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あくむの結婚式・後編

 ばしゃりと水をかけられ、魔術師は目をさました。

「おはよう」

 グランがにやりとすると、魔術師は少しだけ考えて、はっとした。

「おまえは!」

「久しぶりだね、リークさん」

 メイジのリーク・アイデンは、返事をせずに起きあがって、剣士の方へと向かった。無理もないことだ。彼は以前、グランとリブレのふたりにひどい目に合わされている。

「起きなさい、アドルフ」

 ナイトのアドルフ・ゲートマンも意識を取り戻した。リブレたちを見て、ぎょっとしたような表情をしたが、いそいそと歩きだした。

「おい、逃げるなよ」

 グランが言うと、リークが振り向いた。

「悪いが、君らと話すことはない」

「俺だって、おめーらなんかに声をかけたかあねえの。話を聞け。あのくそったれのリーベルトをやっつけるつもりなんだろ」

 今度はアドルフも振り返った。

「当たり前だ! ぬけがけはよくない。あいつを倒して、マリーちゃんの目をさますんだ」

「だったら、話は早いんじゃあねえの。どうだい、ここは手を組まねえか」

 二人は思わず声をあげた。リブレすらも、驚きの表情でグランを見ている。

「君たちに手を貸す? 笑わせるなよ。どうして格下なんかと。私たち二人でやるより効率が落ちるに決まってる」

「そう言うなよ。あんたらが突破できないようじゃ、あいつをぶっ飛ばすのは確かに無理だ。でも、人手さえあれば外堀から埋めることができるぜ。あのリーベルトっておぼっちゃんには何かあると見た。現にあの魔具は、世に手回ってないもんだ」

 リークはかぶりを振った。

「そんなばかな。確かに見たことのない種類のアイテムではあったが」

「あれは昔、おかしな魔具を製造して闇取引していたハイ・ウィザード、レイヴン・ステアが作ったもんだ。犯罪に利用できるやつもたくさんあるから、今は取引そのものが禁止されているはずなんだ。きっと俺たちにはわからねえと踏んでいやがったんだろう。どうだい。うまくいきゃ一発逆転できるだろ。もう、どうすればいいのかわかったんじゃねえのか?」

 リークたちはしばらく小声で話した後、真剣な顔をして言った。

「詳しい話が聞きたい」


 グランは待ってましたとばかりに、さっきの魔具に関わる根拠を話し続けた。難関ダンジョンと名高いヴァーレン下水道のモンスターの魔石を埋め込んだもので、空気のゆがみを起こし、取り込んだ力をそのまま相手に押し戻す効果があるとのことだった。

 リークとアドルフは多少いぶかしがりながらも話を聞いていたが、どうやら納得した様子で、早速リーベルトの周辺事情を探ることを約束した。


「よし、マリーちゃんの結婚式は二週間後って噂だ。巻きで頼んだぜ。まずは一週間後、サン・ストリートの酒場で落ち合おう。『ルーザーズ』は知ってるな」

「ああ、あの汚い店か。わかった。だがいいか、私たちはお前らを許したわけじゃないんだからな」

「あっそ」

 リークたちを見送ったあと、リブレはため息をついた。

「あいつらを仲間にするためとは言え、リスクが大きかったんじゃないか?」

「なんのことだ」

「さっきのレイヴンなんとかの作っていうでたらめのことだよ。さすがに、俺でもわかるレベルだぜ」

 グランは眉間に皺を寄せた。

「ずいぶんとバカにした態度だな。それじゃまるで、俺が常に嘘ついてるみたいじゃねえかよ」

「ついてるじゃん」

 グランはリブレの胸を拳で突いた。

「まあ、そうだけど。今のは嘘じゃない」

「えっ!? そうなのか。よく知ってたなあ」

「まあな……おい、そんな話はいいんだ。俺たちも仲間を集めるぞ。結婚式なんか、このグラン・グレンが全部ぶち壊しにしてやるぜ!……いや、いまのだと誤解を招くな。言い方を変えよう。あんな奴と結婚して、マリーちゃんが幸せになれるだなんて、到底おもえないぜ!」


 その後、リブレとグランは、マリーの熱狂的ファンであり、この話を騎士団に通報しないであろう人間を吟味し、注意深く声をかけていった。その甲斐もあり、10人ほどの同志を集めることに成功した。

