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リノ、つつみ隠す・前編

 王都マグンは、サン・ストリート沿いの酒場「ルーザーズ・キッチン」の夜。


 リノ・リマナブランデはテーブルに少しよりかかりながら、無表情でグラスに口をつけた。その視線の先では、リブレ・ロッシが今にも泣き出しそうな顔で手を合わせている。

「リノ、ホントにごめんよ。だから、何か言ってくれよ」

 リブレはもう耐えられない、とばかりに言った。

 リノは表情を変えることなく、グラスあけてをとん、と置いた。リブレがぴくりとする。

「マスター、二十九番」

 透き通るような声が響くと、マスターは二十九番のワインを持って机に静かに置き、そそくさと逃げるようにして去っていった。


「あーあ、ありゃ相当おかんむりだぜ。久々のマジギレだな」

 カウンター席でグラン・グレンがにやついていた。隣に座るアイ・エマンドは、ため息をついた。

「自業自得」


 この日の昼、リノは久しぶりに魔石狙いの狩りを開いた。パーティはアイを始めロバート、ミランダら顔なじみのメンバーのほか、同じギルドで働くナイトやランサーを数人動員した、そこそこ大規模なものであった。

 しかし、例の如くモンスターレーダー役として召集されたリブレが予定の時間に現れなかったため、「条件に見合わない」と同僚たちは帰ってしまった。それでもリノはできる限りポジティブにとらえ、これで仲のいい仲間たちだけで魔石を得ることができると期待した。

 だが、リブレはその後二時間ほど経っても現れなかった。けっきょく、残りのメンバーだけで狩りに出たものの、戦果は雀の涙であった。

 リノは内心怒りを覚えはしたものの、やはりポジティブに物事を考えるべきだと、今日の狩りに満足することにした。この日の彼女はローブを新調したばかりであり、いつになく上機嫌であった。なにがあっても一日を上機嫌に過ごすつもりだったのだ。帰りに小さな森で昼寝をしているリブレを発見するまでは。


「あれは、誤解なんだよ。昨夜、マタイサ自警団の人に付き合わされて全く寝てなくってさ。そのまま行くつもりだったんだけど、かんしゃく玉の材料が足りなくなってることに気づいて、いつも行ってる森に行ったらさ、その……モンスターが……催眠の……魔法……を」

 リブレはちらちらとリノの顔色を伺いながら言い訳をした。最後の部分は、誰が聞いても作り話だとわかった。

 リノはようやく、小さなため息をついた。

「つまり、徹夜で飲んでて、帰りに森で眠っちゃったわけ。通りで家にもいないわけね」

「そ、そう。そうなんだよ」

 それを聞いたリノはにこりとした。リブレはようやくリノが機嫌を直してくれたとほっとしたが、地面が輝き出したのを見て、その場を横っ飛びした。

 次の瞬間、どんと十字架型の“理力”の塊が突き上げた。リノが使える中でも最強の威力を誇る「ジャッジメント・クロス」の魔法だ。談笑していた客たちも、さすがに無言になった。

「リ、リノ! なんてことするんだよ!」

 リブレが青い顔をして叫んだが、リノはびしりと人差し指でリブレをさした。

「何があったにせよ、あんたが遅刻した事実は変わらないのよ。私が聞きたかったのは、そんなクソみたいな言い訳じゃなくて、心のこもった謝罪、そしてその贖罪の条件提示。明日、同じ時間に来なさい。一日クエストに付き合ってもらうわ。次同じミスを繰り返したら……わかっているわね」

「は、はい」

 リブレは正座して汗をふいた。

「だいたい、時間を守らない人ってのは、何をやらせてもだめ。最低だわ。本当に最低。リブレ、聞いてる? 最低なのよあんたは」

 リノがぐちぐちと言い出したところで、店内の全員がほっとした。これは、彼女の怒りがピークをすぎたことを意味するからだ。リブレも内心「よかった」と思いながら、自分の悪口をひたすら聞いた。


「わかってるわね、時間厳守よ! 明日十時! 十時よ! 来なかったら殺すわよ! もうあんたは殺す!」

「もう、リブレは帰ったよ。まったく、リノはこれさえなければなあ」

 その夜もリノは浴びるほど酒を飲み、アイに背負われて帰宅した。


 リノは、モンスターと対峙していた。

 そう強くないモンスターだった。名前は……忘れてしまった。杖でひっぱたくと、モンスターはそれだけで倒れ込み、地面へと溶けていった。やがて、大きな魔石が残された。

 リノは大喜びでそれを掴む。すると、石がはじけ、高価な魔石が空から降りだした。リノは驚喜乱舞しながら、ローブのフードで落ちてくる魔石を取る。フードいっぱいになった魔石を見て、リノはこの上ない高揚感を覚えた。思わず、踊り出す。騒ぎ出す。

