その3:〈恋茄子〉
メシテロの可能性があります、ご注意を。
「がっ! おぉぉぉぉぉんっ!!」
まるで鞭を振るったかのようにしなりを帯びて襲い掛かってくる蔦を大縄跳びの要領で跳躍してかわし、お返しとばかりに〈無影脚〉を叩き込む。
蹴り飛ばされた〈恋茄子〉はそのまま地面に激突して動かなくなったんだけど、それでも俺の周りにはまだ数十体の〈恋茄子〉が蠢いている。
モーションが派手になる〈ラフティング・タウント〉の影響下にある俺の行動は、一挙手一投足ごとに敵の注意を惹きつける。ハハ、こいつら俺しか見えてねえな。
「良い感じに暖まってきたなぁ! そろそろ行けるか?」
そろそろ頃合と見て、俺は肩越しに背後へと声をかける。
「あぁ。よく耐えてくれたな、レッドバトラー。後はわたしが喰らわせてもらおう」
ライダースーツのような露出の少ないボンテージに身を包んだ究理が背伸びした仕種で髪をかき上げ、右手に持った特殊警棒みたいな形の武器・鉄鞭を〈恋茄子〉の群れに向けると、呼び出されたままの〈火蜥蜴〉が待ってましたとばかりに口から極太のビームを発射する。
思わず「薙ぎ払えっ!」と言いたくなるような光景だけど、その紅い光線は火炎の属性を以って群がる植物モンスターが次々に燃え上がってゆく。
「フフ。ナスビを焼き尽くすと言うのは何とも気分の良いものだな」
究理はそのまま左手の鉄鞭も別の群れに向けて、〈火蜥蜴〉が口から光線を放つ所までは一緒なんだけど、〈サモナーズウィップ〉まで使うのは調子に乗りすぎだ。いくつか討ち漏らしたのがそのまま究理に殺到する。
いや、殺到できなかった。
「フン。何か言いたいことがあるのなら、はっきり言ったらどうなんだ?」
虚空から現れた半透明な執事さんの指先に銀色のきらめきが走ると、〈恋茄子〉たちは糸で縫い止められたかのように動きを止める。そこに那須が駆け寄り、大鎌を振るう死神のエフェクトを背負って手に持った剣を一閃。
究理の鉄鞭と同じく中国サーバーで手に入れたという銭剣は、銅銭を繋げて作られた見た目に反して鋭い切れ味を見せ、〈恋茄子〉を千切り、短冊切り、微塵切りにしていき、それを〈火蜥蜴〉がさらに焼いてゆく。この野菜が焦げる匂い、やばいなー。すきっ腹に染み入ってくる。
発端は、一件のクエストだった。
彼らが〈大革命〉と呼ぶ手作業による味のある料理の発見からこっち、様々な食材や調理法を追求した挙句、食通だの食道楽だのと呼ばれるようになった〈大地人〉の貴族が発布したクエスト。
「畑に植えた〈恋茄子〉の収穫をしたいので手伝って欲しい」という内容で、それだけなら趣味の悪いクエストとして何処かの物好きが受注するか、スルーされて斡旋所から何処かのギルドに持ち込まれることになったんだろうけど、問題はその報酬だったんだ。
〈恋茄子〉を材料にした料理のレシピ。
どれだけ〈恋茄子〉が食べたかったのか知らないけど、この〈大地人〉貴族は以前にも〈冒険者〉の〈料理人〉を雇って調理法を研究させていたらしい。その時に開発したレシピノートの一部が報酬として提示されたものだから、一気に応募が殺到したんだよね。
収穫は人数が多くても困らないらしく、ロデ研の〈森呪遣い〉が「従者モンスターにもできる子を食べちゃうなんてかわいそうだよ」って抵抗して隣にいた|派手なシャツの兄ちゃん《ブルーフォレスト》に「お前この間、茸と猪を圧力鍋で煮てたろ」って言われて沈没してたくらいで他は特に問題も無く、応募者たちはクエストを請けて貴族の領地にまでやってきたんだ。
俺たち〈ホネスティ〉の〈モンスター生態調査部〉もこのクエストに参加することにしんだ。同じモンスターを大量に観察できる良い機会だと思ったからであって、決して〈恋茄子〉料理に目が眩んだ訳じゃないぞ。
