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リブレ・ロッシという男

 マグン王国は、王都マグンを中心として広がるトンカ平原の街道。


 剣士のリブレ・ロッシがそわそわしながら道を歩いている。彼はときおり不安げにあたりを見渡し、目をつむってこうつぶやいた。

「よし、いない」

 リブレは一人で街道を歩くとき、定期的にモンスターがいないかどうかを目視と自分の感知能力でチェックする。本来ならば後者だけで十分なのだろうが、自分を安心させるためにこうしているのだ。

 リブレはしばらく歩くと街道をはずれ、草むらに入っていった。すると、すぐに小さな森が見えてきた。トンカ平原にはキーバライの森をはじめとした多くの森が存在するが、ここは彼にとってとくにお気に入りの場所だった。


 森の中は静かで、木々のざわめき以外はなにも聞こえない。あたりにモンスターの気配もない。この森にはモンスターが寄りつかないのだ。

 リブレは安心したようにのびをすると、周囲の草を摘み始めた。


 リブレはしばしばここを訪れては、謹製のかんしゃく玉を作るための素材を調達していた。作業する彼の手に淀みはなく、俊敏に目当ての草や花などを採取していく。

 作業は一時間ほどで終わった。

「ふう」

 リブレは満足げに腰のポーチに入った素材を見つめた。今回は思ったよりもはかどった。

 しかし、彼はすぐに上空を見上げ、表情をゆがめた。

 空が暗くなり始めている。

「しまった。今日は日が早く落ちる日だったな」

 暗くなれば、街道にもモンスターが現れる。トンカ平原のモンスターがいかに低レベルだとしても、用心棒つきの馬車でもない限りは危険だ。ちょっと前には強力なモンスター・バジリスクが出現して友人のロバート・ストラッティが九死に一生を得た。もし自分がそうなれば間違いなく生き残れない。

 リブレは急いで森の出口へと駆けだした。今から走れば、なんとか夜がくる前には王都に戻れるだろう。

 森の中については熟知している。まず、今いるちょっとした広場から北に進むと、大きな柳が立っている。これを目印にして、進んでいる方角から右に走れば、すぐに出口だ。


「あれっ?」

 しかし、広場を出たリブレは思わず声をあげた。目印の木がないのだ。

 方角を間違えたか、と思い、リブレは振り返った。

「あ、あれっ!?」

 リブレはまたしても驚愕した。さっきまで見えていた広場がない。そこにはただ、木々が広がっていた。

 明らかに様子がおかしい。一つだけわかっているのは、夜が近づいているという危機的状況ながら、道に迷ってしまったということだ。

 しかし、リブレはあせりはしたものの、普段のようにパニックには陥らなかった。この森は狭い。例え迷ったのだとしても、ちょっと走れば外には出られるはずだ。

 リブレはさっそく駆けだした。


「うそだろ」

 リブレは荒く息を吐きながらつぶやいた。もう十分は走ったというのに、街道は見えてこない。ただ森が広がっているだけだ。ぐるぐる回っているだけかと思い、ところどころの木にナイフで傷をつけたのだが、それを見かけることもなかった。

