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リブレと『ルイス冒険記』・後編

 一方ミランダとロバートの二人は、東広場の本屋までやってきた。

「ええっ、売り切れ!」

 ロバートが叫んだ。カウンターの女性は眼鏡をくいっとやった。

「書店ではお静かに。『ルイス』シリーズの初版は、いつも数が決まっていますから。来月になれば増刷されますよ」

「知ってるわよ。でも欲しいの。それも今。ねえ、あんたは持ってないの?」

 ミランダが言うと、女性は鞄から本を取り出した。

「もちろん持ってます」

「ね、二千ゴールドでどう?」

「数が決まってる初版ですよ。ファンは誰も手放しません」

「いいじゃん、売ってよ。あとで男紹介してあげるから。あんた地味だし、不自由してるんじゃない」

 女性は眉間に皺を寄せてミランダをにらみつけた。

「結構ですぜっ、たいに売りません」

 

「まずいことになったな。どうする」

「私は知り合いとか、過去の男どもを当たってみるわ。ロバートはほかの書店とか、持ってそうな人の所を回ってみて」

「ああ……ところで何人いるんだ、過去の男」

 ミランダは指を折り始めた。手がいっぱいになって、再び指を折りだしたところでロバートは別の書店へ向かった。


 グランは西門付近までやってきた。リブレが遠目に見える。この辺りは騎士団員が多いため、剣を抜いたり危険な魔法を使うことはできない。見つかれば即、逮捕されるためだ。

「単純な追いかけっこなら、負けるわけがねえ。そろそろあいつらも本を仕入れた頃だろう。ぼちぼち折り返すか」

 振り返ったところで、グランは見た。リブレが今度は大きく降りかぶっている。

「かんしゃく玉のお出ましか。だが、この距離なら大したことはねえ」

 リブレが投擲する。

 グランはそれがキラリと光るのを見て、横へ飛んだ。

 後ろの壁に突き刺さったのは、彼が携帯するナイフだった。

「ば、バカ野郎! 殺す気か!」

 そんなことを叫んでいる間に、リブレは第二投に入っている。

 グランは再び横っ飛びしナイフをかわすと、「陽炎」で姿を消した。

 しかしリブレは、そんなことも気にせずに間髪入れず、もう一度投擲する。今度は爆音と共に煙が立ちこめた。特製のかんしゃく玉だ。

「ぶへっ、目が痛ぇ! なんだあ、こりゃあ!」

 グランは目を押さえながら煙から飛び出した。姿は見えていないが、リブレにはそれが手に取るようにわかった。彼は再びナイフを取り出した。

「こら、そこの者たち! なにをしている!」

 そこに、異変に気づいた騎士団員がやってきた。

 グランは目をこすりつつ、〝魔力〟を練ると飛び上がって民家の屋根へと逃げこんだ。リブレは団員たちが近づく前にかんしゃく玉を地面に炸裂させ、姿をくらました。

 結局騎士団員は、なにが起こったのか理解すらできないままだった。


「『ルイス』シリーズの新作なんて、あるわけないじゃん。あんた、うちがどういう店だかわかってるのかよ」

 ロバートが訪れたのは、サン・ストリートのジョセフ・マルティーニの書店だった。声をかけた人たちには断られ、最後の最後の賭けに失敗した彼は肩を落とした。

「ってことは、マグンの書店では全部売り切れなのか……あとはミランダに期待するしかないな」

「ところが残念、全部ダメだったわよ」

 そこにミランダがやってきた。

「ちゃんと何人もの男たちに聞いて回ったのかよ」

「いや、私の姿を見た瞬間号泣するのが三割、武器を抜いたのが二割、逃げ出したのが二割、あとは見あたらなかったわ」

 ジョセフとロバートは絶句した。

 その時、屋根からグランが降ってきた。

「ふう。ようおまえら。本は見つかったか」

 ロバートは状況を説明した。グランは大きな舌打ちをした。

「おい、誰かからかっぱらうくらいしろよ。もってる奴自体は多いんだから」

「じゃああんたがやりなさいよ!」

「うるせぇデカパイ、揉みしだくぞ! おいロバート、お前もっかい行ってこい!」

 ロバートは硬直したまま、なにも言わない。グランが小突くと、彼は遠い目をして指を指した。

 その先にはもちろん、リブレがいた。


「おい、そろそろいい加減にしておけよ。今なら、どんなことでもできる気がしているんだ……」

 リブレは虚ろな表情で鞘に手をかけた。

「おい、押さえろ、押さえろって。ちょっとした冗談じゃねえか」

 リブレは剣を引き抜いた。

 グランは逃げだそうとしたが、その足下にナイフが飛び込んできた。

「待て。ほんとに待て!」

「待たない」

 リブレは剣を構えた。

「待て、待て、待て」

「待たない、待たない待たない」

 リブレが剣を降りおろそうとしたその時、身構えたグランの腕から穴の空いた本がぱさりと落ちた。

「うわ、こりゃあひどいね。買い取りはできないからね」

 ジョセフが抑揚なく言った。

 リブレは剣を落とした。大きく口をあけた状態で固まっている。

「リブレ! 違うんだ! これはその、実はモンスターが!」

 ロバートの苦しい言い訳は全く聞こえていない様子だった。

 そこに、グランがずいと寄ってきて、リブレを本棚に投げ飛ばした。轟音とともにみっつほどを倒して、本の山がリブレを覆った。


「あわわわ……グラン、おまえ、なんてことを」

