ゲレットのラブレター・後編
二人はグランの家でぐったりしていた。
「どうするんだ……」
「二人で殴られるか?」
リブレはテーブルに手をたたきつけた。
「嫌だよ。元はと言えばお前のせいじゃないか。お前が殴られろ!」
「ああ、そうだよ。だが、クエストを頼まれたのはお前だ。どうせ二人セットだよ。俺たちはもう、協力するしかねえんだ」
二人はしばらく沈黙していたが、グランが立ち上がった。
「そうだリブレ。お前、あの封筒のサイズだとか、見た目だとかは覚えてるか」
グランは棚をごそごそとやりだした。
その言葉の意味するところがわかったのが、リブレも明るさを取り戻して腰を上げた。
リブレはドアを開いた。
「おい、あったぞ! 露店に売ってた!」
「でかした!」
二人はテーブルのものをおしのけ、封筒と便箋を乗せた。ゲレットから渡されたものにそっくりだ。
つまり、あの手紙をもう一度作るつもりなのである。
二人は別の紙に覚えている限りの単語を書き出した。
「よしよし、なんとか再現できそうだぜ。ちょっとくらいニュアンスが違ってても、封をしちまえば問題ないだろう」
グランは二枚の紙を見比べて言った。
「早速書こう。えーと最初は、ジェシカ……名字はなんていったっけ?」
「リンドブルム」
「違うだろ、確か、ミラ、ミラなんとかだよ」
「リンドブルムだよ」
二人が言い合いをしていると、ドアが無遠慮に開かれた。
「グラン、いるか……。おお、リブレも」
ソードマンのロバート・ストラッティだった。瓶をたくさん抱えている。
「なんだよ、お前か。今忙しいんだけど」
グランの言葉を無視して、ロバートは瓶をテーブルに置いた。全て酒瓶だった。
「ロバート、酒臭いぞ。もしかして酔ってるのか」
「酔ってねえよ。めでたくジェーンにふられただけだ」
ロバートはうつろな目をして酒瓶をあけた。
「ちっ、失恋か。めんどくせえな」
「グラン、そんなこと言うなよ。ロバート、残念だったな。次があるさ」
ロバートは酒瓶をテーブルにたたきつけた。
「リブレ、てめえ! この間もそう言ってたよな! ジェーンが好きだって言ったら、お前笑って『その子が運命の女性だ』って言ってたよな!」
「うっせーな。おいリブレ、そいつ追い出せ」
ロバートはグランの胸ぐらをつかんだ。
「グラン! おめえ、わかってんのか! いいから飲めよ、ほら」
そのまま、瓶をあけてグランに飲ませた。
グランは思わず酒を吹き出した。
「なんだこの酒は。すげえ強いぞ」
リブレはラベルを見た。
「これ、ルーザーズで一番強い奴だ。あれだよ。マスターが自分で蒸留してる奴」
「げっ、あの一杯飲んだだけで記憶がすっとぶ奴か。通りで、味を覚えてないわけだ」
グランはそんなことを言いつつも、すでにふらふらしはじめている。
「もう、飲んじまったならしょうがない。グラン、お前はロバートを頼む。俺は家に帰って手紙を完成させる」
ロバートはショートソードを引き抜くと、リブレの向かうドアへ向かって投擲した。思わずリブレは腰を抜かした。
「ば、ばかやろう! 人んちで剣を投げる奴があるか!」
「逃がさねーぞ、リブレ。今日は三人で大宴会なんだからな!」
ロバートはけらけらと大笑いしながら、瓶を片手にリブレのところへと歩いていった。
グランは身を起こした。
頭が痛い。この不快感は、二日酔いだ。喉が乾いている。
ソファにはリブレが、テーブルの上にはロバートがいびきをかいて眠っていた。辺りには様々なものが散乱している。
「そうか、ロバートが来て……」
おぼろげながらも今に至った理由を思い出したところで、グランはもう一度テーブルを見た。
「そうだ手紙、手紙はどうなった。つーか、今何時だ!? おいおい、明るくなってるぞ」
グランはリブレを揺らしながらテーブルをさぐった。
すると、ロバートの下敷きになっている手紙を発見した。ロバートの鎧をどんと押しやり、すぐに手に入れる。
「そうだ手紙! 手紙はどうなった!」
リブレも起きてきた。グランはおそるおそる、中の紙を取り出して開いた。
何か書いてある。
『ジェシカ・リンドブルム・ハーレーライド様
私は、ゲレットのおっさんという者です。あなたのことを、オレは知っています。実は毎日、あんたのことをつけてるのさ。知らないだろう。でもきみのことは、全て知っているんですよ。
さて、私は近頃あなたのことばかり考えているのです。あなたのすばらしい尻に興奮しているのです。私は、変態なんです。あなたといろいろなプレーを楽しみたいと思っている。それでいいのです。ぜひ私とご一緒してください』
二人は真っ青になった。
「これ、誰の字だ」
「俺と、グラン、それにロバートのも混じってる。きっと酔っぱらってやったんだ」
しかし、思い出せない。ロバートのいびきが響いた。
「とにかく、紙だ!新しい紙を買ってくるんだ。急げ急げ、ゲレットのおっさん、今日来るって言ってたんだぞ!」
「呼んだか」
そこにゲレット・ギラールが現れた。