 もはやこうなるとわけがわからない。

 だんだんと暗くなってくる空を見て、リブレはいよいよもってパニックを起こす。

「まずい……まずい。急がなくちゃ、急がなくちゃ」

 リブレは深刻そうに言って、再び走り出した。


 少し走ると辺りに霧が立ちこめてきた。リブレはとっくに気がついていた。精霊の気配だ。しかし、わけがわからない状況である今は、とにかく逆方向に走るしかない。

 リブレ・ロッシはモンスターから逃走することにおいては、そこらの冒険者の遙か格上を行く。こうなれば自分のプライドに賭けても、勝負だ。


 リブレはときおりポーチからかんしゃく玉を出しては、後ろを向いてそれを投げた。どこまで利くかはわからないが、とりあえずの陽動である。

 それからは必死に走った。不安な気持ちは消えない。

 でも、帰るんだ。みんながいる町に、帰るんだ。リブレは頭の中をその言葉だけでいっぱいにして、必死に走った。


 前方に広場のようなものが見えてきた。

 ふと目を向けると、大きな切り株の上に剣が刺さっている。

 もしかしたら、精霊の罠かもしれない。

 リブレはそのまま広場を通り抜けた。


「待って!」

 今度は声が聞こえてきた。女性の声だ。

 またしてもわかりやすい罠だ。リブレはそれを無視して走った。


「待ちなさい!」

 今度は老人の声だ。

 色々と工夫しているのだろう。でも、だまされない。リブレは走った。


「助けて!」

 次は、目の前に金髪の女性が現れた。

「今度は、そういう作戦か!」

 リブレはかんしゃく玉を取り出し、地面にぶちまけた。

「あっ、待って! 助けて! 助けてください!」

 女はせきこみながら声を張り上げたが、リブレは必死に走った。

 足を止めたら最後、精霊に襲われるに違いない。


「ちいさきものよ」

 今度は、偉そうな男の声と馬の足音が聞こえてきた。

「止まれ、小さきものよ。おまえは選ばれたのだ」

 どんどん蹄の音が近づいてくる。ふと見ると、確かに馬だ。しかし、頭に角が生えている。

 リブレはそこで思考を停止した。見たことはないが、きっと恐ろしく強いモンスターに違いない。

 逃げるんだ。とにかく、このまま走ればいい。

「聞く耳持たずか。それならばこちらにも考えがあるぞ」

 馬がそう言うと、森の木々がざわめきだし、突如として動き出した。

 木々はリブレの行く先をふさぐようにして枝を道におろした。

 しかし、リブレはスピードをゆるめない。

 止まったらあちらの思うつぼだ。

 リブレは背中の剣の柄を握って鞘走らせると、切っ先を地面に付いて大きくジャンプし、枝を飛び越えた。

 着地地点をねらって別の枝が迫ってきたが、リブレは空中で回転しながら剣を振り、それを切り払った。

 

 リブレは剣をしまうと、再びポーチをまさぐってかんしゃく玉を炸裂させると、すぐに駆けだした。

「逃げるな! 待て!」

 馬がせきをしながら叫んだが、リブレはそれを無視して必死に走った。


 王都マグンは、南門から少し行った先にあるサン・ストリート沿いの酒場「ルーザーズ・キッチン」。


「……って、ことがあってさあ! あの後、霧が晴れて出口が見えてきた時は涙が出そうになったよ」

 その夜、無事に帰還したリブレは自慢げにジョッキをあおった。

 カウンター越しに皿を拭いていた魔術師のグラン・グレンは、呆れ顔でため息をついた。

「おまえさ、ほんっとに嘘がへたくそだよな。もう少しマシな奴を考えてこい」

「う、嘘じゃないよ!」

 リブレは必死に事実を伝えようとしたが、グランは肩をすくめただけだった。


「あの男は、どうなった?」

 霧がかった森の中で、馬が言った。

「どうやら、あのまま逃げきってしまったようです」

 老人の声がした。馬は息をついた。

「なんということだ。私もそうだが、妖精どもよ、おまえらの責任も重いぞ。まさかこの森に選ばれた者を取り逃がすとは」

「承知しております」

 今度は女の声がした。

「しかし、やつは選ばれし者だけが引ける切り株の聖剣にも目をくれませんでした」

「そういう問題ではない」

 馬は語気を荒めた。

「二十年ぶりだったのだぞ。この森に迷い込んだ選ばれし人間に、聖なる剣を渡す。それが我らの目的ではないか」

 馬の横に、金髪の女が現れ、たてがみをなでた。

「仕方のないことよ。あの子、私が助けてって言ったら煙幕をなげつけてきたのよ。諦めましょう、ユニコーン」

 精霊・ユニコーンは納得いかない様子で空をあおいだ。

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