 先ほどのリブレと全く同じ表情になったロバートが言い終わる前に、リブレが顔を出した。

「なにしやがる、グラン!」

「ナニもクソもねえんだよ、ボケリブレ!」

「おおっ、逆ギレした。ところできみたち、本棚は弁償してよ」

 ジョセフの顔に「月刊メリッサ」が飛んだ。

「どうして、わかんねえんだ!」

 無視して、グランはオーバーな動作で膝をつき、地面を殴りつけた。

「……なにがだよ」

 リブレが立ち上がった。

「ここまでしても、俺たちの言いたいことが伝わらねえのかよ、ちくしょうめ!」

 グランは顔を突っ伏したまま続ける。だがロバートは見た。声色とは裏腹に、彼の顔からは必死さが全く見られない。むしろ少しにやにやしている。演技だ。ロバートは言いようのない恐ろしさを感じ、友人付き合いというものを本気で考え出した。

「そんな本一冊に、必死になりやがって。おまけにお前は二日も寝てねぇ。そのままクエストに行ったって、仲間を危険に晒すだけなんだよ!」

 グランは涙声で、少し言葉を詰まらせながら言った。リブレは目を見開いた。

「そ、それは……」

「てめえのあこがれる勇者ルイスは、そんなことすんのかよ! ルイスが今のお前を見たら、どう思うんだ! 考えてみやがれ!」

 リブレは少し震えながら、自分の手を見つめている。効いている。グランは唾をめじりにつけて、さらに畳みかける。

「天国のルイスが、泣いてるのが目に見えるようだぜ! てめえ、今からルイスの墓に行って謝ってきやがれ!」

 シーンと、静寂が訪れた。ジョセフもリブレもロバートも、ぽかんとしている。

「グラン、ルイスは行方不明なだけで、墓なんてないぞ」

「えっ、そうなの」

 ジョセフが言った一言で、リブレの表情が元に戻った。

「グラン……おまえの口八丁が今日で聞き収めだと思うと、すこし悲しいぜ……いや、うそだな……悲しくなんてない!」

 リブレが再び剣を取った。絶対絶命の危機に、さすがのグランも頭を抱えるしかなかった。


「待ちなさい!」

 そこに、声が飛び込んできた。四人が見ると、声の主はリノ・リマナブランデだった。

「リノ」

「リブレ、思い出しなさい。第四巻『天貫く時』の最終章で、ルイスが友人のカイネルに言った言葉を」

 リブレは、ちょっぴり考えて言った。

「ほ……『本当の強さとは、他人を許せる心にある。だから俺は、おまえを憎まない』」

 途中から、リノも一緒に言った。

「そう。ルイスは目の前の欲にかられて彼を裏切ったカイネルを許したわ。ルイスは本当の強さである『許す心』を持っているのよ。真の勇者に必要なものは力だけじゃない。それ以上に心が強い必要がある。あなたには、ある? そんな強さが」

 リブレはまた、剣を落とした。

「あるわよね。あなたは強い」

「……ああ。そうだね。俺は、たかが本一つのために、バカなことをしてしまった。怒りにまかせて大切なことを忘れかけていたみたいだ。みんな、迷惑かけてすまなかった。よし、今日はもう眠るよ。明日からまた、よろしく頼む」

 リブレは憂いを抱いた表情で剣を拾い上げると、本屋を去った。


「リノ、ファインプレーだぜ」

「呼んで来たのは私なんですけど」

 後ろでミランダが荒い息を吐いていた。

「大逆転だったな。本当に殺されるところだった」

「あらそう。それはよかったわね。じゃあミランダ、約束の一万ゴールドをいただきます」

 リノは手を差し出した。

「けっ、んなこったろうと思ったぜ。俺は時間稼ぎをしたんだからおまえらで払えよ」

「私がいなかったら二人とも殺されてたわよ。ってことでロバートよろしく」

「ああ……」

 ロバートはすぐに財布を出した。文句を言いたい気持ちよりも、この騒ぎからさっさとおさらばしたい気持ちの方が大きかったのだ。一万でけりがつくのなら、安いものだった。

 今日と言う日のこの事件は、彼を少しだけ大人にした。


 数日後、リブレは自宅のテーブルでうなだれていた。

 第二版の入荷まで、あと二十八日。なんだかんだ言って、やっぱり続きが気になるのだ。

 誰かから買い取ろうかとも思ったが、第二十五巻はやたら評判がよく、あっと言う間に初版は十倍近くの値がついた。皮肉なことにそれがまた、読みたいという気持ちを強くしていたのだった。

「でも、リノが言ってたじゃないか。真の強さは、心の強さだ。こんなところで負けてどうする。……ああ、でも読みたい」

 そこに、グランが現れた。

「よう、心の強き真の勇者様」

「うるせえ。なにしにきたんだ、郵便配達は午後だぞ」

 グランはテーブルに何かを雑に放り投げた。見ると、第二十五巻だった。

 リブレはすぐにそれを手に取った。

「初版じゃん! どうしてこれを!」

「そこで拾った。やるよ」

 わいわいとわめくリブレをよそに、グランはそのまま去っていった。


「そういえばリノ、二十五巻読み終わった? あたし買いそびれちゃってさあ。貸してくんない」

 アイ・エマンドがたずねると、リノは無表情で言った。

「売った」

「えっ! 初版は売らないで値がつくのを待つって言ってたじゃん!」

「相場の倍額で買い取るってバカがいてさあ。おかげでもうかったわ」


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