一の弐
僕が足を止めた、その先にあったのは、高い緑色のフェンスに囲まれた、広く、土だらけの場所。僕が通う、背月高校のグラウンドだった。
普段は徒歩で20~30分はかかるのだが、今日は、五分もたたぬうちにたどり着いた。
僕は、自身の四倍もあろうかと思われるフェンスを軽々と、弧を描き飛び越え、その先にあった土を踏みしめて、顔を上げる。荒く、激しくなった息を整えながら、ゆっくりとゆっくりと。
ーー!
僕の視界に入ったのは……。
ーーえっ?そんなまさか……。
ーーあの速さだったら、ついて来るのがやっとのはず、なのに……。
ーー先回り……?
様々な疑問が頭の中を駆け巡り、答えの出ぬままに消えていく。
¨ヤツがいた。¨
十数メートル程前で、僕と対峙するヤツの存在感は、真夜中の闇に溶け込めぬ程黒く、圧倒的であった。
「くそ……ここじゃ、まだ人に見つかる。」
思わず、そんな台詞が口をついた。
僕は、苦汁を飲まされたような表情を浮かべ、ヤツから視線を逸らし、目的地の方を仰ぐ。
凛と佇む、白く大きな校舎ーー背月高校の屋上。
ーーどうしよう。
考えが纏まらぬまま、ヤツの方に向き直った時、僕は目の前に提示された光景を見て、目を丸くさせた。風にあてられ冷たくなった汗が、額から流れて、地面に落ちる。
一瞬、目逸らせた間に、ヤツは……。
¨真っ二つ¨になっていた。まるで鋭利な刃物で切られたように。
切られた上部が地面に落下する。その時、ボトっと言う音を立てたような気がした。
それを見下げている少女。ヤツを¨真っ二つ¨にしたのはあの少女に間違いは無い。
全身が桃色にぼやっと光っていて、手には全身を包む桃色よりも、濃く、はっきりと光る、少女と等身大の¨鎌¨のようなものが握られている。身長は、僕より頭一つ分ほど小さい。腰ぐらいまでに伸びた長い髪をポニーテールで結ってあった。
よく、見知った僕の知り合い、クラスは別だが、同じ高校に通う少女ーー番匠目愛龍であった。
「愛龍ぅぅぅぅぅ!」
叫んだ。叫ぶと同時に、足から、腰をつたって順々に、体が赤い光に包まれる。
その状態のまま、三段跳びの要領で、愛龍との間合いを瞬時に詰め、勢いを乗せて、思いっきり愛龍の顔面を殴ろうとした。
しかし、阻まれる。桃色に光る鎌に。