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リノのわるだくみ・後編

 グランは思った。こいつは異常事態だ。

 リブレが目の前で、緑色のバルーンを倒して見せたのだ。それも一撃で。

「ははっ、軽いもんだ!」

 自慢げに剣を鞘に納めたリブレは、顔つきすら変わったように見えた。いつもより眉がきりっとしていて、頼りなさのかけらもなかった。

「おつかれさま」

 そして、リノがリブレの傷を癒している。しかもその後、金を請求しない。やはり異常事態だ。

「なあ、なんかお前ら、こないだから変じゃねーか? リブレ、呪われてんじゃねーの」

 リブレはするどいまなざしでグランを見た。

「そんなわけないだろう」

「変なのはグランのほうでしょ、さっきからぶすーっとしちゃって」

 仕方のないことだった。先ほどから二人でこそこそと話していて、グランは疎外感をひしと感じていた。

 特におかしいのはエンカウントした時だ。リノはリブレをしばらく隠すようにして、なぜか「エアコート」をかけている。奇妙だ。

 こいつら、なにか隠していやがる。

 ふたりが付き合っているという噂は、グランも聞いている。

 だが、そんなことは関係なかった。

 明らかにそれ以外のなにかを自分に隠している。それがもう気に食わなかったのだ。


 グランはためしに、エンカウントした時に、走って裏に回りこんでみることにした。

 しかし、リノがそれを横目で確認すると、驚いたことに彼に見えないよう移動した。

「おい、なにを隠してる!」

「……見たら、ひどいわよ」

 リノの迫力に負け、グランはひとまずあきらめた。

 こういう時の彼女は、モンスターより怖い。


「おい、どういうことなんだよ!」

 グランはその日の夜、リブレの家に押し入ることにした。しかし扉を開くと、現れたのはリノだった。

「なに?」

「リブレに会いたいんだけど」

「無理」

「てめー、ふざけるのもたいがいにしろよ。二人でなにしてんだ、教えろ!」

 リノはしばらく黙った後、頷いた。

「仕方ないわねえ。私たち、付き合っているのよ。それで今は……」

 リノはグランに耳打ちをした。グランは顔色を変えて飛び上がった。

「うげぇ、おめーらなんてマニアックなことを! そんなの想像したくねぇ、やめてくれ!」

「楽しんでいる途中でドアをたたくなんて最低よ。早く戻らないと、彼が待ってるわ。なんならグランも一緒にどう?」

 グランは悲鳴をあげて逃げ出した。


 グランを見送ったリノはため息をついた。奴をまくためとは言え、今のはリスクの大きな選択だった。

 リノがドアを閉めると、中ではリブレがソファでつまらなそうにしていた。

「なあ、今のグランだろう? 何か用があったんじゃないのかな」

「知らない。帰っちゃった」

「あと、君はなんで、この間からうちにいるんだい? 心配しなくても、プレートのことは話さないよ」

 リブレ一人じゃ心配だからに決まってるでしょ、という言葉を飲み込んで、リノは笑った。

「私はここにいたいからいるだけよ」

 リブレはその言葉に衝撃を覚えた。リノが、いたいからここにいる。つまり、好きってことなんじゃないのか!

「なんだ、そうだったんだ。初めからそう言ってくれればよかったのにさあ。ね、ねえそれじゃあ夜も深まってきたことだし、さっそくさ……」

「あ、それ以上近づいたら殺すわよ」

「……リノは、意外に恥ずかしがり屋なんだなあ! まあいいさ、お楽しみはおいおいね!」

 リブレはすっかり有頂天になっている。


 それから数日が経った頃、ついにグランが手がかりをつかんだ。ここ数日、アイの様子がおかしいことに気がついたのだ。

 問いつめたところ、本人も決心がにぶっていたらしい。彼女はむしろ喜んでと言わんばかりにそれを教えた。ただし、誰にも言わないという条件つきではあるが。

「ああ、すっきりした。やっぱあたしゃ、隠し事は向かないよ」

 アイはグランを見る。彼は、どうも拍子抜けした様子だった。

「そんなくだらない理由だったのかよ……それにしても、バカかあいつ。そんなプレートだけで強くなるなんてこと、あるわけないのによ。いや、バカだから強くなるのか……」

「でもいいじゃん、最近ちょこちょこ活躍してるみたいだし。グランもさ、約束通り、このこと黙っといてよね。言いふらしたりしたら、リノが怖いよ」

 グランはにんまりして目を輝かせている。アイはそれを見て、軽はずみな行動を取ったことを心から悔いた。この男が、そんな約束を守るはずなかった!

