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リブレ・ロッシは眠りたい

 王都マグンに朝がやってきた。中央に位置する大きな城が日に照らされ、その先に鋭い影が形作られた。

「うお、もう朝になっちまった」

 城門をくぐった魔術師グラン・グレンは、日差しをまぶしそうにを払いのけた。

「ったく、誰だよ『魔石』が湖に落ちてるなんて言ったのは。おかげでくたびれもうけだよ」

 隣で大あくびをするのは剣士のリブレ・ロッシだ。

「いいじゃねえか。俺は一晩中魔法の練習ができて満足だ」

 リブレは黒こげの何かを取り出した。

「俺のマント、その練習とやらの犠牲になったんだけど。全くどういうコントロールしてるんだ」

 グランは思い出して吹き出した。

「よく燃えたよな、あれ。面白かった」

「笑いごとじゃない! 大切なマントだったんだ」

「もう、眠いんだから喧嘩は勘弁しろよ。ほら、お前んちはそっちだろ。帰った帰った」

 リブレは舌打ちしてグランと別れた。「魔石」を探すどころか、お気に入りのマントが作業に飽きたグランの放った魔法の餌食となった。非常に腹立たしいことだったが、確かにもう眠い。さすがに一晩中のどぶさらいは疲れた。

「ああ、さっさと帰って眠ろう」

 リブレは自宅へと足を進めた。


「おお、いいところに」

 酒場前で、リブレに近寄ってきたのはソードマンのロバート・ストラッティである。彼とは「ルーザーズ・キッチン」の顔なじみである。

「ロバートか。悪いけど、もう帰って寝るところなんだよね」

 ロバートはがっしりした腕をリブレの肩にかけた。

「クエスト、行かねえか」

「話、聞いてます? 昨日から寝てないんだ」

 ロバートは自分の鎧をリブレに押しつけた。

「『魔石』狙いのギャンブル狩りなんだ。だから上がりは保証できないが、今日はなんと、騎士団のウェインも一緒だ。お前がいてくれるとさらに効率もあがるし、助かるんだが」

「なに」


 魔石。〝魔力〟を持つ生命体の力の源と言われる、小さな透明石。人間もモンスターも体のどこかに所持していると言われる。命が尽きると共に、ほとんどが砕けてなくなってしまうが、稀に固形のまま残ることがある。その生命体ごとに別の〝魔力〟を宿しており、魔法アイテムの原材料となることが多い。価値はピンキリだが、貴重品であることに変わりはない。


「きみがリブレか。ミランダとロバートから噂は聞いているよ」

 後ろから、青い鎧をまとった、まじめそうな男が現れた。騎士団のナイト、ウェイン・ジェルスだ。リブレは興味なさそうに彼を見つめた。

「騎士団の人がこんな吹き溜まりにいてもいいのかい。もっと別に行くところあるでしょ」

 ウェインは特に気分を害した様子もなく、明るく笑った。

「なかなかきついな。今日は休みなんだ。せっかくだから、友人たちと狩りに行こうと思って」

「そう、いってらっしゃい」

 リブレが去ろうとすると、アーチャーのミランダ・リロメライが行く手を遮った。

「そうはいかないのよね、リブレ。私、あなたに来てほしいわ……」

 ミランダは潤んだ瞳でリブレを見る。

「ごめん、気持ちはうれしいけど眠いの。だから帰る」

「そう言わないで」

 ミランダはオッパイをリブレの腕に押しつけた。

「たしかに君は、俺好みの巨乳だよ。でもそいつを押しつけただけで、このリブレが言うこと聞くとは思うなよ」

 リブレは沈黙してから、ちょっとうれしそうに言った。ミランダは舌打ちしたあと、小声でささやいた。

「あとでちょっとだけ触らせてあげるわよ」

「よし、行く!」

「……こういう奴なんだ」

 ロバートはウェインに向かって肩をすくめた。



「くそ、時間の無駄だったな」

 数時間後、リブレはだるそうに城門をくぐった。四人の狩りは滞りなく進んだが、結局「魔石」は手に入らなかった。彼にとって更なる悲劇だったのは、ミランダが機嫌を悪くし、オッパイもお預けとなってしまったことだった。結局いいことなしの帰還となった。

「でも君、すごいよ。本当にモンスターの位置が手に取るようにわかるんだな。まるで師団長みたいだった。また、こういう機会があればぜひ、お願いしたい。じゃあ」

「安全なところじゃないと行かないからね、おれ」

 興奮気味のウェインと別れたリブレは、おおあくびをした。

 そろそろ限界が近い。すぐに帰って眠ろう。

 

