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ゲレットのラブレター・前編

「こ、こんにちわ」

 リブレは郵便局のドアを、おそるおそる開いた。

「なにやってんだよ。さっさと入れ」

 後ろで腕を組むのはグランである。

「バカ野郎。誰のせいで、こんなことになったんだ」

 二人は時間通りに王都マグンを出発したが、今日も大幅に遅刻をした。というのも、グランが草原をすれ違ったヒーラーの女性に声をかけたのだった。リブレも怒ってはいるが、このナンパに喜々として参加していた。

「まあ、ふられたのは十中八九リブレのせいだな」

「なにを」

 そのとき、ドアのむこうから何かをたたきつける音が響いた。

「さっさと入れ、くずども」

 マタイサの町の郵便局員ゲレット・ギラールがどすの利いた声をつき出すと、リブレとグランは、とぼとぼと入局した。

 さあ始まるぞと、ほかの郵便局員たちがこぞって目を向けた。近頃は、この光景が恒例となっている。

「すみません。きょうも、遅れてしまいました」

 リブレは頭を下げ、ゆっくりと言った。

「いつものことじゃん。気にしないで」

 グランが予定調和と言わんばかりに暴言を吐いた。リブレは目をつむった。


 しかし、郵便局員たちが期待していたことは、なにも起こらなかった。灰皿も怒号も、飛んでこない。

 リブレが顔をあげると、ゲレットは不満そうな顔をしつつも、鼻をかいて言った。

「まあ、遅れてしまったものは仕方がない。次は気をつけろ。ほら、報酬だ。次回は三日後に頼む」

 ゲレットはカウンターに硬貨の入った袋を投げつけた。

「わかればいいよ」

 そこに、グランが追い打ちをかけるので、リブレは思わず、彼の頭をひっぱたいた。

 ところが、それでもゲレットは特に怒った様子もなく言った。

「用はすんだはずだ。さっさと帰りな」


「ゲレットさん、どうしたんだろう」

 リブレはマタイサの門をくぐりながら言った。

「たぶん、やっとわかったんだよ。俺たちに逆らってもいいことないって」

 そのとき、グランの頭に灰皿が投げつけられた。

 数秒後、その先から息を切らしながら、ゲレットが走ってきた。

「おまえらに話がある」


 三人は門の外側に座り込んだ。

「今日のことだが、おれは怒っていなかったわけじゃない。いいかグラン、怒っていなかったわけじゃないんだ」

 ゲレットはグランを指さして言った。

「なんで二回言うんだよ」

「それで、話ってなんですか」

 リブレが問うと、ゲレットはあたりを見回しながらポケットに手をつっこんだ。

「実は、クエストを頼みたいんだ」

 彼が取り出したのは、一通の白い封筒だった。

「ゲレットさん、配達のクエストは、さっき引き受けたばかりですよ」

「これは、郵便局員としてじゃなく、おれ個人の依頼だ。この手紙を、マグンにいるジェシカ・ハザンライドというランサーに渡してほしい。ほら、さっさとしまえ」

 グランはきょろきょろとあたりの様子を伺うゲレットをみてにやついた。

「女の名前だな。ひょっとして、おっさん、いい年こいてこれラブレター?」

 ゲレットは押し黙った。グランはそれを見ると、唇の端をくいっとあげた。

「マジかよ。めんどくせえなあ。郵便局で頼めばよかったのに、いちいちこんなところに隠れたりして、しかも告白も手紙ときた。女々しいねえ。そんなだから、未だに独身なんだよ」

「ああ、そうだよ。悪かったな!」

 ゲレットはグランの頬に強烈な右ストレートをお見舞いした。グランは勢いよく草原に転がっていった。

「あいつはもういい。リブレ、お前に頼む。あのバカの言う通り、おれはもうこんな年だ。だから、こんなことをするのは恥ずかしいとも感じている。だからこそ、お前なんだ。お前みたいな奴にしか、こんなことは頼めないんだよ。お前は、もし恩人が失恋しても、笑いものになんてしないよな?」

「え、ええ」

 リブレは遠方に倒れているグランを見ながら言った。恩人はにこりと笑った。

「よし、決まりだ。報酬は五百ゴールド」

「え」

「どうしたリブレ、不満なのか? 依頼人はいつもクエストをくれる恩人で、今日のあの、失礼な振る舞いさえ、見なかったことにしてくれるって言ってるんだぞ。それにしちゃあ、こんな大盤振る舞い、法外な報酬はないよな?」

 恩人のこめかみに血管が浮き立つのを見て、リブレは壊れた人形のように首をかくかくさせた。


「ああ、痛ってえ。みろよ、歯が欠けちまったぜ」

 帰り道、グランは頬をさすりながら口をあけた。誰がどう見ても、自業自得であった。

「それだけ、本気ってことなんだろう。そのジェシカってランサーに」

「へん。うまくいきっこないよそんなの。それより、中身を見ちまおうぜ、リブレ」

 リブレはラブレターを自分のポケットに隠した。

「バカ。そんな最低なことをしたら、いよいよもってクエストがもらえなくなる」

「バカはお前だ。ここにおっさんはいない。それにクエストはラブレターを渡すことだけだ。見ちゃいけないとは言われてない。どうせおっさんのことだ、きっと変なことが書いてあるに決まってる。そのまま渡したら、確実に失恋だよ。ここは俺たちが一回確認しておくべきだ」

「……それもそうだなあ! 実は俺も見たいと思っていたんだ」

 最低な二人は、封筒の糊を注意深くはがした。


『ジェシカ・ハザンライド様

 私は、マタイサ郵便局員のゲレット・ギラールという者です。ジェシカさんは、私のことをご存じでしょうか? あなたがたまに手紙を持ってくるときに、たいてい対応しているのが私です。軽い印象くらいでも残っているとしたら、うれしく思います。

