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赤い宝箱

 王都マグンは、サン・ストリート沿いの酒場「ルーザーズ・キッチン」。


 リブレが、まじめな顔をして立ち上がった。

「みんな、聞いてくれ。実は俺……勇者になろうと思うんだ」

 その場にいる全員が彼の顔を一度だけ見たあと、それぞれの時間に戻っていった。グランはうんざりとした様子で肩をすくめながらビールをあおった。

「また始まった。そういや今年もそんな時期だな。勇者選考試験だっけか」


 勇者選考試験。その名の通り勇者を採用するための試験。勇者は基本的に地位ある人間からの推薦で選ばれることがほとんどだが、そういったものに恵まれないが実力のある者のためにと、現在の王が十年ほど前から始めた。現在は年に二度、王都で開かれている。ただし、この試験から実際に勇者になった人間はたった数人である。


「リブレ、その冗談はさすがにもう、聞き飽きたわよ。反応するのも面倒だわ」

 リノが視線すらくれずに冷たく言った。リブレは地団駄を踏む。

「冗談じゃない! なんだよ、みんなしてバカにして。見てろよ、今回こそは」

 アイが「月刊メリッサ」のページをめくりながら言った。

「今回こそは門前払いじゃなくて、せめて試験を受けられればいいね」

 リブレは無言になった。

 彼はこの二年間に試験を四回受けに行き、いずれも門前払いで終わっていた。

「今回は今までとは違うんだからな」

「何が違うんだよ?」

 グランの問いかけに、リブレは目を閉じ、にやりとしてポーチをまさぐった。

「かんしゃく玉を改良したんだ。すごいんだぜ。今までの奴よりも多く煙を出して、相手の視界拘束時間が二秒も増した。これさえ見せれば、試験どころか、一発合格間違いなしだよ」

 沈黙。

「そう、すごいわね。がんばれ」

 リノが短く言って、酒の追加注文をした。リブレは頭を抱えた。

「なんだよもう! みんな、俺が勇者になってもパーティに入れないからな」

「うん、できればやめてくれ。死にたくないからな」

 このグランの冗談がとどめとなり、リブレはがくりと肩を落とした。そして「見てろよ」だの、「今回こそは」だの、ぐだぐだと言いながら店を出ていった。

 グランはそれを見てにやにや笑っていた。

「こりない奴だ。どうせ一時間くらいしたら落ち込みながら戻ってくるぜ。リノ、慰めてやれよな」

「今回はグランがやりなさい。私は前回やったわ」

「やだよ。俺はその前にやった。じゃあ今度はアイな」

「あ、あたし!? そういうのは、あんまり得意じゃないんだけど」

 グランはくちびるをつきだした。

「やってくれたらチューしてやるよ。今ここで」

 アイは少し赤面したあと、むっとした。

「グラン、どうせまたからかってるんだろ。この前だってそんなこと言ってさ、結局何もしてくれなかったじゃん」

「はあ? おまえが人がいるとかで嫌がったんだろうが。いいよ、じゃあ今やってやるから。目とじろ」

「え、えっ!?」

 グランは席を降りて、アイに近寄る。アイはあたふたしていたが、グランが近づくと、困ったように眉を下げた。

「ほら、もっと顔寄せろよ」

「や、やだ……」

 と、言いつつも赤面し、目を閉じるアイ。リノは知ってか知らずか、目線をはずしている。

 グランはふうと息をはいたあと、ぶにゅ、とアイの唇に、自分の指を押しつけた。

 アイはしばらく満足げだったが、様子がおかしいことに気づき目をあけた。グランはそれを見て爆笑する。

「あーっはっは! また引っかかった!」

「グラン、殺す!」

 二人はバタバタと追いかけっこを始めた。リノはため息をついて、マスターに酒のおかわりを告げた。


「相変わらずうるさいわねー、あんたたち。通りから丸聞こえよ」

 ミランダが入店してきた。しかし、彼女の声も負けていないくらい大きい。

「よっ、デカパイ。今日もたわわに実ってるな」

 グランが例によってからかったが、ミランダは怒るでもなく、むしろにこりとして体と豊満な乳房を揺らした。

「知ってる。でもあんたは一生さわれないわよ」

「どうしたのミランダ、ずいぶん上機嫌ね」

 リノの問いかけにへへへと笑ったミランダは、ぱちんと指をならした。ドアをあけて、見慣れない二人の男が現れた。男たちは二人で何かを抱えている。

「ミランダさん、ここでいいですか」

「オーケーよ。どうもありがとうね。この恩は……あとで、ゆっくりね」

 ミランダがウインクすると、男たちは抱えていたものをどすんと置き、去って行った。

「お、おい! これ!」

 グランがそれを見て大声をあげた。リノもアイも、思わず立ち上がった。ミランダはその反応を見てにやりとすると、男たちが置いていった、うす汚く赤い箱に足をかけて得意げに手を広げた。

