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決意・その2

 王都マグンは、サン・ストリート沿いの酒場「ルーザーズ・キッチン」。


「まったく、おかしなこともあるもんだな」

 マスターがカウンターから顔を出した。左手に持つトレーには、大きなケーキが載せられている。

「待ってました!」

 マスターがテーブル席に向かうと、リブレが大喜びでそれを出迎えた。席にはリノとアイが腰かけている。

「何かの間違いじゃないの?」

 リノが訝しげな表情で言った。アイも、同じような顔をしている。リブレはそれを見て肩をすくめた。

「リノ、それって嫉妬かい? 事実だよ。さあ祝おう! リブレ・ロッシ、勇者選抜試験・第四次審査突破!」

「おめでとー」

 あまり気持ちのこもっていないお祝いの言葉と共に、三人はケーキを切り始めた。切り分けが一番速かったアイは、さっそくクリームたっぷりのケーキを口に運んだ。

「それにしてもおかしいよね。まさか四次審査も通っちゃうなんて」

「おかしくないさ」

 リブレはすぐに反論する。彼が切っているケーキの部分は形が崩れてしまい、すぐ隣のリノが顔をしかめた。

「私もアイちゃんと同感。おおかた、なんらかの力が働いてるのよ。お父さんも勇者だし」

「とうさんは関係ないよ」

 背後からミランダが現れ、ケーキをフォークで突き刺してぱくついた。

「どちらにせよ、今度の試験で勇者になれるかどうか決まるんでしょ。リブレ、可能性がないわけじゃないんだからがんばって、ね。万に一つ勇者になったら、まず私に教えなさいよね」

「なんだよ、みんなして。まるで俺が実力で受かったわけじゃないみたいじゃないか」

 ミランダが笑いながらもう一回、ケーキを取った。

「事実そう思ってるのよ。だって三次の時、あんた帰ったんでしょ。それで受かるってのは、単に試験官がおばかちゃんだったのか、何かあるに決まってるでしょ」

「何があるっていうんだよ。まったくもう、疑り深いんだから。どちらにせよ、次を受かれば晴れて勇者だ。もう少しでルイスになれるんだ!」

 アイたちはため息をついた。


 そこに、ロバートが現れた。少し暗い顔をしている。

「おっ、ロバート。ケーキ食べないか? お祝いしてるんだ」

 リブレの問いかけに、ロバートは少しばかり体をはねさせた。

「リ、リブレ? 採用試験、また通ったのか?」

 リブレは得意げに頷いた。ロバートは少しばかり間をあけてから、わははと笑った。

「よ、よかったなあ! でも、俺はいいや。わりいな」

 彼はカウンターへと向かっていった。リブレ以外の三人は首をひねった。

 カウンターに腰掛けたロバートは、頭をかかえて突っ伏した。……と思えば、頷いて席を立とうとし、少し硬直して首を振り、また座った。

「だめだ、俺には言えねえ」

「何を言えないの?」

 後ろからリノにつつかれ、ロバートはびくりとした。

「なにか知っているみたいね。話しなさいよ」

 ロバートはゆっくりとかぶりをふった。

「い、言えねえ。今のリブレには言いたくない」

 リノは無表情で言った。

「つまり、今回の試験の合格には何か裏があって、あんたはそれを知っていながら、何も言わずに高見の見物を決め込んでいるってわけね」

「ち、違う!」

 ロバートがとつぜん大声を出したので、さすがのリノもびっくりしたようだった。

「……わりい。とにかく、今はあのままにしといてやってくれ」

 ロバートの視線の先には、笑顔で剣を担ぐリブレがいた。口にまだクリームがついている。

「リノ、クエストに行こうよ! そろそろグランも来るはずだよ」

 リノは頷いて、きびすを返した。

「友達思いなのはいいけれど、たとえ残酷な話でも、きちんと話してあげたほうがいいと思うわ」

「……わかってるさ」

 ロバートは振り返りもせずに言った。

「ばかね」

 リノがかすかにつぶやいた。


「グラン、ずいぶんおそかったな。もう少しで置いていくところだったよ」

 南ゲートを馬車でくぐりながら、リブレは隣に座るグランへ声をかけた。

「……ああ。悪かったな」

 リブレは肩をすくめた。

「やけに素直だな。グラン、何かあったのか?」

「いやあ、なんでも、リブレ・ロッシって男を探してるってあんちゃんに会ってよ」

 沈黙。リブレはおそるおそるたずねた。

「それって、金髪の……?」

「するどい目をした、ちょっと怖い感じのやつ。騎士団って言ってたぜ」

 リブレが馬車から落ちそうになったので、グランは慌てて彼の服を掴んだ。

「落ち着けよ。話してる時はわからなかったけど、たしか前に町中で剣をつきつけて来たイカレポンチだよな。もちろんお前のことは話さなかったぜ。なんであんな野郎に追い回されてんだ?」

