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ミハイル、大いに笑う・後編

「オス!」

 イエローバルーンが絶命したことを確認すると、ミハイルは手を組んで例のあいさつをした。

 彼は本日も絶好調。このトンカ平原北部のモンスターではほとんど相手にもならない。リブレとグランは少し遠目からそれを見ている。

「おいグラン、この調子だとまたきのうの下水道に行こうって言い出すんじゃないのか」

 グランは何も言わずにただ、ミハイルの様子を見ている。

 ミハイルは数体のモンスターを倒したあと、馬車へと向かってきた。

「今日もいい感じだ。ひとつひとつの命のやりとりが、自分の力になっている気がする。どうだ、そろそろ移動しないか」

 リブレは、ほれ見たことかとグランを見る。しかし、グランは大きくため息をついて、肩を すくめた。

「まったく、みちゃいられねえよ」

 ミハイルの表情が変わった。

「なんだと」

「確かにお前はすごいよ、ミハイル。だがそれじゃあ、アイには勝てない」

「まだ足りないものがあるというのか」

 グランは目をするどくさせてにやりとした。

「ああ。そもそも今のが命のやりとり、だぁ? まったく笑わせてくれるぜ……。本物というものを見せてやるから、ついてこい」

 グランは馬車に乗り込んだ。ミハイルもそれに続く。リブレは首をひねりつつも、手綱を手にとった。


 ついたのはマタイサの町近郊の、森に囲まれた農園であった。

「やあ」

 グランは農園にいた老人に声をかけた。すると、老人はにこにこしながら去っていった。

 ミハイルは辺りを見渡していぶかしげにしている。

「どういうことだ、ただの農園にしか見えないが」

「見ての通り、ただの農園だよ」

 グランが言うと、ミハイルは地団駄を踏んだ。

「なめているのか! こんなところに本物の命のやりとりなど何もない!」

 そこで、グランは待っていましたとばかりに、人差し指で彼をびしっと指さした。

「甘いぜミハイル! お前には命が見えないのか!」

 グランは指先をミハイルの足下へと移した。彼の足下には、いくつかの葉をつけたつたが植わっていた。

 ミハイルはゆっくりとしゃがみ、それを見た。

「これは芋か……?」

「ああ」

 グランは腰を低くして、それを引っこ抜いた。土がついた細長い芋が姿を現した。

「こいつはトマーヤ芋だ」


 トマーヤ芋。マタイサ周辺で栽培されているこの地域の特産品。すり下ろすと独特のねばり気を持ったペーストになり、肉に合うと評判。


「見ての通り、俺でも力を込めれば簡単に引っこ抜けちまう。だが、さっきのじいさんは、毎日のようにこのトマーヤ芋を抜き続けている。その結果、どうなったと思う?」

 グランは声の調子を少し低くした。

「いまやマタイサ自警団の、裏のボスだよ。あのじいさんは腕力ひとつで、町の実権を握るに至ったんだ。もっとも、この事実は極秘とされているけれどな」

 ミハイルは驚いた様子だった。

「なんだと。とてもではないが、そんな風には見えなかったぞ」

「そこが甘いんだよな。あのじいさんが本気を出していたら、お前だってひとたまりもねえはずさ。……じいさんは、このトマーヤ芋を抜く作業を経て、基礎体力と、それよりも一歩進んだ精神的な何かを得たらしい。きっと、命あるこの芋を一本一本抜くことで見えるものがあったんだろうな」

 グランは手を広げる。先には、見渡す限りつたの絡まった農地が広がっている。

「今回、あんたのためにこの農園をすべて借りた。これこそが、本物の命のやりとりさ。きっとあんたなら、何かがつかめるはずだ」

 ミハイルは無言でつたを手に取り、ぐっと握って引き抜いた。彼は、それを見てぱっと笑顔になった。

「なるほど……。確かに伝わってくるぞ、命の鼓動が! そうか、これこそが真の命のやりとり……。続ければ、見えてくるものがありそうだ。そうと決まれば作業に入る! 恩にきるぞグラン!」

