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その5:〈夜叉〉

〈モンスター生態調査部〉久々のお目見えです。

今回の語り手は究理ちゃん!

「〈夜叉城(リティーヤ)〉の連中は、本当に交渉の余地があるのですか、シモン?」


 ガタゴトと揺れる幌馬車の荷台に、御者台で手綱をとるセシーリア先輩の凛とした声が響く。

 姿勢は悪い方ではないと自負するわたしだが、膝を抱えて座っている現状、先輩のこの声を耳にして自然と背筋が伸びる。

 いつぞやシモンが話していた「叱られたいお姉さんランキングベスト3(ホネスティ調べ)」というのも頷ける話だ。

 もっとも、そのランキング自体が不愉快なものではあるのだが。

 そのシモンはと言うと、御者台でセシーリア先輩の隣に座り、魁偉な髭面を周囲の風景と地図を交互に向けながら進路を確認しているようだ。

 彼は、馬車の進路の確認と、周辺の警戒を一人で同時に行っているだけではない。


「交渉の余地のう。まぁ、そのために究理(きゅうり)ちゃんだけでも無事に送り届けねばな」


 思いがけず名前を呼ばれて驚く。

 どうやら、少しばかり呆けていたようだ。

 シモンの言うとおり、〈夜叉城リティーヤ〉での交渉において、任を果たすためにもわたしは先へ進まねばならず、そのために今すべきことは休養をとること。

 もし今モンスターに襲われた場合、重装神官(アーマークレリック)のセシーリア先輩と支援特化(コンサートマスター)のシモンに足りない攻撃力は精霊使い(わたし)のMPが担保することになるのだから。

 幌馬車の荷台にクッションを置き、御者台に座るシモンの身体から小さく響いてくる永続式の援護歌〈瞑想のノクターン〉に耳を傾け、先ほどの戦闘で残量がほとんど残っていないMPゲージを睨みながら、その回復に集中する。


 わたし達が馬を進めているこの〈オワリ地方〉は〈フォーランド島〉や〈ルソーラの大森林〉、〈エッゾ島〉の北部と同じく、人間の手が入ることを拒むモンスターの支配地域だ。

 〈オワリ地方〉に入り、ヤマト海に沿って伸びていたスルガミ街道が途切れるがちになるのと同時に、モンスターとのエンカウント率が急速に上昇し、連戦に次ぐ連戦。

 その挙句、敵の中にレイドモンスターが混じるようになってきたところで、分散して少人数による各個の進行が選択された。

 わたし達のパーティで殿軍(しんがり)を務めるレッドバトラーは猫人族の〈武闘家(モンク)〉であるため単独での生存能力が高いし、それを隠密能力に長けた那須(なす)がサポートしている。

 重装備のセシーリア先輩と歩幅の短いシモン、そしてMPを使い果たしていたわたしは、馬車で先行することになった。

 わたしも残ると無理を言ったところを、二人によって荷台に放り込まれたというのが正確なところだが。

 せめて今やるべきことに力を注がなければ、後に残った二人に会わせる顔が無い。



「……カゥ?」


 どうやら我が身の不甲斐なさに、無意識に爪を噛む癖が出ていたようだ。

 従者召喚しっ放しの〈夜叉姫(ヤカー・プリンセス)〉ジュリエッタが心配そうな目で見上げてくる。

 そのまま座っている背中によじ登ってくるのだが、「よじよじ」と擬音が聞こえそうな動きが愛おしくなる。

 青白い肌に癖一つない濃紺の長い髪、アキバで仕立ててもらったドレス風のワンピースを来た幼女の姿、そんな彼女こそが今回の遠征における勝利の鍵だと、俄かには信じ難いかもしれない。


「カゥ♪」


 苦笑とはいえ、わたしの顔に笑みが浮かんだからだろうか、心配気だったジュリエッタも花が綻ぶような笑みを見せてくれる。

 契約する前は散々「愛? 友情? 人間の考えは判らないわ!」と喚いていた彼女だが、従者として契約し、知能も低下したミニオンランクの今では、意志の疎通が難しい。

 まるで、知らない国の言葉を片言で喋る外国人の子供を相手にしているような難易度なのだが、それ故にかストレートに感情を現してくれるのがありがたいと思う。

 この辺り、普段は方術召喚で〈幻霊の執事(オイカワ)〉を()んでいる〈死霊使い(ネクロマンサー)〉の那須には判らないかもしれないと考えると、こんな状況だと言うのに楽しくなってくるな。



