その4:〈幻霊〉
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「悪いがシモン、確かにわたしと那須は旧知の間柄だ。しかし、わたしが他人のプライバシーについて軽々しく話すような人間だなどと思って欲しくはないな」
「ぬぅ、プライバシーに関わる問題じゃったか」
小休止を取ろうと仮の拠点に選んだダンジョン内の一室。周囲の偵察に出ていたぼくが拠点に戻ってくると、〈吟遊詩人〉で〈機工師〉のシモンと〈召喚術師〉で〈精霊使い〉の究理が談笑をしていた。
「その言い方だと、まるで究理がぼくのプライバシーに詳しいみたいじゃないか。一体何の話をしているんだ?」
話の流れが気になるのでぼくも会話に混ざることにした。
「っ! ・・・・フン、隠れての立ち聞きとは趣味が良くなったな」
「うおっ!? おぉ、那須か。いや、執事さんの話を聞きたくてのう」
二人は軽く驚いたようだ。ダンジョンで偵察してきたのだから気配を消す特技くらい使っているのは当然だろう、いい加減に慣れて欲しいものだが、確かに礼は失していたな。ぼくは反省し、今話題に出たばかりの〈幻霊の執事〉オイカワに命じて隠密を解除させる。
「オイカワがどうしましたか?」
「ふむ、オイカワさんというのか。いや時々な、那須とオイカワさんの間で無言の会話が成立しているように見えたのが気になってのう。〈召喚術師〉と従者の関係ってのはそんなもんなのかい?」
「わたしの精霊たちは、わたしが何も言わずとも念じる通りに動いてくれるが、逆にわたしが精霊たちの言いたいことを読み取れたことはない」
サブ職業を〈精霊使い〉にしている究理は、イベント取得枠の契約モンスターすべてを精霊系でそろえている生粋の精霊使い。
「不本意だがぼくも同様だよ。死霊たちは表情を読み取るのも難しいからね」
一方、ぼくはサブ職業に〈死霊使い〉を選び、その特技によって補正を得られる死霊系モンスターを中心に組んだ死霊使いだ。
「〈森呪遣い《ドルイド》〉の中には従者と意思の疎通をなんとなくレベルで成功させた人も多いらしいけど、対話に成功したという話は聞かないね」
「そもそも従者契約によってミニオンランクに弱体化したモンスターは総じて知能も低下している。もし会話できるとしたら、それこそ〈口伝〉ということになるのかもしれないな」
「ふむふむ」
そんなぼくと究理が両側から話すのをシモンは熱心に聴き、金釘流の文字でノートに書き留め始める。そんな三人の腰掛けている瓦礫の傍ではワゴンの上に茶器を並べ、オイカワが紅茶の用意を始めている。偵察から帰ったばかりで少しばかり長い話をすることになりそうだから、丁度飲み物が欲しかったところだ。
「これよこれ、こういうところじゃよ」
「「そうか? 執事というのはこういうものだろう?」」
シモンの出題にノータイムで出した答えが究理とハモってしまった。二人して顔を合わせ互いにしかめっ面になる。
「お前ら揃いも揃ってブルジョワか!? ケッコンしてろ!」
「「こいつとなんか、お断りだ!」」
またもや返事が被ってしまった。手を止めたオイカワがじっとぼくを見ている。その目を見ていると、ふと叱られているような気分になる。
「そうだね。だったら、ぼくとオイカワの昔話でもしようか」
ぼくは強引に話題を変えることにした。
ぼくの家は両親が忙しく、物心付いた頃には使用人たちに囲まれて暮らしていた。
ぼくとは金銭と雇用の関係でしかないと割り切ったメイドたち、ぼくの顔色を伺って媚びへつらう家庭教師、一緒に遊んで一度怪我をさせて以来ぼくに近づかなくなった庭師、そんな大人に囲まれていたぼくが唯一心を許せたのが、執事の及川だったんだ。
近所に子供のいる家はなかったし、あったとしても遊びに来させる勇気のある親は少なかっただろうと思う。親戚の中で近い年齢の子供は究理くらいだったしね。