 ミハイルは猛烈な勢いで芋を掘り始めた。

 静観していたリブレは、戻ってきたグランを見てため息をついた。

「よくもまあ、あれだけの嘘がべらべらと出てくるな。あのじいさん、マタイサの町すら関係のない、ただの百姓じゃないか。わざわざきのうクエスト契約したのは、こうするためだったのか」

 グランは馬車に戻った。

「そういうことだ。そして騙されるほうが悪い。ともあれ、これでミハイルとじいさんの二人から料金が取れて一石二鳥だぜ。どれ、マタイサの町で時間でもつぶそう」

 二人は馬車を走らせた。


 それから一週間、ミハイルは芋を堀り続けた。リブレとグランはそれを後目に、老人とミハイルの二人からクエスト料を受け取り、悠々自適に過ごした。

「いやあ、助かったよ。ぜひまたお願いしたいね」

 老人は最後の賃金をグランたちに渡した。横で泥だらけになっているミハイルは、土だけになった農園とそれを照らす夕日に向け、ゆっくり礼をした。

「オス!」

 ミハイルはこの一週間で農園の芋を掘り尽くした。リブレは報酬の入った袋を開いて声をあげた。

「す、すごい。今日は十万も入ってる! 最近貴族の間で人気って話は聞いてるけど、太っ腹だなあ」

 ミハイルはあごに手をあてた。

「あのお方は、マタイサの町の裏のボスなのだろう? だとしたらこのくらいの額が当然ではないのか?」

 グランはリブレをひっぱたいて汗をぬぐった。

「そ、そうだな。俺たちみたいな端くれ者に十万だなんて、こいつは器がでかい証拠だよ。それでミハイル、なにか収穫はあったか?」

 ミハイルは頭をかいた。

「それなんだが……。初日こそ感動の連続だったが、二日目以降はふつうに農作業しているだけにしか感じられなくてな。ひたすら悩んだよ。まだ俺には早かったのかもしれん。あの老人の域に達することはできなかったと思う」

