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偽りの教室・前編

 それは、郵便配達の帰り道で起こった。

 グランとリブレの後方から、突如として轟音が響いた。談笑していたふたりは思わず飛び上がった。

「なんだ、なんだ!」

 振り返ると、少し先で馬車が横転しているのが見えた。二人はすぐに駆けていった。


「大丈夫ですか」

 リブレが声をかけると、御者と思わしき男が手を挙げて答えた。地面に座っている。

「なんとかね。よかった、近くに人がいて。馬が突然暴れだして、そこの木にぶつかっちまったんだ。幸い馬車は無事みたいだが……」

 御者が指さす先には、根本から折れてしまった木と、その隣でひっくり返った馬車があった。

「あんた、みたところ配送馬車の人だね。しかも護衛もないってことは、腕にも自信があるとみた。それなのに、こんなミス聞いたことねえぜ」

 グランが肩をすくめると、御者はすこしだけ機嫌悪そうに眉をしかめた。

「俺のせいじゃない。なぜか目の前がビカッと光って、馬が驚いちまったんだ」

 グランはゆっくりと目をそらした。彼はさっきまで、〝魔力〟で光を起こして遊んでいた。

 御者は立ち上がろうとしたが、声を上げて倒れかかった。リブレが彼の足を見る。

「これ、折れてるかも。腕もたぶんねんざしてますよ。無理しないほうがいい」

「おい、どうやらお馬さんも足をけがしたらしいぜ。気が合うコンビなんだな」

 グランが地面にへたばる馬を見て言った。御者はそれを聞いてうろたえだした。

「ちくしょう、なんてことだ! 急ぎの配送があるのに!」

「一回戻ったほうがいいんじゃないですか」

「だめだ、馬をダメにしたままじゃ戻れないよ! せめて怪我を治してからじゃないと」

 そう言うと御者はスクロールを取り出し、〝理力〟を練りだした。どうやらヒーリングの心得はあるらしい。

「くそ、俺はともかく馬はひどい。たぶん半日はかかっちまうな。でも、それじゃあ荷物が間に合わない! そうなったら俺はクビだよ! くっそお、どうすればいいんだ。こんな時に親切な人がいてくれたらなあ……ああ!」

 ちらちらとこちらを伺いながら、脂汗を流す御者はわざとらしく声を上げた。

「なあ、行ってやろうぜ」

 グランがそんなことを言うので、リブレは少し驚いた。

「あれれグランさん、珍しいね? こないだの呪い、まだ解けてないのかしら?」

「バーカ、チャンスじゃねえか。大金せしめてやりゃいいんだよ。追い込まれている状況だし、そこそこ出してくれるんじゃあねえの」

「聞こえてるぞ! でも、背に腹は変えられない。あんたらに行ってもらえるなら助かるな。状況が状況だ、金も出す。そうだな、馬車賃と謝礼込みで二万ゴールドほどでどうだ」

 グランは鼻をならした。

「帰るぞリブレ。どうやら助けはいらないらしい」

「わかった、五万で手を打とう」

「リブレー! 帰るぞー!」

「くっ、わかったよ! 八万だ。これ以上は出せない」

 グランは少し考えたあと、ようやくにんまりとほほえんだ。妥当な線だと踏んだようだ。

「交渉成立。それで、場所はどこだい」

「リスタルの町だ。あんた魔術師ならわかるだろう? マーク・クーパー氏に届けてほしい。ここに住所が書いてある」

 グランはとたんに表情を失った。

「……やっぱやめた。おいリブレ、お前行ってやれ」

「はぁ? なに言ってるんだ。俺、リスタルなんて行き方知らないよ。それにグラン、クエスト成立後の反故は騎士団に通報されたらまずいぜ」

「知るかよそんなもん。やめるったらやめる。このまま逃げちまえば通報なんて無理さ」

 御者はヒーリングを続けながら言った。

「リブレとグラン……そうか、わかったぞ。あんたらマタイサ郵便局のゲレットさんがよく話している二人組だろう。あの人がこのことを知ったらどう思うだろうね。とくにグランくん、君の罪は重いだろうな」

 二人はなにも言い返せず、けっきょくこのクエストを受けた。御者は小包を手渡し、馬のヒーリングに集中しだした。


 二人は王都に戻って馬車を借り、街道を進んだ。

 グランはどうも元気がない。リブレは運転しながら横目で彼を見た。

「なんだよ、八万でも不服なのか?」

「そんなんじゃねえよ。ああ、めんどくせぇ。とっとと済ませようぜ。ほら、そこ右折だ」

 リブレは奇妙に感じたが、あまり気にしないことにした。なにせ届け物をするだけで八万ゴールドなのだ。やり口こそほめられたものではなかったが、リブレはグランに感謝していた。