 一週間後、約束通り「ルーザーズ・キッチン」にリークとアドルフが現れた。

「よお。待ってたよ、兄弟。まあ飲めよ」

 グランがグラスを差し出すと、アドルフがそれを押し退けて言った。

「それどころじゃねえ。大変なことになりそうだ」

「どういうことだ」

「リーベルトのやつが結婚式を早めると決めたんだ。式は、今夜になった!」

 グランたちは声も出なかった。やられた。悠長に周辺事情など集めている場合ではなかったのだ。

「だが、情報もつかんだ。君の言った通り、あれは違法な魔具だった。裏も取れている。通報さえしてしまえば、結婚式はくい止められるかもしれない」

「わかった。よし、お前らは通報を頼む。リブレ、俺たちは奴の家に行くぞ」

 マリー教信者たちはリーベルトの家へと向かった。


「やあ、遅かったね」

 門の前で、リーベルトは待ちかまえていた。

「ひきょうだぞ、結婚式を早めるなんて」

「おい、なんてことを言うんだ。僕とマリーに嫉妬した、かわいそうな人たちがよからぬことを企んでいると聞いたからだぞ」

 リブレが驚いて声をあげた。

「あれっ、どうしてそれを?」

 グランは舌打ちした。リブレのバカ。今のがただのかまかけだったら、見事にはまったことになる。しかし、どうもそういう訳ではないようだった。

「君たち、ごくろうだった」

 リーベルトがすっと手を挙げると、リブレとグランの同志たちが、彼の元へと歩いていった。グランは奥歯をぎりと噛みしめた。彼らはスパイだったのだ。

 彼らのもとには「おれは、違うからね」と、手をひらひらさせるジョセフだけが残った。

「てめえら。覚えてろよ」

 グランが元同志たちをにらみつけると、ランサーのひとりが鼻をならした。

「すまねえな、グレン。最初はお前の言うことに共感して参加したんだが、この人が駄賃をくれるって言うからよお。……ていうか、もうやめろよ。みっともねえ」

「彼の言うとおりだ、グレン君。君はマリーの幸せについて考えていないから、そんなくだらない嫉妬をするんだ。今から真実を見せてやる。こい、マリー」

 リーベルトの言葉に反応して、木の影に隠れていたマリーがやってきた。

「マリーちゃん……」

「グランさん、リブレさん、ジョセフさん。あなたたちの気持ちは、とてもうれしいです。だって私のことを思ってやってくれているんでしょう」

 リーベルトが口を挟もうとしたが、マリーは手で制した。グランとリブレは、うつむいて沈黙している。ジョセフもばつが悪そうである。

「このリーベルトさんとは、出会ってまだ二ヶ月です。でも、私は運命を感じて、この人と決めたんです。だからお願いします、どうか明日は私たちを祝福してください」

 マリーが頭を下げる。三人が言い返せるわけもなかった。

「わかったよ、祝福する」

 ジョセフがあきらめるように言った。

「マリーちゃんの頼みじゃ、しょうがないよな、グラン」

 リブレがグランの肩をたたく。グランはうつむいたまま、あきらめたくなさそうな顔をしていたが、無言で頷いた。マリーはうれしそうに手をたたいた。

「よし、わかってくれたようでなによりだ。さあマリー、結婚式の準備だ」

 グランが首をひねる。

「おい、本当に今からやるのかよ。もう邪魔しようって敵はいねえんだから、予定通りにやればいいだろ」

「思い立ったが吉日ってね。そうだ、君たちも招待しよう。ぜひ入ってくれ」

 リーベルトは汗をふいた。


かくして数時間後、リーベルトとマリーの結婚式が始まった。きゅうに日付を変更したこともあり、あまり人は集まらなかった。リーベルトの邸宅内を利用した会場も、準備不足のためか、簡素な飾り付けが目に付いた。

「みょうだな。貴族ってのはこう、普段からすげえ派手なパーティとかをやってるはずだろ。そんな奴らの一生の晴れ舞台が、どうしてこんな地味なんだよ」

 テーブルにつきながらも、グランはぶつぶつと言っている。リブレはさっきから、慣れない場所にそわそわしっぱなしである。

「普段派手だからこそ、こういう時くらいはしっとりした雰囲気でやりたいってことなんじゃないのかな。どっちにしろ、この家そのものがもう、俺たちからすりゃ派手じゃないか」

「にしてもおかしいぜ。なんで敵だった俺たちをこんな快く招くんだよ? リークたちの通報を止めにいったジョセフも戻らねえしよお、ワケのわからんことばかりで、頭がこんがらがっちまうぜ」

 そこに、リークたちがタイミングよく戻ってきた。リブレたちは席を立って、彼らの元へとむかった。

「よう。ジョセフから話は聞いたか? 計画はおじゃんになった」

「ああ。だが、計画は成功だよ」

「なんだと?」

 アドルフはにやつきながら言った。

「最初から通報する必要なんてなかったんだ。あのリーベルトってぼっちゃん、なんでも裏で悪いことをさんざんやらかしたらしい。騎士団の奴らも、前から逮捕するタイミングを伺ってたんだと。そしてそのタイミングが今夜、来たそうだ。もうこの付近を取り囲み始めてるよ。今に大取りものが見られるぜ」

