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第九話 パトリシア愛馬を手に入れる?

──パトリシアが港でベルトランにスカウトされている頃、隣町、荘園ラッセルの製粉水車小屋では一騒動が持ち上がっていた。

 水車小屋の番人が製粉した麦をごまかし着服していたのがバレたのだ。


 麦は粉にすると日持ちしないし虫もつく。焼いたパンも同様である。だから人々は定期的に水車小屋に通わなければならない。そして行くたびに手数料として持ち込んだ麦の数パーセントを取られる。粉にして取られ、パンを焼く共同釜でも取られる。民衆の感情はたまったものではない。


 もちろん、地方によっては自宅でコッソリと石臼で()いている人々もいた。

 しかし三十年前のことである。荘園ラッセルに着任した司祭が指示を出した。『すべての民家を捜索しろ』と。

 教会の中庭は白い石で覆われている。このときに各家庭から取り上げた石臼を敷き詰めたのだ。『見せしめだ』考えの浅い司祭は思ったのであろう。しかし、人々は目にするたびに、はらわたを煮え繰り返していたのだった。


 製粉するのは一日がかりだ。人々は麦の入った袋を持ち、水車小屋に朝から並ぶ。日暮れまでに順番が回ってこないと、そのまま麦と一緒に水車小屋で仮眠を取る。

 間違っても、麦を番人に預けて家に帰るようなことはしない。また、実際の製粉作業中も番人たちが不正をしないかジッと見張る。

 番人は信用されていない。また、番人も持ち込まれた麦をくすね、自分の収入にするのはバレなければ良いと思っていた。


 それが昨晩、小屋に泊まり込んだ人間にバレた。不審な第三の桶が発見されたのだ。二つならわかる。一つは依頼者の麦。二つ目は手数料分だ。

 朝一番のことだった。たちまち、番人は並んでいた人間からつるし上げられる。普段なら詰めているはずの兵士がトーナメントへ出かけていたのも番人にとり不幸だった。血走った目で突き上げてくる怒れる民衆。番人は不正を白状し、めった打ちにされる。



 民衆は暴徒と化し、正午頃にはその人数を増やし、かつて自分たちの家にあった石臼を取り戻す為に教会へ向かうのだった。


☆   ☆   ☆

 一方、近所で暴動が起きているなど想像もしないパトリシアである。


──トーナメント会場。馬上槍試合にてパトリシアは…………、まあその、はっちゃけていた。


「おっほほほっ! その馬! もらったぁぁぁあああ!」

 わたしは一頭の白馬に目をつけました。つぶらな瞳でとても可愛いのです。もう、気分は穀蔵院飄戸斎こと前田慶次郎です。傾奇者なのです。うんうん。中身が元日本人なので、騎士(シュヴァリエ)よりもグッときます。


 ギュ、ギュン!


 槍をひとしごきすると、馬の腹に拍車をあて真一文字に(とっ)(かん)します。


 おっほほほほほほほほほほほっ! 

 

 最近、いろいろあってストレスがたまっていたので良いはけ口なのです。ふだんは、マーシャに良いようにあしらわれて、あまり目立てないわたしです。しかし、元を正せばこれでも奥州筆頭……ではなく、北方の守護者ベイグラハム家の長女です。華道、茶道、戦車道に騎士道は良家の女子の嗜みですわ。


 さあ、素直にその馬を渡しなさい。狙った白馬に跨がっている姫騎士は身分が高いようです。黒い装備で統一された騎士たちによって守られています。でも初陣なのでしょうか。動きが固いです。おっほほほほ。騎士道の華たる一騎打ちもできないお子さまにその馬はもったいなくてよ。


 わたしは白馬の姫騎士と彼女を守る三騎に全速で近付くと、直前でフェイントを入れます。動きに誘われた一騎。期せず体勢を乱しています。おっほほ。技量が甘いですわ。わたしはバランスを崩したスキを逃さず、馬に着せている鎧の隙間を槍で突きます。ちなみに試合ですので槍の頭は潰してあります。もちろん、当たり所が悪いと骨折くらいしますが。


 グイーン! 痛みで棒立ちになる馬。一人が落馬ですわ。


「卑怯だ! 馬を狙うなんて!」

「おっほほほっ! 一騎打ちもしない方々に言われたくありません!」

「つっ! ちょこざいな!」


 そう言い放つや、拍車をあて向かって来る一騎。頭から湯気を出しているのが見えるようです。あらまあ、短気は嫌われますことよ。

 ビュン! スレ違いざまに突いてくる槍。

 苦もなくスェイして避けるわたしです。併せて槍をなぎ払い回転運動で彼の背中をしたたかに叩きます。元々.前方に体重が移動していたところに遠心力を利用した背後からの打擲。騎士はたまらずコロリと馬上から転げ落ちます。二人目撃破です。