依頼人の領地にある〈恋茄子〉農場は予想してない規模の大きさで、集まった〈冒険者〉たちは三人一組になって収穫作業をすることになった。俺たちも二班に分かれることになって、部長とセシーリア姉ちゃんとシモンジジイで一班、究理と那須と俺で一班っていう班分けになったんだ。メイン職業が偏ったバランスの悪い分け方だったけど、別に戦闘する訳じゃないから良いかな、ってその時は思ってたんだよなぁ。
午前中いっぱいかけて皆で数十体の〈恋茄子〉を収穫する。要領は芋掘りとおんなじように茎の根元の部分を両手で掴んで引っこ抜く、それだけだ。ちなみに、ファンタジーなんかに出てくるマンドラゴラは悲鳴を上げて引っこ抜いた人間の命を奪うようなのもいるみたいだけど、此処〈セルデシア〉の〈恋茄子〉にはそんな能力はない。っていうか、エルダーテイルだった頃には畑に植わってることもなかったし、それを抜く動作も行なえなかったんだから、そんな設定がされてる筈がないんだ。
その考えで行くと、収穫された〈恋茄子〉がおとなしく調理されてくれると思い込んでたのが失敗だった訳で。高性能な〈冒険者〉の身体でも、〈大地人〉農夫のおじちゃんおばちゃんに教わりながら慣れない農作業を続けて良い感じに疲れが溜まって来たお昼前のこと。ほどよくお腹もすいてきて昼食の〈恋茄子〉料理をみんな心待ちにしてたタイミングで事件は起きた。
俺たちが畑で収穫作業をしてる間に、調理スキルを持った〈冒険者〉たちが昼食を作ってくれていたんだ。けど、運ばれてきた採れたての〈恋茄子〉もメニューに加えようと包丁を入れたそのとき、収穫されてからそれまで身動き一つしなかった〈恋茄子〉が急に動き出し、調理に当たっていた〈冒険者〉に襲い掛かり始めたんだ。
この現象はエルダーテイルだった頃には御馴染みの光景だった。多くのMMORPGには二種類のモンスターがいる。一定以下のレベルのPCが近くにいると攻撃を仕掛けるアクティブ・モンスターと、攻撃されるまで無反応なノンアクティブ・モンスター、通称「非アク」だ。
そして植物系のモンスターはその多くが非アクであり、〈恋茄子〉もその例外ではなかったって事なんだな。調理しようと包丁を入れたことが攻撃として認定され、アクティブ状態に移行したんだろうな。
一体の〈恋茄子〉がアクティブ状態になって〈冒険者〉を襲い始めると、波紋が広がるように他の〈恋茄子〉にもアクティブ状態が伝播していった。それは、農場でまだ地中に植わっていた〈恋茄子〉も例外ではなく、俺たちは三位一体の班ごとに分断された状態で敵対する無数の〈恋茄子〉の只中に取り残されることになったんだ。
それも、午前いっぱい農作業して空きっ腹を抱えた疲労困憊の状態で、だ。
「レッドバトラー、右から来るぞ!」
疲れを孕みながらも硬質な究理の声に状況を思い出す。回避は間に合わなと判断し、咄嗟に〈ドギードッグ〉をコマンドから発動。裏拳で迫る〈恋茄子〉の蔦を交差法気味に打ち落としながら、受けたダメージをトリガーに起動した〈リンクスタンブリング〉でいつの間にか囲まれていた敵の群れから離脱する。
「やれやれ、手のかかることだ。ミーシャ、面倒を見てやれ」
硬鞭が空を切る鋭い音と共に一柱の精霊が姿を現す。真紅の仮面と漆黒のドレスを身につけ革鞭を手にした貴婦人の姿をもつそれは〈鞭の女王様〉。究理が〈戦技召喚〉で呼び出したんだ。〈鞭の女王様〉が歩を進め〈火蜥蜴〉を踏みつけると手にした鞭に炎の魔力が宿る。
直後、無数の紅い糸を張り巡らせたような光条が、直前まで俺のいた場所に残っていたエネミーたちを蹂躙してゆく。そして漂う香ばしい匂いに腹の虫が鳴くところまでがテンプレだ。狼牙族ほどではないけど猫人族も鼻が利くのが何気に辛い。
位置取りの邪魔になる位置にいた〈恋茄子〉が突如地面から大量に湧いた〈動く骸骨〉に切り刻まれる。那須の的確なサポートに感謝しつつ〈アドビューション・ビー〉で次の群れに飛び込み、地面に身を沈めるように〈龍尾旋風〉でダメージをばら撒いていく。段々調子が掴めて来たけど、このペースだといつまで保つかな。ん、待てよ?