「グラン!」

「わかったよ、守るから。じゃあな」

 アイの制止も聞かず、グランは走り出した。

「面白いことを、思いついちゃったぜ」


 リノはトンカ平原の青空を見上げながら、うんざりしていた。

 リブレにつきっきりの生活をはじめて、約二週間あまり。彼はそこそこよく働くし、7:3という破格の待遇もあって、リノの貯金は順調なスピードで貯まっている。

 まさにいいことづくめ。の、はずだったのだが。

「リノ、終わったよ。あぁ、つっかれたなー、早く愛の治療が欲しいなぁ」

 リノは無言で治療を始めた。

「おっ、きたきた。治ってきたぞ。さすがだ、愛のパワーだね」

 リノは彼を殴り殺したくなるのを押さえた。

 リブレはすっかり天国の住人のような顔つきになって、リノのことを見つめている。

 はっきり言って、彼女にとってこの、バカな勘違いは死ぬほど迷惑であった。

 リノの天秤の片方が、キリキリと音をたてて上がっていった。もちろん下に位置するのは金、すなわちゴールドだが、この男のおかげで、どんどん重さを失っていき、ついには平行線までたどり着いた。

「はい、終わり」

「えっ、この部分が終わってないよ」

 リブレはとくに傷のない、自分の顔を指さす。なにを言っているのだ、この男は。

「ごめんね、顔が悪いのは魔法じゃ治せないの」

「わはは、面白い冗談だね。顔の部分はさ、君が恋しい病さ。さあ、愛の口づけを僕にくれ!」

 リノの天秤が、恐ろしいスピードでガタン、と位置を逆転させた。お金は、どこかに飛んでいった。

「あー、もー! もういいわ。こんな茶番は終わりにしましょう。まずその気持ち悪い勘違いからやめてね。私、リブレのことなんてなんっとも思ってないんで。いつからこうなったか覚えていない? あんたが大事にしている板きれがあるから、私はここにいるの」

 リブレはまだ笑っている。

「おっ、いいね。雨降って地固まるっていうし、ちょっとくらいはこういう展開もありだね。でもプレートのことを板きれなんていうのは、よくないな。これは君の一族に伝わる大事なものなんだから」

 もうだめだ。

 リノはついに頭に来て、リブレからプレート、いや板きれを奪い取って、投げ捨ててしまった。

「ああっ、なんてことを!」

 リブレもさすがにたじろいだ。

「あんなの、ぜーんぶ嘘よ。全く、おめでたいヤツね!」

 リブレの動きが硬直する。

「え……そんな、うそ? その、うそってのが、うそなんじゃないの?」

 一瞬にして、天国から地獄であった。リブレはもうろうとした様子で、ふるえだした。

「あの板は、コリンズが武器職人に作ってもらったおもちゃなのよ。この前の狩りで、あんたがやる気出さないからでまかせ言ってやったの。まあそんなにこたえるとは思わなかったけどね」