「おっほほほっ! 槍とは突くのではなく叩くのです」


 あらまあ、今のひと叩きで槍にヒビが入ったようです。まあ、鉄の鎧を叩いたのですから仕方ありませんね。ちなみにわたしは鎖かたびらこそ身につけているいるものの、鎧は銀メッキを施した皮製です。だって鉄の鎧、重いのですもの。そして、この身軽さがわたしの強さの秘密であったりします。

 突かれたりすれば一巻の終わりですが、幼少のみぎりよりマーシャに鍛えられていたわたしです。滅多なことで敵の攻撃を受けることはありません。おっほほほほ。ノルドの子天狗とはわたしのことですわ。


 ちょうど地面でのびている騎士の槍が地面に突き刺さっています。

 わたしはヒョイとその槍を手に取ると。

「あら、先は潰すのがルールな槍がなんで地面に刺さるのでしょう。この尖っているように見えるのは、きっと気のせいね。ええ、そうね。たぶん。おそらく。いいわね。行きますわよ!」


 そう呼ばわると二三度槍をしごきます。明らかに金属製の刃がついている穂先が陽光を受けピカピカ光っています。


 わたしが「残りはふたり! さあ、いざ! 行かん!」と身構えると、何ということでしょう。

 残った最後の従者騎士が馬の腹を見せ、わたしの行く手を(さえぎ)り。

「姫さま。ここはわたしが食い止めます。お逃げ下されぇぇぇえ!」

「じ、じい!」

「さあ、早く、早く、いきなされぇぇぇえええ!」

「で、でも……」

 ああ、何という主従愛。わたくし、なんだか鼻の奥がツ~ンときて目から涙が……。こ、これは討てません。


 すると、そこへ無造作に馬を寄せてきたマーシャが。


 ぱこーん! ぱこーん! カボチャでも叩くように主従の頭を砂入りの革袋でぶん殴ります。結果。コテン。コテンと、ふたりは落馬してしまいました。あっけない幕切れです。


 マーシャはわたしに顔を向けると、ハイトーンの消えた目で。

「情けは禁物ですよ」

「…………」

 わたしはだまってコクコクうなづくのです。


 その後、わたしは落馬して気絶している四人から馬と装備を集めます。うんうん。この白馬はわたしのものです。名前は何にしましょうか。一頭はマーシャの馬にして、残りの馬は装備と共に売ってしまいましょう。ちなみに倒した四人は捕虜です。トーナメント戦のルールとして身代金が取れることになっています。とりあえずまとめて縛っておきましょうか。


 わたしがそんな算段をしていますと、なんだか変なスイッチの入ったマーシャが会場をところ狭しと無双しまくっています。もう死屍累々なのです。圧倒的なのです。わたしたちをスカウトしたベルトランさんもあまりの一方的な展開に苦笑いをしています。


 落ち武者狩りのようなマーシャの活躍です。これで旅費の心配はしなくても済みそうです。でもマーシャ、先ほどからブツブツ言っているのです。「せっかくの……」「先生との……」「旅行が……」うんうん。何のことでしょう? わかりませんがご機嫌斜めのようなのでそっとしておきましょうか。うんうん。そうしましょう。



 と、思っていましたら、一騎の騎士が全速力で乗り付けてきました。な、なんと、暴動が起きたとの連絡です!?

『帝国の騎士たる者はただちに教会へ向かえ』とのことです。


 それよりも、なんでせっかく取った馬と装備と捕虜を返さないといけないのです? 非常時だから仕方ない? あとで、ちゃんと返すからって本当ですね? ウソだとマーシャが怒りますよ。て、なぜ、そこで目を逸らすのです。約束しましたからね。


 うんうん。しかし、まずいのです。トーナメントでここにいる騎士の三割位が戦闘不能になっています。この状況、どうみてもマーシャとわたしは期待されています。


「うっ、う~ん」

 あら、捕虜だった姫騎士が気がついたようです。金髪をツインテールにしています。お人形さんのように可愛らしい(かんばせ)です。年は同じくらいでしょうか。お胸は……。ふん。まあまあといったところでしょう。でも、覚えておきなさい。ミルフィーナと違い、将来、逆転可能な差です。勝ったと思わないことですわ。


 て、話がズレました。そんな事よりも、ここはひとつ彼女に念を押しておきましょう。お金の問題は大切なことです。

「お気づきになりました? 最初に言っておきますが、あなた(の身柄)は(身代金を払うまで)わたしのものです」


 すると、彼女、ハッとしたように顔を赤らめると。

「……はい」

 と、か細く首をたてに振るのです。

 なぜか目が潤んでいます。熱でもあるのでしょうか。

 

 はあ~。さて、とにかく、教会へ行くことにしましょうか。暴動ってたいしたことないと良いのですが……。



☆   ☆   ☆


 その頃婚約者のピエールは、たまたま通りかかった荷馬車に揺られ、パトリシアを助ける為に再び旅を始めるのであった。

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