「いたいた。リブレ、やっと見つけた」

 そんな時に現れたのは、本屋のジョセフ・マルティーニだ。リブレはため息をついた。

「またか。もう、今日はなにも聞かないからな。寝るんだから」

 リブレは耳を塞いだ。

「なんだよ、その態度は。せっかくお前にすばらしいニュースをもってきてやったのに」

 ジョセフは眉をひそめた。

「もう、今日はいい。明日にしてくれ」

 リブレは立ち去った。

「わかったよ。マリーちゃんのことなんだがな」

 リブレはぴたりと止まって、元いた場所に戻ってきた。

「よし、聞くだけ聞いてみよう」

「マリーちゃんが呼んでる。『指名』がかかったんだ」

 リブレは飛び上がった。

「ほんとかよ! 俺名指しで指名なんて、そんな奇跡が起こる日がくるなんて!」

「でも、明日には気が変わっちゃうかもな。マリーちゃん、心変わり早いから……」

 ジョセフが言い終わる頃には、リブレは道具屋に向かって走り出していた。



「人生って、すばらしい!」

 宿屋から出てきたリブレは、両腕を高く掲げて叫んだ。しかし、すぐに首ががくんと垂れた。マリーちゃんといた間は興奮していて忘れていたが、もう一日半も眠っていない。

「だめだ。このままだと死ぬ。早く帰らないと」

 リブレはふらふらと走り出した。


「あ、リブレ」

 このタイミングで、彼の前に現れたのはヒーラーのリノ・リマナブランデであった。小さなかごを手に下げている。

「やあリノ。じゃあね」

 リブレは家路を急ごうとしたが、リノはその腕をぐっとつかんだ。

「暇そうじゃない。今から買い物つきあってよ」

「ごめん、行きたいのもやまやまなんだけれど、たぶん途中で死ぬ」

 リブレは本気で言ったのだが、リノは頬を膨らませて大笑いした。

「なに、それ。今日は飛ばしてるじゃん」

 リブレは驚いた。自分の言うことでリノがここまで笑ったのは初めて見た。

「いや、ほんとに。ほら見て、この目くま。死の前兆だよ」

 すると、リノは腹を抱えてことさら笑った。

「ちょっと……やめて! その前に私を殺す気ね。くくっ……」

 リノは荒い息をはきながら、必死に笑いをこらえつつ言った。リブレはその様子にちょっぴり興奮した。

 チャンスだ。なにがどうなってこんな状況になっているのかはわからないが、リノが喜んでいる。俺との時間を楽しんでいる!

「よーし、じゃあ付き合うよ。どっちが先に死ぬか、競争しよう!」

 リノは床に転げ回った。



 リブレは、もうろうとした意識でサン・ストリートを歩いていた。

 リノとの買い物は、最後のほうは覚えていないがおおむねうまくいったようだった。彼女は最後までげらげら笑って、それはもう異常なほど楽しんでいた。

 しかし、代償は大きい。

 もう、目の前なんてほとんど見えないし、自分がどこを歩いているのかを意識するのもぎりぎりだ。ただ、こんなところで眠ったりしてしまったら、町じゅうの笑いものだ。それだけは避けなければ。

 とにかく、自分のベッドで眠りたい。


「おーい、リブレ君」

 そんな時現れたのは、騎士団のウェインだった。しかし、リブレにはその声が届いていない。

「探したよ。君、騎士団に興味はあるかい?」

 リブレは歩みを続けた。

「おい、待ってくれよ。ぜひ、僕から君を騎士団に推薦したいんだ。君のような優秀な人間は、騎士団に入るべきだよ。僕たちと、マグン王のために働こうぜ。うまく行けば、師団長から勇者にも推薦してもらえるはずだ。確か君、勇者志望だったよね」

 リブレは、ふらふらと歩いていった。

「なんだよ、興味なしか。残念だ。でも、無視するなんてひどい奴だな。推薦しなくてよかった」

 ウェインは鼻をならした。

 


 翌朝、リブレはベッドから起きあがった。

「ああ、よく眠ったなあ。最高の気分だ。おっと、きょうは郵便配達だったな」

 のびをしてから、リブレは家のドアを開いた。


「アイちゃーん」

 後ろから声をかけられて、ランサーのアイ・エマンドが振り返ると、リノがいた。

「リノ、どうしたの」

 リノは涙を流して爆笑した。

「……また泥酔か。しょうがないなあ。家まで送っていくよ。ほら、つかまって」

「つかまる! つかまるだって! あんた、芸人になれるわ!」

 リノは狂ったように髪を踊らせた。

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