バカだろろろろろr!!!!!」
あら聞き覚えのある声ですわ。男装した隻眼の女騎士が飛び込んできました。うんうん。あれはミルフィーナとマカロンの護衛の……。
「あら、ライザさん? またお会いしましたね?」
「『会いましたね』じゃない! このバカ! 状況が変わったから急いで後を追ってきたと思ったらこの様だ。ああ、もうやだ。バカロンといい、この世間知らずの嬢ちゃんといい世の中バカばっかりだ!」
「ライザ、無駄話はあとだ。一度、追っ手を止めるぞ」
と、さらに突然、割り込んできたもう一騎。銀髪のちょっと渋めのおじさまが乗っています。何か暗い過去を引きずっています。そんな感じの騎士です。
ライザは。
「カルロ! ホントにいいのか? こいつバカだからな! ホントにホントにバカなんだぞ!」
「いいからやるぞ!」
そう言うなりカルロは馬の鞍につけていた革袋を手に取り、中の物を撒きます。
えっ!? 鉄製のイガイガです。あれはマキビシです。ああ、撒いたマキビシに追っ手の馬が突っ込んで……!?
見てはいけないわ。なんか後の方で阿鼻叫喚の地獄絵図が……。うんうん。平気です。見なかったことにいたしましょう。
わたしがそう思っていますと、銀髪の騎士が馬を寄せ。
「私の名はカルロ。ミルフィーナ様の家臣だ。詳しい話はあとだ。今は追っ手を撒くぞ」
それから三十分ほど馬を走らせました。流石に馬の息も上がってきたようで、並足に戻し更に歩みを進めます。
前方にマーシャ。そして後方にライザが見張りをしています。わたしはカルロと並び、彼から話を聞きます。そうですか。カルロさんはミルフィーナのお世話係だったのですね。
ちなみにカルロがマカロンの城に到着したのは、わたしたちが出発した日の夕刻だったそうです。そこから慌ててライザと共に後を追ってきたとか。
なんでも大逆転のアイディアがあるそうです。うんうん。でも大丈夫でしょうか? あの毒婦ミルフィーナのお世話係をしていた方です。先ほどのマキビシといい何か真っ黒な印象があるのです。
そう思っていますと、前方のマーシャが歩みを止めます。夕闇の中、四騎見えます。待ち伏せでしょうか?
すでに馬は疲れています。戦って突破するより他はありません。そう覚悟を決めますと。
「パトリシアさま。先回りしてお待ちしておりました」
天使のような声です。地元の人間しか知らない間道を通り白馬に乗ったプラムが待ち受けていたのです。
「替えの馬と旅の仕度を用意しましょう。我が屋敷にお寄り下さい」
ああ、この娘、良い子や。うんうん。お兄さまのお嫁さんにしてしまいましょう。わたしは固く固く思うのでした。
わたしたち一行はプラムから心づくしの世話を受けると、替えの馬に乗り夜半旅立ちます。
ここから馬で半日ほどの距離にマカロンが懇意にしている領主がいるのです。そこまで行けば、巡礼者の一行にでも混じり帝都へ入れば良いでしょう。おっほほほほっ。お父さま。お母さま。お兄さま。パトリシアがもうすぐ助けに参りますわ。
(おまけ)
──あれが俺の死か。
荘園、ラッセルの貧農カールは目を閉じた。
帝国の兵士が持ったランスがキラキラ光っている。上がる悲鳴。そして血しぶき。
朝方、水車小屋を破壊し、そのまま破竹の勢いで教会で押し寄せたのが、つい数時間前の出来事だったとは信じられない。
ああ、腹一杯、メシが食いたかったなぁ。いまわのきわというのにそんな思いしか出てこない。固いパンを最後に食べたのはいつのことだったろう。いや、この世の中に固い食べ物などあったであろうか。
一日二食のメシは麦粉をお湯で溶かした流動食と決まっていた。来る日も来る日も来る日もだ! でも、これで終わりだ。死ねば腹は減らないだろう。働き盛りだというのに自分の骨と皮ばかりの手を見る。
と、突然。自分を覆っていた騒動が静まりかえった。奇蹟を見ているのであろうか。目の前に聖女が舞い降りたのだ。
全身に夕日を浴び、豊かな長い髪が神々しい光を放っている。カールにはその類い希な美しさが同じこの世の人間とは思えなかった。
聖女は言った。荒ぶる帝国の兵士を前に。気高く、怖れず、高らかに。
『我が先祖軍神エレイン・ノルドの名にかけて、民衆を誅する狼藉者は剣のサビにしてくれる!!!!!』
ああ、そうだ。パトリシア・ノルド・ベイグラハムだ。それがこの日、我々を救ってくれた英雄の名前だ。
俺は忘れない。この日起きたことを国中に伝えよう。一生、命ある限り。俺たちは彼女に生かされたのだから。