 さて、実を言うと、私は近頃あなたのことばかり考えています。あなたはすばらしい女性だ。どれもこれも、非のうちようがない。私はこんなだから、あなたとはどう考えても釣り合いそうにない。でも、せめて手紙であなたに思いを伝えようと考えました。どうか、少しでも気分を害されたら、すぐにこの手紙は捨ててください。それでいいのです。所詮、届かぬ花なのです。私は、あなたを思っているだけでも幸せなのですから。

 ゲレット・ギラール』


「なんか、すげー自虐的だな。でも、思ったよりは普通じゃん」

 グランはつまらなそうに鼻をならした。

「これ、立派なラブレターだよ。きっと、ジェシカって子はすごい美人なんだな。ゲレットさんは愛が届かないのを承知で書いたんだよ。泣かせるなあ」

 リブレは鼻をすすった。

「ちっ、くっだらねえ。とんだ殴られ損だよ。むしゃくしゃするぜ!」

 グランは道ばたの石ころを蹴りとばした。


「グラン、ちょっと先にモンスターがいる。迂回しよう」

 しばらくして、リブレが立ち止まった。

 しかし、グランはそれを聞いてにんまりとした。

「いいところに。ぶっ殺してストレス解消といこうぜ」

「バカ。強いモンスターだったらどうするんだよ」

「逃げればいいさ。どうせ、今日もかんしゃく玉持ってるんだろ? 大丈夫だよ」

 リブレは舌打ちした。

「俺は行かないからな。一人で行け。行って殺されてこい」

 その時、グランはリブレの手から手紙をひったくった。

「おい、返せ!」

「これがなきゃ、クエストは続けられないよな。返して欲しかったら、ついてこい!」

 グランは背を向けて走り出した。リブレは

自分の安全とゲレットの手紙を天秤にかけ、迷ってから、最終的にグランを追いかけ始めた。


「あいつか」

 グランはモンスターを遠目に見つけると、その場にしゃがみこんで目をこらした。

「なんだ、バルーンか。ああ、でも黄色だ。おい、やめておこうぜ」

 追いついてきたリブレが声をあげた。

 黄色のバルーンは、経験値、レベルともに青の二十倍ほどである。

「おめーはそこで見物してな。楽しい楽しい、グランさん劇場を見せてやるぜ」

 グランは横目でリブレを見てから、駆けだした。

「括見せよ! これが俺の『炎刃』だ!」

 腕を重ねて〝魔力〟を増幅したグランは、自分の周辺に炎を造った。そのまま両の手のひらをあわせ、腕を振りあげる。バルーンとの距離は、かなり近づいている。

 グランは叫び声をあげ、両腕を斜めに振りおろした。楕円形の炎が飛び出して刃となり、バルーンに襲いかかった。

「やったか!?」

 しかし、やってなかった。炎の刃は、バルーンに届く直前で飛散してしまった。その過程で少し傷を負ったものの、まだぴんぴんしている。

「ちっ、やっぱりまだ完成までは遠いな。おいリブレさん、頼むから助けて!」

 リブレは振りかぶって、かんしゃく玉を投げ込んだ。

 

「すげーな、あれ。バルーンのやつ、麻痺までしてたぜ。それ露店で売ればいいのに」

 グランは息をはきながら、関心したように言った。

「練りに練った特製品なんだよ。でも、ひとつにつき千ゴールド近く掛かってるんだからな。お前、今回の分は払えよ。それと、こんなもので商売をする気はないね。俺の目標はあくまで『勇者』なんだから」

 せこい手段で一目散に逃げ出した男は、得意げに笑って手を差し出した。

「なに」

「手紙。はやく返せよ」

 グランはポケットをまさぐって、手紙をつかんだ。

 しかし、でてきたのは切れ端だけだった。

「……おい。冗談だろ? 実は今ちょっとだけ破いて、それを見せてからかってるだけなんだろ?」

 グランはもう一度ポケットに手を入れた。真っ黒な何かが出てきた。

 リブレはしばらく聾唖者のような顔つきになって、たたずんでいた。


「本当に困ったことになった。どうするんだよ」

 マグンに戻った二人は、「ルーザーズ・キッチン」で作戦会議をすることにした。

「悪かったよ。ポケットに入りきらなかった部分が燃えちまったんだ。でもぶっちゃけた話、このまま渡したことにしちまうのが一番いいよな。おっさんにはそう言って、そのままジェシカちゃんは手紙を捨てた……って展開なら自然だぜ」

「……お前、本当に最低だな、グラン」

 グランは親指を立てた。

「でも、正直それ以外いい方法が見つからないからな。しょうがないことだ。これはしょうがないことだったんだ。そういう運命だったんだよ、うん」

 最低なリブレはカウンターに向かってぶとう酒を注文した。

 その時、酒場にランサーのアイ・エマンドが入ってきた。

「ああ、いたいた。リブレ。さっきマタイサに行ってたんだけど、ゲレットさんから伝言だよ」

 アイはグランをちらりと見てから言った。

ふたりに嫌な予感が走る。

「な、なんて言ってたの」

「うーん、なんかよくわからないんだけど、例のクエストは中止だって。渡さなくていいって」

 ふたりは安堵のため息を漏らした。

「そっかそっか。じゃあしょうがないな」

「一件落着だな」

「いったいなんなのさ?」

 グランは手をひらひらとさせた。

「お前には関係ないことだよ」

 すると、アイはふくれっ面になってきびすを返した。

「ふん。いいよもう。ああそうだ、明日マグンに来るってさ。なんか、直接渡すらしいよ。その、あたしには関係ない何かをさ」

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