美しき吸血鬼
ある夜、ステラは隣の部屋の物音で目を覚ました。
隣は姉リュンヌの寝室だ。リュンヌは20歳になり、結婚が決まっている。
こんな夜中に何の音だろう。ステラは灯りを持ち、リュンヌの寝室をそっと覗いてみた。
「…………!」
ステラは驚きのあまり、灯りを落としてしまった。その音に男が振り返った。黒いマント姿に青白い端正な美しい顔。だが、その口からは真っ赤な血が滴り落ちていた。そして、リュンヌの首筋からも血が流れていた。
その男はマントを翻し、ステラに歩み寄った。凍えるように冷たく、だが美しい瞳に見据えられてステラは一瞬身動きが取れなかったが、ハッと我に返り、部屋から飛び出し、階段を駆け下りた。
「お父様! お母様!」
ステラの声に1階の寝室で眠っていた両親が目を覚ました。
「ステラ! どうした!?」
「お姉様が……!」
3人でリュンヌの部屋に駆け上がると、そこにはもう男はおらず、ただ、リュンヌが首から血を流してベッドに横たわっていただけだった。
「吸血鬼の仕業だな」
町の医者が言った。
「今は眠っているだけだが、目を覚ますとこの娘まで吸血鬼になってしまう。今の内に心臓に杭を刺すか、銀の弾丸で撃ち殺さないと」
「そんな! お姉様を殺すんですか!?」
医者の言葉にステラは驚いた。
「近隣の町や村では、吸血鬼がはびこり、人間を駆逐しているそうだ。この町もそうなる前にこの娘を殺さなければ」
教会の裏でそれは行われた。リュンヌが一度も目を覚まさなかったのは不幸中の幸いだろうか。リュンヌの婚約者の男が地面に膝をつき涙を流しているのを、ステラはまるで他人事のように見ていた。他人事――そう、自分の姉が吸血鬼に襲われるなど、実感はなく、まるで醒めない夢の中にいるようだった。
青白いが美しく端正な顔。冷たく光る瞳。あの男の顔は忘れたくても忘れられなかった。
ある夜、ステラは、こっそり父親の銃と銀の弾丸を持ち出し、家を出た。
ステラは近辺の町や村を訪れ、あの男を探し続けた。
3年の月日が経ち、ステラはリュンヌと同じ年齢になっていた。
ある時、少し離れた街の隅に、吸血鬼の男が住むと言い伝えられている屋敷があることを噂で耳にした。
ステラはその屋敷を訪れた。古いが立派な屋敷だった。
右手に銃を握り締め、大きく深呼吸をしてから屋敷の扉をノックした。だが、反応はない。
そっと扉を押してみると、鍵はかかっておらず、扉は開いた。
中は薄暗かった。どこへ行けばいいのだろう。ステラはとりあえず端から部屋を開けてみることにした。
その時、後ろから声がした。
「いつぞやのお嬢さん。またお会いしましたな」
咄嗟に銃を構えて振り返ると、3年間一度も顔を忘れたことのなかったあの時の男が立っていた。
「お姉さんの敵討ちとは勇ましい。お疲れでしょう。お飲み物でもご用意しましょう。さあ、そんな物騒なものはしまって」
ステラが銃を下ろすと、男はステラを応接室のようなところへ連れて行った。
「さあ。どうぞ」
グラスの中に赤い液体が入っている。血!? 思わず身を引いたステラに男は笑った。
「赤ワインですよ」
ステラは軽く香りを嗅ぎ、恐る恐る一口飲んでみた。確かに赤ワインだった。
「……どうして姉を狙ったんですか。あの町には他にも若い娘はたくさんいたのに……!」
それはずっとステラが疑問に思っていたことだった。
「結婚を目前にした処女や、結婚したばかりの新妻の血が一番美味しい。ただそれだけです」
「でも、そのせいで、姉は殺されて……!」
「そして、あなたが敵討ちに来られたわけですね」
男は怯える様子もなく、淡々と言葉を続けて、自分のグラスの赤い飲み物を飲み干した。あれも赤ワインなのだろうか。それとも――。
「……違います」
ステラは男の言葉を否定した。
「私の血も吸ってください」
「ほう?」
姉の部屋で一目見た時からステラはこの男の美しさに魅了されてしまった。敵討ち、という名目で彼を探し続け、探し求めている内に、彼になんとしてでも会いたいという恋心はますます募っていった。
「残念ながら、あなたは結婚を目前にしているわけでも結婚したばかりでもない。吸血鬼といえども、そうそう血に不自由しているわけではないのですよ。――それとも」
男は立ち上がり、ステラに手を差し伸べた。
「今夜、私の妻になりますか?」
ステラは差し伸べられた男の手に自分の手を重ねた。