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夏の浜辺に揺らぐ夕暮れ〜ポロリもあるよ

作者: 瀬川潮

「あ。元の位置だ」

 夏の青い空と高い太陽の下、黙々と浜辺を歩いていた俺たちは、ここが小さな島であること、そしておそらく無人島であることを理解した。島の中心部、森には入っていないが道はなかったし一時間もかからず一周できるような小さな島に人が住んでいるとも思えない。

「絶対おかしいで、これ」

 鳴浜がわめく。図体がでかく声もでかい、同級生の中でもリーダーシップのある男だ。

「おかしいよ、ねえ」

 彼の彼女、三木本もグループの女子――可愛らしい北原と落ち着きのある鈴宮――と顔を合わせて不審の声を絞り出している。もちろん、鳴浜以外の男子――落ち着きのない藤村と好奇心の強そうな神野――も似たような反応だ。当然、俺――瀬川――も驚いている。

 とにかく、この事態はありえなかった。


 俺たち七人は同じ高校に通う三年生。

 本来なら受験勉強に熱を入れる時期だが、そこは中途半端な二流の進学校の生徒だけあって結構いいかげんなものだ。

 スポーツでの一芸入学を狙う鳴浜が勉強勉強の日々に根を上げ海水浴を企画。このメンバーが集まって夏の終わり近い海に遊びに来た。

 ところが突然ありえないほど大きな波が浜に打ち寄せ、気付けばこの無人らしき小さな島の浜辺にメンバー七人全員がいた。正確に言うと、俺たちは波に飲まれたわけではない。目と鼻の先までに迫った波に飲まれると目をつぶって、何事もなかったので目を開けたら、ここにいたのだ。


 海を見ると、島々に囲まれているらしいことがわかるがここがどこであるかまでは判断がつかない。今までも奥行きのある瀬戸の多島美を眼前に泳いでいたわけだが、その時見えていた島かどうかも謎だ。見えている島はどれもはるか遠いわけではないが、泳いで渡れる距離ではなく、本土は見えない。

「梶村、大丈夫かなぁ」

 藤野がつぶやいた。

 俺たちは男子四人、女子四人の合計八人で泳ぎにきていたのだ。泳いでいた浜にはほかにも一般客がいたはずなのに、俺たちだけが流された。というか、ここにいる。――もう一人の女子、梶村以外が。

「このあたりには神隠しの伝説があるって誰かが言ってたでしょ。それかなぁ」

 北原の言った『誰か』というのは、ほかでもない、この俺だ。

 ただし、聞きかじっただけで詳しくは知らない。あまり突っ込んでほしくない。

「神隠しなら俺たちの方じゃないか。梶村の方こそ、突然浜からいなくなった俺たちを心配してそうだが」

 神野がもっともなことを言ったが、これは受け入れられなかった。なにせ梶村は元気あふれる三木本などとは違い、物静かで頼りなさげな女子だ。彼の論は正しいが、ここは断然彼女の方を心配するべきだろう。

「それならそうで、あいつに心配かけないよう早く見つけてやるなり、俺たちが元の浜に戻るなりしてやらんとな」

 鳴浜がそうまとめた。

 まあ、個人的には伝説を詳しく教えろとか突っ込まれずにすんでほっとしている。それにしても、本当に梶村、大丈夫だろうか。

 それはともかく、困った。

 近くを何らかの船が通るわけでもなく、周りの島に人影が見えるわけでもない。

 助けを求めることができず、自力脱出も不可能だった。

 男子は神野以外は海水パンツ一丁で持ち物はない。女子はビキニ姿で健康的に焼けた姿を堂々と見せつける三木本以外はパーカーなどの上着を羽織っているが、当然ケータイなどは持ってない。

「どっちにしても、誰か通り掛かる船に助けを求めるしかないだろうね」

 先ほどの発言で冷たい視線を向けられた神野が信頼を取り戻そうと口を開いた。

 火を起こすべきだと提案したあと、自身はタバコなどを吸わないくせに「実は、ライターがあるんだよね」とパーカーのポケットから自慢げに取り出す。自分は火を起こして煙を上げ、気付いてもらいやすくするから皆は通りがかる船に助けてもらえるよう手分けして島に散ってほしいと提案した。

