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ブーケをてにいれろ・前編

 マグン王国は、マグン城を中心に広がるトンカ平原。

 何台かの馬車が、からころと音をたてて進んでいる。

 先頭の御者席に、リブレとロバートが座っている。

「リブレ、もう少しだ。モンスターはいないよな?」

 ロバートの問いかけに、リブレはうんざりした様子で答えた。

「ああ、いないよ。周辺には気配のかけらもない。だからもう休ませてよ。まったくもう、なんで俺がこんなこと……」

「リブレ、なにか言ったか?」

 布をまくって、後方からゲレットが現れた。リブレはぎょっとする。

「い、いやあ。いい天気ですねえ。まったくおめでたい」

「フン、まあいい。もう休んでもかまわんぞ。どちらにせよ目的地が見えてきたからな。あれだ」

 ゲレットは進行先に指をさした。小さな森のむこうに、小高い丘といくらかの畑や建物が見える。

「おっ、着いたのか?」

 今度はグランが後ろから現れた。

「げっ、あれがガッタニ!? マジでど田舎じゃねえか。おっさん、本当にあんなところで結婚式すんのかよ、正気かい」

 ゲレットの拳骨がグランの顎をとらえた。


 このたび、マタイサ郵便局のゲレット・ギラールと王都の中堅ギルドで働くランサー、ジェシカ・ハザンライドは結婚を決めた。

 本日はその結婚式。式に参加する一行は、王都から一時間ほど行ったところにあるガッタニの町へとやってきた。


 馬車は農道を進んで、小さな教会の前で止まった。

「クロッヴ! クロッヴ神父はいるか! ゲレット・ギラールだ!」

 ゲレットが馬車を降りて教会のドアを叩いた。しかし反応がない。

「クロッヴ! イーノ・クロッヴ!」

「おい、うるせえぞ。聞こえてるよ」

 重そうなドアをあけて、黒い服をまとった男が現れた。髪はぼさぼさで、着衣も乱れている。とてもではないが「神父」と呼ぶにはとうていふさわしくない風貌だ。

「クロッヴ! 久しぶりだな」

「ゲレット……? 一体どうしたんだ?」

「手紙を送っただろう。結婚式を頼むと」

 すると、クロッヴ神父はけたけたと笑い出した。

「ああ! あれ、最高だったぜ。あんたにしちゃあ、ジョークが利いてたよ。なんだ、わざわざその報告に?」

 ゲレットは一気に顔をこわばらせた。

「違う。あの手紙は冗談ではない。本当に結婚しに来た」

 クロッヴはさらに大笑いした。

「うわはは! あんた、本当にどうしちまったんだ? え? 全く、そんなに人も沢山連れて来ちまって! 手が込んでるじゃねえか、おい! ここ数年のジョークで一番笑えるぜ! あっははは!」

「違うと言っとるだろうが!」

 とうとうゲレットはグーでクロッヴを殴った。

「なんだかあの人、グランみたいね」

 リノがつぶやいた。


 かくして結婚式の準備が始まった。クロッヴ神父は本気で冗談だと思っていたようで、知り合いの貴族や町の人たちまで動員し、式典の用意を急ピッチで進め出した。


「それにしても、すてきなところだわ。これなら結婚式もばっちりね」

 新婦・ジェシカは町を眺めて感動していた。彼女を取り囲むようにしている女性たちは、同じようにして景色を見ながら、ジェシカに祝福の言葉を贈っていた。

「ジェシカさん、幸せそうだね」

 遠目から、アイがぼそりと言った。隣のリノは空をあおいだ。

「当たり前よ。結婚は女の一番の幸せだわ。まあ、あんなきれいな人の相手がゲレットさんっていうのは、少し意外だけれど。はっきり言って美女と野獣よ」

 アイは拳をぐっと握った。

「あれは愛だよ。愛があれば何でも乗り越えられるのさ」

「へえ、アイちゃんに愛を説かれる日が来るなんてね」

「リノにだって、愛を信じていた時があったんでしょ? あたしは、リノがまたそういう風になれるように、手伝いをしたいんだ」

 リノはしばし黙ったあと、少しだけ笑った。

「言うようになったじゃない。それより、グランと進展は?」

「……ない」

「ありがたい話だけど、まずは自分のことから進めなさい」

 二人は笑いあった。あたたかい風が吹いた。


「ふたりとも、なにやってんの? そろそろ準備ができるらしいよ」

 ミランダが二人の背後に現れた。

「ああ、そうなんだ。思ったより早いね」

 アイがにこりと笑うが、ミランダは神妙そうに言った。

「……アイ、ずいぶんとまあ、余裕そうじゃない。でもこういうのはフェアに進めたいからはっきりと言うわ。……式の最後だそうよ」

「へ? なにが?」

 ミランダに、いつもの陽気な様子がない。彼女はぎろりとアイをにらんだ。

「なるほど。アイ、あんたはそういう作戦なわけね。リノはまあいいとして、とんだ猫かぶりがいたものね」

「ミランダ、なんか変だよ? どうしたの」

「その作戦には乗らないわ。でも、フェアに進めたいの。だからもう一度言う。ブーケトスは、式の最後だって」

 空間に、びし、と亀裂が走ったような気がした。


 ブーケ。幸せ絶頂の新婦が投げるそれを受け取ったものは、次に結婚できると言われる。

 アイは、その言葉を聞いて即座に理解する。

 今日のミランダ、そして周りの顔見知りの女性たちは、幸せなふたりを祝福すると同時に、それを取りに来ている。

「そ、そうだったね。今日は、そういう日だったよね……」

「ミランダ」

 リノの声が後ろから聞こえた。さっきまでの様子とは一変、冷たい口調だ。

「アイちゃんはマジに忘れていたのよ。そのチャンスを自分から捨てるだんて、どうかしているわ。まあ、いい。ふたりとも、無駄な努力はおやめなさい。ブーケのもらい主はもう決まっているのだから」