 グランは笑いをこらえた。

 その通り。お前はふつうに農作業していただけなんだよ。

「だが」

 ミハイルは続ける。

「裏のボスと同じトレーニングを積んだのだ。前よりも強くなったに違いない! さっそくだが、王都に戻ってくれないか。アイと決闘の約束をしている」

 リブレが驚きの声をあげた。

「えぇっ? ミハイルさん、今日も作業しっぱなしだったじゃないか。そんなくたくたな状態で勝てるはずが」

 そこに、げし、とグランの膝蹴りがリブレのわき腹に入った。

「リブレは黙ってろ。アイと戦いたいんだってよ。それもマネーマッチでな。だったら、連れて行くまでだぜ!」

 リブレはグランの笑顔を見て察した。

 きっと事前に、うまいことアイにけしかけたのだ。最後の最後、これでもうひと稼ぎというわけだ。

 二人は頷きあって、馬車を走らせた。


 城壁沿いに、アイが仁王立ちしていた。

「来たね……」

 彼女はリブレとグランが引く馬車に立つミハイルを見て、ぽきぽきと指をならした。ミハイルもそれに気づくと、馬車を降りて彼女のもとに歩み寄る。

 二人は距離を置いてにらみあった。

「す、すごいな。アイの迫力」

 リブレは思わずたじろいだ。グランは腕をくんで馬車によりかかった。

「あいつ、こういうシチュエーションが好きだからな。全く扱いやすくて助かるぜ」

 ご機嫌も取れて一石三鳥だ、という声は、対峙する二人には届かない。

「少しはマシになったんだろうね」

 アイが体を横にして身構える。ミハイルは自分の拳を見たあと、彼女に向けて不敵な笑みを浮かべた。

「ああ。確かめてみろ」

 二人は距離を詰める。リベンジマッチが始まった。


 戦いは一方的だった。

「もう、終わり?」

 ミハイルはその場にうずくまっている。アイは目にもとまらぬ連続攻撃で、あっと言う間に彼をダウンさせた。

「あーあ。ひでえもんだ」

 そう言いつつも、グランの顔は晴れやかだ。

 この戦いには今回のクエスト代金……約三十万ゴールドがかけられている。

「ミハイル、とんだ期待外れだったよ。前と変わらないどころか、ぜんぜんあたしの攻撃についていけなくなってるじゃないか。あんたいったい、何してたのさ。悪いけどここで終わりにさせてもらうよ」

 アイが冷たく言って帰ろうとすると、笑い声が聞こえてきた。

 ミハイルが笑っている。

「ど、どうしたの」

 さすがのアイも少したじろぐ。ミハイルは地面に手をつき、勢いよく立ち上がった。

「アイよ。 お前の命、確かに感じたぞ。やはり力強く、心地よい振動だった。……だが、トマーヤ芋ほどじゃあない」

「と、とまーやいも?」

「人間と戦って初めてわかった。やはりあの芋は偉大だった! 見せてやる、戦いはこれからだ!」

 ミハイルは地を蹴ってアイに詰め寄る。アイは防御態勢を取ろうとしたが、ミハイルに右足を取られた。

「なに!?」

「培った技、とくと受けよ。芋堀り投げ!」

 ミハイルはアイをそのまま上空に投げた。アイの体は空中に投げ出された。

「まだ終わらんぞ! 俺の足腰は農作業で強化されている」

 ミハイルはぐっと力を足に溜め、跳躍する。

「名づけてトマーヤ・アタックだ!」

 見事な空中蹴りが炸裂した。

 アイは勢いよく地面にたたきつけられた。ミハイルは空中でくるりと回転し、華麗に着地を決めた。

 グランとリブレはばかんと口を開いていた。

 倒れたままのアイはまったく動けない。

「オス!」

 ミハイルはゆっくりと礼をしたあと、グランたちの元へと歩いてきた。

「グランにリブレ、どうもありがとう。見ての通り、私は戦いのカンを取り戻すばかりか、さらに一歩先へと進めたようだ。君たちには世話になったな」

 ふたりは何もいえない。

「それはそれとして……今の戦いはマネーマッチだったな。六十万ゴールドだ。悪いが、ルールなのでな」

 リブレは目を点にしてぽかんとしたまま、硬貨の入った袋を出した。ミハイルと老人から得たクエスト料の残りは、四十万ほどだった。

「なんだ、足りないではないか。君らにはもっと払ったはずだが? 仕方ない、残りは貸しということにしておこう。それでいいな。では、アイの治療に向かおう。いやあ、気分が良い!」

 ミハイルは大いに笑った。


 次の日、グランたちはとある農園にいた。

「どうしてこうなるんだよ」

 リブレはぶつくさいいながらトマーヤ芋を抜いていた。グランも泥をうざったそうに払いながら作業している。

「俺に言うなよ! 現に強くなっちまったんだから仕方ねえだろ! 借金だって返さなきゃならないしよ!」

「あのう、グラン先生!? 逆ギレですか!? あの一戦に三十万も賭けてたなんて、頭おかしいんじゃないの! この一週間の苦労が全部水の泡じゃないか!」

「うるせー、おめーだって賛同してたろうが!」

「黙ってやりな!」

 横から大声が飛んできた。アイだ。すでにグランたちの数倍の芋を掘っている。

「トマーヤ・アタック……すごい技だった。絶対にあたしも身につけてみせる。勝手に金を賭けてた件は許すけれど、あんたたちがミハイルに紹介したトレーニング方法、全部一緒にやってもらうからね! これが終わったらヴァーレン下水道に向かうよ! 三人でリベンジだ!」

 悲鳴は、広い農園に悲しく響いた。

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