「やった、やった!」

 そこで、世界が突然ひっくり返った。


 ベッドからずっこけた体勢で目を覚ましたリノは、さっきまでの光景が夢だとすぐに悟った。

 我ながら、あんな非現実的なことで喜んでしまったのがばからしい。

 起きあがって、伸びをする。多少頭痛がするが、魔法で治せる範囲だ。さあ、元気にすごそう。今日もクエストだ。

 時刻は……リノは部屋にかけてある時計をみた。


 午前、九時五十分。


 だが、それでも彼女は動じない。たとえぎりぎりでも、どんなに飲み過ぎても、彼女は予定には遅れないという自負と実績がある。

 アイテム関連はすでに昨日の時点で机の上にまとめてある。杖は本棚の横、お気に入りのローブは……アイが、壁にかけておいてくれたようだ。

 彼女は余裕の表情で支度をすませる。残り五分。集合場所は歩いても間に合う距離だ。

 すっきりした気分だった。今日はリブレをとことん使って、魔石を思う存分ねらってやる。

 だが、リノはそこで、あまりにもすっきりとした自分に違和感を覚えた。どうしてだろうと考えるも、理由がわからない。

 でも、気分がいいに越したことはない。最後に自慢の長髪をくしでとかせば、準備は終わりだ。

 リノは鏡の前に向かった。

 そして、事態を理解した。


 王都マグンは、メーンストリートの中央に位置する噴水広場。

 リブレはぐったりした様子で噴水のへりに腰掛けていた。

 きょうは遅れるわけにはいかなかったため、彼は自宅で眠らず、ここで一夜を過ごした。もちろんそれなりの危険も伴うが、メーンストリートならば騎士団員がうろついているため、眠りこけてしまえるくらいの安心感はある。何より、彼は危険を回避するためのスキルも持っている。

「おはよう」

 リノの声が背後から聞こえてきた。今日も時間ぴったり。さすがはリノだ。リブレは関心しながら振り返った。

「……リノ?」

 リブレは思わず首をひねった。

 そこにいたのは、確かにリノだった。しかし、彼女は顔に穴のあいた布袋をかぶっている。

「マ、マグニアー……なんちゃって」

 リノの声は妙に元気だ。リブレはどう反応すべきか迷った。まだ昨晩の酒が残っているのだろうか。

「ず、ずいぶんと個性的な格好だね」

「そんなことないわ。マグニア記の時は、みんなこれをかぶるでしょう」

「でも、きょうはマグニア記じゃないよ。リノ、大丈夫かい?」

「いいから、早くいきましょう」

 リノはリブレの手を掴んで走り出した。恥ずかしくて死にそうだったからだ。


「えっ!?」

 鏡に向かったリノは思わず声をあげた。彼女が見たのは、化粧をしていない、すっぴんの自分の顔だった。どおりで、すっきりしているわけだった。

 彼女はおおいに狼狽した。リノは化粧していない状態で家を出ることがないため、普段からずっと化粧したままのことが多いからだ。なぜ、こんな事に?

 すぐに思いついたのはアイだった。彼女は近頃になって、ようやく稚拙なレベルではあるものの化粧を覚えた。きっと毎晩、ご丁寧に落としているに違いない。その知識がはじめて、「リノの化粧を落としておいてあげよう」などという、ありがた迷惑な考えを起こさせたのかもしれない。

 リノは高鳴る鼓動を抑えつつ、思考を切り替えた。このままではまずい。どうにかしなければ。

 今から化粧をするか。いや、五分では不可能だ。五分でばっちり決められるのなら、毎日やっている。

 ならば、つばの長い帽子でも被ってこのまま行ってしまうか。案外、そのまま気づかれなかったりして……。

「ありえないわ! 化粧なしで外に出るなんて、ありえない!」

 結局、リノは数ヶ月前のマグニア記で使った布の袋を手に取った。


 二人は門の前でロバートと合流した。今回は彼がアタッカーをつとめる。

 寝ぼけ眼のロバートは、思わずリノを二度見した。

「……なあに? わたしのかっこう、おかしいかな?」

 リノが妙に明るい声で聞いた。ロバートは数秒考え、首を横に振った。触らぬ神にたたりなし。

「じゃあ、出発ね。わかってると思うけれど、今日はリブレに働いてもらうわよ。たくさんモンスターを見つけるのよ。ノルマは五十匹。回復したい時は言って。一回百ゴールドから考えるわ。終わった後に請求するからね。ロバートとは八対二でいいわ」

 リブレはこの条件を飲むしかなかった。ロバートも、リブレをかばう形でこのむちゃくちゃな条件で働くことを決めた。かくして三人のクエストが始まった。


「おい、リブレ……なんなんだよ、あれ」

 昼過ぎ、石に腰掛けながら剣についた血をぬぐうロバートが、いぶかしげに言った。遠目ではリノが持参したパンを食べている。だが、彼女は顔の袋を取らないばかりか、ちぎったパンをわざわざその中まで運び、口にしている。

