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聖剣伝説2・前編

 王都マグンは、サン・ストリート沿いの酒場「ルーザーズ・キッチン」。

「だ、誰か!」

 店じまいの時間も迫ってきたころのことだった。大声を出しながら、一人の男が転がるようにして入ってきた。男は息を乱しながら、カウンターの前に倒れこんだ。

「どうしたんだ、こんな夜中に」

 マスターが水を差し出すと、男はそれを一気に飲み干した。

「なんだ、魔王でも攻めてきたのか? だったらあんちゃん、通報は騎士団だぜ。こんなクズのたまり場に来ちゃだめさ」

 カウンターに座るグランの頭に、マスターの拳骨がとんだ。

「ま、魔王じゃない……でも似たようなものだ。みんな、今すぐ逃げろ! 逃げるんだ! すぐそこの広場に、精霊がいるんだよ!」

 ふっと、酒場内が静かになった。そして客の視線は、さも当然のごとく、リブレ・ロッシに注がれた。

「あんちゃん、悪いけど、それはないよ。だってここにリブレがいるんだから」

「どういう意味だよ、ロバート。……でも確かに、モンスターとか精霊の気配はないよ」

 それを聞いて全員が普段の様子に戻った。しかし男はその場に立ち上がった。

「ほ、本当なんだよ! すぐそこにいるんだって。俺は確かに見たんだ!」

 グランが彼の肩をたたいた。

「はいはい。わかったからさっさと帰って眠れよ。きっと疲れてるのよ」

「おれは、忠告したからな! 今から、騎士団にも通報してくる!」

 男はすぐに出ていった。酒場の宴は、普段通りに続いた。


 閉店後、最後まで飲んでいたリブレとグランの二人は、追い出されるようにして酒場を後にした。二人からすれば慣れたものである。

 二人はふらふらと夜道を歩き、小さな広場の辺りまでやってきた。

「ああ、そういえばこの先で精霊が出たって、さっきの人が言ってたな。まだ、いたらどうする?」

 グランは笑った。

「ばーか。そんなもんがいたらとっくに、おめーから逃げ出してるに決まってら。それに、非現実的すぎんだよ。あの城壁と騎士団の監視をくぐって、精霊なんかがが入ってこられるわけねえじゃん。まず、人里にすら寄りつかねえのによ」