「そう! 宝箱を見つけたのよ!」


 宝箱。まれにダンジョンなどに置かれていることがある赤色の箱。中には大抵珍しく、高価で取引されているアイテムが入っている。誰が、何のために設置しているのかは不明。王都新聞社ではこの謎を追った記事「宝箱の謎」を連載、好評を博しているが、あおるだけあおって結局わからずじまいなので、だんだん飽きられ始めている。


 ミランダは本日、クエストで訪れたキーバライの森でこの宝箱を発見した。パーティが男ばかりだったことが幸いし、独り占めすることに成功したらしい。

「宝箱」という言葉をききつけ、周りにいた客たちも集まってしげしげとそれを見つめた。ミランダは得意げにする。

「いいでしょ、いいでしょ。私が見つけたのよ」

 グランはこつこつと箱をたたいた。はねかえる音は金属製だ。

「マジモンかよ? 近頃は偽物も流通してるって話だぜ」

「かもね。でも、それすらわからないのよ。固くてぜんぜん開かないのよね。だからこれを開けられそうな人と、中身を鑑定できそうな人がいないかなと思ってさ。もし開けられる人がいたら、少し分け前をあげてもいいわよ」

 すると、周りの客たちがこぞって箱を開けようとし始めた。しかし箱は思い切り引っ張っても、叩いてもびくともしない。宝箱のふたは張り付いているのではと思わせるほど強固だが、鍵穴らしきものも見あたらなかった。ついには武器を手に取る人間もいたが、逆に武具を破損する結果となった。

「あーあ、武器はやめろって言おうとしたのに。さっきの連中も装備をだめにしちゃったのよね」

「今の感じ……もしかして“魔力”が出てるのか? 本物の宝箱には“魔力”が宿ることがあるって聞いたことあるぜ」

 武器が壊れる様子を見ていたグランが神妙そうに言う。ミランダはそれを聞いてにんまりした。

「やっぱりそうなんだ。だとしたら、本物の可能性は高いわね」

 リノはすでに席を降り、ドアに手をかけていた。

「あまり呼びたくないのだけれど、知り合いに宝箱に詳しい商人がいるわ。分け前はきっちり払ってもらうわよ」

 これでその場にいる全員が本物だと確信した。

 アイはうらやましげにミランダの箱をのぞいた。

「いいなあ、ミランダ。それってすっごいレアなアイテムが入ってるんでしょ。前にレスターさんが見つけた時、確か古い首飾りみたいなのが入ってて、五十万ゴールドで売れたって言ってたよ」

 ミランダはふんぞりかえる。

「百万を超えた例も聞いたことあるわよ。ああ、しばらくギルド休んじゃおうかなあ」

「それより、武器が買えるよ。ミランダの弓、ちょっと痛んでるじゃん。こないだブッフェ工房が新しい弓を出したんだよ。すごい性能らしいよ」

「アイさあ、もうちょっと女の子らしい発想できないわけ? グランも、彼氏だったらちゃんと教育しなさいよ」

 ミランダはグランに目を向けたが、彼はしゃがみながら宝箱を見つめてぶつぶつ言っている。彼はしばらくしてすくっと立ち上がった。

「残りは、宝箱を開けるっつー問題が残ったわけだな」

「そうね。どうにかしてぶっこわしちゃいたい気分だけれど、さっきみんなの武器が壊れるのを見てたでしょ? リノのいう専門家に任せることにするわ」

 グランはにやりと笑った。

「そんなの待つまでもねえ。開ける方法がわかっちまったぜ。リノに分け前を独占させてたまるか」

「えっ、ちょっと待って。専門家がこれから来るんだから、よけいなことしないでよ」

 グランはミランダを無視し、腕をクロスして“魔力”を練った。ミランダはマスターに訴えたが、彼は「自分も見たい」ということで普段は禁止されている店内での魔法詠唱を許可した。

