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リノのわるだくみ・前編

 マグン王国は、王都マグンを中心として広がるトンカ平原の、とある街道。

「だから、無理なんだってば!」

 草っぱらに腰掛けるリブレは大声を上げた。

「そうやってさっきから何回逃げてるわけ。前衛はあんただけなんだから、しっかりなさいよ!」

 あきれた様子で言うのはリノだ。

「俺一人じゃむりなんだよ。わかってるでしょ。なぁ、コリンズさんも一緒に前衛やってくれよ」

「んなコト言われましても……」

 コリンズは頭をかいた。もっとも、彼はヒーラーなのだから、無理もないことだった。


 彼らは朝から、モンスター狩りを行っていた。誰かからの依頼ではなく、高価な魔石を狙った自主的なクエストだ。パーティはアイ・エマンド、リブレ・ロッシ、リノ・リマナブランデ、そしてリノと同じギルドのヒーラー、コリンズ・バイドの四人だった。

 狩りは順調に進んでいたが、昼を過ぎた頃、その様相は急変した。アイ・エマンドが別のクエストを約束していたことを思いだし、あわてて帰ってしまったのだ。

 リブレは自分たちも戻るべきだと進言したが、ここまで魔石を全く得ることができず、虫の居所の悪いリノはこれを却下。たとえモンスターを見つけることができても、倒すことができないこのパーティが次第に揉め出すのは、火を見るよりも明らかなことだった。


「もともと、優秀なアタッカーのアイがいてこその狩りだったはずじゃないか。俺はモンスターを探す役だったはずだ。だからついてきたんだ」

「その剣は飾りなの? 男なんだから戦いなさい」

「飾りだよ! じゃあ男のコリンズさんも戦うんだよね、ね、ね」

 さっきからこの様子で、コリンズはうんざりしていた。悪名高き魔術師、グラン・グレンの相棒、リブレ・ロッシ。噂に聞いていた通り、この男は剣士でありながら、モンスターが現れても全く剣を抜こうとしないのだ。そのくせ逃げ足だけは異常に速く、剣士としてだけではなく、冒険者としても失格だというのが彼の下した評価だった。

「わかった。リノさん、もう帰りましょう。ロッシ君がこんなんじゃしょうがないですよ」

「ねえコリンズくん。ここで帰ったら、私たちはいったい何時間無駄にしたことになるのかしらね」

 口調とは裏腹に、リノは目をぎらりと光らせた。

 ついてくるんじゃなかった。


 そうやってけんかを続けていると、モンスターが現れた。黄色のバルーンである。

「黄色か。ロッシ君、これなら倒せるだろ。ぼくが支援するよ」

「無理言わないでくださいよ! 今かんしゃく玉投げますから、そのすきにコリンズさんがやっつけてください!」

 言い終わる前にリブレはかんしゃく玉を投げ、煙幕を張った。コリンズはまだこれに慣れておらず、せき込んだ。

「おいっ、きみこそ無理言うなよ! 合図も出さずにこんな煙だらけにして!」

 その隙に、コリンズは黄色バルーンの攻撃を受けた。彼はついかっとなり、手に握っていた杖でバルーンを殴りつけた。

「あっ、しまった!」

 魔石のついた装飾部分が、派手な音と共にくだけちった。

「どいて!」

 コリンズが伏せると、〝理力〟を溜めていたリノが一気にそれを放射した。黄色バルーンは空気がはじける音と共に消滅した。


「まったく……ヒーラーに攻撃させるなんて」

「すごいじゃん、リノ。最初からそれでやってくれれば」

 リノは自分の杖でリブレの顔面をたたいた。

「さっきの魔法がどれだけ〝理力〟を消費するかわかってるの? 錬成もせず、そのまま投げつけるだけなんだから。効率が悪すぎるわよ」

「あぁ、なんてことだ」

 コリンズは、先ほどの壊れた杖を見つめている。

「ついやってしまった。この杖、高かったのに……」

「ごめんね、コリンズくん。リブレに全額弁償させるから……」

 リノは近寄り、装飾の部品を拾い集めだした。

「ん、これ……」

 リノはそのなかの一つを見つめた。

「ああ、それ。ぼくも好きでね、工房の人に本の挿し絵を見せて、特注で作ってもらったんです。そいつだけでも無事でよかった」

 リノはそれを聞くと何度か小さく頷き、にやりとした。

「これ、ちょっと貸して」

「ええ、いいですけど……」

 リノはリブレの方へと向かって歩いていった。


「リブレ」

 リブレはコリンズの杖をちらちら見ながら油汗を流していた。

「つ、杖は弁償しません。というかできません」

「そんなことはいいの。あなたのために、とっておきのアイテムを用意したのよ。ほら」

 リノはさっきの部品を見せた。リブレは目の色を変えた。

「そっ、それは!」

「ふふっ、さすがリブレ。鋭いわねー。そう、これは勇者ルイスの紋章プレートよ」

 リブレは勢いよく立ち上がった。

「第十五巻『前景消ゆ』で、錬金術師のカミナールが作った奴だろ! ルイスがこれを掲げると、カミナールが施した魔法印の力で、とたんに強くなるんだ! ど、どうしてこれを!」