 二人はけらけらと笑いながら広場に入った。

 だがそのとき、中央の高台あたりににちらりとうすい光が見えたものだから、二人は大急ぎで、路地へと戻った。

「お、おい。もしかして、ほんとに……」

「そんなばかな。だってモンスターの気配なんてないぞ」

「だったらリブレ、見てみろよ」

「やだよ、お前が見ろ。俺は念のため、あっちから帰る」

「待てよ。気配がないなら、いたずらだよ。さっきの奴が仕込んだに違いない。きっと影で笑っていやがるんだ。俺が見つけだしてやる」

 グランがそっと広場を見ると、うすい光はゆらゆらと広場を動いている。

「へえ、なかなか手がこんでるじゃねえの」

 そのとき、光から小さな声が聞こえてきた。女性の声のようだった。

『……ない……』

「なんだよ、声まで出してるぞ。まるで本物みたいだ……」

「にげるなリブレ。俺はお前のモンスター探知機としての性能にだけはいち目置いているつもりだ。だったらあれは、やっぱり」

 光がこちらに近づいてきた。二人は路地の壁に張り付き、じっと息をひそめた。

 今度は、はっきりと声が聞こえた。

『……いない。ここにもいない。私の勇者。世界を救う、私のジャグアスの勇者が……』

 二人はかっと目を見開いて顔をつきあわせた。


 翌朝、ゲレットがいつも通りに出勤すると、同僚に肩を叩かれた。

「おうゲレット、お客さんが来てるぞ」

「ジェシカか? 全くあいつ、仕事場までは来ないように言っているはずなんだが」

 同僚は笑いながら首をすくめた。

「お熱いことで。だが残念、美女じゃなくてクズのほうだ」

「なんだ、リブレとグランか。奴ら、こんな朝からどうしたんだ?」

「知らねえよ。とにかくお前に会いたいそうだ」

 ゲレットは首をかしげながら室内のカウンターに入った。

「おっさん、待ってたよ!」

 突然、グランが元気よく飛びついてきた。すぐ後ろではリブレが座っている。

 なんだか気味が悪い。

「どうした。今日は配達の日じゃないはずだ。ひょっとして間違えたのか? 悪いがお前らに頼めるような仕事はないぞ」

「違うんだよ、おっさん。俺ら、マタイサの傭兵団に入ろうと思ってさ」

 ゲレットにはわけがわからなかった。

「確か以前、傭兵団の人と仲がいいって言ってましたよね。ゲレットさんの口ききで、なんとかなりませんか?」

 リブレはとてもまじめな表情で立ち上がった。

「お前ら、こっちに住みつくつもりか」

「いや、まあ、なんというか。しばらくは……」

 それを見て、ゲレットはひらめいた。

「わかったぞ。ついにルーカスからあいそをつかされたんだろう。あいつときたら、お前らの扱いに、ほとほと困り果てていたからな」

 リブレは首をふった。

「違います。マスターは関係ありません」

「だったら、なんなんだ?」

「言えない。例えおっさんであっても」

 あのグランが神妙な顔つきをして断言した。

 ゲレットはただごとではないと思い、すぐに傭兵団の友人に連絡し、リブレとグランの二人を引き入れる手筈を整えた。ちょうど人手も足りず、その日から二人は傭兵団へと入団した。

 しかし、二人はその翌日、姿を消した。

 傭兵団の友人にたずねると、特に変わった様子はなかったらしい。

 ただ、深夜に精霊が出たという噂を聞いたとたん、血相を変えて出ていってしまったのだという。

「いったい、なんなんだ?」

 ゲレットは首をかしげるほかなかった。


 寄り合い馬車にゆられながら、二人は並んで座っていた。互いに厚手のコートを着込み、フードをかぶっている。

「まさかあの、どぶに捨てた聖剣の女神が現れるとはな。どうやってあの下水道からマグンまで来たってんだ」

 グランはため息をついた。

「ああもう、最悪だよ。傭兵団も抜けちゃったし、きっとゲレットさんからも怒られるぞ」

「それどころじゃねえだろ。あの女神さまの話を覚えてねえのか。奴に見入だされたら、異世界とやらに連れて行かれちまうんだぜ。戦争のためによ」

 ふたりからすれば、それは途方もなく面倒くさいことであった。そしてなにより、

「マリーちゃんがいない世界なんだぞ。絶対にいやだ」

「とにかく、あいつが諦めるなり、別の奴を連れていくと決めるまで、場所を変えながら逃げ続けようぜ。なーに、逃げるのは俺たちの専売特許じゃねえか」

「次はフィゲンの村です」

 御者が声を張り上げた。


 二人はフィゲンの地に降り立った。

「なつかしいな。なにも変わってないや」

 リブレがフードを取って、息を思い切り吸い込んだ。グランもフードをめくって、辺りを見渡した。周辺には家らしきものがなく、ただひたすらに黄金色の畑とあぜ道が広がっている。

「こりゃまた見事に、ド田舎だな……。そういえば、リブレは、この村に住んでいたんだよな。こんなところにいて、つまらなくなかったのか?」

「まあ、確かに父さんにしごかれっぱなしだったから、あまりいい思い出はないんだけどさ。やっぱり、懐かしいもんは懐かしいよ。都会育ちのお前には、ここの良さはわからないかもなあ」