「それが……よくわからないんだよ。前に、ロバートと一緒に騎士団の手伝いをしたのは話したろ? それから目をつけられて、ずっとなんだ」

 グランは腕を組んだ。

「なんにせよ、あいつはちょっとふつうじゃねえぞ。リブレ、お前あいつに何をしたんだよ」

「うーん、実はよく覚えてなくてさ」

「覚えてないだぁ? どういうこった」

 グランがさらに問いただそうとした時、街道で待っていたリノとアイが馬車に乗り込んだ。

「何してたのよ。はやく行きましょう」

 リブレが馬をけしかけ、馬車は街道を走り出した。


 本日のクエストは、マスターの依頼によるルハーナ湖の水採取である。パーティ四人は、馬車で山道を進んだ。

「このクエスト、確か前にやった時はレイスに会ったよな。嫌な思い出だぜ」

 グランがつぶやく。リノがにやりとする。

「あんたにはとくにそうでしょうね。レイスに呪われて、真人間になっちゃったりして。でも今考えると、アイちゃんとはあの頃から相思相愛だったのね。必死に守ってたし」

 アイはもじもじとした。

「あれは、うん。うれしかったな。呪われたグランは、はっきり言って気持ち悪かったけれどね」

「んーだと、てめえ。そういえばお前ら、よってたかって俺のことぶん殴ったよな! まだあの恨みは忘れてねえぞ! おいリブレ、殴らせろ!」

 グランが振り返ると、リブレは少ししらけた様子だった。

「なあ君たち……もう少し静かにしてくれよな。俺が勇者になったら、これが最後のクエストになるかもしれないんだぜ」

「バーカ、なに気取ってやがんだ。例の勇者試験のことかよ。お前が合格なんて、ありえねーっての」

 グランは笑いながら言ったが、リブレはむすりとした。

「……グラン、俺はこれでも本気で合格をねらっているんだ。お前の冗談はたまに笑えないぜ」

 グランは目をするどくさせた。

「それ、まだ言ってんのか? 気持ちはわかるけどよ、これまでの合格は間違いなくお前の実力なんかじゃねえぞ。絶対になにか裏があるに決まってる。たとえば、例の騎士団のイナフ。あいつが手を回してるんじゃねえのか。そんなんで受かって、うれしいのかよ?」

 リブレはかっとして、グランの胸ぐらをつかんだ。アイとリノが制止したが、リブレは聞かない。

「言っていいことと悪いことがあるぞ!」

「本当のことを言ったんだ、何が悪いんだよ。自分でおかしいと思わねえのかよ。勇者って言葉に浮かれて、頭がわいちまってるんじゃねえか」

「こいつ!」

 リブレが拳を固めたその時、彼はぴくりとして背中の剣を抜いた。グランは少しうろたえた。

「お、おい! 武器はナシだぜ!」

「違うよグラン。けんかはやめだ……。モンスターが来る!」

 アイは「待ってました」とばかりにランスを構えたが、リブレはそれを手で制した。

「だめだアイ、手を出しちゃ……」

「なに言ってんだいリブレ、霧もないし、別に精霊ってワケじゃないんだろう?」

「とにかく、だめだ! すぐに逃げる準備を!」

 リブレの様子を見て、グランは魔法の詠唱に入った。

「リブレ、どっちだ!? いつも通りに煙幕行くぜ」

「グランも、やめてくれ! とにかく逃げるんだ! 頼むから逃げてくれ!」

「……リブレ、なんかさっきから、言ってることがおかしいぞ? 逃げるために煙幕を出すんだろ」

 リブレは異常に汗をかいて、少しふるえている。

 何かがおかしい。三人がそう思った時、遠目の草むらから物音がした。


 凶暴そうな鳴き声と共に、毛むくじゃらの体躯が姿を現した。

 パーティは思わず凍り付いた。

 ベア。この近辺では最強クラスのモンスターだ。

「どうしてこんなところに……あたしたちだけじゃ……!」

 アイはランスをしまい、撤退しようと心に決めた。彼女はすぐにリブレを見た。普段なら、すでにかんしゃく玉が爆発しているタイミングなのだが。

「おいリブレ、なにやってんだよ! はやくかんしゃく玉投げろって!」

 グランが“魔力”を集中させたままリブレを見る。

 彼は目の前のモンスターを見て、腰を抜かして尻餅をついていた。ただ、怖がっているようでもなく無表情で、目もうつろだ。

「おい、リブレ……? どうしたんだ……!」

 彼の声は届いていないようだった。 

「グラン、詠唱を解かないで!」

 リノが“理力”の塊を発射し、ベアの近くにあった木を撃つと、アイに運動能力補助魔法をかけた。

「私が陽動するから、アイちゃんはリブレを馬車に乗せて。グランも魔法で足止め! 気を抜いたら、死ぬわよ!」

 アイ、グランは頷くまでもなく、即座に行動に移る。リノの言う通りだ。

 リノとグランは交互に魔法を発射しながら、ベアの注意を横方向に引いて誘導していく。アイはそのすきに、リブレにかけよった。

「リブレ、どうしたんだい!」

 だが、リブレは宙を見つめて、狂ったようにぶつぶつ言っている。アイが揺らしても反応がない。

「リブレ、リブレ!」

 アイが必死に言うと、リブレは突如として立ち上がった。

「リブレ、大丈夫?」

「……さなきゃ」

 リブレはぼそりと言った。アイが目を見開いたとき、すでに彼の姿は消えていた。


 リノとグランは魔法を遠目からぶつけてベアの気を引いていた。

「なあ、このままどうしようってんだよ! 俺らの魔法力全部使ったって、倒せる相手じゃねえぞ!」

「わかってるわよ、そんなこと! とにかく、今は足止め! ったくもう、リブレ! 肝心な時に使えないんだから!」

 その時。とんとリノの肩に手が置かれた。リブレだった。

「リブレ、おそ……」

 リブレの姿は、振り返ったリノの目の前からすぐに消えた。


 その直後、どさりと、背後から音がした。

 首をはねられたベアが倒れる音だった。

 リブレはしゃがみこんだ姿勢で血だらけの剣を鞘に戻すと、その場に倒れた。

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