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ウェインとリブレ・後編

「おいリブレ、起きろ」

 グランがリブレの肩を叩く。リブレはうつろな目でグランを見た。

「なに……。おれ、つかれてんだけど」

「おうおう、かわいそうによ。あのウェインって野郎に付き合わされてるんだろう。好きでもない討伐クエストをよ」

「ああ。このままじゃ、ストレスで死んじまうよ」

 グランは目を閉じて、ゆっくりと首を振った。

「さすがに、見ていられなくなってきたぜ。どうだ。この俺に、いい考えがあるんだが。話を聞いてみる気はないか」

 そのとたん、リブレはグランに飛びかかった。

「ほんとか!」

「ああ。ちょっとばかし、リスクもあるがな」

「そんなの、かまうもんかよ! 教えてくれ。ぜひ教えてくれ! さすがグランだ。お前は最高の親友だよ!」

 リブレはちょっと泣いている。

 全く、バカなやつだ。

 グランはリブレを突っぱねたあと、彼なりの考えを話し出した。


「なるほどな……! そりゃ、グッドアイデアだ」

 リブレはすっかり元気を取り戻して言った。

「だろ? 誰も傷つかない、最高の方法だぜ。ただ、こいつには演技力も必要だ。お前一人じゃ無理だろうから、俺が手伝ってやる。ここからは有料サービスだけどね」

 グランは半分冗談で言ったのだが、リブレは財布をごそごそとやり、硬貨を握って彼に手渡した。

「これくらいでいいか」

 グランは手を開いて驚いた。一万ゴールド硬貨ばかりだ。それだけ本気だということだ。

「よーし。これだけもらっちゃ、俺もマジにならざるを得ないね。今夜じっくり打ち合わせをして、明日で一気に決めるぞ」

 ふたりはグランの家へと向かった。


 次の日、リブレはウェインの迎えを待たず、彼の家まで行ってクエストに誘った。ウェインは感動した様子で胸に手を当てた。

「ああ。ようやくわかってくれたんだね」

「う、うん。今日はこれをお願いしたいな。実はもう『ルーザーズ』に寄ってきたんだ」

 リブレは依頼書を取り出した。ウェインの表情は、ことさら晴れやかになった。

「そういえばリノさんはどうしたんだい」

「ああ、ここに来る前に誘ったんだけど、今日はいいってさ」

 そこに現れたグラン。

「……で、なぜ君が?」

「ウェインのだんな。場所から察するに、今日の相手はおそらくシェイムあたりですよ。だから火炎魔法が得意な俺が呼ばれたって訳です」

 ウェインは少し目を細め、いぶかしげにする。グラン・グレンの悪名は、ロバートたちを通して彼の耳にも届いているのだった。

「まあ、確かにな。よし、すぐ支度をするから待っていてくれ」

 ウェインはドアをしめた。

「こ、こんな感じでよかったか?」

 リブレは息をついて言った。グランは静かに頷いた。

「お前にしちゃ上々だ」

「で、でもよかったのかな。リノにばれたら、怒られないかな」

 リノにはすでに、今日のクエストは中止だと嘘を吹き込んでいる。彼女はリブレのみでは効率が落ちると考え、そそくさと帰宅した。

「ビビるんじゃねえ。その時はその時だ」

 要するに、バレてしまうととても大変な事になってしまうわけではあるが、グランは自信満々でリブレの背中を叩いた。

「だがバレなきゃ、なかったのと一緒だ」


 リブレたちは街道を通ってマタイサ方面へと向かった。今回の依頼は、この地区で畑を荒らすモンスターの討伐である。マタイサの町にも、独自の冒険者ギルドのような機関はあるものの、そのほとんどが町のガードとして駐在しているのが現状である。そのため町を離れた辺境まではカバーしきれない場合も多く、王都の騎士団や冒険者たちに依存している部分も大きい。