 グランは鼻をならした。

「けっ、知りたくもねーっつうの。それで? 隠れるアテはあるのかよ」

「もちろん。この先の森に、世話になったじいさんが住んでるんだ」

 二人は歩きだした。グランは歩きにくい道にぶつぶつ文句を言い続けた。


「リブレ。リブレか!」

 森の中にあるぼろ家の前で、老人が薪を割っていた。リブレが「ベンじい」と呼ぶと、彼は思わず斧を落として駆け寄ってきた。

「久しぶりだね、ベンじい」

「おお、おお。リブレだ。来ると思っていたぞ……導きがあったからな。来るに決まっていると思っていた」

 グランは顔をしかめた。

「このじいさん、大丈夫か? なんか、様子が変だぞ」

「こら、失礼なことを言うな。俺の恩人なんだぞ。ベンじい、こいつは魔術師のグラン。二人で……その、武者修行中なんだ。一日泊めてもらえないかな」

 ベンじいは何度も頷いた。

「いいだろう、いいだろう。それが導きならば。わしはそれに従うだけだ」

 二人は家へと招かれた。


「なあ、あのじいさん、ずっとあんな調子なのか? なんだか気味が悪いぜ」

 グランはコートを部屋にかけた。

「フィゲンの人はちょっと、独特なんだよ。変な口調がすぐに流行するんだ。でも、『導き』ってのは初めて聞いたな。いったい何のことなんだろう」

 そこにベンじいがやってきて、二人を食事に呼んだ。野菜を漬けたものが中心の質素なものだったが、グランからすれば新鮮で、そしてなにより、リブレにとっては懐かしい味だった。

 フィゲンは優秀な麦の産地でもある。二人は食後、泡酒に舌鼓を打った。

「なんだなんだ、最高の隠れ家じゃねえかよ、ここ」

 グランは満足げに部屋に寝そべった。

「じいさん、ありがとう。おいしかったよ」

 ベンじいは高笑いをあげた。

「かまわんよ。お前が導かれる神聖な夜だからな。このくらいは当然のこと」

 リブレは頭をかいた。

「ずっと気になっていたんだけど、その『導き』ってなんのことだい?」

 ベンじいは眉間に皺を寄せて目を細めた。

「お前をいざなう輝きだ」

 二人にいやな予感が走る。

「……えーと、もしかして、青白い光の……?」

「そうだ。昨晩から、何かを探しているようだ。そこにお前が来た。もう、間違いないだろう。これは運命、すなわち導きだ!」

 二人はコートを取って立ち上がった。グランが無表情のまま、後ろを向いた。

「リブレくん、あとでアルタ肉串をおごるように」

「了解。ベンじい、悪いんだけど俺たち……」

 ベンじいは二人の前に立ちふさがった。

「いってはならん! あの輝きはお前たちに未来を授けにやってきたのだぞ」

「勘弁してよ。そんなの柄じゃないんだって」

「どちらにせよ、もう遅い。導きはこの家の前、つまりお前らのすぐ後ろまでやってきているぞ」

「だったら、裏口から出ていくよ。悪いね、ごちそうさま。また寄るから!」

 怒鳴り散らすベンじいにかまわず、二人は外に出た。

 屋根のすぐ上から光が差し込んでいる。

「やばいな。このまま行っても、遮るものがないとバレバレだ。グラン!」

「わかってる」

 グランは腕を組んで〝魔力〟を練り上げると、勢いよくそれをたたきつけた。リブレがグランの肩を持つ。すると、二人の姿がすっと消えた。

 グランの自己流魔法、「陽炎」である。

「次はお前だ」

 リブレは頷くと、自分の袋から駒のようなものを取り出して、紐をぐるぐると巻いた。

「ほいっ」

 という声と共に、リブレは駒を下手から森の木々に向かい、ぶん投げた。

 数秒後、ざんざんざん、と、テンポよく大きな音がなった。それは、ちょうど人間が地面を踏みならす音とよく似ていた。

「よっしゃ、今だ」

 二人は猛然と走りだした。

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