 事の起こりは三月の上旬に〈鋼尾飛竜(ワイヴァーン)〉の群れがサフィールの街を襲撃した事件だった。

 この事件の裏に〈神聖皇国ウェストランデ〉の軍部による演習があったということは、アキバの一般〈冒険者〉の耳には未だ入っていない、〈円卓会議〉中心ギルドのみが抱える情報だ。

 勿論、わたしたちが籍を置く〈ホネスティ〉もその情報は把握しており、今回の遠征メンバーには共有されている。


 本来ならば、演習が行われていた〈レッドストーン山地〉は、西の〈大地人〉(ウェストランデ)が気軽に来られる場所ではない。

 そのルート上には〈死霊ヶ原(ハデスズプレス)〉や〈金竜(シュテイガー)の狩り場〉といった危険なフィールドレイドのゾーンが広がっているため、〈冒険者〉であってもかなり高い確率で復活地点のある街(この場合、大抵はミナミになるだろう)まで送り返されてしまう。

 ましてや死ねば後は無い〈大地人〉のこと。

 〈オワリ地方〉全域がモンスターの巣窟となっている現在、例え|ミナミの〈冒険者〉《Plant hwyaden》の協力があったとしても、〈神聖皇国(ウェストランデ)〉による〈自由都市同盟(イースタル)〉への戦端が開かれるのはまだまだ先だろう、と予想されていたのだ。


 〈ホネスティ〉のギルドマスター・アインスは〈オワリ地方〉のモンスターたちが、東西の緩衝材として機能しているか調査の必要を感じ、レイドチームの派遣を決定した。

 そして、進軍ルートと拠点を確保するために編成された先遣隊の一部がわたし達、と言う訳だ。

 

 レイドモンスターとの戦いで命を落とせば、ホームタウンの神殿に送り返されてしまうのはアキバの〈冒険者〉(わたしたち)とて同じこと。

 また、長期の調査任務ともなればアイテムや食糧、生活必需品の補充や損耗した装備の補修などの為、どうしても拠点とすべき場所が必要となってくるのだが、レイドモンスターの跋扈する〈オワリ地方〉には〈大地人〉の集落がほとんど存在しない。

 頓挫しかけていた調査遠征計画に光明が見えて来たのは、九つ目の拡張パック〈サンドリヨンの遺産〉で追加されたレイドコンテンツ〈天地鳴動〉において〈翼持つ者たちの王(シームルグ)〉と共に〈死霊王(ネザーロード)〉と闘った経験をもつ古参メンバーの意見だった。

 彼の意見は「例えモンスターだとしても高位の精霊となら、ひょっとすると交渉が可能かもしれねえな」 というものだった。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが〈夜叉(ヤカー)〉族が支配する〈夜叉城リティーヤ〉だ。

 屋内型ダンジョンゾーンであるこの城は、丸みを帯びた独特の屋根と四方の尖塔、白い外壁が特徴的な美しい建造物なのだが、その中二階にあるセーフティエリアは蘇生や〈帰還呪文〉などの目印となる場所だ。

 その場所を〈夜叉〉族から借り受け、物資を運び込んで調査の拠点として使えるように、というのが今回の交渉の目的となる。

 蘇生拠点としてのみなら勝手に使えば良いのではないかという意見もあったが、ゲームだった頃ならいざ知らず、扉を外から封じられる可能性なども考慮しなくてはならない。

 まったく、話に聞く〈移動神殿〉なるものが如何に便利なものかよく判る話だな。



 〈夜叉〉は冷気の属性をもつ精霊亜人に分類される。

 青白い肌と、濃い青から黒の髪を持つ人間に似た種族で、統制の取れた集団による連携を得意とする。


 普通の精霊は、身体の大半が高密度のエネルギーによって構成される、いわゆるエネルギー体として存在しているのだが、彼ら精霊亜人は極めてエネルギーとの親和性が高いものの、物体としての肉体を供えており、そのために食事や睡眠を必要としている。

 彼らは同種族で集まり共に生活を送る、集落や町村を作り、文化をも築き上げている。

 

 わたしたちが〈夜叉城〉に向かっている理由もその文化に理由があった。

 〈夜叉城リティーヤ〉を舞台にしたレイドクエストには、彼らの代表者と戦って力を示し、助力を得るという内容のものがある。

 わたしがジュリエッタと契約したクエストもその一つであり、彼女本人との激戦の末に従者契約の同意書を受け取ったのだ。

 つまり、ジュリエッタを連れたわたしは、彼ら〈夜叉〉族に力を認められた〈冒険者〉だと言っても過言ではない。


 もっとも、〈ノウアスフィアの開墾〉の導入によって、九十レベル以上に対応する新たなクエストが発生している可能性も低くはないので楽観してもいられないのだが、それならそれで新規クエストの調査としての意味も見出せる、どちらに転んでも益のあると見られていた作戦だったのだ。