「きたきた。待ってたよ」

 クライアントはここに居を構える農夫である。

「ナイトのウェイン・ジェルスと申します。なんでもモンスターに畑を荒らされて困ってらっしゃるそうですね」

 ウェインは恭しく礼をした。今日は騎士団の鎧ではなく銀色のブレストアーマーをつけているが、ばっちり決まっている。誰の目にも熟練した冒険者に写ることだろう。

「そうなんだ。この辺りまでには、滅多にこないんだけどねえ。何日か前から、シェイムが出てくるんだよ。たぶん今もこの近辺にいるはずだから、どうか退治して欲しい」

「お任せください」

 ウェインは自信満々に言った。


 三人は農夫の畑をぐるりと回って、周辺の林へと入った。

「……いるね。近くに二匹ほどだ」

 すぐにリブレがモンスターの気配を察知して、指をさした。ウェインは満足げに頷く。

「さすがはロッシ君だ」

「なら、二手に別れよう。リブレはあっち。ウェインさんと俺はこっちだ」

 リブレとグランはいっしゅん、目をあわせる。

「頼んだぞ」

「ああ、まかせな」

 こうしてふたりの作戦は始まった。


「いいのかい、ロッシ君を一人にしてしまって」

 ウェインは少し心配げに言った。

「大丈夫ですよ。あいつでもシェイムくらいは簡単に倒せますから」

 もちろんでまかせである。今ごろ彼は、エンカウントしないように注意深くモンスターを探すふりをしているはずだ。

「問題は、あんたですよ。だんな」

 十分にリブレと離れたところで、グランは足を止めた。

「なんだって。それはどういう意味だい、グラン・グレン君。僕はナイトだぞ」

 ウェインはあからさまに機嫌を悪くして振り返った。グランはそれを見て、巧みに笑顔を作る。

「い、いえ。勘違いされたのでしたらすみません。だんなにかかっちゃ、シェイムなんてカモでしょう。問題は、このままリブレと一緒にいることです」

「なぜだい。僕は彼を立ち直らせたいと考えているんだが、それのどこが問題なんだ」

 グランはうつむいて、悩むしぐさをした。

 しめしめ。騎士団員だけあって、くそまじめで単純だ。

「うーん。いま、言うべきことなのか悩むところですが……」

「言ってくれ。ぜひ知りたいね」

 ウェインが詰め寄ってくる。グランは手を叩き、大きく頷いた。

「わかりました。だんなには借りもありますからね。教えましょう。リブレね……あいつ」

 グランはここでワンテンポ置いた。ウェインはじっと彼を見据えた。

「ゲイなんです」

 これがグランの提案した作戦である。ウェインは「へっ!?」と素っ頓狂な声をあげた。

「まさか。そんな風には見えなかったぞ」

「そんな風に見せなかった、が正しいでしょう。あいつ、スゴく我慢してましたからね……。ウェインさんのことがタイプみたいで。近頃は毎日相談されるんです。『ねえ、ウェインさんってストレートなのかな』ってね」

 ウェインは目をこわばらせ、一歩下がった。

「うそだろ」

「こんなくだらない嘘、つくわけないでしょう。だんな、このままだとあんた、リブレに迫られますよ。そろそろ、手を切っておいた方がいいんじゃないですかね」

 ウェインはなにも言うことができない。グランはわざとらしいため息をついた。

「実を言うと今日は、これを言うためについてきたんです。だってだんなはストレートでしょう。俺はあんたが花売りセーナの常連客だったことも知ってますからね。おっと、シェイムが見えてきましたよ。とにかく、今日で手を切るべきです。俺は警告しましたからね」