 そこに、正装したリーベルトとマリーが現れた。歓声が上がった。

「じゃあ、もうあいつ、捕まっちまうのかよ!? だから、あんなに急いでたってのか!」

 声の嵐の中で、グランはどなるように言った。リブレはテンパり始めた。

「マ、マリーちゃんは、それを知ってるのかな!」

 神父が、口上を読み上げ始める。二人は向かい合っている。

「もう捕まるって男と結婚する奴が、どこにいる! やっぱり止めろ、こんな結婚式、止めるんだ!」

 二人に対し、リークはあきれた様子だ。

「おい、なにをそんなに焦っているんだ。あの男は今から捕まるんだぜ。ハッピーエンドだろ」

「わかってねえな!」グランとリブレは、同時に言った。「マリーちゃんがバツイチなんて許せるものか!」

 グランたちが立ち上がったその時だった。ドアを蹴り破って騎士団の男たちが入ってきた。

「リーベルト・ヨハンソンに告ぐ! この邸宅は包囲されている! 繰り返す、おまえの邸宅は包囲されている!」

 会場はにわかに静まり返った。神父も口上をやめてしまった。

「リ、リーベルトさん?」

 マリーは驚きを隠せない表情でうろたえた。しかし彼は、ほとんど動じずに言った。

「神父。続けてくれ」

 神父も続けるべきか迷った様子だったが、リーベルトにひとにらみされるとすぐに再会した。

「神父リーベルトはこの娘マリーを生涯の伴侶とし、健やかなる時も病める時も、互いを尊重し……」

 口上はもう佳境に入っている。騎士団の戦士たちは武器を手に取り、壇上へとどっと押し寄せる。

「まずいよグラン、このままじゃ結婚が成立しちゃう。よし、かんしゃく玉だ!」

「わっ、バカやめろ! 屋内であんなもんぶちまけたらっ」

 しかし遅かった。リブレはすでに玉を投擲していた。どばん、という音とともに灰色の煙が会場を包み込んだ。悲鳴が上がり、騎士団の連中も巻き込んで、どこそこで乱闘が始まった。

「ボケリブレ、これじゃ逆効果だろうが!」


「ちっ、ここまでか」

 パニックに陥った神父を見て、リーベルトはマリーの手をつかんで部屋の奥へと走った。その先の床をはずすと、階段が現れた。ほとんどむりやり連れ去るように、リーベルトは地下へと向かった。

「ちょっと、リーベルトさん。どういうことなんです!」

 しばらく走ってから、マリーは手をふりほどいた。

「僕は両親が死んでから、ひとりでこのヨハンソン家を背負ってきた。でも、土地の改正法が可決してから、貴族たちも生き残りに必死でね。周りのやつらにだまされて、僕は多くの特権を失ってしまった。だからいろいろな裏取引なんかをやっていたのさ。黙っていて、すまない。どちらにせよ、結婚式が終わったらこのことを話して、君とどこかへ逃げるつもりだった。さあ行こう」

 リーベルトは手をさしのべた。しかしマリーは、それを拒んだ。

「いやです。愛は信じます。けれど、私を騙すなんて。それに、お金がないからって悪事を働くなんて間違っている。どうして自分で働いて稼ごうとしなかったのです」

「マリーちゃんの言うとおりだ」

 そこに、グランがせき込みながら現れた。

「君たちになにがわかる!」

「そんなもん、わかるわけねえわな。立場が違うんだし。でもよ、おまえみたいな奴に、マリーちゃんは似合わねえし、レイヴンの魔具も渡しておけねえ」

「ほう、知っていたか。だがそれなら、どうしようもないこともわかっているんじゃないか」

 リーベルトは指輪を取り出した。例の魔具だ。すぐに彼の周りを「ゆがみ」が包んだ。

「ああ、確かにその『ゆがみ』は、周りからの干渉をシャットアウトする上に、〝魔力〟も跳ね返す優れものさ。でも、ひとつ弱点があってね。リブレ!」

 リーベルトが振り向く前に、背後にいたリブレはロングソードの峰で彼の背中を打った。

「こっそり近づいて、『ゆがみ』に一緒に入ってしまえばいいってわけだ」

「お、おまえたちを、なめすぎていた」

 リーベルトは意識を失って倒れた。


 かくして、リーベルト・ヨハンソンは逮捕された。この逃走劇がうまくいかなかったのは、騎士団のマークに感づいていながら、マリーとの結婚にこだわったの原因である。それは、彼なりの貴族としてのプライドだったのかもしれない。結婚はもちろん破談となり、マリーはサン・ストリートのアイドルへと戻った。

「それにしてもさ」

 リブレが草原を歩きながらつぶやいた。

「マリーちゃん、本当にあの貴族を愛していたのかなあ。だとしたら、かわいそうじゃないか?」

 グランはリーベルトからかすめ取った魔具を物憂げに眺めている。

「本当だったとしても、ずっと嘘ついてたんだぜ。もう冷めたに決まってるよ」

「まあな。騙して得られる愛はなしってか……」

 グランは魔具をぐっと握り、投げ飛ばした。

「お、おい。高価なものなんだろう?」

 リブレの問いかけには答えず、グランは〝魔力〟を練り、火炎魔法で空中の指輪を消しとばした。

「うるせえ」

 グランはそれしか言わなかった。


「マリー、どこに行ってたんだ」

 道具屋の店主は、マリーを見て不機嫌そうに言った。

「ごめんなさい。ちょっと取り込んでいて」

「もう結婚するんだから、あまり変な噂はたてるなよ」

 マリーは髪をかきあげた。

「ああ、あれ、なしになりました。貴族は貴族でも、金なしのはずれだったの。あーあ、惜しかったな。また次の機会がくるまでは、ここらの人たちから稼ぎましょう」

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