 リブレは口をぱくぱくさせ、遠い目をした。リノは気分爽快であった。

「ふつう、こんなのにだまされるかしらね? 全くリブレって単純なんだから。ほーんと、あんたって……」


 そこに、ぬっとモンスターが現れた。

 オーガだった。

「……最高! あんたって最高! さっきの話全部うそだからね! 愛してる!」

 しかし、リブレはまだ地獄の世界をさまよっている。リノはプレートを拾い上げるとリブレに渡して「エアコート」をかけた。

「リブレ君! オーガよ、オーガ! ぼーっとしてないで、ほらプレートの力を解放して!」

「うそだなんて……全部うそだったなんて……」

 リブレはそれでも戻ってこられない。リノの天秤がまた動き出す。

「ほら、愛の治療も!」

 リノは言って、リブレの口に唇をあて、舌をからませた。命を失うよりはマシだった。

 さすがにこれは利いたようで、リブレの顔は一瞬にして上気した。

「かかってこいや、オーガ! 今の俺は無敵だー!」

 リブレは感動で涙を流し、雄叫びを上げながら剣を引き抜いた。奇跡の復活。リノはガッツポーズした。逃げるには十分だ。

「リブレ、さすがに二人じゃ厳しいわ。ここは逃げるが勝ちよ。さあ、愛のかんしゃく玉を!」

「それもそうだな、よし、まかせろ!」

 リブレはかんしゃく玉を投擲し、オーガに命中させた。

 オーガは意表をつかれて混乱している。二人はゆうゆうと駆けだした。


 その時、前方から誰かが走ってくるのが見えた。こちらに手を振っている。

「ありゃあ、グランか」

「いたいた。おーい、リブレー!」

 グランはにやにやしながら、ふろしきを背負っている。

「いったいどうしたんだよ」

「いやあ、リブレ先生。最近はご活躍されてますね。いやはや、さすがは勇者ルイスのプレートとやらでございます。恐縮ながら、そんな先生に、プレゼントをご用意しました。どうぞ!」

 グランがふろしきを投げつけるようにして開くと、そこらじゅうに勇者ルイスのプレートがちらばった。

「ちょ、ちょっとこれ!」

 リノが叫ぶ。やられた。

「え……これ、プレートじゃん。そっくりじゃん」

 うろたえるリブレの様子を見て、グランは大爆笑した。

「だーっはっは! それを作ったっていう武器職人にもう一回作ってもらったんだよ! 型を取ったから量産できるようになったってよ。これからマグンみやげとして有名になるかもな! おっ、いい顔してらあ。リブレさんこっち見てー!」

「リ、リブレ、だまされないで! 私たちの愛の力で!」

 しかし、もう遅かった。

 リブレはまた震え出した。

「じゃ、じゃあリノの話も本当だったんだ……ってことは、今まで生身のままで、あのモンスターたちに挑んでたってことになるわけか……シェイムだとか、緑色のバルーンだとか、ぜんぶあれ……生身のままで……なんてこった。全部死ぬかもしれなかったんだ。ああ、なんてことをしていたんだ……」

 リノはまだあきらめない。なんとかしなきゃ。とりあえずグランにボディブローを食らわせて、芝居がかった様子でリブレの前に立った。

「そうよリブレ。あなた生身のままでも倒せたのよ。そう、プレートなんて関係ないわ。確かに私は嘘をついたけど、あなたに自分の強さを知って欲しかったのよ。そう、あなたは強いのよ!」

 グランがわき腹を押さえながら立ち上がった。

「むだだって」

「じゃあ、あんたも一緒に死んでくれるわけね」

 リノは後ろを指さした。グランが見ると、オーガがのしのしと近づいてくるのが見える。それも結構なスピードで。怒っているのがここからでもわかる。

「お、おい。あんなのがいるなんて聞いてねえぞ!」

「あのオーガから逃げようとしたところで、どこぞのバカがやってきたのよ」

「そうだ、『リターン』使って逃げればいいじゃんか!」

「できたらやってるわよ。あれは元々魔術師寄りの魔法よ。スクロールがないとできないの」

 グランも、一気に地獄へ落ちた。

「リっ、リブレすまん! 俺が悪かった! かんしゃく玉、ホレっ、あるだろ! 早く投げてくれ! おい、しっかりしろ!」

「立ち直ってリブレ! プレートがなくたってやれるわよ! ほら早く逃げないと!」

 二人は必死に言ったが、リブレはゆっくりと涙を流し、そして泡を吐いて倒れた。

 二人の呼び声だけが、トンカ平原にむなしく響きわたった。

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