「リブレ、こっちにいたんだな。お前の家に行ったら、もぬけのからだ。びっくりしたよ。そこでリノに会わなかったら、俺はバカみたいにそこで突っ立って待つしかなかったろうな」
リブレは手紙を後ろ手に隠した。
「あ、あはは。すみませんでした。ちょっと用事が……」
グランがそれを器用に糊付けし始めたので、リブレは汗を吹き出した。
「なにしてるんだよ、グラン」
「うろたえるんじゃねえ、とりあえずだよ。俺にまかせな」
こそこそと言うと、グランは封をした手紙をリブレから取り上げてゲレットに見せた。
「おっさん。こいつが手紙だ」
ゲレットは手をのばす、が、グランはそれを掴ませず、自分の眼前まで持っていった。
「なんの冗談だ」
「ダメだよ、手紙なんて」
グランは目を細めて言った。ゲレットは眉を寄せる。
「どういうことだ」
「だから、ダメだって言ったんだ。おっさんは知らないかもしれないけど、ラブレターなんて、もう時代遅れなのさ。ジェシカって女はきっとこんなのもらったら、あの人ったら、どの時代から来たのかしら? って思うはずだよ」
もちろんこれは嘘なのだが、ゲレットは目を丸くしてリブレを見た。
「……ほんとなのか、リブレ」
「実は、そっ、そうなんですよ」
リブレは目を泳がせながら言った。グランは舌打ちする。へたくそめ。
「それに、やっぱり自分で言うべきだよ。その方が、気持ちは強く伝わるはずだ。ちょっとくらい強引じゃなきゃ、女なんて手に入らないよ」
ゲレットはしばらく黙ったあと、おおきくため息をついた。
「そうか。お前たちの言いたいことはわかった」
二人は笑顔を見合わせた。
が、ゲレットの腕がその間を通り、グランの手から手紙を奪い取った。
「でも、やはり手紙を渡したい。こいつは、三日三晩考えたものだ。気持ちはこもってるさ。渡せば気が済む。おれはとにかく、納得したいんだ」
「おっさん、悪いこと言わないぜ。そいつは出すな!」
「ゲレットさん、自分で言いましょうよ」
西区についても、ゲレットはなにもいわなかった。
そうして、西区の広場までたどり着いた。
ゲレットはしばらく辺りの様子を伺ったあと、また歩きだした。
先に、ランスを背負う女性がいる。
「どうも」
ゲレットが声をかけると、女性はこちらを向いた。リブレとグランは目を見張った。
二人では、声をかけるのもはばかられるくらいの美人だった。
「よかった。あれだったら、ラブレターの内容なんか関係ねえや。高見の見物と行こうぜ」
グランがにやにやしながらぼそりと言った。
「あら、あなたは。たしか郵便局の」
「そうです。光栄です、ジェシカさん」
ジェシカはにこりとした。長髪が揺れた。
「これを、読んでください」
頭を下げ、ゲレットは手紙を差し出した。ジェシカはそれを受け取ると、その場で封を切った。
「あ、あの」
「ごめんなさい。あなたみたいな人って多いのよ。だから、今この場で決断したいの」
グランは頭を振った。明らかに、脈がないパターンだ。
ジェシカはしばらく、手紙を読んだ。
ゲレットは何度も唾を飲み込んで、そこに立っていた。
「おい、もう見てられないよ。帰ろう」
「最後まで見ていこうぜ。おっさんは『恩人』なんだろ」
二人は声が届かないくらいのところまで距離をおいて、結末を見届けることにした。
ジェシカが、手紙を折り畳んでしまった。ゲレットがなにか言っている。
「さあ、どうくる」
ジェシカは頭を下げた。ゲレットの表情は、ここからではよく見えない。
「なーんだ、しおらしくゴメンナサイかよ。あんな手紙もらったんだから、グーパンのひとつでもくれてやればいいのに」
直後、ジェシカがゲレットに抱きついた。
「おいおい、なんだ。いい女じゃないか。振る相手に抱きついてあげるなんて」
「でも、なんかすごい楽しそうだけど」
「わかってねえな、リブレ君。人を振るってのは、実際振られるよりもずっとキツイんだって。だからああやって、少しでもいい印象を与えておきたくなるもんなんだよ。そうしておけば、あとから歪んだ気持ちが生まれにくくなってだな」
「おい、でもキスしてるぞ」
「そうそう、キスくらいはな……って、キスだあ!?」
グランが見ると、確かに二人は唇を合わせていた。ゲレットが放心しているのが、ここからでもよくわかる。
二人は現場まで駆けていった。
「あんた、最高よ。やっと現れたわ、わたしにぴったりの男が。私と同じタイプの人間が!」
ジェシカは情熱的なキスを終えて、遠い目をして思考停止しているゲレットに言った。
「あーら、どうしたの? 変態なんでしょ、これくらいで切れちゃうようじゃ、先が思いやられるわね。さあ、いきましょ。たっぷりいじめてあげるんだから」
ジェシカはゲレットを連れて宿屋に消えていった。
残された二人は、長いこと無言だった。
グランが涙をこらえながら、リブレの首に腕をかけた。リブレも嗚咽を必死に我慢して、それに答える。
「ハッピーエンドのはずなのに」
「どうして、どうしてこんなに悔しいんだろう……」
二人は道具屋に向かった。