 エンカウントを避けながら二時間ほど走ったところで、尖った塔のようなものがいくつか見えてきた。

「あれがリスタルか」

 魔法都市リスタル。同じマグン王国にありながら、王都マグンとはまた別の文化を持つ都市で、とくに魔術や魔石の研究が盛ん。王都マグンで活動する魔術師はこのリスタルの出身者が多い。

「なんだろう、あの高い塔みたいなの。都市の四隅に立ってるみたいだけど」

「あの塔から〝魔力〟を出して、薄い壁を作ってるんだよ。自然気象とか魔物の侵入を防いでるわけ」

「へえ。よく知ってるじゃん。そういえばグランってリスタルの出身なんだっけ」

「……ああ、まあな。おら、さっさと行くぞ」

 グランはリブレから鞭をうばいとって馬をはたいた。


 都市に入ると、王都マグンとは違った、どこか気品漂う様子にリブレはたじろいだが、グランは気にせずにずんずんと進んでいった。

「なあ、あれなんだ。おおっ、あれはスゴいな。見たことないものばっかりだ」

「おい、いちいち感動してんじゃねえよ! あまり目立つようなマネはすんなよ」

 リブレは首を傾げた。やはり彼の様子がおかしい。久しぶりに故郷に帰ってきたというのに、少しも喜んだり懐かしんでいる感じではないのだ。

「グラン、なんか変だぞ。もしかしてお前、この町で何かあって、マグンに来たのか? たとえば犯罪とかしてさ……実はおたずね者とか」

「はぁ? そんなんだったらさっきのゲートでとっつかまってるだろうが。もうちょっと頭使えっつーの。……おっと、ここだここだ」

 二人は小さな住宅の前で立ち止まった。グランがドアを無遠慮に蹴りつける。

「マーク・クーパー! お届け物だ。さっさと出てきやがれ」

「……待ってたよ。それにしても、ずいぶん乱暴な配達者だなあ」

 マーク・クーパーらしき男が姿を現した。グランは小包をマークにぐいと押しやると、領収書を取り出した。

「代引きで一万三千五百ゴールドね。サインもよろしく」

「おいっ、グラン……」

 リブレが言い終わる前にグランは彼をにらみつけた。本当の料金は三千五百ゴールドである。案の定マークは眉をひそめた。

「はぁっ? この参考書そんなにしたっけ。確かに速達にしたけど」

「値上がりしたんだよ。とっとと払いな」

「ばかいうな。お前さっきから怪しいぞ。だまそうとしているんだろ」

「じゃあいらないのか」

 二人はにらみ合った。リブレがおろおろしていると、ドアからもう一人、金髪の女性が出てきた。

「どうしたのよ、マーク」

「ミレーヌ。僕は詐欺を仕掛けられている。こいつがこの間注文した本の値段にゲタはかせてるんだ」

 ミレーヌはグランを見た。その瞬間、ふたりの時が止まった。

「どうしたんだ、ミレーヌ」

「おーい、グラン」

 マークとリブレが言っても反応がない。

 と、その時。グランが背を向けて走り出した。

「グラニール! 待ちなさいグラニール!」

 ミレーヌにもようやく時間が戻ってきたが、グランは止まらない。一直線に馬車へと向かってゆく。

 ミレーヌは腕を交差させて〝魔力〟を練ると、グランにそれを向けた。

「『リターン2』。えいっ!」

 腕をぐいと引っ張るようにすると、グランがものすごいスピードでこちらに吹っ飛ばされてきた。

「グラニール……間違いない、やっぱりグラニールなのね」

 仰向けに倒れるグランを、ミレーヌは見つめた。グランは観念したように深くため息をついた。

「ちっ……一番起こってほしくなかったことが、あっさり現実になりやがった」

 マークがグランを見ながら言った。

「ミレーヌ。彼と知り合いなのかい」

「……弟よ」

 リブレは口をバガンと開いた。


「グラニール、今までなにをしていたの」

 ミレーヌ・グレンは静かにたずねた。グラニール・グレン……つまりグランは、目もあわせようとしない。

「いや、その」

「こちらを見て話しなさい」

「やだよ」

「やだよってなに? 今もしかして私に言ったの」

 グランはうつむいて押し黙った。リブレは驚いた。こんな弱気な彼は見たことがない。まるでいたずらが見つかって怒られている子供のようだ。

「お前が話に聞いていたミレーヌの弟か。まさか自分から現れるとはね」

 グランはマークをにらみつけた。

「てめぇ、さっさと料金払えよ。特別に三千五百ゴールドにまけてやるから」

「グラニール!」

 ミレーヌに言われると、グランはまた黙った。

 リブレは会話に入っていけずにいた。なにが何だか全く理解できない。

「グラニール。あなたが突然家出してから何年経ちましたか」

「……三年ちょい、かな」

 と、思ったところで、すんなりと明らかになった。来たくなさそうにしていた訳だ

「そう、三年。三年経ったのよ。学校も途中でほっぽりだしてもう三年よ。ちゃんと自分で魔法の勉強をしているの? いえ、そうであってももうだいぶ遅れてしまっているはずだわ。そもそもあなたは……」