 さすがにグループで一番頭がいいだけはある、というかそういう男だ。何かをやらかすか、何かを成し遂げる。相変わらず神野は神野だ、と皆は感心する。

 早速作業に取り掛かる神野。手伝いはいいからみんなは島に散って偶然でも煙を見ての船でもとにかく近付く船を見張るよう言う。

「じゃ、男子と女子一人ずつでペア組んで散らばるか」

 鳴浜の提案で、鳴浜と三木本、藤村と北原、そして俺と鈴宮がコンビを組んで島の三方に分かれた。俺と鈴宮は、途中まで藤村・北原コンビと歩いた。鳴浜・三木本カップルに配慮した形だ。


「じゃ、な。そっちもうまくやれよ」

 一番遠い距離となる、島の裏側に行く俺たちと別れる時、藤村は俺を軽く肘でつついてから耳うちした。

 俺は、藤村が北原を狙っていることを知っている。

 北原は、かわいらしい容姿もさることながら、恋愛ごとにはあまり興味がないためか無防備で不用意で、無垢な魅力を誰彼ともなく振りまき抑えようともしない。当然、学校の多くの男子の注目の的で、「彼女の輝きは学校の男子学生の宝」として手を出さない・出させないような風潮もあるほど。

 藤村は、「この海水浴で、絶対にものにする」と行きの道中で俺をけん制した手前、代わりに俺と鈴宮をくっつけたがっているのだ。なお、神野に関しては、「あいつは、恋愛ごとには無関心だから」とくぎを刺していないいない様子。異性の注目を集める北原とは逆に、神野は異性からまったく人気がない。かわいそうに。

 それはともかく。

「ここらに座ってようか」

 藤村・北原組と分かれて鈴宮と無言で歩いていたが、島の裏側と思しき所で足をとめた。

「瀬川君、泳いでてもいいよ」

 鈴宮はそう言って微笑んだ。

 彼女は本来、図書館で本を読んでいるなどの姿が似合う、良く言えば落ち着いた、悪く言えば地味な印象の女子だ。メガネをかけたままというのが泳ぐ気があまりないことを主張していて、実は梶原のように物静かな反面、しっかりしている彼女らしい。

「自分だけ遊んでいるわけにはいかないよ」

 そう言って、日陰に座った。

 鈴宮も近くならない程度の位置に座る。内心、先ほどの台詞にひっかかっていたが、俺を嫌っているわけではなさそうだと安心する。そして、改めて鈴宮と二人っきりであることを意識した。

「これから、どうなるんだろうね」

 落ち着かない呼吸のまま、苦し紛れに話題を振る。

「きっと、誰かが見つけてくれると思う」

 きっぱりと言いきる鈴宮。こうも力強いと反論もできない。「そうだね」と返して彼女にならい海を見る。

 白い砂浜に、波が寄せては返す。

 彼女が言ったように、心配はいらない。きっと誰かが見つけてくれるはず。神隠しの伝説が残っているということはここらの土地で行方不明者に対して敏感である可能性が高いからだ。大丈夫。しっかりと助けを見逃さないようにすればいい……。