「今まで黙っていてごめんね。実は私、カミナールの子孫だったのよ。それで、私の家に代々伝わっているのがこれだったってわけ」

 もちろん嘘である。

「な、なんだってー!?」

「今日は特別に、これを使っていいわ」

 リブレは少しうつむいた。さすがにこんな嘘っぱちが通るわけないかしら、とリノが思ったところで、顔を上げた彼は涙を流していた。

「ま、まさか、このプレートを拝める日が来るだなんて……。しかも今なんていった? これを、使ってもいいのかい!」

「え、ええ。いいわよ」

 リブレはそれを奪い取り、感動した様子で見つめた。

 リノはあきれるのを通りこし、すこし関心した。

 彼は本当に勇者ルイスに目がないのだ。

「い、いいんですか? あんなうそついて」

「これでちょっとはやる気になるでしょ」

 リノはいたずらっぽく笑った。


 リブレたちはさっそくエンカウントした。

モンスターはシェイムが二匹。

「リブレ、来たわよ。さあプレートを掲げて」

「待ってました!」

 リブレはプレートを掲げた。すると、彼の体がうすく輝きだした。

「きたぞ、きたぞ! これがプレートの力か!」

 コリンズは言うべきかどうか迷った。リノが後ろからこっそり魔法をかけている。

「エ、『エアコート』ですよね……」

 リノがぎろっとにらみつけると、コリンズは黙った。


 エアコート。支援系魔法のひとつ。空気でできたうすい膜を体に張り、雨などの自然気象から身を守る。リノはもっぱら日焼け止めとして活用している。


「リブレ、すごーい! なんだかたくましくなってるわ!」

 リノがものすごくわざとらしく言った。リブレは自信まんまんの様子で剣を引き抜いた。

「よし、任せろ」

 リブレは駆けだした。シェイムが自分の枝をのばす。

「あっ!」

 それを見てリノは後悔した。シェイムの攻撃のタイミングはばっちりだったのだ。リブレが枝にやられるところが目に浮かぶようだった。

 しかし、リブレはそれを読んでいたようで、するりと枝をくぐった。すれ違いざまに一閃すると、シェイムはきれいにまっぷたつになった。

 今度はその後ろをもう一匹のシェイムがねらう。だが、リブレは枝を剣で受け止めると一瞬にしてそれを掴み、シェイムをひき倒した。

「せーの!」

 振り返ったリブレは剣を突き立てた。


「す、すごいじゃない、リブレ。さすがにそのプレートは、えーと、その、効果があったみたいね」

 リノは驚いてうまく言葉を出せなかった。

「スゴイよ、これ! シェイムの動きがスローに見えたもん」

 リブレは興奮した様子でプレートと彼女を見比べるようにした。

「おい見てくれっ、ふたりとも」

 コリンズが叫んだ。二人が駆け寄ると、彼は手のひらを差し出した。

「ほら、魔石だ。しかもふたつだよ、ふたつ! 今日の狩りは大成功だよ。いやぁ、ついてきてよかったなぁ」

 三人は大喜びで王都へと戻った。リノはコリンズに多めに報酬を払い、プレートをしばらく貸してもらうことと、今回のことを黙ってもらうと約束した。


「えっ、それじゃあ大勝ちだったのかい。あーあ、あたしもそっちにいればよかったなぁ」

 その夜、「ルーザーズ・キッチン」で再会したアイは残念そうにした。対するリノはブイサインを作りながら、いつもより上等なぶどう酒をあおる。

「リブレもおだてりゃ木も登るってね。でも、シェイムを軽々と倒しちゃったのは少し驚いたわ。あのリブレがよ」

 アイは頬杖をついた。

「あたし、ふと思ったんだけどさあ。リブレって逃げる時だけすごいじゃん。モンスターの動きがよくわかっているって感じでさ。あれをそのまま攻撃にいかしたら、かなりすごいことになるんじゃないのかなって」

「確かにね。それに練習とかもそのへんでよくやってるから、剣の腕も元々悪くないはずなのよね。つまり」

 リブレって、実はそこそこ強いんじゃないの? というのが彼女らの結論だった。

「ともかく。プレートのネタは黙ったままだから、しばらくは使えるわよ。あれを貸すかわりに7:3で報酬もらうって約束も取り付けたの。あの位の強さなら、クエストする相手として申し分ないわ。アイちゃん、グランには絶対に言わないでね。あいつが知ったら、面白がってろくなことにならないんだから」


 リノはその日から、リブレのクエストに毎日のようにつきあい始めた。プレートのことは二人の秘密ということにし、グランやほかの冒険者への情報流出を防いだ。もちろん、彼をうまく利用するためでもある。

 そんな状態がしばらく続いたものだから、サン・ストリートではにわかに二人の噂が立ちのぼり始めた。


「なあ、信じられるか? リブレとリノができてるなんて。ふたりで毎日のようにクエストしてるんだぜ。郵便配達にもグランと三人なんだ。異常事態だよ」

 ロバート・ストラッティは山盛りのパスタをかき込みながら大声で言った。

「そうですか? 案外お似合いのような気もしますけど。でも不思議ですね、リブレさんはともかく、リノちゃんは全然気がなさそうだったのに。お姉さまは何か聞いてないんですか?」

 セーナはアイを見た。彼女は苦笑して口ごもった。

 うーん、このままでいいものか。

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