 アイはその声を聞いて背筋がぞっとした。

 リノ・リマナブランデ。うん十うん歳。

 彼女がどれほどそれに執着しているかなんて、想像に難くない。戦いはすでに始まっていたのだ。

 リノが見せた冷たい闘気は、周りの女性たちにも伝わる。

 視線が交錯する。誰も口に出さないが、わかっている。

 今日は紛れもなく、自分たちの運命をかけた戦いなのだ。

「おーい、準備ができたぞ。そろそろ式を始めるから、集まってくれ」

 ゲレットの声が聞こえてきた。女たちは闘気をひとまず消し、祝福の準備に入った。


 グランとクロッヴ神父が通路で見合っている。

「……な、なんだよ」

 グランが言った。クロッヴ神父は彼に耳打ちした。

「なあ、青年……ここまで用意しちまったけどよ……このゲレットの結婚って、本当に、本当なのか?」

「あんた、おっさんの古い知り合いで、しかも神父なんだろ? いいかげん信じろよ。マジだって」

 しかしクロッヴ神父は汗をふいて続ける。

「いいや、お前の目はうそつきの目だ。俺にはわかる。ホレ、正直に言え。始まる直前になって、うっそぴょーん、だまされたなイーノ神父! ってやるつもりなんだろ?」

「だから嘘じゃねえよ。あんたにそんなことして、何の得になんだよ」

 クロッヴはあごに手をやって、新婦・ジェシカをちらりと見た。

「あのゲレットが、あんな美女をものにしやがったってのか……?」

「なんだよおっさん、いい年して妬いてるわけ?」

「当たり前だ。あのゲレットだぞ。なあ青年。俺はどうも、気が進まない。お前が神父をやれ」

「はぁ!? むちゃ言うなよ」

「ちっ、使えねえな。やりゃいいんだろ、やりゃ」

 クロッヴはきびすを返して去っていった。グランはあぜんとしている。一部始終を見ていたアイがうなった。

「ほんとにグランみたいな人だね」

「お、おいこら。俺があんなだってのか? 一緒にすんなよな!」

「自覚ないの? ねえグラン、それよりちょっとお願いがあるんだけど」

「なんだよ」

「式の最後に、ブーケトスってのがあるじゃない? あれでさ」

 グランはその言葉を聞いた途端に無表情になり、会場へと歩き出した。

「ちょっと! 話を聞いてよ。手伝って欲しいんだよ!」

「めんどくさそうだから、やだ」

「やっぱり、あの神父とそっくりだよ、あんた!」


 一方リノは、リブレの座るテーブルに腰掛けていた。

「そういうわけで、手を貸してほしいの。なーに、簡単よ。私のタイミングにあわせてかんしゃく玉を投げてくれればいいだけなんだから」

 リブレは頭をかいた。

「そ、そういうのはちょっと、関心しないなあ。ずるじゃないか」

 リノは昼下がりの猫みたいに目を細めた。

「手伝ってくれないのね? 別にいいけれど、残念ね。あなたがそんな風に思っていただなんて、本当に悲しいわ……」

「リ、リノ? ちがうよ、そんなんじゃ」

「いいえ。あなたはつまり、私に幸せになってほしくないってことよね……」彼女はリブレをちらりと見た。

「いいわ。誰とはいいたくないけれど、いま、一緒に幸せになりたい相手のことはあきらめることにして、別を探すから」

 リブレは目を輝かせて彼女の手を取った。

「リノ! なんでもするよ!」

「本当? ありがとう、リブレ」

 でも、少しちょろすぎるわよ。


 ミランダとロバートは、無言のまま席に座っていた。

「俺は、手伝わないからな」

 耐えられない、とばかりにロバートが言った。ミランダはなにも言わない。

「お前、なんで普段は奔放なくせに、ブーケのことになるとそんな風になるんだよ。相手なんていくらでもいるだろう」

 ミランダはようやく口を開いた。

「わかってないわね。男がいくら寄ってきたって、その中に理想とする人がいなかったら、なにも意味がないの。まあ、絶賛連敗中のロバートには理解できないのも無理はないけどさ」

「だったら、そんな男どもと付き合うんじゃない。ちゃんとした相手を探せよ」

「それはそれ、これはこれよ。性欲はきちんと処理しなきゃ」

 ロバートは天をあおいで大きなため息をついた。

「なんなんだよ、その理屈! 悪いけど、俺は絶対に……」

 そのとき、ロバートの視界に見覚えのある顔がうつりこんだ。

 オーガだった。

「うっ!?」

 ロバートは思わず椅子をけ飛ばし、強いモンスターを警戒する時と同じ、臨戦態勢をとった。転がった椅子に気づき、オーガ似の少女、エルーガ・オームが近づいてきた。

「あっ、ロバートさん。あなたもジェシカさんの知り合いだったんですか?」

「い、いや。俺は新郎のゲレットさんに呼ばれたんだ」

「へえ。……なんだかんだで、腐れ縁ですね。わたしたち」

「そ、そうかな……?」

 エルーガは、たぶん笑った。

「おもしろいひと。ねえロバートさん、運命って信じます? 最初はいがみあっていたふたりが、だんだん仲良くなって、でもケンカして……でも、結婚式でまた再会するの。それで、片方がブーケをとって……あっ、そろそろ式がはじまるみたい。じゃあ、また」

 エルーガは去っていった。ロバートはひきつった笑顔で彼女を見送ったあと、涙目になってミランダを見た。

「何でも言ってくれ」

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