 時が、経つ。

 船は、通らない。

 潮風だけが渡る。

 時々とりとめもない話をしていたが、もう話題もなくなった。夕刻が近くなる。

「これから、どうなるんだろうね」

 最初とは意味合いが違ってくるだけに口にしたくなかったが、沈黙に耐え切れずついぽろりと漏らしてしまった。

「きっと、誰かが見つけてくれると思う」

 変わらずきっぱりとした口調。「そうだね」と返す。

「……ただね」

 しばらくの沈黙の後、鈴宮は俺を見た。二人で一緒に座っていた時の長さは、彼女の印象も変えた。瞳がわずかに震えていた。

「きっと振り向いてくれると思い続けても、なかなか思うようにはいかなくて」

 力ない瞳でそう言う。鈴宮とは、中学以来の知り合いだ。

「そうだね」

 しみじみと、返す。俺と今ここにはいない梶村とは、小学校以来の仲だ。鈴宮の言うことは痛いほど分かる。

「きっと、誰かが見つけてくれると思う」

 彼女は、ゆっくりと言った。

「そうしたら、今は夢。そのうち日常に戻るけど、今だけは普通じゃない。日常じゃない」

 鈴宮は、今まで俺が見たことがないような表情をしていた。

「そう、夢。……そのうち、この夢もさめる」

「今だけは」

 うつむく鈴宮。はかない様子が、夕暮れに包まれている感を強く強く心に焼き付いてくる。

「今だけは……」

 繰り返した言葉に反応し、彼女は顔を上げ、すっと身を寄せながら瞳を閉じ、あごを上げた。俺は吸いこまれるように身を寄せ、あごを引き――。


「やっぱり、神隠しに遭ってたのは俺たちだったってことだよな」

 船の上で、鳴浜が笑う。

「でも物理的に不可能だし、絶対に現実にありえっこない」

「だから『神隠し』っていうんじゃないか?」

 神野と藤村が言い合っている。

 結局俺たちは、地元の漁船に助けられた。ひとりはぐれたと思われていた梶村だけが最初に泳いでいた浜に取り残されていたようで、彼女が助けを求めた地元の漁船が「おそらくここだろう」とやって来てくれたのだ。

 やはり神隠しはまれにあるそうで、どうなっているのかはともかく、行方不明になった人らは決まってこの無人島にいるのだという。

「それにしても日が沈む前に見つかって良かったな」

 漁師が窓から半身を出し、片手で舵をとりながら俺たちに声を掛けた。口々に礼を言うメンバー。夕日が島々のはるか遠くで沈みかけ、すべてを淡く切なく染め上げていた。

 ふと、鈴宮を見た。

 俺の視線に気付いたが、特に微笑むでもなく、ばつが悪そうにするようでもない。いつもの物静かで地味な印象の強い、それでいてしっかりした意思を持つ彼女そのままだった。

 寂しさを覚えよそを向くと、梶村がいた。

 俺の視線に気付き、ばつが悪そうにそっぽを向いた。彼女がほかのメンバーと助けがの船が到着したことを伝えに来たとき、俺と鈴宮が肩を寄せ合い座っていた姿を見られている。その時の、はっとしたような彼女の表情が目に焼きついて消えない。キスした場面を見られたわけではないが、むしろ余計にばつが悪い。ファーストキスの味は、何の味だったか。いまとなっては罪の味としか思えない。

「うわっ!」

「きゃあ」

 船が揺れ、バランスを崩した鳴浜の伸ばした手が三木本の胸元を掠めた。たわわな胸が、ビキニからぽろり。健康的に焼けた肌に、白くおおらかな丸みがまぶしい。はじけるように揺れる様子と隠した腕にぐにゃりと形を変える様に男子たちが歓声を上げた。

 ぱしーん、と音が響いたが、俺は盛り上がる気になれなかった。すべてが、はるか遠い。

「今日が、終わるねー」

「明日から、また勉強かぁ?」

 騒ぎが収まると、女子たちが話題を変えようとしみじみ言った。皆が夕日を見る。

 俺は、地元の三流大学を目指す。

 鈴宮は、東京の芸術大学を目指すのだと以前にきっぱり言いきっている。

 梶村は、どうするのか。

 梶村をもう一度見る。意識的に俺を無視しているのが分かる。

 近付く漁港を見ながら、刻々と終わりゆく夏を感じた。



   おしまい

 ふらっと、瀬川です。


 他サイトの比較的縛りのきつい競作企画に出展し自ブログに掲載している旧作品です。結構改稿しています。2007年7月作品。

 この時の縛りは比較的緩かったですね。以下が条件でした。

《 縛 り 》      

1)舞台はいわゆる「無人島」であること(無人島の定義は作者に一任)。

2)季節は、夏!

3)副題に必ず、「ポロリもあるよ」を使うこと。

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