「実に不本意だがな・・・・」
そんな訳で、小学校にあがった頃のぼくと言えば、周囲の同級生を小馬鹿にしている嫌な子供だったよ。自分を律することもできない暴走したミニカーみたいな同級生と同列に語られることに嫌悪感を覚えていたんだ。当然、それは同級生たちにも気付かれていて・・・・
「子供ってのは、そういう勘だけは妙に働くものなんじゃよなぁ」
クラスの中で孤立したぼくに及川が与えてくれたのが〈エルダーテイル〉の世界だったんだよ。
ぼくは、今のこの〈召喚術師〉のアバター、当時はまだ死霊使いじゃなくて精霊使いと幻獣使いのハイブリッドというオーソドックスな移動砲台ビルドだった。
及川は〈武闘家〉で〈執事〉というアバターを選んだ。なにもゲームの中でまで執事をしなくても良いと思ったんだが、「いえ、坊ちゃんに執事として御仕えするのが及川の御役目」とかいって譲らなかったな。
「良い執事さんじゃったのじゃな」
そうだな。それからは、二人で組んで色んな場所に行き、色んな事をした。ときどき究理も加わって〈召喚術師〉が二人に〈武闘家〉が一人だとバランスが悪いので、ぼくが死霊使いに転向したりしてね。
でも、及川はぼくより遥かに年上の老人だ。いつまでも傍にいてくれるという訳にはいかなかったんだ。
その日、ぼくは及川と一緒にひとつのパーティクエストにチャレンジした。廃絶された〈大地人〉貴族の館に出没する幽霊にまつわる連続クエスト。そのボスが主人を亡くして狂った〈幻霊の執事〉だったんだ。そいつを倒して従者として契約したのが、ぼくと及川にとっての最後の日となったんだ。
「惜しい人を亡くしたのじゃ」
いや、殺さないでくれ! 及川は定年退職したんだよ。娘さん一家と一緒に暮らすことになってぼくの家からは出て行くことになったけど、〈エルダーテイル〉はしっかり続けて、おかげで〈幻霊の執事〉は従者召喚も戦技召喚も方術召喚も〈秘伝〉にまで育てられたよ。
ただ、そんな経緯で手に入れたモンスターだからなのか、〈大災害〉の後、微妙に及川に顔が似てきた気がするし、じっと見られると及川に叱られた時のことを思い出すんだよ。
「なるほどのう。っと、そろそろ休憩も終わりにして先に進むとするか。オイカワさん、お茶ごちそうさんじゃよ!」
探索を再開しながらぼくは再び考える。
そう言えば、いつからだろうな、オイカワが淹れる紅茶の味に懐かしさを感じるようになったのは。そう、まるでぼくの記憶から及川の淹れた紅茶の味を引き出したかのような・・・・
「うっぎゃー! 宝箱にみっちりと〈不定形〉がー! 儂じゃなくてオナゴにくっつかんかあ!」
「馬鹿な!? こっちに投げてくるんじゃない! こぉの変態エロ親父っ!!」
考え事をしてる場合じゃなかった。ぼくは頭を振って思索を追い出すと、現実に対処すべく走り出したんだ。
▼エネミー解説
〈幻霊の執事〉
レベル:90 ランク:パーティ6 タグ:[不死][暗視]
実体の希薄な霊体系アンデッドであるファントム種のモンスター。霊体系モンスターは、構造物をすり抜ける、機械的なトラップに感知されない、物理ダメージに強く魔法ダメージに弱いという特性を持つ。
白髪を綺麗に撫でつけ髭を整えた初老の紳士といった外見をしているが、基本的に半透明なので人目でモンスターだとわかる。高い格闘技術と多才な攻撃魔術に加え、研ぎ澄まされた鋼の糸を使ったトラップを駆使して単体で冒険者パーティと渡り合う戦闘能力を有している。
〈召喚術師〉であれば、オチャノミズの幽霊屋敷に出没する彼をめぐる連続クエストによって従者契約を行なうことが可能。勿論、ミニオンランクになるため各種性能は低下するものの、闇を操って使役者を隠密状態にする特技と、お茶を用意する程度の調理スキル、不死系従者の中でも特にスマートな外見のためネクロマンサーにはコアな人気がある。
ただやはり、半透明のため見るタイミングによっては非常に怖い。