「あんまり呆けてばかりいられても困るのだがな」
腹が減ってるせいで注意力が散漫になっているのか、考え事をしてる間にまた敵が迫っていたらしい。半透明な執事さんが手首を動かすのに合わせて〈恋茄子〉が細切れになっていく傍らで神経質に眼鏡の位置を直す那須が不機嫌そうな顔を見せ小言を洩らす。
「ん、悪ぃ。なぁ、究理は〈死血花〉とか召喚できねーの?」
「残念ながら無理だな。〈召喚術師〉が契約できるモンスターには含まれていないし、そもそも私のサブ職業は〈精霊使い〉だからな。契約で取得する召喚特技は精霊系のモンスターで統一してある」
那須に軽く謝罪をし、〈ブレスコントロール〉でHPの自己回復をしながら、さっき思いついた疑問をパーティチャットで究理に投げかけたんだけど期待した答えは返ってこなかった。究理が選んだサブ職業である〈精霊使い〉には精霊系のモンスターを従者として召喚している時にだけ補正を得る特技がある。那須の〈死霊使い〉も同様に不死系のモンスターを従者として召喚する際に有利な補正がかかる。こんな風に単色ビルドを目指す〈召喚術師〉が契約モンスターに対応したサブ職業に就くことは珍しいことではないんだ。けど、
「あれ、〈死血花〉って植物の精霊じゃなかったっけ?」
「いや。〈森呪遣い〉の召喚特技で契約できるモンスターは祖霊と呼ばれていて精霊と混同されがちではあるが、基本的に動物系や植物系のモンスターしか選択できない。私が知らないだけで植物であると同時に精霊でもあるようなモンスターがどこかに居るのかもしれないが、少なくとも〈死血花〉には精霊系に分類されるような特徴は無いな」
精霊系のモンスターはセルデシアの自然に宿る力との関係性が深いとされていて、大抵がひとつの、稀にふたつ以上の属性を有している。しかし〈死血花〉や〈恋茄子〉のような人型植物には特殊な気候のゾーンに棲息する亜種を除いて、これといった属性を持たないんだ。
「そっかー。〈死血花〉と〈恋茄子〉って同じ系統のモンスターだろ、話つけてもらえたら安全地帯まで撤退できるのに、って思ったんだよ。残念」
「ふむ、そうか・・・・その手があったな。そういうこと
であれば、似たような事は可能だ、来い〈森精霊〉っ!」 喚ばれて姿を現したのは、小さくて儚げで笑顔が可愛い女の子だった。ふんわりと膨らんだ蕾のような桃色のスカートと新芽のような淡い緑色の上着を着て、茶色の髪に花飾りが映える〈森精霊〉は宙に浮かんだままふよふよと移動を始める。
オートアタックを命じられた〈火蜥蜴〉が火を噴く中、戦技召喚で喚ばれた〈鞭の女王様〉がリキャストタイムに巻き込まれているから、これは法術召喚なのだろう。その効果は確か「周囲の植物に影響して歩き易い道を作る」ことだった筈。つまり、この状況でその効果を使うってことは・・・・
「まるでモーゼの十戒だな」
いつの間にか姿を現していた那須が呟く。そりゃそうだ。こうなっては隠密する意味もあんまりないだろう。何しろ、周囲を取り巻いていた〈恋茄子〉の群れが真っ二つに割れて道ができている。
「ま、いっか。部長やセシーリア姉ちゃん、ついでにジジイとも合流しないとな」
「デラブェックション!!」
盛大なくしゃみが風に乗って聞こえて来た。おっし、進行方向も決まりだぜ!
▼エネミー解説
〈甘味の恋茄子〉
レベル:50 ランク:ノーマル タグ:[自然][植物][甘]
人間に似た外見をした植物のモンスターである人型植物の一種で蔦を使った物理的な攻撃を得意とする〈恋茄子〉の亜種。苦味、酸味、辛味、旨味、塩味などの亜種もいるらしい。
蔦による攻撃には付帯効果として甘い香りによる集中力の低下や眠気をもたらす。この効果はバッドステータスとして扱われ、〈大災害〉以後は空腹時に受けると発動しやすくなるようになったという。
オレンジ色の見た目と名前に違わず、食すと人参に似た仄かに甘い味がする。