 ミレーヌの話で大分わかってきた。

 グランにもいろいろあったのだなとリブレは思った。

「さあ、明日から学校に戻りなさい。お父様にも話しておきます。もう勘当だって言ってたけれど、きっと許してくれるはずです」

 グランは机を殴りつけるようにして立ち上がった。

「勝手なこと言わないでくれよ! 俺はもう、あんな生活まっぴらなんだ」

「グラニール! あなたの方が勝手なのよ。グレン家の者として恥ずかしくないの」

 苦虫を噛みつぶしたような表情のグランは無視して、リブレに近づくと、小さな声でつぶやいた。

「リブレ、帰ろう」

「えっ、いいのか。お姉さんと久しぶりの再会なんだろ」

 リブレの言葉が意外だったのか、グランはちょっとふいをつかれたような顔をした。

「ねえ、今のやりとり見てた? 全くバカだよなあ、お前。……あぁ、なんかバカらしくなってきた」

 ふふふと笑ったあと、振り返ったグランはいつもの様子に戻っていた。

「姉貴さぁ……なんか勘違いしてるよね」

「どうして?」

「俺はもう、グレン家の人間として恥ずかしくないような職にとっくについていて、一人でやってるんだよ。どこでとは言わないけどさ」

 もちろん嘘である。

「だったらなんで、馬車に乗って配達なんかしてたの? 配達員なんてダメよ」

「えーと……これはその、手伝いなんだよ。そう彼、リブレ君の」

 ミレーヌの視線が初めてリブレに移った。

「そうなんですか」

 グランはリブレを見ながら、自分の横髪を指に巻き付けた。リブレはそれを見て理解した。

 話を合わせろ、のサインだ。

 リブレはグランを見ながらゆっくりと頷いた。

「ええ、そうなんです。グランにはいつもお世話になってまして、今日もマグンからここまでついてきてもらったんですよ」

 グランは壮大にずっこけた。

「……ありがとう。つまりグラニールは王都にいたわけね」

「ええ、まあそうなんだよねえ。それでそのうちに挨拶しにいこうとは思ってたんだけど、結局こんなに遅くなっちゃって」

 ミレーヌは明らかに疑っている。

「で、なにをしてるわけ?」

 グランは慎重に考えを巡らし、口を開いた。

「……魔法の教師。姉貴も知ってると思うけど、王都ってここと違って魔法文化が発達してないから、冒険者も筋肉バカばっかりなんだよね。そいつらに魔法の基本を教えてあげてるわけ。結構もうかってるんだ。だから心配しないでよ」

 グランの導き出した解答はほとんど完璧だった。ミレーヌは目細めてグランを見たが、やがてため息をついた。

「なるほど、ねえ」

 グランは心の中でガッツポーズした。

「ま、そういうわけだから」

「待ちなさい」

 逃げ帰ろうとしたところで呼び止められた。

「今度の月曜、授業はある?」

「うん、あるよ! すごくある! 来ても急がしくてなんも対応できないと思うよ! いやぁ残念だなあ姉貴も忙しいもんねこの話はまたにしようね」

「別に対応なんてしなくていいわよ。ちょっとどんなものか、見に行かせてもらうわ」

 最後の最後に墓穴を掘ってしまった。


 グランとリブレは、御者のところまで戻ってクエストを終了させるとマグンに戻り、「ルーザーズ・キッチン」の仲間に話をした。

「つまり、あたしたちに生徒役をやってほしいってわけね」

「そういうこった。ほら、お前なんか魔法のマの字もねえ筋肉ゴリラ女だから、まさにうってつけなわけ」

 アイの右フックがグランのテンプルをとらえた。グランはよろよろしながらも「ほらな」と勝ちほこらしげに言った。

「それにしても意外ね。グランって結構いいとこのおぼっちゃんだったんだ」

 リノは面白そうにしている。いじるネタが増えたというところだろう。

「そんなんじゃねえよ。リスタルのやつらは気取って上流階級ぶってるだけなんだ。それが気に入らねえから出ていっただけさ」

 グランはマグンにいる魔術師ともとくにつるんでいない。むしろ避けるようにしている節すらあった。

「でも、これからもお姉さんが来るたびに教室ごっこをやるんですか?」

 セーナはさっきからアイの腕にしがみつくようにしている。その腕は以前に比べてだいぶ引き締まったように見える。

「一回だませば十分だ。姉貴はマグンなんか汗くさいとか言って昔から嫌ってるし、今回だってかなりの一念発起のはずだぜ。というわけで、頼むぞお前ら。姉貴が来るのは月曜だから、日曜に一度リハーサルをする。集合場所はここだ」

 今回、グランはこの件をクエストとしてリブレ、アイ、リノ、セーナと契約した。価格こそ友人割引と言った感はあったが、これには全員が驚いた。

 それほど帰りたくないということらしい。

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