 わたしとしても、ジュリエッタを呼ぶための特技〈従者召喚:夜叉姫〉の習熟段階を上げる巻物でも入手できれば、という打算がある。

 〈召喚術師〉の代表的な特技である〈従者召喚〉は呼び出す対象ごとに別の特技として扱われるため、習熟段階の成長も個別に行わなくてはならないのだが、クエストなどで入手できる特殊な〈従者召喚〉は、その習熟に必要な巻物アイテムの入手にも同じくらいの困難を伴うことが多いのだ。

 そういう意味で、〈幻霊の執事(ファントム・バトラー)〉をの召喚特技を(ことごと)く秘伝にまで育てた那須の熱意には一定の敬意を払うべきなのだろう。


「カゥ?」


 また難しい表情をしていたのだろうか、背中に張り付いていたジュリエッタの掌が、わたしの頬に触れる。

 ひんやりしていて心地が良い。

 礼を述べると、嬉しそうに何度も頷いている。

 契約従者の中には習熟段階を進めることで、外見的にも成熟させることができる者もいるのだが、この笑顔を見ていると、無理をしてこの子を育てなくても良いかな、という気になるのが不思議だ。

 


「おーい、究理ちゃんや。レッドバトラーの小僧と那須が追い付いて来たぞー」

「休養は充分取れましたか? 無理せずにまだ休んでいても構いませんよ」


 御者台からシモンとセシーリア先輩の声が聞こえてくる。

 なるほど、ジュリエッタは幌の外からわたしを呼ぶ声がしたので、教えてくれたのだな。

 どうやら、無事にレイドモンスターをまいて来れたのだろう、二人が合流に成功したようだ。

 ほっとして涙腺が緩むのをなんとか抑え込む。

 周囲の警戒やナビゲートで忙しいのだろう、デリカシーに欠けるシモンに荷台を覗き込まれなかったのは僥倖。

 きっと、今のわたしは相当に情けない表情をしていただろうから。


「御陰様で元気になりましたよ、先輩。シモンにも感謝しよう、もう徒歩に戻ってくれて良いぞ」

「そうですか、でしたらこのオッサンに代わって地図を頼みますね」

「なんじゃとー! 儂がオッサンならセシーリアはアラsむぎゅ!」


 先輩の蹴りがシモンの顔面にめり込んだのは、わたしが御者台に顔を出すのと同時だった。。

 女性の実年齢をネタにしようなどとは不届きにも程があるというもの、同情の余地はない。


「ぬおぉぉぉぉぉ!」


 シモンの声が遠ざかっていく。

 諾足とはいえ走行中の馬車から転がり落ちるシモンを、合流したばかりの那須とレッドバトラーが拾いに向かっている。

 二人とも大きな怪我は無いようで一安心だ。

 この光景を見て思い出したが、〈夜叉〉族は女王を頂点にいただく女性上位の社会を営んでいる。


 うん。わたし達ならば、きっと何とかなるだろう。


 ▼エネミー解説


夜叉姫(ヤカー・プリンセス)ジュリエッタ〉

 レベル:84 ランク:パーティ4 タグ:「ボス」[精霊][冷気][ヤカー]

 〈夜叉城リティーヤ〉を治める〈夜叉女王(ヤカー・クイーン)ロベーリア〉の六十六人いる娘の一人にして、一軍を率いる戦姫。

 長い濃紺の髪と、青白い肌ながら整った硬質の美貌を持つ女性で、和装の小袖と武者鎧をアレンジした軍装に身を包んでいる。

 理知と冷静さを重んじる〈夜叉〉族の中では変わり者として知られ、人間の持つ愛や勇気の力がどれほどのものか知りたいと願っている。

 そのため、〈死霊ヶ原〉の異変に対して不干渉を貫く母の政策に不満を持っており、〈天地鳴動〉のレイドイベントにおいて戦って勝つことで助力を得ることができる。

 入室制限により彼女自身には四人の決戦パーティのみで挑むことになるのだが、決戦パーティを可能な限り消耗させずに試練の間まで送り込むことが、このレイドクエストの醍醐味だと言われている。

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