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決意・その1

 王都マグンは、町外れの墓地。

 奥の墓にたたずむイナフ・ストラウフは、いつものようにいくらかの花を添えたあと、近くに生えている雑草を抜き始めた。

「兄さん、もう四年くらいになるね」

 イナフは悲しげに笑った。あたりの雑草を抜き終えると、彼は墓に向かってひざまづいた。

「最近落ち着かないんだ、兄さん。あいつのせいだよ、あいつの」

 イナフは首にかけるロケットを開いた。イナフとよく似た男が、笑顔で写っている。

「どうしてあんな奴が……兄さん、教えておくれよ。約束だったじゃないか……」

 返答はない。イナフは目を閉じて、ゆっくりと立ち上がった。

「リブレ・ロッシ……」

 イナフは厳しい顔つきで、きびすを返した。


 王都マグンは、メーンストリートの露店街。

 グラン・グレンは露店に並ぶ、にぶい銀色の腕輪に目を奪われていた。商人はそれを見て、少しだけにやりとした。

「にいちゃん、なかなか目が肥えてるね。そいつはつい最近、リスタルで仕入れた値うち物だ。彼女にプレゼントかい? 今なら安くしておくよ」

「いくら」

 グランは視線を外さずに言った。商人は少しおおげさに手をたたいた。

「熱心なことだ。よし、君の所持金にできる限り合わせることにしよう」

 グランはポケットをまさぐって、百ゴールド硬貨を三枚取り出した。商人はそれを見て、あからさまに態度を変えた。

「おい、なめてるのか? 確かに見た目は古いが、こんな装飾のついた腕輪だぞ。おそらく貴族が使っていたものだ。それっぽっちじゃ話にならんな」

「話になるよ。だってそいつ、よく見ると少し焼き入れを失敗しているだろう。右はじのところ。それを作ったのは素人だよ。貴族が使うとは到底思えないね」

 商人は腕輪の端部分を見た。確かに、少しばかり装飾が粗い箇所が見られた。グランは続ける。

「何よりそれ、呪われてるぜ」

 商人は少しだけぴくりとしたが、すぐに平静を取り戻した。

「仮に呪われた品だったとして、なぜ君はそれを欲しがる? 嘘をついて安くしようたって、そうは行かないぞ」

 グランはため息をつくと、“魔力”を少しばかり錬って、腕輪に手をかざした。紫色の“魔力”の火花が少しばかり散った。

「やっぱりね。今の色、みたかい? 精神系統の呪術が組んである。確かにこいつは呪われているよ」

「で、でたらめだ」

「そう思いこむのは利口じゃないぜ。こいつはマジだ。おっさん、こいつはチャンスなんだぜ。あんたが今これを手放せば、何事もなく帰途につけるだろう。だが手放さなかったら、最悪死ぬぜ。俺は専門家だ」

 商人の顔色が変わる。

「だ、だがどうして、私にそんなことを教えるんだ。君が買い取っても死ぬんじゃないのか。やっぱりうそっぱちだ」

「俺はこいつの呪いを解除できるし、なによりデザインが気に入った。欲しいんだよ。だから全所持金の三百で手を打ってやるって言ってるんだ。逆に感謝してほしいくらいだね」

 商人は商品の並ぶ台をなぐりつけた。

「ふざけるな! だましとろうったって、そうはいかないからな! 実はすごい値うちものなんだろう!」

 グランはもう一度“魔力”を腕輪にかざすと、今度は火花と共に、禍々しいどくろの幻が現れた。どくろは小さく何かをつぶやいて、ふっと消えた。商人には、それがはっきりと聞こえたらしい。グランは放心している商人に、もう一度言った。

「こいつはチャンスだ。手放さなかったら、死ぬぜ」

「こ、このくそったれ! こんなもん、いらねえっ! さっさと持っていきやがれ、どろぼう野郎!」

 商人は地面に腕輪を投げつけた。グランはそれを拾い、百ゴールド硬貨を三枚、台においた。

「どろぼうはねえだろ。料金は確かに支払ったからな。また来るぜ」

 グランは商人の罵詈雑言を無視して、その場を立ち去った。


 噴水広場を抜けて、せまい路地に入ったグランは、腕輪をポケットから取り出した。

 鈍い銀の輝き。そしてさっき指摘した、焼き入れの失敗部分。

「間違い、ないな……」

 グランは少しだけほほえんだ。その時、後ろから声が聞こえてきた。

「うまいことやったな」

 グランが振り返ると、長身の切れ長の目を持つ剣士が立っていた。グランは肩をすくめる。

「なんだよ、見てたのかい? 趣味の悪いひとだね。ところで、うまくやったって……何が?」

「その魔具のことだ」

 グランはぴくりとした。

「魔具? なんのことだい」

「よけいな芝居はせんでいい。さっきのどくろは私も知っている。そいつは『レイヴンの魔具』だろう。通報するつもりはないから安心しろ」

 グランは息をついて、腕輪を指でぐるぐると回した。

「よくご存じのようで。あんた、何者だ?」

 剣士は表情を少し曇らせた。

「レイヴン・ステアのことを、ほんのちょっとばかり知っているだけだ。一度会ったこともある」

 グランは明るい表情になった。

「じじいのことを知ってるのか。俺もあの人には世話になった」

「そうか……。いいところで会えた。彼はどんな男だった?」

 グランはちょっと考えたあと、彼のことを少しだけ話した。レイヴン・ステアを知る人間との出会いが、うれしかったのだ。

 剣士は何も返答せずに話を聞いた。

「とにかく、そんなワケで俺はレイヴンの魔具を探して、ぶっ壊しているってわけさ」

「殊勝なことだな。君はそうやって、あの愚かな男の尻拭いをしているわけか」

 グランは少しだけかちんと来たが、すぐに怒りをおさめた。

「ああ、そうだよ。愚かな男……その通りだ」

 剣士は笑い出した。

「全くおかしいな。レイヴン・ステアは、そうやって死後も多くの人に迷惑をかけ続けているのだな。全く困ったやつだ」

「でも、あんたには迷惑をかけてねえだろ?」

 その瞬間、剣士の目つきが変わった。

「いいや。奴は私から兄を奪った」

 剣士はグランの胸ぐらを掴んだ。

「君……話を聞く限りだと、レイヴン・ステアの罪を全く理解していないようだな」

「理解してないわけじゃねえよ。離せ」

「いいや、理解していない。奴は犯罪組織を増長させただけでなく、有能な勇者パーティをたった一晩で壊滅させたのだ」

 さすがのグランも頭に来たようで、剣士の手をつよくはじいた。

「新聞を読んでねえのか!? それは、精霊に会っちまったせいだろ! その勇者とやらに、運がなかっただけだ」

 剣士は目を見開いて叫んだ。

「運!? ちがうね、勇者パレット・ストラウフは、魔王を倒すべく生まれたマグン王国最高の剣士だった。彼がその実力を全く発揮できないまま非業の死を遂げたのは、まず間違いなくレイヴン・ステアが原因だ! あの男の邪な心が兄を殺したのだ!」

「兄……ってことは、あんたはその勇者の……」

 剣士は返答せず、城の方向に向かって歩き出した。

「少し話しすぎた。その魔具はきちんと破壊しておけよ。それと、リブレ・ロッシという剣士を探している。何か知っていたら、騎士団のイナフに連絡をくれ」

 グランはそこで思い出した。

 いつだったか、「ルーザーズ・キッチン」に来た男だ。

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