「こいつは見たところ、呪印みたいなものが刻まれているらしい。要するにきつい呪いがかかってるようなモンだな」

 言いながら、グランは“魔力”をさらに練る。

「なら、そいつをぶち破るための魔法なら、多少強引でもいけるかもしれねえ!」

「ちょっとグラン! やめてよ!」

 グランは指先に“魔力”を集中させ、宝箱にねらいを定めた。

「『紅蓮』!」

 ひゅん、と一筋の光が走り、宝箱に突き刺さった。すると、箱から細かい呪印が浮かび上がり、輝きだした。

 ミランダを始めとしたギャラリーたちは、それを見て驚愕の声をあげた。

「す、すごい。もしかして本当に……」

 グランはそれを見てガッツポーズを取った。

「ビンゴだぜ! デカパイ、分け前はもらうからな。ひゃっはっはっ」

 彼の高笑いの途中で、宝箱はでかい音と共に爆発した。


 ぱらぱらとすすが落ちる中、リノが戻ってきた。

「……なに、これ? どうしたの? みんな真っ黒けよ」

「た、宝箱が……」

 ずっこけたままのグランが宝箱を指さした。箱は上半分が吹き飛んでいた。

「ああっ、これは!」

 リノの後ろにいた、商人風の女が声をあげた。彼女が宝箱の下の部分のすすを払うと、小さな刻印が現れた。

「間違いない。リノ、これ本物よ。しかも珍しいヤツ。箱そのものに価値があるのよ。リスタルの人たちがやっきになってサンプルを探してるらしいわ」

 ミランダはなんとか起き上がり、グランに三発ほど蹴りを入れてから女に言う。

「中身は無事!?」

 女は箱を裏返した。

 何も出てこない。

「どうやら元々、中身はなかったみたいね。あーあ、どうしてこんなにしちゃったの? この箱だけで三十万は固かったわよ」

 ミランダはそれを聞いて一気に涙目になり、グランの尻にまた蹴りを入れ出した。

「うわーんっ! グラン、グラン、てめえ、ちくしょう!」

「や、やめろよ! おまえだってぶっこわそうとしてたろ!」

「知るか! ぶっ殺す!」

 二人の追いかけっこが始まった。アイはどうするべきか悩んだあげく、叫び声をあげてこれに乱入した。ほかの客は楽しい見せ物が終わったあとのように、すすを払ってテーブルへと戻り、新しく始まった見せ物を歓迎した。マスターはさっきの爆発で壊れた自慢のワイングラスを見てあぜんとしている。リノは不機嫌になって女を返そうとしたが、彼女が同席に座ったのでことさら嫌そうにした。


 そんなどたばたの中、リブレが帰ってきた。変貌した店内を見回して驚いている。

「な、何があったんだ?」

「話すと長いわ」とリノ。「それで、今回はどういう内容で門前払いを食らったの?」

 リブレは少し釈然としない様子で答えた。

「あ……うん。受かったよ」


「ええっ!?」


 店内の全員が同じタイミングで叫んだ。ミランダとグラン、アイも動きを止めた。

 皆の視線を受けたリブレは、照れくさそうに手を小さく振った。

「い、いや。受かったって言っても、エントリーをかねた一次試験の話だよ? そんなに驚かないでくれよ」

 アイが目を白黒させる。

「驚くよ! ギルドとか騎士団のコネなしで一次試験に合格できるなんて、聞いたことないよ」

「すごいじゃないか、リブレ! どんな手段を使ったんだ?」

「ちょっと俺にも教えてくれよ」

「何かの間違いじゃない?」

 リブレの周りに客たちが押し寄せた。こうして騒動はさらに大きなニュースで上書きされた。

 商人風の女が、そんな中でひとり眉をひそめていた。

「……リノ、彼はもしかしてリブレ・ロッシ君?」

「あらシャルル、あいつを知ってたの?」

「ええ。見たのは初めてだけど、最近ちょっとね」


「よ、よかったのですか? あの男はある意味有名でして……」

 騎士団の男がおそるおそる聞いた。

「よい。私の推薦ということにしておけ。だが、本人には伏せておくように」

 黄金の騎士は真剣なまなざしで書類に書かれた名前を見ていた。

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