 ロバートの横でサンドイッチを食べるリブレも、不気味そうにそれを見ている。

「わからない……。でもリノのことだから、何か理由があるんだよ。新しい呪術とかさ」

「それにしたって、説明がねえぞ。態度もまるで普段と変わらねえ。なあ、もしかして自分の格好がヘンだって気づいてないんじゃないか?」

 リブレは「めったなこと言うもんじゃない」とあわてて口に指をやった。

 二人はちらちらと彼女を見ていた。


 一方リノは、その視線をびしびしと感じていた。

 やっぱり、怪しまれている……。当然だ。自分だったら即「なにそれ?」と聞いているところだ。そういう意味ではあの二人はよく我慢しているとすら思う。

 正直、これ以上「リノは頭がおかしくなった」などという印象を彼らに植え付けるのは、今後のことを考えるとあまりいい選択ではない。いっそ、ここでクエストを打ち切ってしまうか……。

 しかし、彼女にはそれができなかった。

 ここまで条件のいいクエストはなかなかない。野郎ふたりとも実質タダ働きなのだ。魔石をひとつでも出すことができれば、一気に貯金を増やすことができる。

 ひとつ。ひとつだけでも魔石を持ち帰りたい。

 もちろんすっぴんを見られることなどあってはならないが、クエストを続行することが優先だ。

 リノは立ち上がった。

「ふたりとも、そろそろ……」

「おーいリノ、うしろ!」

 リブレの声が聞こえてきた。リノは後ろをみる。


 いつのまにかミランダが背後にいた。彼女の手は、リノの袋にかけられている。


「あぁいっ!!」

 リノはとっさに彼女の手を杖で払い、「フライング」の魔法で後方へと跳躍した。

 着地した彼女は冷や汗をたらした。危なかった!

「ミランダ、来たなら来たって言いなさい! モンスターかと思ったでしょう!」

 ミランダは驚いた様子で尻餅をつき、腕をさすっていた。

「……びっくりした。リノ、そんなに怒ることないじゃない。手伝いに来たのよ」

 彼女の言い方から察するに、ちょっとしたいたずら程度のつもりだったのであろう。

 ただ、リノからすればとんでもないことだった。まさに生と死を分けた一瞬であった。

 リノは一息ついて、平静を装った。

「とにかく……来てくれたのは助かるわ。リブレが探すから、昨日と同じ感じで、よろしくね」

 ミランダは、返答せずリノを見ている。

 そして言った。

「リノ、なんでそんなの被ってるの? それっておかしいよ?」


 場が凍りついた。リノはちらりとリブレたちをみる。彼らも興味深そうに「そう、それが聞きたかったんだ、ミランダが来てくれて助かった」という顔をしてリノの答えを待っているようだった。

 ミランダ! あとで覚えていなさいよ。

 リノは焦りを悟られぬよう、あえて明るく手を広げた。

「あ、新しい呪術のためなのよ。今日は顔を見せちゃいけないの」

 リブレはそれを聞いて納得した様子だった。

「なんだ、やっぱりそうだったのか。リノが何も言わないから正直不気味だったんだよな」

「ごめんね、説明不足だったかしら?」

 リノは笑ってごまかしながら、心の中でガッツポーズを取った。

 こんなんだったら、最初から説明しておくべきだったわ。何にせよ魔法のことなんて知らない連中ばかりだから、これでバレる心配はなくなった。結果オーライね。

 リノはるんるん気分で食事を終え、クエストを続行した。


「うーん、またダメか」

 ロバートが消え行くゴブリンの死体を見ながら言った。

 ミランダをパーティに加えての狩りが始まって数時間経ったが、魔石はひとつも出てこない。

 リノはいらいらし始めていた。普段ならぽつぽつ出てきてもおかしくない頃なのだが、どうしてこういう時に限って、運がないのだろう。

「リブレ、近くにモンスターは?」

 リノが聞くと、リブレはこめかみをつねった。

「近くにはいないね。ねえリノ、ちょっと休憩しようよ。もうさっきから歩きっぱなしじゃないか」

「ダメよ! まだ一つも手には入っていないんだから。さっ、移動移動! キーバライの森あたりに行ってみましょう」

 リブレたちからその表情は見えないが、苛立ちが声となって露わになっている。

 ミランダが肩をすくめた。

「キーバライは午前中から、霧が出てて近づけないわよ。私のクエストもそれで中止になったの。リノ、きょうは諦めたら?」

 リノはミランダをきっとにらみつけた。さすがの彼女も、その迫力にたじろいだ。

「ダメよ、ダメダメ! きょうはぜったい一つ以上魔石を手に入れるの!」

「じゃあ、マタイサ方面に行ってみようよ」とリブレ。

「たしかきょうはグランとアイが近くの農園で芋掘りをしてるはずだ。そろそろ終わる頃だから、戦力を補強できるよ」

 リノはすぐに行こうと返答しようとして、やめた。

 アイはいいとして、グランがいるというのは少し危険だ。彼は呪術について多少の知識があり、もしかしたらこんな珍妙な呪術が存在しないと知っているかもしれない。

 リノは心の中で頷いた。やはり奴と今日コンタクトを取るのは得策ではない。

「ダメよ。二人の愛の時間をじゃましちゃ」

「けっ、何が愛の時間だよ。ただの芋掘りだっつーの」

 リノは思わず飛び跳ねた。背後には、泥だらけのグランとアイがいた。

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