 シェイムに向かって〝魔力〟を練り始めたグランは、横目でウェインを見た。俯いて座り込んでいる。

 はは、ショックで戦意すらわかねぇか。

 あとは、合流してからリブレが奴に迫る演技をすれば、一件落着だ。


 しかし、ウェインは大声をあげて立ち上がると剣を抜き、シェイムに向かってひと突きした。

「なんてことだ!」

 ウェインは叫びながら、もう一度シェイムに斬撃をあびせた。この二度の攻撃で、シェイムは絶命して消えてしまった。

 グランは〝魔力〟の錬成を止めた。

「さすがですね。でもお気の毒に。もう、このまま帰ったほうがいいんじゃ?」

 ウェインは振り返った。

 満面の笑みだ。

「とんでもない! こんなにうれしいことってないよ。実は僕もなんだ。僕も彼が好きなんだ」

 今度はグランが素っ頓狂な声をあげる番だった。

「えっ! だってあんた、セーナの」

「ああ、彼女かい。彼女も好きさ。男性にも女性にも、魅力的な人はいるからね。僕には性別などという隔たりがないのさ」

 早い話が、ウェインは両刀だったのだ。

 グランはこの予想外の展開に、うろたえるしかなかった。

「えっ、えーと! ちょっと待ってくれ! 今のナシ! リブレはえーと、その!」

「おーい、二人とも。首尾はどうだい」

 そこに現れたリブレ。

 グランは額から汗を垂らした。

 まずい!

「おお、ロッシ君。待ってたよ。今さっき、一匹目を倒したところさ」

「へぇー、さすがウェインさんですねえ。すてきだな」

 リブレはさっそくとばかりに、少しぎこちない演技を始めた。

 グランは演技をやめるように、後ろから首をぶんぶん振ったが、伝わっていないようだ。

 こんな状況を予測していなかった上、リブレを演技に集中させるため、サインなども特に決めていなかったことが災いした。

「ウェインさん、この奥にもう一匹いるみたいですよお。一気にせめたてましょう。僕たちの力で」

 リブレは笑みをうかべた。グランは思った。なんで、こういう時に限ってテンパらねえんだ、このバカは。

「そうだ、僕とロッシ君の力で」

 ウェインはリブレの肩を組んだ。さすがのリブレも、様子がおかしいことに気づき始める。でも、ここでがんばらなきゃ、この状況は終わらないのだ。リブレも彼に密着するようにして対抗した。

「リブレ、やめろ。作戦は失敗だ!」

 グランは思わず叫んだ。こうなってはもう、作戦どころではない。

「なんだよグラン。……もしかして嫉妬してるの? 僕たちに」

 しかし、リブレはそれすら理解していない。ゲイの演技に集中している。

「なんでそういう時に限ってちゃんとできんだよ、ボケ! 失敗だっつってんだ!」

「……彼はなにを言っているんだい、ロッシ君?」

「さあ。なんなんでしょうねえ。きっと僕たちに嫉妬してるんですよ」

 リブレは、「どうだ、やればできるだろう」とばかりに、グランに向かってウィンクした。完全にゲイになりきっている。二人は腰に手を回しはじめた。

 グランはふっと表情に力を失わせた。

「あー……。もう、いいか。おいお前ら、俺帰るわ。じゃあな」

 グランは逃げだした。


 リブレたちは首尾よくシェイムをしとめることができた。

「ありがとう、リブレ君。君のおかげだ」

 あぜ道を歩きながら、ウェインは手を差し出した。リブレはそれをがっちりとつかんだ。

 我ながら、完璧な演技だ。グランが安心して帰ってしまったのも頷ける。

 ラストに、グランに教わった畳みかけのせりふを言おう。これで終わりだ。

「いえいえ。……どうです。今夜このまま僕と一緒に」

 ウェインは待ってましたとばかりに手を強く握りしめた。

「ああ、もちろんだ。僕はようやく、最高のパートナーを得ることができた。好きだよ、ロッシ君……いや、リブレ!」

 リブレは、視線をずらさずに首だけひねった。

「へっ?」

 グランとの計画では、ウェインはここで逃げてしまうはずだったのだが。

 リブレの脳裏に、ようやく最悪の事態が浮かんだ。 

「あ、あはは。冗談。今のは冗談ですよ」

 手を離そうとするが、ウェインは力強く彼を引き寄せた。

「なんだい。そっちから誘っておいて」

「ま、まさか。ウェインさん、あんた、マジに」

「僕を本気にさせたんだ。もう逃がさないよ」

 リブレは恐怖の表情を見せ、口を開いた。

 その顔は、彼がモンスターに追いつめられた時のそれとよく似ていた。

「あーーーっ!」

 叫びは夕日の中に消えていった。

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