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第一話 パトリシア深夜に絶叫する

「お、お客さまは、クレーマー様で御座いますかぁぁぁあ!?!?!?」


 ぜえ、ぜえ、ぜえ。はあ、はあ、はあ。


 わたしは自分が叫んだ寝言で飛び起きた。ううっ。寝汗をびっしょり掻いている。とりあえず水差しに手を伸ばし水分を補給します。


 んぐんぐんぐ。ああおいしいわ。大自然に恵まれただけのただの水。


 そして、スーハースーハーと深呼吸もしてみる。


 うんうん。室内とはいえ空気も美味しい。さすが公害とかない澄み切った空だけが自慢のド辺境は違うわ。ようやく少し落ち着きましたのことよ。


 ふへ~っ。しかし、困ったことにどうやら前世の記憶はいまだにわたしを(むしば)んでいるようだ。


 それにしてもわたしはどれだけ、このセリフを(ぼう)(じゃく)()(じん)な客にぶつけてやりたかったのであろうか。思い出すごとに心の底から怒りが湧いてくる。



 中堅メーカーの『お客さま、もしもしセンター』という名のクレーム処理係として過ごした数年間。ついたあだ名が、『最終処分場』『爆弾処理班』。

 

 その平凡なOLとしては不釣り合いな二つ名と引き替えに、わたしの精神と健康は着実に(むしば)まれ、ついに四十数時間不眠不休で勤務したあげく、あっさりと脳の血管がプッツンして過労死してしまった。


 享年二十八。彼氏いない歴と年齢が一致するさみしい人生であった。



 が、しかし、わたくしめは生き返ったのだ。いや、間違えた。転生しました。


 わたしの現世の名前はパトリシア・ベイグラハム。アリューシア帝国、北方の守護者ベイグラハム辺境伯のご令嬢なのですよ。


 うんうん、でもまあ、このことに気がついたのは一週間前の十四歳の誕生日だったのだけれども。


 おほほほっ。それにしても貴族さまなのですよ。ご令嬢さまなのです。


 長く美しい亜麻色の髪。透き通るような白い肌。気の強そうな少し釣り目の(かんばせ)をしているが美少女なのです。まあ、お胸はちょっと……、年相応というかささやかではあるけれども、そこはひとまず将来有望ということにしておきましょう。


 現状の最大の問題は、この世界がわたしが小学生の頃に夢中になって読んだ、少女マンガ『捨て子のミルフィーナ』の中であるということなのです。


 わたしの立ち位置は主人公に意地悪をする悪役令嬢。実は主人公のミルフィーナは王家の隠し子。彼女をさんざんイビリ倒した私は、最後に婚約者に糾弾されて一族郎党もろとも()(あぶ)りの刑に処せられますの。


 前世はクレーム処理係として精神をすり減らしたあげくの過労死で、現世では、はりつけにされて処刑とはなんなんでしょう。


 それにいくらマンガとは言え、一族郎党火炙りってどれだけなの!?


 というか、小学生相手にそんな内容を読ませて良いの? 面白かったけど。

 

 だいたい、中世ヨーロッパ風な世界観で、貴族の子女が全寮制の男女共学の学園に通うって、設定が既にめちゃくちゃでしょう。

 確かにイジメは絶対にいけないけど、その罰が『一族郎党火炙り』って、もはや何を言えば良いかわかりません。


 と、当事者になって改めて色々と突っ込みたいマンガなのです。



 だが、しかし、わたくしは全力でこの運命から逃げ出してやろうと決めました。


 パトリシアとして過ごした十四年間の記憶はあります。

 確かに甘やかされて育ったので、少しプライドが高くて、ワガママなお嬢さまでありました。

 でも、父も母も本当によくして下さいました。


 この方々を巻き込むわけにはまいりません。まして、生きながらの火炙り。それも、枯れ木ではなく、生乾きの薪でジリジリと時間をかけて炊きあげるって、鬼畜すぎるでしょ。



 連載していた当時もパトリシアの処刑のシーンが話題になったものです。それはこんな感じです。



──十字架にはりつけにされているパトリシア。その白く美しい足の下には山のように薪が積まれている。しかし、その火勢はのろのろと緩い。ようやく足の裏を舐めるか否かという感じだ。パトリシアは縛られた身体を必死にうごめかせながら悲痛な声を上げる。


『お願いです。お願いですから、もっと薪を足して下さい。一息に殺して下さい』と。


 するとパトリシアの元婚約者で、今は愛するミルフィーナとの結婚が決まったピエールが言うのだ。

『甘い。甘い。甘いわ! これから永遠に続く、地獄の業火に較べれば、これしきの火攻めなど児戯に等しいと心得よ。せいぜい、自分が今までにやった悪行を悔いて死ぬが良い!』


 パトリシアは足の裏から(いぶ)されるように焼かれていき、小一時間ほどのたうちまわって死ぬのです。


 マンガの最後のコマは、真っ黒く炭化したパトリシアの頭がポロッと落ちるというシーンで終わってましたっけ。


 うんうん。当時、学校でこの『パトリシア ポロッ』ごっこというのが流行ったものです。


 休み時間ともなると、あっちで「ポロッ」こっちで「ポロッ」。帰りの会で担任の先生が「パトリシアごっこは禁止です!」と注意するほどでした。


 誰ひとりパトリシアに同情する者はいず、ザマーミロと思っていたのです。まあ、それほど、パトリシアの行いが悪かったのですが、ひどいカタルシスもあったものです。



 でも、いやだ。いやだ。いやだ。


 わ、わたしだって、だてにクレーム処理係をやっていたわけではありません。トラブル処理は得意です。この運命、華麗に回避させていただきます。


 ということで、わたしことパトリシア・ベイグラハムは悪役にはなりません。


 あと、怖いので許婚(いいなずけ)のピエールにはなるべく近寄らないようにして、その婚約もできるだけ速やかに解消するように頑張ります。


 幸い、学園に入学するまであと一年と少しあります。とにかく現状を分析して、問題点を洗い出し、決してクレームなどつけられぬよう注意しますわ。


 わたしは今度こそ人生をやり直すのです。

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